Mellotronを24/96で収録して再現したSuper Manetronの開発舞台裏

サンプラーの原型ともいえるMellotronメロトロン)という楽器をご存じですか?1960年代に開発されたアナログの電子楽器であり、古くはThe Beatlesの”Strawberry Fields Forever“やDavid Bowieの”Space Oddity“など数々の楽曲で使われてきたというもの。

そのMellotronをiPhone/iPadで再現するManetron(マネトロン)というアプリがあるのですが、それが先日、よりパワフルで、よりホンモノに近い新アプリ、Super Manetronとしてリリースされました。実はこのSuper Manetron、「うる星やつら」や「みゆき」といったアニメ音楽を手掛けたことや、テクノポップバンド「TPO」のメンバーだったことでも知られる安西史孝さんの監修によるもので、安西さんの所有のMellotronからサンプリングした音で再現しているのです。その開発背景などについて、安西さんの自宅スタジオで、安西さんそして開発者の山崎潤一郎に話を伺ってみました。
Super Manetron開発監修の安西史孝さん(左)と開発者の山崎潤一郎さん(右) 安西さんの自宅スタジオにて



--山崎さんは、Manetronのほか、ハモンドオルガンをシミュレートするPocket Organ C3B3などを開発されていますよね。そもそも、Manetronを作ろうと思ったキッカケはどんなことだったんですか?

山崎:以前NAMM SHOWに行ったときに、Mertronの実物を初めてみたのと当時に、その構造を見ることができ、作ってみたいなと思ったのがキッカケです。自分ではプログラムができなないので、プログラマを見つけて手伝ってもらい、2009年5月にリリースしました。そのときは、Tokyo Mellotron Studioというところに連絡をとって、サンプリングさせてもらいました。その後も、ちょこちょことバージョンアップはしていたのですが、プログラマが音の専門というわけではなかったため、レイテンシーが大きいかったり、CoreMIDIに対応できないなどの問題もあり、完全に作り直したいな……と思っていたんですよ。

これまでもPocket Organ C3B3などを開発してきたという山崎さん

--今回のSuper Manetron、安西さんとタッグを組まれてのアプリとなっていますが、もともと安西さんと親しかったのですか?
山崎:2010年にPocket Organ C3B3を出したのですが、「それをビデオ作品で使ったよ」と安西さんからメールで連絡をいただいたのが最初です。その後、別件で何度かやりとりしていたのですが、今回のSuper Manetronを開発するにあたって、改めて安西さんにお願いし、サンプリングから音作りから、いろいろと協力していただきました。
岩崎工さんから中古で購入したというMellotron 400S。ラムちゃんのステッカーが貼られている!
--ここにあるMellotronが、それですね!安西さんは、これ、いつごろ入手したんですか?

安西:これ確か1977年に岩崎(工)くんから買ったんですよ。TPOなんかよりも全然前、アマチュアバンドでやっていたころ。当時、岩崎くんはパンクのほうに行っちゃってたから、Mellotronはいらないって言うんで、18万円で譲ってもらったんです。Mellotronを国内での定価は70万円程度でしたが、売っていたのは74年ごろまでだったから、すでに市場から消えた後。それ以来、ずっと所有してますよ。

ビンテージシンセのコレクターとしても知られる音楽家の安西史孝さん

--結構安西さんの作品ではMellotronは活躍していたんですか?
安西:そうですね、平野文さんのアルバムなどで使ってましたね。そう「想い出がいっぱい」の平野さんバージョン。でもMellotronはレコーディングよりも、ライブで結構使ってました。重たいし、大きいし、機械制御なので、移動がなかなか大変だったのですが、一度事故で壊れてしまったんですが、90年代に入ってから、ビンテージ機材のブームになってきたときに、中を全部開けて、調整して使える状態にまで持ってきたんですよ。

--Mellotronって、キーボードを弾くと、テープが再生される形になっているんですよね?

安西:そうですよ。全部で35鍵あるので、各鍵盤ごとに計35本のテープが入っていて、それぞれを再生する形になっています。約7秒分の録音がされていて、鍵盤を押すと再生がスタートし、離すとすぐに巻き戻る構造です。Mellotronには、いくつかの型番がありますが、これはMellotron 400Sというもの。以前、Mellotronがどのような構造になっているのかをYouTubeのビデオとしてUPしているので、それを見るとよくわかると思います。

Melltron 400Sの内部構造 (安西さん作成ビデオ)

--なるほど、こんな形になっているんですね。今のサンプラーならデータを読み込めばすぐに違う音色に切り替えることができますが、Mellotronは音色の切替ってできるんですか?

安西:これ、買ったときに、バイオリン、チェロ、フルートの3音色が標準でついてくるんですが、それぞれ別のテープのフレームになっているので、それを取替えることで、音色の変更が可能です。またオプションとしていろいろなフレームが売ってましたね。

Mellotronの中に収められている35本のテープが1まとまりになったフレーム

--やっぱりテープで、機械的に動いていると、動作にはバラつきがありますよね?

安西:そう、むちゃくちゃバラつきがあって……、だから面白い。途中でピッチがゆれたり、バチッなんて音がしたり、あきらかにピッチが下がっているものがあったり…。また鍵盤を離すとバネで巻き戻るわけだけど、必ずしも同じ位置に戻るわけではないから、同じキーでも弾くたびに違ったりもする。それがMellotronなんですよ。

iPhone用のSuper Manetron。ホンモノとそっくりな操作パネルになっている

--さて、ここからが本題ですが、そのMellotronをサンプリングしてSuper Manetronを作ったんですよね。
山崎:はい、Mellotronからラインで出してもらった音をDigi002 Rackで受けてMacBook ProにLogicProを走らせ、35ある鍵盤を1つずつ音が切れるまで録っていきました。24bit/96kHzでのレコーディングです。でもね、これ、持ち帰ってヘッドホンで聴いてみると、ノイズの塊のように聴こえてくるんですよ。下の音域、ゴソゴソした音があるけど、これ切っていいんだろうか……、などと。試しにEQで切ってみたりしたんですが、どうにも変なんですよね。結局、ほとんどいじらずにサンプリングした音そのままですよ。

安西:下手に加工すると、違うものになっちゃうからね。楽器なんて雑なほうがいいんですよ。ピッチが悪いヤツがいたり、引き出す際に揃っていなかったり……。全部揃ってるほうが、ウソ臭くなっちゃう。まあ、買ったときと比べると、だいぶ音も変わってきたとは思うけど、ピアノだって弾き込んだほうがいいわけで、Mellotronだって同じですよ。

フレームの切替機能や、テープ巻き戻しサウンドなどを再現するパラメータやリバーブ機能などが搭載されている

--機能的にも前のManetronと比較して、いろいろと強化されているんですよね。

山崎:今回のアプリは、笠谷真也さんという方にプログラムをお願いし、レイテンシーも小さくなったし、CoreMIDI対応できたりと、iOSの楽器アプリとしてかなり完成度が高くなっていると思います。さらに、フレームを交換できるようにして、音色を数多く選べたり、リバーブを搭載したり、メカニカルな音の成分をどのくらい入れるかを調整できるなど、パラメータもいろいろと増えているので、ぜひ、試していただけたらと思います。

iPad版のSuper ManetronとMelltornを並べてみた

--そういえば、以前のManetronもそうでしたが、赤いボタンを押すとモーター音が出ますよね。
山崎:はい、サンプリングはライン録りしていますが、ホンモノのMellotronは結構大きなモーターの回転音が出るので、これを再現させているんです。それも、安西さんのMellotronからサンプリングしています。

安西:実物もそうなんだけど、カチッとスイッチを入れてから「ウィーン」って動き出すまでに一瞬の間があって、それも再現してますよ。

二つのフレームに設定する音色をカスタマイズできる

--なるほど、いろいろとマニアックに凝ったアプリになっているんですね!監修者である安西さんから見て、Manetronは、まさにホンモノのMellotronという感じのものになった、ということことですか?
安西:十分に楽しめる楽器になったし、Mellotronの良さが体感できると思います。でもホンモノを実現するのは、やっぱりサンプリングでは無理ですよ。たとえば鍵盤を押す強さによって、テープとヘッドの擦れ具合が変わり、音も違ってきます。これは音量というのではなくて、音そのものが違ってきますからね。また、和音を弾くとモーターの負荷が大きくなるから、微妙にピッチが下がるとか……。細かい違いを言ったらキリがないけれど、ひとつの楽器としていいものができたと思っていますよ。

山崎:いろいろなギミックも凝らしてあるので、ぜひ、Manetron、試してみてください。なお、現在はiPhone用となっていますが、間もなくiPadとのユニバーサルアプリにして、iPadでは、より大きな画面で楽しめるようにしますので、お楽しみに。

間もなくのバージョンアップでユニバーサルアプリになりiPadにも最適化される

--ありがとうございました。

というわけで、Manetronを開発した山崎さんと、安西さんのインタビューいかがだったでしょうか?今回、安西さんの自宅スタジオにお伺いしたのですが、個人的にちょっとビックリしたことが…。実は、安西さんの家が私の家から直線距離で200~300mとすぐ近所だったんです。ご近所ということで、ぜひときどき遊びに行ければと思っているところです。

【関連サイト】
おとなのためのアナログシンセ秘密基地計画(安西さんのWebサイト)
Melltorn 400Sの解説(安西さんのWebサイト)

Commentsこの記事についたコメント

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です