楽器を開発し、製品化するのはヤマハやローランド、コルグ……といった大きいメーカーがすること、という概念が最近、急に変わってきています。iPadのシンセアプリに代表されるソフトウェアの楽器が個人によって企画、開発されているだけでなく、ハードウェアの電子楽器でも個人発、ミニ企業発というものが登場してくるようになりました。

今回紹介するVOCALOOPもその一つ。ヤマハからスピンアウトしたエンジニア、加々見翔太さんが開発するVOCALOOPは、日本語ボーカル・ループシーケンサ・ガジェット。以前紹介したボーカロイドのハードウェア、eVY1シールドをコアにしたシステムとして、現在製品化を目指しているとのこと。そのプロトタイプともいえるソフトウェアを無料で公開しており、eVY1シールドを持っていれば、VOCALOOPの面白さをすぐに体験できます。さらには間もなく発売される学研のポケット・ミクでも利用できるようになるとのことなので、多くの人が使えそうです。そのVOCALOOPとはどんなものなのか、加々見さんに話を伺ってみました(以下、敬称略)。


VOCALOOPのモックアップを持つ、開発者の加々見翔太さん
 
--加々見さんは、もともとヤマハでVOCALOIDキーボードを開発していたんですよね?
加々見:業務というわけではなく、サークル活動としてVOCALOIDキーボードに取り組んでいました。本業は電子ピアノのGUI部分の開発をしていたのですが、VOCALOIDを鍵盤で弾けたら楽しいだろうな、と思って数名で開発を進めていました。その後、社内でも公式に許可を得た上で、2012年3月にニコニコ学会β、さらにインタラクション学会で発表したところ、大きな話題になったことがありました。


加々見さんがヤマハ時代に作ったVOCALOIDキーボード

--その後、ヤマハを辞めちゃったんですよね。
加々見:はい、しばらくはニートとして、アプリを書いたりしていました(笑)。もともとクラブミュージックが好きだったので、テクノとかハウスとか、DUBステップとか、クラブミュージックの人が使える楽器が作れないかとも考えていたんです。まあ、VOCALOIDキーボードはヤマハにいたからこそ、考えた機材でしたが、自分自身、本当は鍵盤が弾けないので、自分のために楽器を作ろう、と。

--それがVOCALOOPなんですね。
加々見:でも最初はもうちょっと違う形のものでした。そう、まだeVY1シールドのようなものがなかったので、別のアプローチをしており、試作したのが「ゆっくり楽器(YUKKURI CHICAGO)」。これはSDカードに入れたオーディオとしての言葉を再生するものです。「ゆっくりの声」を「シカゴハウス」のように連打して再生すると面白いんじゃないか、という発想から、Arduinoと3Dプリンターで試作楽器を作ってみたのです。その時は、それで一旦終わったのですが、昨年末に友人であるデザイナーの内田亮太くんと「もう少しちゃんとしたものを作ってみよう」と盛り上がり、構想を練り上げていきました。

 
ゆっくり楽器のデモビデオ

--どんな構想だったんですか?
加々見:真剣な楽器というよりももう少し遊びっぽいもの、エンタメっぽいものをやりたいなと思っていて、出てきた発想はまず4×4のボタンで構成されているということ。これはクラブミュージックとしては定番ですから都合がいいですよね。また日本語入力のためには携帯の入力機能が便利だから、それを使おう、と。その上で先ほどの「ゆっくり楽器」と同じくループして歌うことができ、テンポや音程などを自在に変えられるようにしたい、と。


VOCALOOPのティーザームービー
 
--構想は面白いですが、そんなことを個人でできてしまうんですか?
加々見:正直なところ。僕ひとりでは形にすることはできません。PC用のソフトなら作れるけど、デザインはできないし、それを組み込み型のシステムにしていくとなると、やはり得意ではないので、いろいろな人たちに協力してもらっています。その一人が前述の内田くん。彼は、レッドドットデザイン賞などのプロダクトデザインの賞をいくつも取っています。また組込みプログラミングは、大学の友人の中でもプログラミングに秀でた片岡大祐くんにお願いしました。さらに、回路設計は小瀧浩くん、外装設計・開発は白川徹くんに、……とプロが集まって開発に取り組んでいます。実際、ここにあるのは3Dで作ったモックアップで、こんな電卓のような製品にしたいと思っています。


VOCALOOPのモックアップ(左)とeVY1シールド(右) 

--その中で、加々見さんの役割というと、どういうことになるのでしょうか?
加々見:全体の企画とプロトタイプづくりなどをしています。今回公開したWindows用、Mac用のソフトもその一つであり、これを使うことでVOCALOOPでどんなことができるのかを体験できます。実際に使ってみると分かる通り、文字の入力ができ、メロディーも16個、好きなものを入れることが可能です。また文字とメロディーを分離して演奏できるのが特徴となっており、そのために文字入力モードと音程入力モードと2つのモードを用意しています。さらにモジュレーション、リバーブ、コーラスの調整が可能なほか、BPMの調整もできるようになっています。またピッチソフトをしたり、ノートの長さを変えることができるなど、いろいろな使い方が可能です。まだ構想ではありますが、逆再生や文字のシャッフルなんかも実装できればと思っています。こうすることで、ちょっと予想外のフレーズが作れるようになるのでは、と考えています。

 
プロトタイプのソフトウェアのデモ

--このプロトタイプ、WindowsやMacにeVY1シールドを接続すれば使えるとのことですが、そうだとしたら、きっと学研のポケット・ミクでも使えるはずですよね?
加々見:え?そうなんですか?そうだとしたら、多くの人たちに使ってもらえそうで楽しいですね!


VOCALOOPサイトから無料でダウンロードできるPC用のVOCALOOPソフト

--ポケット・ミクには「NSX-1用アプリ互換モード」というのがあるので、それにすれば、ほぼeVY1シールドと同じになるはずです。ただ、手元にある発売前のポケット・ミクを使ってみたところ、どうもうまく動かないんですよね……。
加々見:何かポート名などでこちらに問題があるのかもしれません。これはなんとか修正したいです!

--ぜひ、そこは期待したいですね。でも、やはり一番の期待は、これをガジェットとして製品化するところですが、その辺のメドはいかがですか?
加々見:まだ、いつ出せるというところまで明言することはできません。場合によってはメーカーさんなどと組んで製品化するという可能性もあるわけですが、いまいろいろな人たちと話し合いをしているところなので、ぜひ期待していてください。

--そういう交渉の前にソフトを公開しちゃって大丈夫なのか、ちょっと心配にもなります……。
加々見:アイディアさえ思いつけば、すぐにできてしまうものだし、すぐに真似もできてしまいます。だったら、先にアプリだけでも公開して広がるほうがいいのかな、というのが、ぼくの判断です。人間の声を繰り返す鳴らすということ自体、まだ一般的になっていないのに、eVocaloidという機械のボーカルを繰り返すというのは、やや新しすぎるかな、とも思うのですが、それをちょっとでも広めるには、早めに公開したほうがいいだろうと思っているのです。


製品化を目指して開発しているという加々見さん 

--なるほど、でも広めることが目的であれば、わざわざハードを作らなくても、アプリだけでもよかったようにも思いますが……。
加々見:普通、楽器だと30年くらいは使えますが、iPadアプリあんどは5年もしたら使えなくなってしまう可能性があります。だったら、最初からハードで作りたいな、と思うようになりました。ぜひ、そんな息の長い楽器が作れたら、と考えています。

--製品化、楽しみに待っています!