今では、広く使われているDTMという言葉が誕生したのは1988年のことでした。この年、ローランドが発売した「ミュージくん」という製品においてDTMDESK TOP MUSIC SYSTEMという副題が付けられたのがスタートだったのです。

ミュージくんは、次の製品名からミュージ郎と改められ、大ヒット製品へと成長していったのですが、ミュージくんを持っていたという人は少ないかもしれません。そこで、DTMの原点を振り返るという意味で、このミュージくんとが、どんな製品だったのか、当時のパンフレットなども見ながら紹介してみましょう。


1988年にローランドから98,000円で発売されたDTM丸ごとセット、ミュージくん
ミュージくんが生まれた1988年当時、国内で普及していたパソコンといえばNECのPC-9801。まだWindowsXPもWindows95も登場するはるか以前で、もちろんインターネットもない時代。FM音源を搭載したパソコンはあったものの、基本的にはゲームの効果音用という感じで、チャチな音(やりようによっては、それなりの音を出すことは可能ではありましたが……)。これで音楽を作るというユーザーは、まだ本当にわずかだった時代です。


ミュージくんには、MIDI音源のMT-32、MIDIインターフェイスのMPU-PC98とシーケンサが入っていた 

そこにセンセーショナルに登場したのが、ローランドのミュージくんという98,000円の製品でした。これはPC-9801で音楽制作を可能にするためのパッケージ製品で、
MT-32(MIDI音源)
MPU-PC98(MIDIインターフェイス)
スターターソフトウェア(MIDIシーケンサ)
がセットとなったもの。当時私もMT-32という製品の存在だけは知っていましたが、実際に音を聴いたことはありませんでした。


筆者の手元に今でも動く状態で残っているMT-32。上に置いたのはiPhone5

そのMT-32を音源としたミュージくんが発売された直後に、これを自宅のPC-9801にセッティングし、デモ演奏を鳴らしたときには、そのすごさに鳥肌が立った覚えがあります。デモの1曲目は忘れもしないマドンナの「Papa don't preach」。FM音源で鳴らすピコピコサウンドとはまったく違い、まるでCDを聴いているようなクオリティーに思えたのです(実はそのミュージくん用デモ曲の入力をしたのは、現在リットーミュージックで、私のCubaseの本などをずっと編集してくれている編集長であったことを知ったのは、だいぶ経ってからのことでした……)。

※2013.12.5追記
その編集長から連絡があり、実は「Papa don't preach」を入力したのは、高山博さんであり、ほかの曲を入力したのが編集長だったとのことでした!みんな昔からやってるんだなぁ、としみじみ。


フェーダーが並ぶ当時としてはかなり魅力的な画面を通じて、MT-32のサウンドが飛び出した

この当時のシステム、現在のDAWとはかけなれたものなので、最近のDTMしか知らない人にとっては、なかなか想像がつかないと思うので、簡単に説明してみましょう。

当時のパソコンは非常に非力であり、CPUの処理性能を現在のCore i7などと比較したら、10万分の1にも満たないものでした(※80286とIntel Core i7 Extreme Edition 990xのMIPS値で比較)。搭載しているメモリだって640KBという時代ですからね……。そのため、パソコンでオーディオを録音したり、再生すること自体が、現実的ではなかったのです。


PC-9801VXに採用されていたCPU、80286の演算能力は現在のCore i7の10万分の1しかなかった 

そこで使わたのがMIDIです。MIDIの詳細についてはここでは割愛しますが、まだ規格が誕生して5年ほどのMIDI、これを使えば当時のパソコンでも十分に立派な演奏ができたのです。そして、その演奏使われた音源、MT-32は、まだ珍しかったマルチティンバー音源と呼ばれるもので、1つの音源で同時に8音色を鳴らすことができ、最大同時32音まで出せたのです(あれ、Multi Timbral 32音だったからMT-32というネーミングだったのかな??)。しかも、ここにドラム音源までも装備していたから、本格的な演奏ができたのですね。


MT-32に採用されていた128種類の音色マップ
 
このMT-32はローランドが開発したシンセサイザシステムである、LA音源というものを採用していました。当時の大ヒット・シンセサイザ・キーボードであったD-50D-20D-10といったものが採用していたのと同じもので、PCM音源とアナログシンセサイザの”いいとこどり”したような音源といえばいいのでしょうか……。プリセットとして用意されていたのは128音色+リズム30音色というものであり、この音色配列がしばらくは業界標準のようになっていったのです。この辺の話はまたいずれ記事にしてみたいと思っています。


MT-32には30種類のリズム音源が搭載されていた 

そのMT-32をコントロールするソフトウェアが、スターターソフトウェアというMIDIシーケンスソフト。まだマウスを使うこと自体が、必ずしも一般的ではなかった時代ですが、これはマウスで五線譜上に音符を置いていくと演奏ができるという、当時としてはスゴいソフトでした。もっとも、譜面入力ソフトは、それが初というわけではなく、たとえばダイナウェアという会社が開発していたPreludeというソフトは、当時11万円もしていたので、ミュージくんはハードとソフト一式揃って98,000円というのは、革命的なものであったのです。実は、スターターソフトというのは、そのダイナウェアとローランドの共同開発によるもので、その後これを発展させたBalladeというソフトがダイナウェアから登場したという経緯もあるのですが……。


マウス操作で譜面入力、編集ができたスターターソフト 

今なら、周辺機器はなんでもUSBで接続すればOKですが、当時はUSBなどというものはありませんでした。そして、MT-32は前述のとおり、MIDI端子を装備しているだけなので、パソコンとはMIDIケーブルを使って通信する必要があったのです。しかし、PC-9801には当然MIDI端子など装備されていなかったので、拡張スロットにMPU-PC98というボードを差し込み、ここからMIDIの送受信をするようになっていたのです。


ミュージくんのシステム構成図。MPU-PC98を通じてMT-32にMIDI信号を送っていた 

といったところが、25年前に誕生したミュージくんという製品です。改めて振り返ると、懐かしく感じる一方、技術の進化の速度は速いなと感じさせられます。こうした古いDTMの話は、ImpressWatchで発行しているメルマガ:MAGon「藤本健のDigital Audio Laboratory's Jurnal」で毎回書いているのですが、今後もときどきDTMステーションでも取り上げていきたいと思っています。



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