XLRケーブル1本で32chのデジタルオーディオとMIDI 2.0が伝送できるA2B。その規格の詳細をAnalog Devicesに聞いてみた

DTMの世界ではUniversal AudioのApolloなどに入っているDSPのメーカーとしても知られるアメリカのチップメーカー、Analog Devices(アナログ・デバイセズ)。同社ではDSPに限らず、さまざまなチップを出しているのですが、いま楽器やレコーディングの世界で大きな注目を集めているのが同社のA2B(エーツービー)というシステム。このA2Bに対応したAnalog DevicesのICを搭載することで、楽器やオーディオインターフェイス、ミキサー、アンプ……といった機材を画期的なデジタルオーディオ/MIDI接続対応機器へと進化させることができるのです。

マイク接続などに使うXLRのいわゆるキャノンケーブル1本で、24bit/48kHzのオーディオを32ch同時に伝送可能で、しかも双方向でのやりとりが可能に。楽器~オーディオインターフェイス~ミキサー~アンプなどのように、数珠繋ぎにすることで、最大16台のデバイスが接続可能で、そこでのレイテンシーは0.05msec=50μsecというのですから、まさに夢のシステムです。またA2Bはオーディオだけでなく、MIDIの伝送も可能で、しかもMIDI 2.0にも対応しているということで、アメリカのMIDI規格団体であるMMAと共同での発表も行っているのです。そのA2Bに対応したデジタルオーディオ専用のIC、AD2437が初リリースされるということで、先日、Analog Devicesの担当者二人が来日していた際に、インタビューすることができました。まだ情報が少ないA2Bがどんなものなのか、詳しく聞いてみました。

Analog DevicesのA2Bを担当する、Fernando,Paul(フェルナンド・ポール)さん(左)とMiguel A Chavez(ミゲル・A・チャベス)さん(右)


今年4月、「【NAMM2023レポート4】Danteの競合!?Analog Devicesが打ち出すオーディオとMIDI 2.0の伝送システム、A2Bとは」という記事を書いたので、ご覧になった方も多いと思います。NAMM Showで展示されていたA2Bのデモを元にレポートした記事でしたが、このA2Bが広まることで、DTMはもちろん、ライブやレコーディングなど、電子楽器やオーディオ機器、レコーディング機材の世界が激変する可能性を持つ技術だと感じています。

もっとも、われわれユーザーの立場からすると、A2Bに対応した製品が楽器メーカーやオーディオ機器メーカーから発売されないことには、絵に描いた餅、のような状態。とはいえ、来るべきA2B対応製品が広まる前に、これがどんな可能性を持ったものなのか、ある程度知っておいて損はないはずです。

The Namm Show 2023のAnalog Devicesブースで展示されていたA2Bのデモ

今回、来日したAnalog Devicesのオートモーティブ・ビジネス事業部のマーケティング部長、Paul Fernand(ポール・フェルナンド)さん、プロオーディオ部門戦略マーケティング担当のMiguel A Chavez(ミゲル・A・チャベス)さんに話を伺ってみました。

車載用のシステムを楽器やオーディオ機器の世界に転換したA2B

--まずA2Bの概要から簡単に紹介いただけますか?
ポール:A2Bはもともと自動車に搭載する車内の通信システムとして10年前に登場したもので、ヨーロッパ、アメリカ、そしてもちろん日本でも幅広く使われてきた技術です。長い実績を持つ技術として成熟した段階にある中、この技術はクルマ以外にもさまざまな分野で活かせるはずだ、と以前から考えていました。中でも一番注目していたのが楽器や音楽に関連する分野です。ご存じの通り、スタジオやステージの世界はアナログのXLRケーブルやフォンケーブルで接続を行っており、それは1950年だから現在に至るまで、大きく変わっていません。そろそろ、こうした古いテクノロジーから進化してもいいはずだ、と考えて取り組んだのが、このA2Bのシステムです。実は、この技術自体は、だいぶ以前から出しており、すでに多くの電子楽器などの機材に採用されています。ただし、それは1つの製品の中の接続に使われているなど、クローズドな世界でのもので、一般の方々からはなかなか認識できなかったかもしれません。しかし、よりオープンに、多くのメーカー、多くの機器を接続できるものとして、今回、新たなチップ、AD2437をリリースすることにしたのです。

オートモーティブ・ビジネス事業部のマーケティング部長、Fernando,Paul(フェルナンド・ポール)さん

--NAMM Showのときにも、教えていただきましたが、改めてA2Bの仕様について教えていただけますか?
ミゲル:A2Bは機器同士を接続して、オーディオをデジタルで伝送したりMIDIを伝送するものです。24bit/48kHzであれば32chまで同時に伝送できるので、アナログのケーブルと違い、非常にスッキリさせることが可能です。また、ここにはMIDI 2.0も同時に伝送することが可能となっています。ノード間、つまり機器同士を接続するケーブルは30mまで可能で、最大16のノードをデイジーチェーンで接続していくことができ、その全体の長さは最大300mまで可能となっています。

--一番気になるのはレイテンシー(音の遅延)ですが、それも小さいという話でしたよね?
ミゲル:はい、24bit/48kHzでの伝送の場合。すべてのノードで50μsecとなっているので、ほぼ人間が知覚できないレベルでのレイテンシーとなります。一方、音の伝送だけでなく、電源供給も可能というのもA2Bの大きな特徴です。具体的にはA2B信号線では24Vで50Wの伝送が可能となっているので、ACアダプタなどを使うことなく、1本のケーブルで接続するだけでデバイスを駆動させることも可能になっています。

ケーブル1本で32chのオーディオ、MIDI、電源まで伝送できる

--NAMM Showのデモを見た際、その接続をXLRのキャノンケーブルを用いてたものと、LANケーブルを用いたものがあったと思いますが、この違いはどういうことですか?
ポール:A2BではXLRもRJ45もともにサポートしているので、どちらでも同じように使うことが可能です。32chのオーディオとMIDI、それに電源を送れるという意味で同じなので、単にコネクタやケーブルの違いである、と考えていただいて結構です。どちらを使うべきかは、楽器メーカーやオーディオ機器メーカーなど、各パートナーと話し合いをしながら検討しているところです。音楽の世界では、広く使われているXLRのケーブルがそのままA2Bで利用できる、というのは非常に利便性が高いであろうとも考えています。

XLRの端子を2つずつ搭載したA2Bのデモ機

--XLRのキャノンケーブル1本で、32chのオーディオやMIDI、電源が送れてしまうというのは、すごく便利だとは思います。でも、同じケーブルだと、間違えて従来のアナログ機器と接続してしまう危険性が高いように思いますが……。
ポール:そうした問題は、もちろん考慮した設計になっています。つまり、接続した相手が従来のアナログなのか、A2Bなのかを判断した上で信号を流す仕組みにしているので、誤って接続しても問題は起こらないようになっています。

8月から製品出荷がスタートしたAnalog DevicesのA2Bチップ、AD2437

--もともと自動車用のシステムだったA2Bを、楽器やオーディオ用に転用したとのことですが、そうするアイディアはいつごろからあったのですか?また自動車用と音楽用での違いはどんな点なんでしょうか?
ポール:アナログ・デバイセズは、長年、音楽分野でビジネスをしてきたメーカーでもあり、A2Bを音楽に使えるという考えはもともと持っていました。しかし、まずは車載用のシステムとしての実績を付けてから次の展開を……と考えていたので、当初は自動車に集中してビジネス展開してきました。そのA2Bも10年経過し、すでに1億ノードを達成。技術も成熟してきたので、いよいよ次の展開に…ということなのです。

ミゲル:今回、音楽用の新チップ、AD2437をリリースしたわけですが、ベースの技術は自動車用のものと同じです。ただし、ノード間の距離を長くした、というのが1つ目の違いです。クルマの中であれば、それほど長い距離の接続は必要ありませんでしたが、楽器間などを接続するため、ノード間で30m、全長で300mまでと伸ばしています。また最大ノード数も16までと増やしました。さらにもう一つの非常に重要な点として、プラグ&プレイ機能を搭載しています。ノードをダイナミックに追加したり、抜いたりすることができるようになっているのです。

プロオーディオ部門戦略マーケティング担当のMiguel A Chavez(ミゲル・A・チャベス)さん

音が鳴ってる状態でもプラグ&プレイで追加接続、削除ができる

--そのプラグ&プレイ、もう少し詳しく教えてもらえますか?
ミゲル:アナログの場合は、通常、電源を切ったり、ボリュームをゼロにした上で、コネクタを接続したり、抜いたりする必要があります。それに対し、A2Bでは電源を入れたまま、そしてオーディオを流した状態のまま接続したり抜いたりすることができるのです。この際、オーディオを妨害することなく、ノードの追加、削除、交換ができるので、ステージでのセッティングの効率も飛躍的に向上すると考えています。おそらくステージのセッティング時間が1/4以下になるはずだ、と我々は考えています。
ポール:難しいことを考えなくても、すぐに接続できるのが特徴です。ミュージシャンにはクリエイティブなことに集中してもらいたいので、プラグ&プレイでとにかく簡単に使えるということに注力して開発してきました。

A2Bの音楽用チップ、AD2437のブロックダイアグラム

--でも、アナログのオーディオ信号と違って、いろいろな信号が流れるので、何を接続するかによって使い方も変わりそうですよね?
ミゲル:その通りです。たとえばミキサーに複数の楽器を接続していくのをA2Bで行うことができるわけですが、初めて接続する場合は、ミキサーのスクリーンなどに、「新しいデバイスが追加されました」といった情報が表示され、ユーザーがそれに伴った設定を行う必要があります。しかし、これを1度設定しておけば、接続した機器を覚えているので、次回以降は繋ぐだけで使えるようになるのです。そのため、一度リハーサルを行って、機材をバラしても、再度セッティングする際は、非常に効率よく行えるというわけなのです。

--NAMMでデモしていたXLR端子を搭載した機材を見ると、オスとメスの両方を装備していましたが、入力と出力という形になるのですか?
ミゲル:アナログのケーブルと違い、A2Bは双方向での通信を行うので、どちらが入力で、どちらが出力というような概念ではありません。ただし、デイジーチェーンで繋いでいく関係上、オスとメスの端子を装備していたのです。

A2BはAoIPよりシンプルで安価なのがポイント

--ところで、デジタルでマルチチャンネルのオーディオを伝送する技術というのは、これまでもいくつかありました。とくにDanteなどは、プロの現場で広く使われるようになってきていますが、これと競合する形になるのでしょうか?
ポール:Danteをはじめ、AoIP(オーディオoverIP)というものはありますが、仕組みや用途も異なってくるので直接競合するというよりも共存していけるものだ、と考えています。使い分け、役割分担が出てくるだろう、と。

--実際、どういう違いになるのでしょうか?
ミゲル:まず仕組み上の違いとして、DanteをはじめとするAoIPは、イーサネット上で動作するのに対し、A2BはRJ45のケーブルを使用するとしても、IP/イーサネットを必要としないため、より単純な仕組みになっています。たとえて言うのであれば、Wi-FiとBluetoothの違いのようなものと考えていただくのがいいと思います。W-FiはWANの接続に向いていますが、Bluetoothはローカルエリア限定なので、それぞれの強みがあるのです。A2Bの場合、マイコンを必要とせず、そのままプラグ&プレイで接続できるという点でも、非常に安価に作れるというのも大きな違いです。もちろん、それぞれで若干オーバーラップする部分はあるとは思いますが、棲み分けされていくものだと考えています。
ポール:たとえば、放送システムと接続するような場合はAoIPのシステムが使いやすいけれど、スタジオの中での接続やミキサーと楽器を接続したいのであればA2Bなどとなっていくのではないでしょうか。現状のAoIPの利用を見ると、オーバースペックなケースが多いようにも感じています。外に接続していくのではなく、スタジオの中で完結させるのであれば、A2Bがよりシンプルで便利になるだろうと思います。

A2Bを使うことで、多くの機器をプラグ&プレイで接続でき、オーディオもMIDIも通すことができ、電源も送ることが可能

--技術として非常に楽しみではありますが、やはりいつ具体的な楽器やミキサー、オーディオインターフェイス……といったものが出てくるかが気になるところです。
ポール:今回のAD2437というチップは8月にリリースしたところですが、当社のパートナー企業である楽器メーカーやオーディオ機器メーカーが、いつどんな製品を出すのかについては、当社としてコメントする立場にありません。ただ、A2Bは1社の製品というわけではなく、複数のメーカーが製品を出し、それぞれが簡単に接続できる、という点が重要な点です。そのため、製品を開発する上で、接続テストなども必要になってくると思います。そうしたA2Bの規格におけるコミュニケーションの場として、A2Bアライアンスというものを立ち上げたことを、10月25日~27日に開催されたAESにおいて発表しました。今後、さらに多くのメンバーが参加してくることになると思っていますが、こうした場が盛り上がっていくことで、最終製品であるA2Bを搭載した楽器やオーディオ機器が、早く製品化されるのでは、と期待しているところです。

--ありがとうございました。製品の登場、楽しみにお待ちしております。

【関連情報】

Analog Devices AD2437製品情報(英語)

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