涼宮ハルヒの憂鬱、らき☆すた…などの音楽を手がけた神前 暁(MONACA)さんの音楽制作への向き合い方

涼宮ハルヒの憂鬱、化物語、らき☆すた、アイドルマスター、BEASTARSなどのアニメ作品や、初音ミク -Project DIVA-、鉄拳、ことばのパズル もじぴったんシリーズ、太鼓の達人シリーズといったゲーム作品など……数えればキリがないほどの多くの音楽作品を手がける神前 暁(こうさき さとる @MONACA_kosaki)さん。そんな神前さんが、どう音楽と出会ったのか、そしてどうプロになっていったのか、お話を伺うことができました。

今仮歌はSynthesizer Vを使っているという話、涼宮ハルヒ(平野綾) 『God knows…』の誕生秘話、最近の制作環境など、クリエイターであれば参考になる話ばかり。さらに、新卒で入った株式会社ナムコ(現:株式会社バンダイナムコエンターテインメント)から独立した後、プロとして活動するためにJASRACの存在が大きかったなどなど、音楽家として活動するにあたって知っておくべき内容が詰まったインタビューとなったので紹介していきましょう。

数多くの人気作品の音楽を手がける神前 暁さんにお話を伺った

大学の作曲サークルが、作曲をはじめるきっかけだった

ーー神前さんが音楽をはじめたのはいつごろからだったのでしょうか?
神前:一番最初は、3歳から通い始めたヤマハ音楽教室ですね。そこで、ピアノとエレクトーンを習っていて、よくある話ですが小学生で練習が嫌になって、一度辞めてしまいました(笑)。その後、中学に入り吹奏楽部に加入して、高校までずっとトランペットを演奏していました。卒業後、京都大学でもいったんは吹奏楽部に入ったのですが、いろいろなサークルを見ている中、「吉田音楽製作所」という作曲サークルのライブを見て衝撃を受けたんです。このサークルは、カバーは禁止、すべてオリジナル曲だけというルールがあるのですが、1つ上の先輩がこんなオリジナル曲を作るのか、と。それまで作曲はほとんど行ってこなかったんですが、これは入ってみたいな、と。当時このサークルには数十名いたのですが、毎月作品をみんなで持ち寄って、それをマスタリング。カセットテープにダビングして、京都の楽器店で販売させてもらったりしていましたね。

ーー大学で本格的に作曲を行なっていたとのことですが、当時はどんな機材を使っていたのですか?
神前:そもそもは小学生のころに、PC-9801の内蔵音源をMMLで鳴らすというのが最初だったと思います。『マイコンBASICマガジン』にプログラムが載っていて、それを参考に鳴らして遊んでいましたね。その流れでRolandのミュージ郎が発売されたのを知って、親にねだって買ってもらったんです。まあ、当時は自分で曲を作るというよりは、いい音が鳴る音源として使っていました。音源はCM64で、シーケンサはBalladeでしたね。

--高校に入ってすぐにミュージ郎だったんですね。まさにDTMの歴史の最初から使っていた、と。その後どうされたのですか?
神前:機材的には、その後そんなに変わっていなかったのですが、大学入学後、サークルに入ったときにRolandのJV-1000を買いました。ミュージックワークステーションというか、シーケンサ内蔵のシンセですね。当時はWindows 3.1の時代だったと思うのですが、まだ使えるシーケンサが少なくて、レコンポーザとCakewalkがあったくらいでしょうか。MIDIの環境もあまり整っていなかったこともあり、下手にパソコンで曲を作るより、内蔵シーケンサのほうが使いやすいし、主にリアルタイム入力を使用していたこともあり、JV-1000単独でつかっていました。その後AKAIのサンプラー、S3000XLを買ったり、JV-1000の後継機みたいな機種のXP-50に買い替えたり、JP-8000を使ったり、いろんな機材を使用していました。

本格的な作曲は大学生から始めたという神前 暁さん

大学を卒業して、ナムコへ。そこでは音楽に関わることすべてを担当していた

ーー大学は情報工学科だったんですよね?コンピュータ系の会社など引く手あまただったと思いますが、どうされたのですか?
神前:はい、もともとはガンダムとかパトレイバーのようなロボットが作りたくて機械工学科を目指していたんですが、一浪してしまいました。浪人時代、ハードよりソフトが面白いかも…と考え方が変わり情報工学科にしたんです。認知科学や今でいうAIに興味を持って勉強していました。とはいえ、音楽が大好きだったので、就職先としてヤマハやローランド、レコードメーカー、ゲーム会社などを考え、いろいろ受けていきました。その中で一番最初に内定をいただいたのがナムコだったので、ここに進むことになりました。ナムコの中ではサウンドチームに入っていたのですが、当時は分業がされておらず、曲や効果音作り、ナレーションの録音、録音の編集、すべて担当していましたね。ナムコには6年半ぐらい居て、独立を考えたときに、5つ上の先輩で既に独立していた岡部啓一さんに相談をして、一緒に活動するようになりました。それが今所属している作家事務所の有限会社モナカの前身のような形ですね。

ーー独立するきっかけというのは、何かあったのでしょうか?
神前:ゲーム以外にも、J-POPやアニメなど、いろいろなものに挑戦したい時期でして、その中で京都アニメーションさんからの仕事をいただくようになったことで、会社員との掛け持ちは難しくなり、会社に相談して、独立するに至りました。実は会社員時代から、J-POP系のコンペには挑戦していましたが、まったく通らなかったですね。mixiで音楽プロデューサーにテープを送ったりしましたが「君には才能がないから向いてない」なんて言われたりして…。たしかに当時、インストが中心で、歌ものは経験が少なかったので仕方ないのですが。2005年に会社を辞めるタイミングでは、翌年4月開始の新番組『涼宮ハルヒの憂鬱』が決まっていて、劇伴を担当することになりました。この流れで、番組中の挿入歌も3曲担当することになり、『恋のミクル伝説』、『Lost my music』、『God knows…』を作編曲しました。

これまで数多くの作品を手がけてきた

ナムコ退社後、数々のヒット作を世に送り込んできた

ーーアニメのOPやEDがヒットすることはありますが、挿入歌がヒットするというのは珍しいケースですよね。しかし『God knows…』は異例の大ヒットでしたよね。私もよくコピーして演奏しました(笑)。
神前:ありがたいことです。実はそれまで、レコーディングスタジオに入って収録するという経験がなかったので、とても苦労したことは今でも覚えています。それまでの作曲スタイルは、Cubaseで打ち込みをして、そこにギターやボーカルをピンポイントで収録するぐらいでしたから、バンドの形で作品にしていくことははじめてでした。当時は歌ものへの苦手意識もありましたが、そこでミュージシャンと一緒に音楽を作り上げていく大切さを学びましたね。『God knows…』がオンエアされる前は告知すらされていなかったミニアルバムも、オンエアとともに発注がかかり、すごく売れたことにはびっくりしました。予想外でした。これも映像のパワーですね。

ーーみんな歌ったり、演奏していた大ヒット曲ですが、あのギターフレーズは神前さんが考えられたのですか?
神前:いえ、僕はギターが全く弾けないので、一応打ち込みデモギターのフレーズは入れていましたが、これが非常に生ぬるいフレーズだったので、ギタリストの西川進さんにかっこよく仕上げていただきました。「宇宙人のバカテク女子高生キャラが弾くので、めちゃくちゃテクニカルにしてください」といって完成したのが、あのフレーズです。そのおかげか、平成アニソン大賞の編曲賞までいただいたのですが、あれは本当に西川さんのおかげだと思っています。結構今でも、スタジオに入ってミュージシャンの方とのコミュニケーションの中でアレンジを考えるのが好きで、打ち込みで完結させるのとはまた違う楽しさがありますね。

一世風靡した『God knows…』の作曲、編曲も神前さんが行なっている

JASRACとの出会いは、田中公平さんからのメールだった

ーーナムコ時代は、お給料という形だったと思いますが、独立後はどうしていたのですか?
神前:当時は音楽出版社を経由して使用料が入っていましたね。商業的な音楽制作だと一般的なスタイルだと思いますが、その時点ではJASRACの存在は特に意識していなかったです。その後、いろいろと仕事が増えていき2009年の6月にJASRACへ信託者として加入することになるのですが、きっかけは田中公平先生でしたね。『セキレイ』というアニメで、中学生のころから好きだった田中先生をリスペクトした曲を書いたら、ご本人から「この曲似てるね」とメールが来たんです。最初お叱りを受けるかなと思ったら「よく勉強しているね」という内容で安心したのですが、そこからさまざまな話をする中で「JASRACに加入した方がいいんじゃないの?」とアドバイスを受けたのです。

ーー出版社を通してではなく、個人でJASRACとやり取りするようになって違いはありましたか?
神前:受け取る総額が変わるわけではないですが、演奏権使用料の一部が出版社を通さず直で入金されるようになり、その際、詳細な分配データがついて、テレビやコンサートでどういう使われ方をされているか分かるようになりましたね。何も分からないでお金が入ってくるとモヤモヤするので、それがハッキリしましたし、当時は作戦のようなものを立てるまでは至らなかったのですが、活動の参考にすることもできますよね。

有限会社モナカのレコーディングスタジオ

ーー最初はJASRACの信託者という形だったんですかね。
神前:最初は信託者で、その後準会員、さらに正会員となっていきました。信託者でも会員でも分配額は変わらないのですが、正会員だと法律上の社員として組織の運営に参画することができます。当時は準会員から3年を経ないと正会員になれなかったのですが、今は1年でなれますよね。ある程度JASRACからの分配も安定しているので、正会員になってもいいかな、という程度の理由だったのですが、今はそれでよかったと思います。お金周りは信託者と大きくは変わらないのですが、正会員はJASRACの中で何が行われているか知ることができます。使用料を集めていただき、それを分配していただいているので、それがどういう人たちによって意思決定され運営されているかに自分の問題として関わることができるので、納得がいくことも多いです。

ーーJASRACと契約していないのとJASRACの信託者では大きく違いそうですが、信託者と準会員/正会員ではそんなに大きな違いはないと。
神前:そうですね。出版社が入っているかどうかでフローが変わってくるのですが、最近は出版社を通していないネット発の楽曲もたくさんありますし。CDから配信に移行して、そしてAIが誕生してきたりしていますが、JASRACは世の中のビジネスモデルが変わっても、それに対応して徴収分配してくださるんですよね。Googleさんと交渉したり、そのほかいろいろな企業と交渉するのは個人では無理ですよね。昔はテレビ、ラジオだったのが、ネット配信に移り変わり、次もきっと変わっていくので、そういったところへの対応の安心感はあります。準会員/正会員になると福利厚生が受けられるというメリットも大きいですよ。

数多くの賞も受賞している

ーー昔に比べて、信託者になるハードルも下がっているので、もし何かしら楽曲を配信しているなら入っておいて損はないですよね。またJASRACについて、世の中的には悪いイメージを持つ人もいますが、そこについてはどう思いますか?
神前:面白おかしく茶化す人や都市伝説のような噂も多かったですが、今はそういう時代ではないので、気になったらぜひJASRACについて調べてほしいですね。若い世代の理事も誕生していますし、僕自身も管理委託契約約款委員として約款の中身を審議しています。理事会や各委員会ではさまざまな議論が活発に進んでいて、時代に即した変化をしています。JASRACはまさに音楽家による音楽家のための組織なので、興味を持ってもらえたらと思います。あとJASRACは広報が弱いと言われることもあるのですが、徴収したお金のほとんどは権利者に還元されているので、そもそもJASRAC自身が活動に使えるお金は少ないんですよね。だから名前はなんとなく知っているけど、深くは知らないという方も多いんですよ。

Cubase 13をメインにソフト音源を使って音楽制作をしている

ーー絶対的に音楽家にとっては味方なのに、悪いニュースが目立ったりして、本来応援するべき立場の人も、攻撃的になったりしているのは悲しいところですよね。ところで話は変わりますが、最近はどのように音楽制作を行なっているのでしょうか?
神前:Windows PCでCubase 13をメインに使っています。スタジオやエンジニアとのデータのやり取りにはWindows版のPro Toolsを使います。Pro ToolsだとMacのイメージが強いですが、これが意外と動作安定しているんですよ。オーディオインターフェイスは、初代のRME Fireface UCXを10年以上使っています。キーボードはNEKTARのIMPACT LX88+ですね。88鍵盤かつ、軽めのタッチがよかったので、これを愛用しています。実際に楽曲を作るときは、まずはかなりざっくりとしたデモを作って、ある程度方向性をチェック。OKがでたら、アレンジを詰めていくことが多いですね。打ち込みで完結するパートは作り込んで、生録音するものはある程度入力しておくという形ですね。

ーーPluginはどんなものを使っていますか?
神前:ドラム音源はSuperior Drummer 3、ベース音源はEZ BASSとMODO BASS、ピアノはKeyscapeとRavenscroft 275 Pianoですね。最近UVIを知ったのですが、とてもいいですよね。ギターは生演奏に差し替える前提なので、使いやすさ重視でREAL GUITARシリーズ。後は、弦楽器はSPITFIRE。最近ではSynthesizer Vを仮歌として使うこともありますね。これまでは、仮歌シンガーさんたちに頼んでいたのですが、今ではSynthesizer Vがかなり気に入っているので、場合によってはこれを使用することも多いです。「Vivy -Fluorite Eye’s Song-」というアニメ作品があるのですが、これは全曲仮歌をAIシンガーで作っています。メロの変更も簡単だし、歌が入ったときのニュアンスを逐次確認しながら作編曲できるのは便利ですね。

アニメ作品「Vivy -Fluorite Eye’s Song-」の音楽から、仮歌はAIシンガーを使用しているとのこと

--そういえば、先日、AI作曲システムのSuno AIに関する神前さんのツイートがバズっていましたよね。
神前:Synthesizer Vの登場で仮歌シンガーさんたちの仕事は厳しくなるんだろうな…と思っていましたが、このSuno AIを見て、「明日は我が身だな」と感じました。1年前、イラスト業界で生成AIによるブレークスルーが来て、大変だなと感じましたが、いよいよ他人事ではなくなりました。でも、こうしたAIツールは使う側の立場と、自分の曲が学習に使われる立場、その両方で考えますね。フェアに実現できるなら、こうしたツールには興味はありますね。まあ、これですべてを完成させるというよりは、アイディアスケッチやアレンジのサポートとして利用し、まさにアシスタントとして使う感じでしょうか。だからといって、著作権法的にグレーな、言わば盗んできたようなものを使わされるのでは困るので、その辺りの制度作りが喫緊の課題かなと思います。学習元への対価や学習されない権利といった問題もありますしね。制作ツールとしては確かに可能性を感じるので、技術の進化とルールの整備がともになされて音楽文化の発展に繋がっていくことを期待しています。

--ありがとうございました。
【関連情報】
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