プロエンジニアが明かす、最高なモニタリング環境構築の秘訣

できるだけいいDTM環境を構築する、ということを考えた際、もっとも重要なことの一つがモニタリング環境の整備です。もちろん、高級なモニタースピーカーを入手するというのもいいのですが、そのモニタースピーカーをどう設置するかによって、その性能はまったくといっていいほどに変わってきてしまいます。

逆に考えれば、新しいものを買う前に、まず自分の持っているモニタースピーカーの設置方法を見直して、その性能を最大限発揮させれば、手持ちのスピーカーから出てくるサウンドは大きく生まれ変わる可能性もあるわけです。そこでレコーディングの世界での第一線で長年活躍しているエンジニアの杉山勇司さんに、どうすれば自宅で最高のモニタリング環境を構築できるのか、その秘訣について話を伺ってみました。

レコーディングエンジニアの杉山勇司さんにモニタリング環境の構築術を伺ってみた


杉山さんは1988年にエンジニアとしてキャリアをスタートさせて以来、ソフト・バレエ、ナーヴ・カッツェ、東京スカパラダイスオーケストラ、藤原ヒロシ、X JAPAN、L’Arc~en~Ciel、LUNA SEA、Jungle Smile、広瀬香美、cloudchair、櫻井敦司、dropz、睡蓮、寺島拓篤、花澤香菜、堀江由衣、ミス・モノクローム、清竜人、YOSHIKI、河村隆一……と数多くのアーティストのレコーディング、サウンドプロデュースを手掛けてきた方。

メディアにもよく登場されているので、ご存じの方も多いですよね。その杉山さんに、モニタリング環境についての話を伺っていたところ、目から鱗という感じの面白い話を伺うことができたので、紹介してみたいきましょう。

MIM Educationセミナーなどでも講義をされている杉山さん
--プロの方でもアマチュアの方でも、自宅のDTM環境を構築する上で、モニタースピーカーをどう設置すればいいか、という話題はよく上がります。今日は、ぜひその点についてアドバイスをいただければと思っています。
杉山:モニタースピーカーに限らず、音というのは目に見えないだけに、なかなか扱いにくく、分かりにくいんですよね。できるだけ「ガッツがある音」のような抽象的な表現を避けて説明していければいいなと思ってますので、よろしくお願いします。その分かりにくい音を、できるだけ「いい音」にしていくには、「比較する」ということがとっても大切なんですよ。

--比較というのは、スピーカーAとスピーカーBを聴き比べてみる、といった意味ですか?
杉山:そうなのですが、適当に比較しようとすると、異なるパラメータが多すぎて、とても難しくなってしまいます。そのため、できるだけ変えるパラメータは1つに絞るというのが重要なんですよ。たとえば同じスピーカーでも角度を少し変えただけでも音が大きく変わってくるのですが、角度だけを変えたつもりでいても、聴く本人の頭の角度も一緒に変わっていたり、姿勢が違っていて頭の高さが変わっているかもしれません。だから、そうした点にも十分気を付けて、比較することが重要なんです。また、パラメータを絞れば、たいてい誰でも音の違いを認識することが可能になります。

音を比較するには、できる限り変えるパラメータを少なくするのがポイント
--なるほど、それならば音の違いを捉えやすそうですね。異なるパラメータが多いと、何が影響しているのか分からなくなりますものね。
杉山:少なくとも、そうした複数のパラメータがあることを頭に入れた上で比較していくといいと思います。いまのモニタースピーカーの角度の例でいえば、どうやって頭を固定するかを工夫しつつ、試してみるといいですよ。でも、DTMというか、音楽制作において、より理想的な音が出る環境を求めるのであれば、スピーカーのセッティングを優先させよう、ということは主張したいですね。

--スピーカーのセッティングを優先する、というのはどういうことですか?

杉山:おそらくほとんどの人が、ディスプレイの両サイドにスピーカーを設置することをイメージしていると思います。でも、このディスプレイが音に大きな影響を及ぼし、しかも音を悪くする方向に影響するのです。だから、モニタースピーカーの間にディスプレイとかPCを置くという固定概念をまず捨ててほしいのです。


モニタースピーカーの間にディスプレイを置くという固定概念を捨てることも重要 

--そうはいっても、PCに向かって作業をすることを考えると、必然的にディスプレイの両サイドにはなってしまうように思いますが……。
杉山:確かにそれが便利かもしれません。でもPCに向かって打ち込み作業をしているときには必ずしも正確な音でなくてもいいと思うし、音を聴き比べる際にはPCの画面を見ていなくてもいいでしょう。だから私の場合、モニタースピーカーは横に置いているんですよ。つまり、音をチェックするときは、顔を横に向けたり、椅子の向きを90度変えた上でモニタースピーカーに向かって聴く。そうすると、より正確な音で聴くことができるし、何よりも集中して音を聴くことができるというメリットもあるのです。

--考えたこともなかった発想ですが、それはぜひ試してみたいですね。
杉山:もちろん、真ん中にディスプレイ、PCがあると便利な人がいるとは思うけど、作っているのは画面じゃなくて、音楽だよね、と。確かに映画音楽を作っていて、映像とのマッチングが重要な作業だとしたら、そこは少し違うのかもしれませんが、それでもそれはMAの作業であり、映画音楽を作るのであれば、音に集中してもらいたいな、と。

--では、真ん中にディスプレイやPCを置かない形でモニタースピーカーを設置するとして、ほかに気を付けるべきことはありますか?

杉山:スピーカーは音を出すと、必ず振動します。そしてその振動は机にも伝わり、机自体が鳴ってしまうという問題が起こります。そこで、その振動が伝わる経路を分断する必要があります。そのために、ブロックを置いたり、レンガを置いたり……といったことをお勧めします。ときどき、見た目はブロックそのものだけど、発泡スチロール製のものを使っている人を見かけます。確かに見た目はカッコいいですが、軽さゆえいっしょに振動してしまうのです。振動経路を遮断するという本来の役割を果たせないので、音に良い影響はあまりありません。


ブロックやレンガを置くか、インシュレータを使うのも重要なポイント 

--ブロックがいいのか、レンガがいいのか…といったことはあるのでしょうか?
杉山:そこはケースbyケース。とくにスピーカーの大きさにもよりますね。スピーカーのサイズにマッチした素材を選ぶといいと思います。もっとも、どちらもキレイなものではないから、よく洗う必要があるし、それが嫌であればインシュレーターを使うというのも手ですね。一方で、ブロックやレンガ、インシュレーターを使うのかによって、スピーカーの高さが変わってくるというのも重要ポイントになります。できる限りスピーカーの中心と耳の高さが揃うことが理想なので、そこも考慮するといいですよ。ここにおいても、ぜひいろいろと比較をしてみてください。その際、変えるパラメータはできる限り少なくするのがいいですね。

--スピーカーの向きについてはどうですか?

杉山:本来であれば、スピーカーを自分に向けるのがいいので、ニアフィールドモニターであれば、かなり内振りになってしまいます。でも、これをピッタリと合わせすぎると、確かに焦点は合うけれど、ちょっとでも顔を動かすと焦点がボケてしまうという、すごくシビアなものになってしまいます。だから、座る位置よりも1m後ろに向けるくらいにすると、多少動いても大丈夫で、扱いやすくなります。この辺もトライ&エラーで、いろいろと比較してみるといいですよ。


2004年に杉山さんが書かれた「レコーディング/ミキシングの全知識」(現在は改訂版になっている)

--「焦点が合う」という話をもう少し詳しく教えてもらえますか?
杉山:そうですね。ちょうど10年前に書いた「レコーディング/ミキシングの全知識」でも、これを重要なテーマとしていますし、私が教えるセミナーでも、「焦点」がどこにあるのかを体感してもらうことから始めます。この音の焦点というのは、モニタースピーカーの話に限らず、マイキングにおいても、エフェクトの使い方でも、ミックスの仕方でもすべてに共通するもので、すべてがここに帰結します。逆にいえば、焦点がどこにあるのかを発見できるようになって、音の聴き方を確立できてしまえば、すべてが一気に繋がり、理解できるようになるのです。

--何か魔法のワザみたいですね。

杉山:ずいぶん昔、師匠から「オフマイクでオンの音を録れ」と言われたことが、今でも一番重要なキーポイントとして残っているんです。最初は「オフでオンの音なんてどうやって録るんだよ…」と理解できていまんせんでした。ところが、ある日、スタジオでマイクの置く位置を探っていたら、急に焦点が合う場所を見つけたのです。まるで、楽器すべてがここで鳴っているような位置があったんですね。まさに「ここにマイクを立てろ」と言わんばかりのところでした。このとき、師匠の言っていた言葉の意味を初めて理解しました。それまでオフマイクって、漠然と設置していただけだけど、「ここだ」という場所があるのだ、と。また焦点が合う位置は必ずしも一か所ではありません。探していくといくつも在って、それぞれによって音の聴こえ方に違いはあるけれど、どこも焦点が合う場所なんです。この焦点が合う位置を見つけるには、ある程度、音の聴き方を身につける必要がありますが、それさえ理解できてしまえば、一気にいろいろなことが分かってくるので楽しいですよ。


少人数を対象に行われる杉山さんのMiM Educationセミナー

--ぜひ、杉山さんのおっしゃる「音の聴き方」を身につけてみたいですね。
杉山:今年の3月末まで10年間、専門学校でそうしたことを教えてきましたが、いまはMIM Educationというセミナー開催しているので、ご興味のある方はぜひ参加していただければと思います。直近では、12月5日と12月18日の2日で全8回分のセッションを行う予定でいます。ここでは、いまお話しをしたモニター環境の構築方法や音を比較をする時の注意点といった音の聴き方から、エフェクター動作原理の理解、さらにはエンジニアのための基礎電気知識といったものを予定しています。また、今回は三和レコーディングスタジオというところを利用して、より実践的なセミナーをしたいと考えています。

--そのセミナーは、どんな人を対象に行うのでしょうか?

杉山:プロでもアマチュアでも、音に関するテクニックを習得したいと思っている方、誰でもが対象です。音を収録する基本から、表現へのテクニックを学習したい方、スタジオエンジニアで、技術向上を目指す方、さらにはプロデューサーとして活動しながらも、レコーディングノウハウを必要としてる方にも役立つと思いますよ。


次回のセミナーは12月5日と12月18日の2日間、大阪で行われる

--そのセミナーに参加すれば、実際に音の焦点が合うという場所を体験することができますか?
杉山:はい、それは必ず実践していきます。これまでも、ほとんどの人がすぐに体感してもらえました。中にはすぐに理解できない方もいらっしゃいましたが、実際に比較するということを実践していく中で、みなさん体験していただけています。

--それは楽しみですね。ありがとうございました。
【関連情報】
MIM Education 杉山勇司MIXセミナー (大阪)情報
※杉山さんの12月5日のセミナーをご希望の方は締め切り間近なのでお急ぎください。
MIM Education 杉山勇司MIXセミナー ・レポート

三和レコーディングスタジオ 

【書籍情報】
レコーディング/ミキシングの全知識[改訂版]

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