2013年、アニメ・ゲーム音楽作曲家の光田康典さんが率いるプロキオン・スタジオが開発し、日本を代表するハープ奏者の朝川朋之さんが監修したiPhone/iPad用アプリ「Handy Harp」。ハープのペダル操作を画面上で再現したり、コードを指定するだけでペダル位置が設定され、そのままMIDIでDAWに入力したり、譜面ソフトにペダル情報を送ったりできるという、世界でも例のないハープアプリでした。しかしプログラマーの退職、iOSのアップデートなどが重なり、やがて音が出なくなってディスコンに…。そのHandy Harpが、昨年2025年12月25日、完全新作の「Handy Harp II」として復活しました。価格は3,800円(税込)で、Mac/Windows用の連携ソフト「Handy Harp II Client」は無料で提供されています。
実はこの復活劇、私もほんの少しだけ関わっています。昨年秋、朝川さんから「再開発できるエンジニアを紹介してもらえないか」という相談をいただき、DTMステーションでも何度も紹介してきた開発者の雲英亮太(きら りょうた)さんをご紹介したのです。そこからわずか2カ月でリリースにまでこぎつけたというのだから驚きです。リリースからだいぶ時間が経ってしまいましたが、光田さん、朝川さん、雲英さんの3人にオンラインで集まっていただき、開発の経緯や新機能、そしてハープという楽器をめぐる課題についてお話を伺いました。
2013年に誕生した、世界でも類を見ないハープアプリ
DTMステーションでも以前「光田康典、朝川朋之(ハープ奏者)、佐野電磁のタッグで完成した超マニアックなアプリ、HandyHarpがスゴイ!」という記事で紹介しましたが、初代のHandy Harpが発売されたのは2013年10月のこと。当時は佐野電磁さんのDETUNEが販売・プロモーションを担当し、ラジオ番組などでも紹介されていました。またアーカイブは残っていませんが、Ustream時代のDTMステーションPlus!でも、朝川さんにホンモノのグランドハープをスタジオに持ち込んでいただき、光田さん、佐野電磁さんとともに番組を放送したこともありました。
ハープという楽器は、ピアノの白鍵に相当する弦が並び、足元にある7本のペダルで各音名の弦をフラット、ナチュラル、シャープの3段階に切り替える構造になっています。つまり、どのペダルをどの位置にしておくかで、グリッサンドしたときに鳴る音が決まるわけです。作曲家にとってはこのペダルの扱いが非常に厄介で、ハープのパートを書く際の大きなハードルになっていました。
ーーまずは、2013年にHandy Harpを作ることになったきっかけから教えてください。
光田:ハープの音源自体はVSTやAUのプラグインなどでもチラホラありましたし、ペダルをKONTAKTなどのUI上で操作できるものもあるにはあったんですが、アプリとしてしっかりしたものはなかったんです。当時、僕はレコーディングが多くて、朝川さんとご一緒する機会も多かったんですが、ディレクターや監督にデモを聴かせるためのモックアップを打ち込むとき、一番面倒なのがハープなんですよ。特にグリッサンドですね。グリスしたサンプリング音源を貼り付けて聴かせることはできるんですが、いざレコーディングとなると、もう一度譜面に書き起こさなければいけない。もっと早くMIDIが入力できて、なおかつ譜面にもすぐ反映できるものはないかと探したんですけど、やっぱりなかったんです。
ーー実際、ハープはどうやって入力していたんですか?
光田:鍵盤で弾くことはできるんですけど、ちゃんと音階でとなると難しい。だからデモではほぼハープを入れずに聴かせて、OKが出たら譜面だけでハープを入れる、ということが多かったんです。本来ならば、たとえばC7というコードグリスをしたいと思っても、ハープの場合、9thなどコードの構成音以外の音が物理的に入ってしまいます。またスケールとして演奏したほうがいいのかなど、曲の雰囲気によって選ぶ必要があります。ところが時間がないと、コードだけ書いてプレイヤーにお任せしてしまうことになる。朝川さんのようなスタジオ経験の豊富な方なら「もうちょっと不思議なコード感で」といったお願いにも応えてくださるんですが、完全にクラシック畑の方だと、書かれたもの以外はなかなか弾いていただけないんです。だから、自分である程度決めてからお願いしないといけないという思いもあって、自分の仕事のためにも絶対にあったほうがいいツールだったんです。
原点は朝川さん手作りの「紙のペダル」
ーーそこにどうやって朝川さんが絡んでいったんですか?
光田:お仕事の現場で、ハープのアプリを作りたいんですよね、という話をしたところ、朝川さんが自分で作った紙のペダルのモデルを持っていらっしゃったんです。引っ張ると動く仕組みになっていて、朝川さんはそれでペダルの検討をされていた。ただ紙ですから、どんどんボロボロになっていく。だったらアプリにするといいですよね、と。ちょうどiPadが主流になってきた時期でもありました。プレイヤーの方は作曲家から譜面をもらって、音符を見ながらペダル替えを書き込んでいくわけですが、下手をすると本番の数分前に譜面を渡されることもあるそうなんです。そんなとき、iPadで譜面を見ながらパッとペダルを書き込めるソフトがあるとすごく便利だ、という話を朝川さんからも聞いて、じゃあ作りましょうとスタートしたんです。
朝川:あのときの光田さんの熱意には本当にびっくりしました。こんな紙の道具を見て、そこからアプリを作ろうというところまで持っていくのか、と。でも、それだけ面倒だったんでしょうね(笑)
光田:そうなんです。指でパッと触っただけでグリッサンドがシーケンサーに入力できたら、こんな楽なことはないなと。朝川さんが「お手伝いします」と言ってくださったときに、絶対に作ろうと思って、すぐに開発に着手したんです。
ーー当時、開発にはどのくらいかかったんですか?
光田:当時プロキオン・スタジオにいたプログラマーが作ってくれたんですが、彼は他のゲーム会社さん向けにNintendo 3DSのサウンドドライバーなども作っていたので、Handy Harpはその合間に片手間で作っていた感じでした。そのため10カ月くらいかかったと思います。当時はAppleの審査にも申請から1カ月くらいかかって、リジェクトされるとまた1カ月、というスパンでしたから。今回は申請してからめちゃめちゃ早かったですけどね。
プログラマーの退職、iOSのアップデートで音が出なくなりディスコンに
ーー完成後、光田さんご自身もHandy Harpを使っていたんですか?
光田:ほぼ毎日立ち上げていましたし、なくてはならないアプリでした。ただ、本当はもっと入れたい機能があったのに入れられないまま、そのプログラマーも会社を辞め、iOSがアップデートされ、誰も触れない状態になって、ディスコンになってしまったんです。それでも販売を止めてからも手元で2、3年はアプリも動いていたと思いますし、僕の古いiPadでは今でも一応動いてはいるんですけど。
実は私の手元にも、iOS 8.4.1が入ったままのiPhone 6 Plusが残っていたので、久しぶりに起動してみたところ、初代のHandy Harpがちゃんと動きました。そこで、Handy Harp IIと並べてみたのが下の写真です。同じハープアプリでありながら、10年以上の時を経て画面の精細さもレイアウトも大きく変わっているのがわかると思います。
朝川:音が鳴らなくなったときに、一斉に苦情が来たんですよ。私が関わっていることを知っている演奏仲間から「使えなくなった」と。そこで初めて、本当にみんな使ってくれていたんだなということがわかりました。
光田:僕もずっと困っていて、ハープを打ち込む地獄の日々がまた続いていたわけです(笑)
朝川さんから届いた1通のメッセージ
ーーそこから10年近く経って、なぜ復活することになったんですか?
光田:これもまた仕事で朝川さんとお会いしたときに「復活できないですかね」と聞かれたんです。レコーディングが終わった後にそういう話をして、僕のほうでもプログラマーを探しつつ、チャンスがあればやりたいですね、と。ただ、プログラムを書ける人はいても、音楽やドライバー関係のプログラムができる人は本当にいなくて、困っていたんです。
朝川:音楽や楽器のことがよくわかっていて、そのうえでiOSでプログラムができる人ですからね。そんなとき、ふと思い出したんです。こんな近くに、いろいろな人を一番よく知っている方がいるじゃないか、藤本さんに聞けばよかったんだ、と。
そうして2025年9月26日、私のもとに朝川さんから、Facebookのメッセンジャーで、HandyHarpを復活させるべく、誰かいい開発者はいないだろうか、という相談の連絡が届いたんですよね。話を伺うと、ソースコードも残っていないようなので、完全にゼロからの再構築です。iOSで音楽系のアプリを作れる人はそう多くありませんし、一口に音楽系といっても専門分野はかなり分かれます。すぐに稼働できるか、開発費の条件が合うか、そして朝川さん、光田さんが求めるアプリを作る力があるか…とハードルはありそうでしたが、とっても素敵なアプリだっただけに、世の中の大切な資産として復活させるべきだと思い、何人か心当たりに当たってみることにしました。そこでご紹介したのが雲英さんです。雲英さんについては、DTMステーションでもこれまで何度も記事で紹介してきました。
着手からわずか2カ月でリリース
ーー私がご紹介した後は完全にお任せしていましたが、雲英さんはすぐに受けることにしたんですか?
雲英:打ち合わせを始めて、面白そうなのでやってみようと思って、すぐに取りかかりました。
光田:それがめちゃめちゃ早かったんですよ。僕もゲーム会社に勤めていたので、いろいろなプログラマーさんを見てきましたが、雲英さんほど速くて、しかも的確に作られる方はあまりいらっしゃらない。本当にすごかったです。
ーー光田さんの想定と比べてどうでしたか?
光田:僕はもっとずっとかかるものだと思っていたんですが、想定より5カ月も早く終わりました。雲英さんとやりましょうという話になって、その1カ月後くらいにはほぼベースができていて、これはちょっと早すぎるなと(笑)。むしろグラフィックのほうが追いつかなくて、グラフィックが上がってくるのを待ちながら、その間にデバッグをしていたくらいです。
雲英:取りかかってから2カ月でリリースしました。
実際には、準備期間を経て2025年10月末に開発を開始し、クリスマスの12月25日にリリース。朝川さんから私に最初のメッセージが届いてから、ちょうど3カ月での復活ということになります。
ーー開発は、どのように進めていったんですか?
雲英:朝川さんから、旧Handy HarpがインストールされたiPhoneをお借りして、それを参考にしました。そのうえで、デザイナーの對馬聡子さんと光田さんと私の3人で、ものすごい量のメールをやり取りしながら、ああでもない、こうでもないと作っていきました。
光田:對馬さんは初代Handy Harpのグラフィックを担当してくれたデザイナーで、久しぶりに連絡して「Handy Harp IIとして復活させたいので手伝ってもらえませんか」とお願いしたら、快く引き受けてくれました。僕からは大まかな仕様だけお伝えして、そこから必要なパーツを洗い出しながら作ってもらった形です。雲英さんのアイディアを入れるには画面サイズがこのくらいじゃないとできない、パーツはこういう形で作ってほしい、といった指示は雲英さんから出していただいて、僕はその辺はよくわからないので完全にお任せしていました。
画面サイズに合わせてレイアウトが変わるUIに
ーー新しいHandy Harp IIでは、どんな点を変えたんですか?
雲英:大きいのはUIのレイアウトです。前のバージョンは決まった枠の中で、決められた位置に決められたパーツを置いているだけだったんですが、Handy Harp IIはウィンドウの大きさに合わせてパーツが動くようになっています。それを私のほうから提案しました。
光田:僕の知識は昔のiOSのまま止まっていて、レスポンシブにするという発想がまったくなかったんです。1画面に収まって動けばいいやと思っていましたから。僕はついその場しのぎで、そこだけ動けばいいと考えがちなんですけど、雲英さんは新しい端末にも対応できるもの、また将来的に機能追加などを考えて、こうしたほうがいい、とか先のことまで考えて作ってくださるんです。
ーー雲英さんは以前、ほかの人とチームを組んでプログラムすることはほとんどなかったとおっしゃっていましたが、今回はどうでしたか?
雲英:光田さんのお人柄によるところが大きいと思うんですが、レスポンスが早く、すごく気持ちよく仕事ができました。意見をどんどん聞いてくださるし、こちらも意見を言っていい雰囲気だったので、本当にこんなに言っちゃっていいのかなと思いつつ、いろいろ提案させてもらいました。こういう前向きなやりとりが可能な方と一緒に開発をするという経験は私にとっても大変貴重なものでした。
朝川:私はやり取りをずっと傍からメールで見ていたんですが、雲英さんのおっしゃることは本当にセンスがいいなと何度も思いました。最初は、ハープという楽器をどこまで理解していただけるか不安だったんですが、まったく大丈夫でしたね。
ーー雲英さんは、実物のハープはご覧になったことがあったんですか?
雲英:楽器博物館や、クラシックのコンサートで聴いたことがあるかもしれない、という程度です。ただ、ちょうど直前に「ピストニア」というトランペットのピストンのシミュレーターアプリを作っていたんです。ピストンの組み合わせで音程をシフトするという考え方が、ハープのペダルと共通している部分が多いなと思いました。
コード表を手入力のテーブルからプログラムへ
雲英さんの「先を見据えた」設計の象徴ともいえるのが、コードの扱いです。Handy Harp IIでは、336種類のスケール、540個のコードネームをあらかじめ搭載し、瞬時に呼び出すことができます。
光田:昔はいわゆるテーブル方式で、一つひとつのコードに対してペダル位置を僕が調べて手入力していたんです。そうしたら雲英さんが、「これは全部プログラムでやってしまったほうが間違いもないですし、今後の拡張にもいいですよ」と。ハープの条件をすべてプログラムに入れて、コードの構成音を指定すると、自動でペダル位置を割り出してくれるルーチンを作ってくださったんです。僕のやり方だと、新しいコードを追加するたびに調べてテーブル化しなければいけない。それが簡単にできるようになったのは、非常にありがたかったですね。グラフィックが上がってくるのを待っている間に、僕がそのルーチンの結果をチェックして、ここはこうしないとまずいですね、といった修正をして、すぐにできあがりました。
ーー長く売っていくことを考えた設計なんですね。
光田:このソフトは、存在を知れば買ってくれる人たちに向けて、息の長いスパンで販売し、より多くの人に活用していただきたい、と思っているんです。そういう意味でも、UIや仕様をそこまで考えてくださったのはありがたかったですね。今度はディスコンにはならないと思います(笑)
前回入れられなかった機能はすべて搭載。Windowsの譜面ソフトにも対応
ーー初代のときに入れたかったけど入れられなかった機能は、今回載せられたんですか?
光田:全部入っています。例えば、前回もBluetooth MIDIには対応させていたんですが、性能があまりよくなくて途切れがちではありました。今回はDAWとの通信方法を何種類か用意していただいて、それがすごく安定しているんです。僕にとって絶対に必要な部分なんですが、前回とは比べ物にならないくらい安定しています。また、ペダルを切り替えたときに、動かしたペダルに丸印が付いて、何を動かしたかが一目瞭然になる機能も入りました。これは前回、実は朝川さんからアイディアをいただいていたのに、入れることができないまま終わってしまったものなんです。
公式サイトによると、DAWへのMIDI送信はBluetooth MIDI、ネットワークMIDI(RTP-MIDI)、有線接続に対応。Macの場合はIDAM(Inter-Device Audio and MIDI)も使えます。なお、Windows 11でBluetooth MIDI接続する場合は、CMEのWIDI Bud Pro、WIDI Uhost、WIDI Thru6 BTなどのBluetooth MIDIデバイスが別途必要となります。
光田:もう一つ大きいのが、譜面ソフトのSibeliusやDoricoに、ペダルのダイアグラムをそのままダイレクトに送れる機能です。以前はMacしか対応しておらず、当時はDoricoもなかったのでMac版のSibeliusだけでした。今回はWindowsのSibeliusとDoricoにもちゃんとペダルが入るようになっているので、ここは相当拡張されています。Windowsユーザーにも使えるようになったのは大きいですね。
この譜面ソフトとの連携には、Mac(macOS 14 Sonoma以降)、Windows(Windows 11以降)用の無料アプリ「Handy Harp II Client」を使います。
ーーハーピストである朝川さんご自身も、このアプリを使うことはあるんですか?
朝川:楽譜にペダルを書き込んでいくときに、便利に使えます。それに、コードネームからペダルを作れないハーピストがほとんどなので、そういう人にも役立つと思います。
つまり、作曲家にとってはハープの入力・譜面化を劇的に効率化するツールであると同時に、コード譜だけを渡されたハーピストにとっても、どう演奏すればいいかがこれを介してわかるようになっている、というわけです。
ハープの打ち込みだけじゃない、Handy Harp IIの多彩な魅力
ここまでは主に開発の経緯を中心に伺ってきましたが、原稿をまとめる段階で、光田さんから改めて「Handy Harp IIのここを見てほしい」というポイントを補足していただきました。言葉で説明すると意外と伝わりにくいけれど、実際に触ってみると「こんなこともできるのか」とすぐにわかるアプリだ、と光田さん。そのポイントを紹介していきましょう。
ーー改めて、Handy Harp IIの一番の魅力はどこにあるのでしょうか?
光田:プロの作家やアレンジャーからすると、とにかくすぐに形にして音として聴けるというのが、とても重要なんです。なにせ、どの楽器よりもハープのシミュレーションは面倒極まりないですから。その意味で、めちゃくちゃ便利なツールだと言えると思います。
ーー音として聴けるという意味では、音質も大きく変わりましたよね。
光田:音が良いというのも、Handy Harp IIの大きなポイントです。そのまま打ち込み音源としても十分通用する音質だと思いますし、雲英さんが作ってくれたドライバーのおかげで、発音数が足りなくなって音が途切れることもなく、きれいに鳴るようになりました。実は初代では、ブチブチとノイズが若干入ることがあったんです。
ーーほかのハープ音源にはない機能もあるそうですね。
光田:地味ではあるんですが、ちゃんとエトフェ(ミュート)があるので、ある意味ホンモノっぽく入力できるんです。一般的なハープ音源だと、キーオフで音は止まるものの、リリースが長すぎて不自然になってしまう。このエトフェは実際のハープっぽく聴こえるので、個人的にはかなり気に入っています。
エトフェ(étouffé)とは、鳴っている弦に手のひらを当てて響きを止める、ハープ特有の奏法のこと。こうした楽器ならではの表現が再現されているのも、ハープ奏者が監修したアプリならではといえそうです。
ーーiPhoneやiPadを横向きにすると、画面が切り替わるんですね。
光田:横にするとプレイモードになり、演奏しやすくなります。しかもヴェロシティスライダーが現れるので、弾きながら音量をコントロールすることも可能です。
ーーハープ以外の音色で使うこともできるんですよね?
光田:ハープアプリなので、あえて言わなかったんですが、DAWに入力すればMIDIデータなので、何の音色に差し替えても問題ないわけです。アルペジエーター的なソフトは、あるパターンを繰り返すか、ランダムで鳴らすくらいしかできませんが、Handy Harp IIはスケールを自分の好きなタイミングで、好きな音域でかき鳴らすことができます。そういう意味では、シンセの音を奇抜なシーケンスパターンとして手軽に打ち込めるコントローラーともいえますね。
これは2013年の記事で、アナログシンセの音色を鳴らしても、音階や発音タイミングからハープっぽいニュアンスが出せる、と私が書いたのにも通じる話です。スケールを選んで指でなぞるだけで、どんな音色でも独特のフレーズが生まれるのは、シンセ好きにとっても面白いポイントでしょう。
ーーライブで使うというのもアリですか?
光田:ユーザーが自由に設定したものを保存して、いつでも呼び出すことができるので、実はライブのアクセントとして使うのも、すごく面白いと思っているんです。ユーザーの方がどこに魅力を感じるかはわかりませんが、いろいろなことができるアプリであることは間違いないと思います。
公式サイトによれば、よく使うペダル設定は最大999個まで保存可能。曲ごとに使うグリッサンドを登録しておけば、ライブ中でもワンタッチで呼び出せるわけです。
弦の色からタイトル画面まで、細部へのこだわり
ーー雲英さんから、ここは見てほしいという機能はありますか?
雲英:実際に自分では使わないので、わからないまま作っている部分もあって、なんとも言えないんですけど…(笑)
朝川:細かいところなんですが、こんなことも実現するんだと驚いたのが弦の色です。弦の色が薄いですかね、という話をしている中で、せっかくだったら金属弦が張られているところを、ちゃんと色を変えられないかとお願いしたら、実現してしまったんです。また、実物のハープにはありませんが、中央のラには目印としてわかりやすいようにちょっと黄色い色をつけてあります。そういう細やかな部分にも気づいてもらえるとうれしいですね。
朝川:もう一つ、私がすごくわがままを言ってしまったのが、起動時のタイトル画面です。
光田:これは本当に裏話なんですが、もうリリースしよう、つまり申請を出そうという1日前に、朝川さんから「タイトル画面の女性の絵なんですけど…」という話になったんです。ハープという楽器は、なんとなくきれいな天使のような女性が弾いているというイメージがあるじゃないですか。それを払拭したいという強い思いを朝川さんがお持ちで。男性ももちろん弾きますし、東洋人も西洋人も弾く。ある一つの世界だけにとどまらず、もっと広く見せたいということで、ギリギリで描き直してもらいました。
雲英:最初は、いかにも女性が弾いている絵になっていたんです。
朝川:最後の最後でストップをかけてしまいましたが、やってよかったなと思っています。
ハーピストの意識を変えたい、朝川さんの思い
インタビューの終盤、朝川さんからは、ハープを取り巻く現状について熱のこもった話が飛び出しました。
朝川:初代Handy Harpが発売された頃から今日に至るまで、ハープ界の動向を見てきましたが、大多数のハーピストの意識は本当に変わっていないと感じています。つまり、「楽譜に書かれた音符を弾く」というところから、ほとんど進んでいないのです。ハープは本来「コード楽器」であるにもかかわらず、コードに対する意識が非常に希薄です。
近年は、弦の一本一本に独立したピックアップを備え、MIDIにも対応したエレクトリック・アコースティックハープを大手メーカーが積極的に展開し、盛り上がっています。インプロヴィゼーションに興味を持ち、さまざまなエフェクターをつないで新しい表現を模索する奏者も出てきました。しかし、実際にやっていることは、音楽的には非常に単純なものです。
また、ハープ以外の楽器との珍しい組み合わせによるコラボ、「癒し」と銘打ってワンコードを延々と奏でるミニマルな音楽、あるいは周りの楽器がハープを飾り立てているだけの音楽など、全体として、ハープの「外側」へ「外側」へと関心が向かっているように思います。
ーーそういう音楽、演奏も面白いとは思いますが……。
朝川:もちろん、それ自体は良いことですし、新しい可能性を広げる試みは歓迎すべきものです。ただ、私としては、もっとハープそのものの「内側」に意識を向けてほしいのです。例えば、異名同音というハープならではの素晴らしい機能があります。これを理解し自在に使いこなすことは、ハーピストにとって基本的な素養の一つではないでしょうか。でも実際にその可能性を積極的に追究しようとする奏者は、ほとんど皆無に等しいです。新しい機材やエフェクターによって表現の幅を広げる以前に、まず自分の楽器が本来持っている機能や可能性を、もっと深く掘り下げるべきではないかと思います。
だからこそ、作編曲家の側から、もっと積極的に働きかけていただく必要があると感じています。奏者の意識がなかなか変わらないのであれば、作編曲家が従来の慣習にとらわれない音楽を書き、奏者に新たな可能性を求めて刺激していく。まさにそのためにもこのアプリは大いに役立つものだと思っています。
ーーそれは教育の問題でもあるわけですね。
朝川:例えばE♭の調の曲を弾くとしますよね。シとラとミがフラットです。ハーピストは譜面をもらったら、フラット3つだからペダルを3つフラットにする。そこからなかなか抜け出せないんです。ハープは、調に合わせてペダルを固定してしまうと、コードに合わせてグリッサンドの流れを変えることができない。一つひとつの弦がどういう調弦になっているかを考えていかなければならないんです。それは教育の問題ですね。
ーーそうなると、ポップス系の曲にハープを入れようとしても、なかなかうまくいかないわけですね。ただ、作曲家がこのアプリを使って譜面化すれば、従来の教育しか受けていないハーピストでも演奏できるようになる、と。
朝川:そうです。それともう一つ、ハーピストもアレンジャーも、みんなナチュラルから考えるんですよ。でも本当はフラットから考えないといけない。ハープはフラットが開放弦ですから、フラットからペダルを一段踏むとナチュラル、二段踏むとシャープ、という風に考えないと、フレキシブルに音列を作れないんです。ナチュラルを一段上げる、下げるではないんですね。
光田:作曲家も、フラットから考えている人はほぼいないですね。だから譜面を見ると、全部フラットでできるのに全部シャープで書いている方もいらっしゃる。でも、音の柔らかさが全然違うんです。そういうことも含めて、このペダルのアプリでいろいろ試していただきたいですね。
不具合報告はゼロ。米ハープ専門誌への広告で海外展開も
ーーリリースから9カ月ほど経ちましたが、反響はいかがですか?
光田:作曲家の方は、結構皆さん買ってくださっていますね。僕の友人の作曲家たちもみんな購入して、すごく便利だと言ってくれていますし、いろいろな方から「待ってました」という声をいただきました。海外の方からもメールをもらっているんですが、不具合のメールは一つもないんですよ。前は「これ変じゃない?」というのが結構あって、外国の方からもメールが来ていたんですけど、今回はまだ一回も来ていない。僕も結構触っていますが、まったく大丈夫ですね。昔はガンガン落ちていましたから(笑)。グラフィックもきれいになって、すごく安定しています。
雲英:正直に言うと、まだ告知不足で、特に海外ではほとんど知られていないことが要因ではないかなと思います。
光田:そうですね。単純に、知られていないだけだと思うんです。そこで、アメリカのハープジャーナルという雑誌に1ページの広告を出しました。年2回しか発行されない雑誌で、次は秋口に出るので、もうすぐ掲載されるはずです。そこでどれくらい効果があるのかを見て、また別のところでもやってみようと思っています。
ーー現在、アプリの言語は日本語と英語ですよね。
光田:友人がフランス語に訳せるよと言ってくれています。昔はアイコンに文字をそのまま入れてしまっていたので、言語を変えるにはアイコンごと作り直さなければいけなかったんですが、今回はiOSのフォントを使っているので、簡単に対応できるはずです。
朝川:全然できてしまいますね。ハープジャーナルは権威のある雑誌なので、いいと思います。
ハープ専門誌への広告をきっかけに、海外のハーピストや作曲家にもHandy Harp IIが広まっていくのか、今後の展開が楽しみです。
以上、10年ぶりに完全新作として復活したハープアプリ、Handy Harp IIについて、開発メンバーの3人にお話を伺いました。ソースコードも残っていない状態からの再構築ながら、着手からわずか2カ月でリリースし、しかも初代で積み残していた機能もすべて実現。作曲家にとってはハープの打ち込みと譜面化を劇的に効率化するツールであり、ハーピストにとってはコードからペダルを考えるための強力な味方になるアプリです。さらに、打ち込み音源としても通用する音質や、シンセの音色で独特のフレーズを生み出すMIDIコントローラーとしての使い方、ライブでの活用など、ハープの枠を超えた楽しみ方もできます。ハープのパートを書くことがある方、ハープという楽器の仕組みを知りたい方はもちろん、新しいフレーズ作りのツールを探している方も、ぜひ試してみてはいかがでしょうか。
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