ASKA、初の配信ライブ<すべての事には理由がある>を支えたMADI、Danteのハイブリッドシステム

6月23日、ASKAが初の配信ライブ<すべての事には理由がある>をTOKYO FM HALLから行いました。配信ともに、TOKYO FMの番組「Terminal Melody」の公開収録も同時に行われたこと、また多くのミュージシャンが参加したということもあり、100人近いスタッフが動き回るという、非常に大がかりな配信ライブとなっていました。その配信ライブをたまたま取材することができたのですが、そのシステムが非常に強力でユニークなものになっていたのです。

ステージ側からホール裏側の配信コンソールのあるところまで64chをMADIケーブル1本で送り、それをRMEのマルチ機能マイクプリアンプ12Micで受信。それをAppsys ProAudioの変換システムMVR-64 multiverterを経由してDante経由でヤマハのコンソール、CL-5に送ってステムミックス。さらにそれをProToolsに送って最終ミックスをした上で配信すると同時に、全64chをSequoiaおよびバックアップ用としてStudio One 5、Logic Proでもレコーディングしていくという、すごいシステムになっていたのです。その全体システムの設計を行い、当日もオペレーションしていたエンジニアのMu-さんこと村上輝生さんからお声がけいただき、当日、見学することができたのですが、どんなシステムだったのか、解説してみたいと思います。

6月23日、TOKYO FM HALLでASKA初の配信ライブが行われた

このライブ配信本番の3日前、Mu-さんのFacebookのポストに「これ、すごくないですか!」と以下の図面が載っていて、「こんなすごいシステム実際に動いてるとこ見たい」ってコメント入れたのがそもそもの取材のキッカケ。

Mu-さんのFacebookページに載ってたライブのシステム構成図

かなり複雑なシステムのようなので、パッと見て全体を理解できなかったので、何度か質問のやりとりをしていたのですが、ここで肝になっているのはPA卓のAVID S6がMADIのクロックマスターである一方、配信卓のCL-5もDanteのクロックマスターとなっており、マスターが2つ共存しながら接続しているということ。

上からStudio Oneが動くMacBook Pro、Multiverter MVR-64、12Mic、Fireface UFX+

確かにデジタルオーディオ機器の鉄則はクロックマスターが1つあり、そこにほかの機器が接続し、クロックマスターからのクロック受け、それに同期して動く形です。それが、今回の配信ライブでは2つのクロックマスターがあるというのだから、かなり妙。Mu-さん曰く「なんでこんなことができるのか、さっぱりわからないけど、MVR-64が2つのマスターを橋渡ししてる」と。実際、どんなことが起こっているのか見学に行ってみたのです。

左からMu-さん、石塚良一さん、粟飯原友美さん

その日、配信の音周りでオペレーションを行っていたのはMu-さんのほか、長年ASKAのレコーディングに携わってきたレコーディングエンジニア・プロデューサーの石塚良一さん、ASKAの10枚目のアルバム「Breath of Bless」や7月14日に発売する2年ぶりのシングル「笑って歩こうよ」のマスタリングも担当しているマスタリング&サウンドエンジニアの粟飯原友美さんという、強力な布陣。

ステージ上手袖に置かれたMADI Routerに光ファイバーケーブルを接続

私が現場に着いたとき、ちょうどセッティング中でMu-さんがステージからコンソールのあるところまでMADIのケーブルを引いているところだったので、案内してもらいました。

300mの光ファイバーケーブルのドラムを片手に配線していくMu-さん

ステージの袖にRMEのMADI Routerなるものがあり、ここに光ファイバーのケーブルを接続。「これ300mのケーブルなのに、軽々持って歩けるんだからすごいよね」とMu-さんは笑いながら、コンソールのある席まで引っ張っていきます。アナログケーブルで64回線も引いたら、ものすごい太さ、重さになるし、距離が伸びればその分、ノイズ混入もしやすくなりますが、光ケーブルであればそうした心配もなく、とってもスマート。

ステージ側から届いたMADIケーブルを12Micのリアに接続

そのケーブルを挿した先は、同じくRMEの新製品である12Micという12chのマイクプリ。RMEのフラグシップとなるマイクプリではありますが、どうしてこれにMADIを接続するの? とちょっと不思議にも思ったのですが、実はこれが高性能なマイクプリであると同時に、MADI、ADAT、AVBとの接続が可能で、自在にマトリックスが組めるというスーパーマシン。

12Micフロントのマイク入力にオーディオエンスマイクを接続

「もちろんマイクプリとしても使っていて、ここにオーディオエンスマイクを4本繋いでいるんだ。RMEがフラグシップというだけに、なかなか優秀なマイクプリだよ。ステージから来た64chの中で空いてる4chにオーディエンスマイクを割り込ませた新しい64chMADI信号を、オプティカルでFireface UFX+に、まったく同じ信号をコアキシャルで例のMVR-64に繋いでいるんだよ」と説明してくれました。

12Micのルーティングを設定する画面

そのMVR-64にはLANケーブルを使ってCL-5と繋がってて、CL-5もマスターになっているのは先ほども触れた通り。「従来、2つのマスターがあって、それを繋ぐとなったら、一度アナログを介して受け渡すしかなかったけど、このMVR-64がMADIとDanteを縁切りしてくれるらしく、よくわからないけどデジタル信号のままステージからの音がCL-5に届くんだよね」とMu-さん。信号が届く状態になると、ステージ側との信号チェックなどで慌ただしくなり、粟飯原さんとともに、1chずつ細かく確認していきます。

YAMAHA CL-5をオペレーションするMu-さんと、そこからの信号をチェックする石塚さん

なんとなくCL-5までの信号の流れは分かったけれど、配信までの流れが今ひとつ見えなかったので、石塚さんその辺りを伺ってみました。

先日もらった図面を少しシンプルにまとめたシステム構成図

「CL-5には64chの信号が届いているので、これをMuがガンガンEQやコンプ掛け録りでステムにまとめていくんですよ。1/2chでベースとドラム、3/4chでギターとシーケンサ、5/6chでキーボードとバイオリン、7chがコーラス、8chがASKAのボーカル、そして9/10chがオーディエンス。こうしてステムになったものをアナログでRMEのFireface UFX+で受けて、ProToolsで最終的に2chにミックスした上でビデオと合わせて配信している」と石塚さん。

CL-5からProToolsを介して配信する理由を説明してくれる石塚さん

でも、どうしてCL-5で2chにまとめず、いったんステムにした上でProToolsで2chにしているというのがピンと来ないところ。その点について質問すると…

「今回の配信ライブ、実は生配信ではなく4時間遅れという時差があるんですよ。なぜかというと、事故を避けたいというのと同時に、音に非常にこだわりがあるASKAが最終的なミックス結果を確認した上で配信したい、ということで、このようにしています。とはいえ、できるだけ時間差を少なくし、同日中に配信するため、効率を考えた結果、このようなシステムにしているんです」と今回の不思議なシステムについて教えてくれました。

そのライブ終了後にすぐにサウンドチェックするためもあって、石塚さんの前にGenelecのモニタースピーカー、8331A SAMが設置されており、ここにASKAさんが座ってチェックするのだとか…。その現場には立ち会うことはできませんでしたが、まさに臨戦態勢が敷かれていたわけです。

ホールの外側なので決していい音響環境ではないが、それをスタジオのような音に最適化してくれるGenelecのモニター

ちなみにCL-5側で設定したEQやコンプなどは掛け録りになりますが、ProTools側でもさらにエフェクト設定するので、こちらは後からでも調整可能。そのようにしてミックスした結果を最終的にはファイルで書き出し、少し離れた隣にいるビデオ班側に渡してドッキングさせて配信するのだとか。

CL-5から届くステムをProToolsで2chにミックス

当日は、抽選で決まった約50人のみホールに入れる形であり、その様子が4時間後に配信されたわけです。ただし、その配信とは別にTOKYO FMの番組「Terminal Melody」の公開収録という意味合いなどもあり、ProToolsでのステムレコーディングとは別に全チャンネルの完全レコーディングも行われていました。そのレコーディングを担当していたのが粟飯原さん。

粟飯原さんは64chの音を確実に録音していくのが今回の任務

「私は今回、シンプルな役割なんですよ。入ってきた64chをただそのままレコーディングしていく形で、メインはSequoia 15を使っている一方、バックアップとしてStudio One 5 Professionalにも録音しています」と粟飯原さんがシステムを見せてくれました。

64chのレコーディングはSequoia 15がメイン機として行う

実は私が伺った時はまだセッティング中で超バタバタ状態。私も含めホール入場者全員、入り口で抗体検査をクリアしないと入れないので入場に手間取り、PAも照明も映像も録音配信も一斉に作業中という修羅場でしたが、なんとか順番に取材させていただきました。初めての機材もいくつか入っていたのに予定時間内にセッティングを完了、チェックも1発OK。素晴らしいチームワークです。

セッティングが完了したら、あとは安定した動作で、何のトラブルもなく、ライブは終了。大急ぎでのチェックも終えて無事配信も成功したのでした。

トラブルもなく、ライブは無事終了

以上、今回は大規模な配信ライブ現場の裏側を紹介してみましたが、いかがだったでしょうか? 個人的には新製品である12Micのネットワーク機能に興味があって、その使用現場を見てきたのですが、改めて面白いマイクプリであることが実感できました。RMEでは、MICSTASY、OCTAMIC XTCというマイクプリもありますが、それぞれ少しずつ音の傾向が異なるようで、人によって好みの違いもありそうです。国内販売元であるシンタックスジャパンの製品紹介ページには、この3つのマイクプリの音の違いを192kHz/24bitのWAVファイルで聴き比べることもできるようになっているので、興味がある方はチェックしてみると面白いと思います。

機会があれば、MVR-64(上)について細かくチェックしてみたい

またここでは、MVR-64については、細かくチェックすることはできませんでしたが、機会があれば、どうやってMADIとDANTEのマスター同士をつなぐことができるのかなど、接続手順や使い方など紹介してみたいと思っています。

【関連情報】
12Mic製品情報
MVR-64 Multiverter製品情報

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