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「声を遺したい」から始まった──石田匠の歌声を再現したSynthesizer V「Takumi」開発秘話

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シンガーソングライター・石田匠さんの声を再現したSynthesizer V 2の新しい歌声データベース、「Takumi」が3月26日にDreamtonicsからリリースされました。石田さんといえば、The Kaleidoscope(カレイドスコープ)のボーカルとして活動し、ガンダムの主題歌「風よ 0074」のシンガーとしても知られるアーティスト。数多くのメジャー作品を手がけてきたその生まれながらのハスキーな声質は、ロックからバラードまで幅広い表現を可能にするもので、Synthesizer Vのプラットフォームにこれまでなかったタイプの歌声データベースとして、多くのクリエイターに新たな表現の選択肢をもたらしてくれそうです。

このTakumiの誕生には、ギタリスト・作編曲家であり尚美ミュージックカレッジ専門学校で教鞭を執る宮坂直樹さんと、石田さんとの24年にわたる深い友情と、ある切実な背景がありました。今回はその制作の経緯について、宮坂さんと、歌声データベース選定に携わった作曲家の多田彰文さんにお話を伺いました。

Dreamtonicsから石田匠さんの歌声を元にしたTakumiがリリースされた

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石田匠さんからのコメント

Takumiの歌声の元である、シンガーソングライターの石田匠さん

私ごとですが一昨年ガンの宣告を受けまして、治療をしながら歌をうたっていく状況になりました。あとどれだけコンディションを保ってうたうことができるのか不安でいっぱいでした。

その最中で宮坂氏より声をAIで遺しておきませんかと打診があり、正直最初は戸惑いもありましたがやっておこうと決心した次第です。

当初はもう少しクローズな展開を計画していたのですが、有難いことにSynthesizer Vの歌声データベースの企画にしていただくことになりました。

AIに学習させた歌は抗がん剤治療前の声のデータを引っ張り出したり、宮坂氏と録音したものになります。全てのものには限りがあるから輝くのかもしれませんが、こうして自分の声を遺して継がれていくものもあればと切に願っております。

生まれつきハスキーな泣き声であったと母が言っておりました、この声を授かったことで僕の音楽人生は始まりました。

まずは上記の通り、石田さんからコメントをいただいたので掲載させていただきました。ここからは、宮坂さん、多田さんにインタビューをしたので、その内容をご覧ください。

尚美ミュージックカレッジ専門学校で教える宮坂直樹さん(左)と多田彰文さん(右)にお話しを伺った

理論書12冊を持って飲みに行く仲

--まずは宮坂さんと石田さんのご縁から伺えますか?

宮坂:出会いは2002年12月にさかのぼります。私がバンドでフジテレビのコンテストに出場したんですね。1万2000組以上が参加する大きなコンテストで、私たちはファイナルの10組に残りまして、フジテレビでライブをする機会をいただきました。そのコンテストの審査員として石田さんがいらっしゃっていたんです。当時、石田さんはカレイドスコープのボーカルとして活動されていましたが、カレイドスコープのプロデューサーであった織田哲郎さんが審査員代表だったこともあり、カレイドスコープのみなさんが審査員としてお越しいただいていて、そこで話すきっかけができました。

宮坂さん、尚美ミュージックカレッジ専門学校のレコーディングスタジオで

--それがキッカケで仲良くなったのですか?

宮坂:ステージと審査員席では直接の接点はなかったんですけど、その1、2年後にたまたま音楽学校の先生として同じ職場で仕事をすることになったんです。それが縁で改めて話をするようになりました。お互いに同い年だということもわかって、じゃあ一度飲みに行こうかという話になったんですね。ところが普通の飲み会とは少し違いまして、石田さんが理論書を12冊も持ってきたんですよ(笑)。食事そっちのけで、ずっと音楽理論の話ばかりしていましたね。そこからとっても仲良くなりました。

--飲み会に12冊の本を持参とはすごいですね。

宮坂:プロデューサーの織田さんが「感性だけで曲を書くのには絶対に限界が来る。ちゃんと理論を勉強しなさい」とおっしゃる方だったらしくて、石田さんもその影響でいろんな本を読んでいたようです。書物の幅でいうと、非常に広いと思いますよ。

--それから24年のお付き合いになるわけですね

宮坂:どちらかというとプライベートな付き合いの方が長いんですよね。その後もさまざまな縁が重なりまして、今の職場である尚美ミュージックカレッジ専門学校にも示し合わせたわけでもなく2人ともたまたま来ることになって。本当にたまたまの連続なんです(笑)。コロナ禍には東京都・生活文化局の「アートにエールを!東京プロジェクト」事業をきっかけに、一緒に曲を作り始めました。最初に作ったのが「SAKURA」という曲で、2人でよく行っていた目黒川沿いの桜がテーマです。その後、石田さんがカメラのタイムラプス機能を使いこなしたいということで、2人でインスタグラムで生配信しながら一緒に作ったのが「Time Lapse」という曲でして、これが後に今回のTakumiの公式デモ曲になるんですよ。

[YouTube動画]

ハスキーでアダルトな声を探していた

--多田さんは今回のTakumi誕生にどのように関わったのですか?

多田:Dreamtonicsさんとは以前から一緒にさまざまな歌声データベースを使って公式デモソングの制作を行ったり、選定のお手伝いをしたりというお付き合いがありました。そんな中でDreamtonicsさんから、「男性の歌声データベースとして、もう少しアダルトで、ちょっとハスキータイプのものを作りたい」というご相談をいただいていたんですね。これまでにないタイプの声を探しているということで、私が真っ先に思い浮かんだのが石田さんでした。

DTMステーションPlus!でもお馴染みの作曲家、多田彰文さん

--石田さんの声のどういったところに魅力を感じたのですか?

多田:アグレッシブで、ロックにも非常に合いそうな声だなというのがまず直感的にあって。いわゆるしゃがれた感じというか、ハスキータイプの声というのはなかなか再現が難しいものなんですけど、石田さんの声であればそれが実現できると感じたんです。今まで使わせていただいてきた歌声データベースにはないタイプだったので、ぜひ推したいなと思って宮坂さんにご相談しました。

宮坂:多田さんから石田さんはどうかというご提案をいただいて、私も、それはあまりにもいいタイミングではと思い、さっそく石田さんに打診してみたのです。

「僕を歌声合成にしてください」の一文

--あまりにもいいタイミングとは、どういうことですか?

宮坂:実は多田さんからその話をいただく数か月前、昨年の6月の中旬に、石田さんから「僕を歌声合成にしてください」というLINEが1行だけ来たんですよ。理由を聞いたら数日後から抗がん剤の治療を始めるので、自分の体が保てなくなるかもしれないと。それならば、ということで急遽、そのすぐあとから、石田さんの声のレコーディングをはじめていたのです。

--その時点では、具体的にSynthesizer Vにするといった話があったわけではないんですよね?

宮坂:その通りです。でも、もしも声が出なくなってからでは取返しがつかなくなるので、さまざまな歌声をレコーディングしておけば、AIに学習させるといったことができるのではと思い、実行することにしたのです。もっとも石田さん自身はシンガーとして、AIに歌を任せることには最初は複雑な思いがあったようです。でも、こうなってみて初めて「歌えなくなるかもしれない」と感じて、自分の曲を自分の声で残せるなら、とレコーディングに挑んでくれたのです。

--録音はどのような環境で行ったのですか?

宮坂:石田さんがご自身で愛用しているAKGのC414というマイクを持参してもらって、私のところにあるSteinbergのオーディオインターフェイスUR816につないで録りました。コンプなしのドライな音で録ることにこだわったのは、学習素材として使う際にはなるべく加工なしの状態が望ましいと考えたからです。実はいくつかのマイクを試したんですが、結果的に石田さんご自身が持参したC414が一番本人の声のキャラクターが出ていて、それに決まりました。また1つの曲をダイナミクスの大きさを変えながら5段階で歌っていただいて、学習データに幅を持たせる工夫もしました。

--学習に使ったデータはその日の録音だけですか?

宮坂:石田さんがコンペへの提出やネット発表などでこれまでに録音してきた音源が100曲以上ありまして、それをすべていただいて、私の方でノイズが多いものや石田さんの声の特徴が出ていないものを取り除いていきました。その結果のファイルをDreamtonicsさんにお渡ししました。

声帯の隙間が生み出すハスキーサウンド

--石田さんの声の特徴について教えてください

宮坂:石田さんは生まれつき声帯に隙間があって、完全に閉じきらない状態なんです。それがあの独特のハスキーでカサカサした声質を生んでいるんですね。石田さん自身はそれをコンプレックスとは思わずに、強みにしようと考えて歌うようになったそうです。具体的な手法としては低音はマイクの近接効果を活かして豊かに録り、上の帯域はC414の明るいキャラクターで補うという組み合わせをずっと使ってきていました。ご自宅での録音ではコンプレッサーの1176を通した音と通していない音の両方を送ってきてくれていたので、私の方でコンプがかかっていないドライなものを選んでDreamtonicsさんに渡しました。

Synthesizer V 2の歌声データベース、Takumiは、石田匠さんの歌声の表情を忠実に再現する

--そのこだわりが学習データの質につながっているわけですね

多田:録音環境や機材選びへのこだわりが、Synthesizer Vでの再現度の高さにそのまま反映されていると思います。パイロット版を聴かせていただいた時に、ハスキーなあの良さがすごく出てきていて、再現度の高さに驚きました。

完成度を示す「カサカサしてる」という感想

--実際に完成したTakumiを石田さんご本人に聴いていただいた反応はいかがでしたか?

宮坂:「カサカサしてる(笑)」というのが第一声でした。それが一番の褒め言葉なんですよね、自分の声のキャラクターがちゃんと出ているということだから。あとはベタ打ちで作ったデモをお聴かせしたら「ベタ打ちでこれなの?」と驚いていらっしゃいましたね。ひたすら「すごい、ありがとうございます」という言葉しか出てこないという感じでした。

特に私自身が驚いたのは、声を出し始めてからビブラートして音が抜けるまでの一連の流れ、あの抜け方が石田さんそのものなんですよ。ピッチのしゃくり上げ方や、音が持続している間にピッチが変わるタイミング、一瞬沈んでから上がるような微妙なニュアンスまで再現されていて、これはすごいテクノロジーだなと感じました。

多田:ロックのアグレッシブな曲からバラードまで、守備範囲がとても広いなというのが印象で。そういった意味でも今までにないタイプの歌声データベースができたと思います。

本人が作曲した異例のデモ曲「タイムラプス」

--公式デモ曲についても教えてください

宮坂:Takumiの公式デモ曲として、石田さんと私が一緒に作った「Time Lapse」を使っていただくことになりました。作詞は石田さん、作曲は石田さんと私の共作で、アレンジは私が担当しています。

--歌声データベースの中の人が作曲したデモ曲というのは、かなり珍しいのではないですか?

宮坂:そう聞いています。過去にないケースだということで、それだけでも聴いていただく価値があるんじゃないかなと。デモ曲はイントロから始まるのではなく、冒頭から石田さんの声——つまりTakumiの声が一番最初に飛び込んでくる構成にしています。まず声を聴いてもらってから、「あ、これは?」というところから曲に入っていく仕掛けにしました。

Takumiの中の人である石田匠さんと宮坂さんの共作である「Time Lapse」が公式デモ曲となった

コーラスアレンジにもTakumiの特性を活かした工夫を盛り込んでいます。例えば同じ音程を重ねた場合でも、テイクを重ねることでフランジング感なく自然な広がりが出せることや、声部の入れ替えによる表現なども試しています。そういったヒントになるようなデモになればいいなと思って作りました。

石田さんが、ご自身の声と技術が形になって、多くの人に使っていただけることを心から願っているということが伝わってくるデモ曲です。ぜひ聴いていただければと思います。

--ありがとうございました。ぜひ、石田さんにもよろしくお伝えください。多くの方がTakumiの良さを感じ取ってもらえればとお願っております。

【関連情報】
Synthesizer V 2製品情報

この記事を書いた人

DTM、デジタルレコーディング、デジタルオーディオを中心に執筆するライター。インプレスのAV WatchでもDigital Audio Laboratoryを2001年より連載。「Cubase徹底操作ガイド」(リットーミュージック)、「ボーカロイド技術論」(ヤマハミュージックメディア)などの著書も多数ある。趣味は太陽光発電、2004年より自宅の電気を太陽光発電で賄うほか、現在3つの発電所を運用する発電所長でもある。

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