TR-808の開発者、元Roland社長の菊本忠男さんが40年の時を経て、新バージョンRC-808を発表。度肝を抜くサウンドと拡張性を持ち無料でリリース

本日、8月8日、808の日、TR-808の歴史が大きく塗り替えられます。TR-808の上位版もしくは新バージョンといっていい、新ドラムマシン、RC-808が誕生し、これが無料配布されることになったのです。開発したのは40年前にTR-808を開発した菊本忠男(Tadao Kikumoto)さんと、当時ローランドでTR-808を開発していた通称アナログマフィア(Analog Mafia)のみなさん。もちろん、みなさんすでにローランドを引退しているのですが、今も現役バリバリの技術を持ったエンジニアたち。40年前「本当はTR-808をもっと、こうしたかったけれど、当時の技術、当時の予算では成しえなかった」という悔しい思いを胸に、最新のテクノロジーを活用し、その理想を実現させたのです。

ここで採用したのは、その理想の回路をソフトウェア的に実現するという手法。RCとはReCreate=再創造という意味を込めているそうですが、従来のTR-808では出せない、よりパンチのある音、より複雑なサウンドを出せるようになっています。ソフトウェアとはいえ、TR-808を生み出したアナログマフィアが作っているのですから、アナログを超えるアナログサウンド。その開発リーダーである菊本さんにお話しを聞くとともに、RC-808を使ってみたので、これがどんな威力を持つマシンであるか、紹介してみましょう。

TR-808を超えるドラムマシン、RC-808が無料公開

今さら説明するまでもありませんが、TR-808は1980年にローランドが発売したアナログのドラムマシンであり、世界のダンスミュージック、クラブミュージックにおいて、必要不可欠なビンテージ機材です。国内では「ヤオヤ」の愛称で知られるTR-808は当然のことながら、大昔にディスコンとなっており、現在は中古市場非常に高価な価格で取引されているのはご存知の方も多いでしょう。

その一方で、TR-808はその音がサンプリングされた上で、数多くのハードウェア音源、ソフトウェア音源に使われているほか、TR-808クローンマシンがデジタル、アナログ含め数多くのメーカーから発売されています。これらはMIDIを搭載したりエフェクトを搭載するといった機能拡張はあるけれど、その音はTR-808が目標であり、理想として開発されているから、それを超えるものではないことも事実です。

TR-808やTR-909、TB-303などの開発者である菊本忠男さん

TR-808の開発当時、ローランドの技術部長であった菊本さんは「ローランドの創業社長である梯郁太郎さんがアメリカ出張から帰国して開口一番、『向こうではリアルなドラムマシンが注目されている、今1000ドル以内でそうしたマシンが作れれば絶対売れる』と言われてスタートしたのがTR-808のプロジェクトでした。PCM音源であるLINN DRUMが発売されていたわけですが、これへの対抗ということです。ローランドでは大型のモジュラーシンセサイザ、System 700(当時の価格は280万円)があったので、これを音源の心臓部に使っていけば、それなりのドラムマシンが作れるはずという思いはあったのですが、1000ドル以下で発売するとなると、とてもじゃないですが、組み入れるわけにはいかない。そこでSystem 700のエッセンスは入れつつも、安い部品を利用するなどコストを抑え、開発メンバーのさまざまなアイディアを取り入れながら、なんとか世に送り出したのがTR-808だったのです」と当時を振り返ります。

RC-808を開発したアナログマフィアのみなさん

ただ、発売当初、TR-808の音は「こんなのはドラムじゃない」と酷評され、菊本さんたちはかなり悔しい思いをしたそうですが、同じく菊本さんたちが開発した後継機のTR-909、さらにはベースマシンのTB-303が、しばらくしてから欧米のアンダーグランドの世界で高く評価されるようになり、その後どんどんと広がっていったそうです。その背景にあったのはライブハウスやクラブなどに導入されるPAの進化。TR-808のサウンドは小さなアンプ、スピーカーだとチャチな音でしかならないけれど、重低音出せるPAで鳴らすと、ほかの楽器では出せない特有の重低音が響き、これが世界中に受け入れられていったのです。

1980年に発売されたローランドのTR-808

当初、TR-808開発チームが目指したのはリアルな音よりユーザーにとってアイディアルな音をクリエイトできるドラムシンセサイザでした。しかし、当時のアナログ部品の性能、容積、価格の制約で当初の目標は断念せざるをえなかったのです。しかし、それから40年が経ち、飛躍的に増大したPCパワーを活用することで一つの打楽器を合成するのにSystem 700フルセットを仮想的に再現することが可能になりました。サンプリングによるリアルで豊富なサウンドが容易に手に入る時代となり、TR-808のサウンドもビンテージとなりサンプリングされて広く使用されています。しかし、写真に対して絵画があるように、サンプリングに対してドラムシンセサイザーの意義があるという思いで、これをRC-808として現代の技術で再創造、再挑戦することにしたました。さらに、あえてPCMサンプリングやディレイ、リバーブ、コーラスなどのデジタルエフェクトを一切使わず、すべて当時のアナログの作法(マナー)に則ったシステムを開発すること目指し、作ってみました」と菊本さんは、語ります。

実際どんな音なのか、気になる方も多いと思うので、まずはプリセットサウンドを読み込んで鳴らしたビデオで録ってみたので、ご覧ください。

いかがですか?最初のサウンドは完全にオリジナルのTR-808の音を再現していますが、そのあとの2つは、確かにTR-808系の音だけど、実機のTR-808では絶対に出せない音であるのがわかりますよね?

まあ、一言でTR-808の音といっても、現存しているのは40年前の機材で、電子部品、とくにコンデンサの劣化が進んでいます。そのため、音の雰囲気はだいぶ変化していて、個体によってその音もだいぶ変化しています。そのため人によって、TR-808オリジナルの音に違いがあると思いますが、ここでの読み込んで鳴らした808Vintage Kitの音色は、菊本さんが開発した当時、新品状態でのサウンドを再現したものです。一方で、あとの2つの音は、最新技術で作ったRC-808だからこそできるサウンド。当時の技術では作り出せなかった音なのです。

RC-808のメイン画面。デザインはTR-808の雰囲気を踏襲している

読者のみなさんの中には「アナログじゃなくてデジタルじゃないか」、「ハードじゃなくソフトかよ」なんて思われる方もいるかもしれません。でも、菊本さんがおっしゃる通りで、これは最近のほとんどの音源が採用しているサンプリングは一切使っておらず、すべてアナログの作法で発音させているので、PCM音源とはまったくの別モノと捉えるのが正しいと思います。

また最近よくあるアナログモデリング、アナログシミュレーションとも違うのも大きなポイント。アナログモデリングを使用している限りアナログ回路のTR-808に近づけても超えることはできません。しかし、現存するアナログ部品の特性では不可能な、理想的なオシレーター、フィルターをソフトウェア的に実現させて実装したのがRC-808。ソフトウェアだからこそ可能なドラムマシンとなっているのです。

パンチあるサウンドになるかどうかは、アタックの50msecの波形構成にあるという

現代のあらゆる音楽で最も重要な打楽器は、アタックの50msecに非常に複雑な倍音活動があるのです。さらに各ドラムパーツに共通しているのが、音の立ち上がり部に数kHzから数百Hzまでの多数の成分を含んでいること。しかも、はじめは高く、続いて低い周波数に急速に下がり、やがてドラムの基本振動数へとゆっくり減衰していくのです。ベースドラムの場合は60Hz程度に落ち着きます。後に分かったのですが、このような高い周波数から低い周波数に変化する信号をDSPの技術用語ではDown Chirp、Swept Sine、Time Stretched Pulse と呼んでいて、レーダーや計測器にも利用されている技術なのです。これを利用し、アナログ回路では実現できなかった、アタック時の波形を速く、そして高い周波数で出すことで、より破壊力のあるキック音が出せるようになりました」(菊本さん)

このように、菊本さんたちは、アナログ作法にこだわりつつ、実際の電子回路では不可能なことをRC-808で実現させていたわけですね。まさにTR-808の設計者だからこそできる、40年の時空を超えた進化なのです。

1つの音のエディタ画面。8つのパーシャルで構成されている

TR-808をご存知の方なら、すでにお気づきの方も多いと思いますが、RC-808のメインのインターフェイスにはTR-808にあったピッチなどの調整がありません。でも、実は裏画面に、その音源をコントロールするための膨大なパラメータを持った音色エディタが用意されており、これを用いてユーザーが自由自在に音色を作ることができるのです。前述のオシレーターやフィルターの特性はここで設定していくわけなのです。

またオリジナルのTR-808では、キック用音源、スネア用の音源、ハイハット用の音源……とそれぞれ役割が決まっていましたが、RC-808ではすべて並列となっているため、全部をキックにすることも、全部をクラップにすることも可能で、どのようにでも変身させることが可能なのも特筆すべきところでしょう。

RC-808のエンベロープエディタ

そして、このエディタ、かなり奥深くまで操作が可能です。たとえばキック、スネアなど1つの音を構成するのに8つのパーシャル(音源)を組み合わせて使うことが可能であり、各パーシャルごとにオシレーターの種類を選び、フィルターの特性を決め、エンベロープを調整して……とTR-808とは比較にならないほどリッチなシステムとなっています。これを使いこなすには、かなりの知識と経験が要求されるので、ある意味開発者向けのエディタともいえるかもしれません。

とはいえ、結構多くのプリセットも用意されているので、まずはこれを使うところからスタートするだけでも十分だと思います。また後で触れますが、今後ユーザーが作った音色を公開できるような場も作っていくとのことなので、パラメータまでわからなければ、それらを使っていくというのもよさそうです。

RC-808のフィルター設定画面

ところで菊本さんは、TR-808の開発当時、ローランドの梯さんの元、MIDI規格そのものを現場で作っていた人物でもあります。それが今も広く使われているわけですが、そのころからドラムは、NOTE ONで鳴らすものとなっています。その菊本さんはNOTE OFFの活用もあってしかるべき、と主張しており、その考え方がRC-808に実装されているのです。

RC-808はNOTE ONだけでなくNOTE OFFも受信して、すべての打楽器にゲート時間を設定しできるようにしています。つまりハイハットのようにオープン・クローズの表現ができるようにしているのです。音源はNOTE OFFを受けると遮断ノイズが出ないように急速減衰します。このタイミングで隣のトラックに置いたクローズ音を発音すればハイハット・ワークができますね。ただしノイズなしの急速減衰単独でもキレのよい打楽器リズムに活用できそうです」と菊本さん。

RC-808のシーケンサであるRC808 Drum Editor

このRC-808はドラムマシンとして自動演奏するための簡易シーケンサが搭載されています。そしてこのシーケンサはゲート制御のためピアノロールシーケンスでNOTE OFFを出力するか、しないかを選択することもできるようになっているのも大きな特徴です。菊本さんによれば、必ずしもこのシーケンサを使う必要はなく、DAWのシーケンサから操作してもらったほうが、使いやすいはずだ、と話しています。

ちなみにSMFのドラムトラックのCh 10ではNOTE OFFを出すことができないので設定画面において、「Enable Note Off」のチェックを外すことで、対応可能となっています。この辺少し難しいところですが、

シーケンサ画面を開き、左端のトラック番号(楽器名)を右クリックするとMIDI Note Number の下に Note Off Instrumentというものが登場します。ここでMIDI Note NumberとNote Off Instrumentが同じ場合は、通常のON、OFFとなります。一方、これが異なる場合は、上のMIDI Note No がNote Offを出す時に合わせて別の楽器、つまりNote Off Instrumentを発音させるようになっているのです。たとえばOpenHHのオフでClosedHHを発音させる機能ですが、廃止する予定です。ただし、この値が-1の場合はNoteOff を発行しないモードです」と菊本さんは説明してくれました。

菊本さんによると、TR-808という「器」をビンテージ「楽器」にしてくれたアーティストたちやユーザーのみなさんに対する敬意と感謝を込めて無料で公開することにするそうです。

昨年お伺いした菊本さんのご自宅にある工房。まさにRC-808を開発しているところだった

このRC-808は、まだ開発途中段階の状況で、まだバグも多いのが実情です。ただせっかくThe Day of 808に向けて、ある程度のモノに仕上がったので、ぜひ多くの方に使っていただきたいと思い、フリーで公開することにしました。とくに海外からはリクエストが多く、早く使ってみたいという声が強かったので、世界中の方に使ってもらいたいと思っています。現状ではスタンドアロン版となっていますが、仮想MIDIポートを使うことで、外部のDAWから鳴らすことも可能です。とはいえ、やはりDAWと連携させるには、プラグイン化するのがいいと思うので、近いうちにVST版をリリースする予定です。もっとも私たちの開発力にも限界があるし、ユーザーのみなさんからも要望が多く出てくると思うので、どなたかにもっと実用的なものに改良してもらうとともに、自由に活用してもらってもよいのでは、考えているところです」と菊本さん。

8月8日現在、Windowsのみが先行してDTMステーションのサーバーを通じて公開されましたが、1~2週間以内にはMac版もリリースされる予定なので、情報が入ったら、またお知らせします。さらに近日中に菊本さんからユーザーのみなさんに向けてのメッセージを掲載する予定ですのでお楽しみに。

Windows版のインストール方法と基本設定
まず下記のダウンロード先からRC-808のWindows版をダウンロード後、ZIPファイルをフォルダごと解凍します。その上で
setuploopbe1.exe (仮想MIDIドライバ)
をインストールする後、
RC-808.exe(RC-808音源本体)
をダブルクリックして起動します。起動したらRC-808のSetting(S)-DeviceでDevice Setting Dialogを開き、「Audio Output」にオーディオインターフェイスを設定します。またMIDI Inで仮想MIDIドライバである「LoopBe Intenal MIDI」を選択します。この際、「MIDI CH」が10になっているのを確認してください。
またSetting(S)ーSystemでSystem Setting Dialogを開き「Enable Note Off」と「Wave Monitor」のそれぞれにチェックをいれます。これで基本的準備は完了です。
あとはFile-Load Parameter(kit) でプリセット音色を読み込みます。オリジナルのTR-808を再現する音色を選ぶ場合は同じフォルダ内の「808VintKitOpnCls.allprm」を読み込めば、赤、橙、黄、白のボタンを押すことで、その音を確認できます。
一方、Seqencerをクリックするとピアノロール型シーケンサを開くことができます。ここではInstrumentsーOpen MIDI Portで開くダイアログで「Select MIDI Out port」に仮想MIDIドライバであるLoopBe Intenal MIDIを選択し、Setiings(S)-Set MIDI Channelで[Drum Kit-A」を10に設定することで、RC-808音源本体と連携するようになります。ここでFile-Import Drum Kit-A(allprm) で同フォルダー内の「808AcsKitOpnCls.allprm」を読み込むことで、シーケンスデータが読み込まれ、再生ボタンをクリックすることで再生されます。なお、DAWのMIDIトラックの出力先を「LoopBe Intenal MIDI」に設定することで、DAWからのコントロールも可能となります。
使い方の詳細は省きますが、RC-808音源本体の画面のバッドの上にある音色名の部分をクリックすると音色エディタ画面が表示され、ここで各種音色エディットを行うことが可能になっています。

【ダウンロード】
◎Windows版 ⇒ RC-808
◎Mac版 ⇒ RC-808
【関連情報】
RC-808サイト(英語)
※2020.8.8 上記URLおよびダウンロード先URLを新URLに変更しました
Silent Street Musicサイト
音の出ない路上ライブ!? 電子楽器のレジェンドが手掛ける「Silent Street Music」を体験
【DOMMUNE瀬戸内】

http://www.dommune.com
8月22日DOMMUNE瀬戸内でRC-808がテーマに取り上げられ、菊本さんも出演されるとのことです。
●19:00-21:00 DOMMUNE The Synthesizer Academy(菊本さん登場)
DOMMUNEシンセ学院 第五夜「BBD〜アナログ遅延素子の魅力」
講師:齋藤久師 x galcid
●21:00-23:00 「DOMMUNE The Synthesizer Academy LIVE」
LIVE:galcid x VJ NAOTO TSUJITA(UMBRA / six)DJ:齋藤久師 | BROADJ#2795