ハンディレコーダー市場において、2014年に登場したZOOMの「H5」は、マイクカプセル交換システムやXLR入力といった特徴を持ち、多くのクリエイタに利用されてきました。その正統後継機として2025年3月に登場したのが「H5studio」(42,900円税込)です。これはH5の基本設計を継承しつつ、現代の制作環境に合わせて機能を大幅にアップデートした新モデル。音質面での向上も大きなポイントで、まずマイクプリアンプにはプロ向けフィールドレコーダーFシリーズと同等の高品質なものが搭載され、EIN -127dBuという超低ノイズを実現しています。また、標準付属のXYステレオマイクは業界初となる19.4mmの大口径ダイヤフラムを採用した新開発のものとなり、最大140dB SPLという高い耐音圧を維持しながら、レコーダー内蔵マイク史上最大のダイナミックレンジ123dBを誇っています。
さらに、録音フォーマットも進化し、最高192kHzのサンプリングレートに対応するとともに、ゲイン調整が不要になる32bitフロート録音も可能になりました。また単に32bitフロートに対応しているだけではなく、専用のゲインノブを搭載することで、従来のゲイン調整に慣れたユーザーにとっての作業効率のよさも両立しています。さらにDTMユーザーにとって重要なUSBオーディオインターフェイス機能の強化やループバック機能の追加、カラー液晶や日本語表示への対応、映像制作向けのタイムコード同期機能も追加されています。ズームからはちょうど8月18日に同じく19.4mmの大口径のステレオマイクを搭載し、最大8トラック(6トラック+Stereo Mix)の同時録音を可能にしたH6studioが発表されたタイミングではありますが、今回はH5studioを実際に試してみたので、紹介していきましょう。
H5の優れた設計思想を継承し、正統進化したH5studio
新モデルであるH5studioは、旧モデルH5が持つ柔軟な拡張性や現場での信頼性といった優れた設計思想を受け継ぎつつ、現代の技術でさらに発展させたものとなっています。
特徴 | ZOOM H5studio |
ZOOM H5 (旧モデル)
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最大解像度 | 192kHz / 32bit float | 96kHz / 24bit |
プリアンプ | Fシリーズ相当 (EIN -127dBu) | H6相当 |
内蔵マイク | XYH-5s (19.4mm大口径) (ショックマウント付) |
XYH-5
(ショックマウント付) |
最大入力音圧 | 140dB SPL | 140dB SPL |
同時録音トラック数 | 6 (4トラック + ステレオMix) | 4 |
ディスプレイ | 2.0インチ フルカラーLCD |
モノクロLCD (バックライト付)
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外部入力 | XLR/TRSコンボ x2, 3.5mmステレオミニ x1 (マイクカプセル付) |
XLR/TRSコンボ x2,
3.5mmステレオミニ x1 (マイクカプセル側) |
接続端子 | USB Type-C | USB Mini-B |
タイムコード同期 | 対応 (BTA-1/TCA-1) | 非対応 |
オーディオI/Fモード | 4in / 2out (32bit float対応) | 2in / 2out (16bit) |
電源 | 単3電池 x4, ACアダプタ, USBバスパワー |
単3電池 x2, ACアダプタ, USBバスパワー
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電池持続時間 (2tr録音) | 約15時間 (アルカリ電池) |
約10時間 (アルカリ電池)
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質量 | 410g (電池含む) |
316g (電池含む)
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H5の大きな特徴の一つが、ZOOM独自の「マイクカプセル交換システム」でした。録音対象や環境に合わせて最適なマイクに交換できるこの仕組みは、一台でさまざまな録音シーンに対応できる柔軟性をもたらしました。この優れた拡張性はH5studioにもそのまま受け継がれ、さらにH5studioではこのシステムが大きく進化し、「Dual AD対応のマイクカプセル交換システム3.0」となりました。標準付属のXYマイクが、新開発された大口径ダイヤフラムの「XYH-5s」へとアップグレードされただけでなく、ステレオショットガンマイク「SSH-6e」やXLR/TRSコンボジャックの入力数を拡張する「EXH-6e」といった新しいオプションは、H5studioの32bitフロート録音に完全対応。
また、操作性の面でもH5の長所は継承され、旧H5で高く評価されたポイントの一つに、独立した外部入力用の録音レベル調整ダイヤルがありましたが、H5studioもこの直感的な物理コントロールを維持しており、録音現場での確実なオペレーションを可能にしています。これに加えて、H5studioではディスプレイが大型のカラー液晶となり、メニューも日本語表示に対応したことで、視認性と設定のしやすさが大幅に向上しています。
H5が持っていた実用的な録音機能も、H5studioではさらに強化されています。H5は最大4トラックの同時録音が可能でしたが、H5studioではステレオミックスを含めた最大6トラック同時録音へと拡張されました。サンプリングレートも最高192kHzに対応し、より高解像度での録音が可能になっています。
そして、H5に搭載されていたバックアップ録音機能も、H5studioでは32bitフロート録音の搭載によって、より根本的な形でその目的が達成されています。万が一の音割れに備えるという考え方は、そもそもゲイン設定ミスによるクリッピングのリスクがなくなることで、録音の失敗を大幅に低減させるという、より直接的なアプローチへと進化したのです。
録音ワークフローを変える32bitフロート録音とその活用法
DTMステーションの過去記事でも何度か32bitフロート録音について解説していますが、改めて32bitフロート録音について、簡単に紹介しておきましょう。
32bitフロート録音が登場するまでのこれまでのレコーディングでは、入力ゲインの調整が常に重要な作業でした。ゲインが低すぎればS/N比が悪化してノイズが目立ち、逆に高すぎれば音が歪んでしまうクリッピングが発生し、一度歪んだテイクは事実上使用不可能でした。旧H5が搭載していたバックアップ録音機能は、万が一の音割れに備えるためのものでしたが、32bitフロート録音は、その前提となるゲイン調整の概念そのものを変える技術なのです。
32bitフロート録音では、最近のZOOM製品では内蔵されている「デュアルADコンバータ回路」が大きな役割を果たします。これは入力ゲインの異なる2つのADコンバータを搭載し、入力音のレベルに応じて最適なコンバータを自動で切り替えるというもの。これにより、理論上クリッピングすることがない、非常に広大なダイナミックレンジを確保できるのです。ささやくような小さな音から大きな音まで、ゲイン調整を気にすることなく録音することが可能です。
さらに重要なのは、録音後の編集。たとえDAWソフト上で波形が振り切れているように見えても、32bitフロートで記録されたデータ自体は破壊されていません。DAW上でゲインを下げるだけで、クリッピングしていないクリーンな波形に復元できるのです。
ちなみにH5studioでは、本体正面の「RECモードキー」を押すことで、この「32bit Float」モードと、従来の「16/24bit Fixed」モードを簡単に切り替えることができます。ファイルサイズを抑えたい場合や、既存のワークフローに合わせたい場合には、Fixedモードを選択することも可能。
ここで注目したいのは、32bitフロート録音モードであっても、H5studioには物理的なゲイン調整ノブが搭載されている点。32bitフロート録音は原理的にクリッピングしないため、このゲイン調整は不要に思えるかもしれません。しかし、これには実践的な理由があり、32bitフロート録音時、このゲインノブは音割れを防ぐためではなく、録音されるファイルの基準レベルと、ヘッドフォンなどから出力されるモニター音量を調整する役割を担っています。
もちろん、ゲインを低めに設定して録音し、後からDAWで音量を持ち上げることも32bitフロートなら問題なく行えます。しかし、録音時ある程度のレベルに調整しておくことで、DAWに取り込んだ際に波形が視覚的に扱いやすくなり、ミキシングの初期段階でのゲイン調整の手間を省くことができます。つまり、32bitフロートによるクリッピング回避という安全性と、従来のゲイン調整に慣れたユーザーにとっての作業効率のよさを両立させるための仕様を採用しているのです。
また、H5studioにはFシリーズにも採用されている「Advancedリミッター」が搭載されています。これは1ミリ秒のディレイでピークレベルを先読みし、信号がデジタルフルスケールを超えても録音結果に歪みが生じないようにする機能。16/24bit Fixedモードでの録音時には突発的な大音量による歪みを回避するのに役立ち、また32bit Floatモードにおいても、このリミッターをかけておくことで、録音後のノーマライズ処理を不要にするなど、ポストプロダクションの効率化にも繋がります。この機能は各入力トラックだけでなく、ステレオミックスファイルに対しても個別にON/OFFが可能となっています。
レコーダー内蔵マイク史上最大の123dBもの広大なダイナミックレンジを実現
さて、マイクプリアンプについても見ていきましょう。H5studioには、ZOOMのプロフェッショナル向けフィールドレコーダであるFシリーズで採用されている高品質・低ノイズプリアンプが搭載されました。入力換算雑音(EIN)-127dBu以下という性能を誇り、環境音のような微小な音を録音する際にも、ノイズの影響を最小限に抑え、クリアな音質を確保しています。またダイナミックレンジは132dBと、旧H5も上位機種譲りのプリアンプを搭載していましたが、Fシリーズプリアンプの採用は、H5studioをよりプロユースにも対応できる機材へと進化させました。
そして、H5studioの顔ともいえるのが、新開発されたXYステレオマイク「XYH-5s」です。このマイクは、業界初の19.4mmという大口径ダイヤフラムを採用しています。一般的にマイクのダイヤフラムは口径が大きいほど感度が高まり、より多くの音響情報を捉えることができます。
これにより、高いS/N比と、低域から高域までクセのないフラットな周波数特性を実現しているのです。最大入力音圧レベルは140dB SPLと、非常に高く、大音量の音源でも安心。この新しい大口径マイクと32bitフロート技術の組み合わせにより、H5studioはレコーダー内蔵マイク史上最大の123dBもの広大なダイナミックレンジを達成しています。
また録音品質を守るためのノイズ対策も強化されています。マイクカプセルには、本体操作時の振動音などを抑制するショックマウント機構が内蔵されているほか、スマートフォンやWi-Fiルーターといったワイヤレス機器が発する電波へのRFノイズ耐性も高められているなど、さまざまな環境下で不要なノイズを抑えたクリアな録音が可能になっています。
柔軟な接続を可能にする入力端子
H5studioは、本体下部に2系統のXLR/TRSコンボ入力を装備しています。この入力はメニューから「マイク」と「ライン」を切り替えることができ、さまざまな機器との接続に対応しています。
マイク入力としては、+48Vのファンタム電源を供給できるため、ダイナミックマイクだけでなく、電源供給が必要なコンデンサマイクも直接接続することが可能。また、ライン入力に設定した場合、PAミキサーや業務用カメラなどが出力する+4dBuのラインレベル信号にも対応しており、幅広い機器からの音声を歪みなく入力できます。
これらに加え、標準付属のXYマイクカプセル「XYH-5s」の側面には、3.5mmステレオミニのMIC/LINE IN端子も装備。この端子はプラグインパワーの供給にも対応しているため、ラベリアマイクなどを接続して使用することも可能となっています。
ラインとヘッドフォン、2系統の出力端子
H5studioは、入力だけでなく出力に関しても柔軟な設計が行われており本体左側面には、3.5mmステレオミニ仕様のLINE OUT端子とヘッドフォン端子が個別に用意されています。
LINE OUT端子からは、カメラなどに直接音声信号を送ることができ、これにより映像と音声を同時に収録する際のセッティングが簡単にできます。一方のヘッドフォン端子には、出力20mWのヘッドフォンアンプが内蔵されており、さまざまな環境で正確なモニタリングが可能です。カメラへ音声を出力しながら、同時にヘッドフォンで音を確認するといった使い方も可能。
また、本体背面には最大250mW出力の内蔵スピーカーも搭載されていて、ヘッドフォンを接続していない状態であれば、録音した結果をその場で手軽にプレビュー再生することできるようになっています。
多機能なオーディオインターフェイス機能
H5studioは、単なる高機能なレコーダーとしてだけでなく、DTM制作におけるオーディオインターフェイスとしても非常に高い能力を持っています。接続端子は現代標準のUSB Type-Cに変更され、機能面でも大幅な強化が図られました。
H5studioをPCに接続すると、最大で4in/2out、最高96kHz/32bitフロート対応のオーディオインターフェイスとして動作します。これにより、H5studioの持つFシリーズ譲りの高品位なプリアンプを通して、ボーカルや楽器の音を劣化させることなく直接DAWにレコーディングすることが可能です。Windowsで使用する場合は専用のドライバをインストールする必要がありますが、Macの場合はドライバレスで動作します。
また柔軟なルーティング機能も備えており、オーディオインターフェイスとして動作させる際、PCへの出力モードを「Stereo Mix」と「Multi Track」から選択できます。「Stereo Mix」モードでは、H5studioに入力されたすべての音(マイクカプセル、INPUT 1/2)が本体のゲインノブでミックスされた状態で、2チャンネルのステレオ音声としてPCに送られます。一方、「Multi Track」モードでは、各入力が独立したチャンネルとしてPCに送られるため、DAW上で各トラックを個別に編集やミキシングすることができます。
さらに、PCの再生音とH5studioへの入力音をミックスして再度PCに送る「ループバック機能」も搭載。これにより、PCでBGMを再生しながらマイクでナレーションを加え、その両方をミックスした音声をライブ配信するといった用途にも簡単対応できます。このループバック機能の設定も簡単で、オーディオインターフェイスモードのホーム画面からメニューバーの「OUTPUT」を選択し、次の画面で「ループバック」を選んで「ON」にするだけです。入力音をPCを介さずに直接モニターできる「ダイレクトモニター機能」も備えており、録音時の音の遅延を気にすることなく演奏に集中できるのも大きなポイントです。
そして、オーディオインターフェイスとして使用しながら、同時に本体のmicroSDカードにも録音することも可能。これにより、PCがフリーズするなどのトラブルが発生しても、録音データはH5studio本体にしっかりとバックアップとして残ります。これは、一発録りのライブ収録など、失敗の許されない場面において重要な機能ですよね。
プロの現場に応える拡張性と便利な機能
前述の通り、旧H5の大きな特徴であったZOOM独自の「マイクカプセル交換システム」はH5studioにも受け継がれており、プロ向けの機能と組み合わせることで、その活用範囲を広げることができます。標準付属の「XYH-5s」だけでも非常に高性能ですが、オプションのマイクカプセルに交換することで、さらに専門的な録音に対応可能です。
ステレオショットガンマイク「SSH-6e」
センターの音を拾う超指向性のショットガンマイクと、左右の音を拾う双指向性マイクを組み合わせたMSステレオマイクカプセル。狙った方向の音をシャープに捉えつつ、周囲の環境音も同時に収録し、録音後にステレオの広がりを調整することがで可能。
XLR/TRSコンボ入力「EXH-6e」
2系統のXLR/TRSコンボ入力を追加できるカプセル。これを装着することで、H5studioは合計4系統の外部マイク・ライン入力を持つレコーダーとなり、より複雑なマルチマイクレコーディングに対応できます。
ワイヤレスラベリアマイク・カプセル「WLM-1」(2026年発売予定)
さらに、2026年には2チャンネルのワイヤレスラベリアマイク・カプセル「WLM-1」の発売も予定されています。これは、電源を入れるだけで自動的にペアリングが完了し、すぐに高音質なワイヤレス録音が可能になるというもの。内蔵マイクにはΦ14.6mmの大口径ダイヤフラムを搭載し、最大130dB SPLの耐音圧を実現。インタビューやVlogなど、ケーブルの取り回しを気にせずクリアな音声を収録したい場合に、新たな選択肢となりそうです。
タイムコードジェネレータ・アダプタ「TCA-1」(2025年夏発売予定)
また、2025年夏には、24時間で誤差0.5フレーム以内という高精度なタイムコードを生成するタイムコードアダプタ「TCA-1」も発売予定です。これをH5studioに装着すれば、本体がタイムコードジェネレータとして機能するため、映像制作現場での利便性がさらに向上します。
これらのオプションに加え、プロの映像制作現場で不可欠なタイムコード同期にも対応。別売りのBluetoothアダプタ「BTA-1」を介して、ATOMOS社のUltraSync BLUEなどと連携し、外部からのタイムコードを受信して録音ファイルに記録することもできます。同じく「BTA-1」を使用すれば、iOSアプリ「ZOOM Handy Control & Sync」からのリモート操作も可能になります。このアプリを使えば、iPhone/iPadからH5studioを単体で操作できるだけでなく、複数台のH5studioやH2essentialなどを一括でリモート操作し、録音の開始・停止やタイムコード同期、日時設定などを管理することも可能です。
H5studioのポテンシャルを引き出すアクセサリパック「APH-5s」
またH5studioをさまざまな現場で活用するために、専用のアクセサリパック「APH-5s」(7,000円税込)が用意されています。
屋外でのレコーディングにおいて悩みの種となる風によるノイズを効果的に低減します。H5studio付属のXYマイクカプセル「XYH-5s」専用設計となっています。
レコーダーを傷や衝撃から保護し、持ち運びに便利なソフトシェルケースです。H5studio本体と一緒に、単3電池、ACアダプタ、USBケーブル、microSDカードなどのアクセサリを収納して持ち運ぶことができます。
長時間の収録やオーディオインターフェイスとして使用する際に、バッテリー残量を気にすることなく安定した電源を確保できます。
以上、ZOOMの新世代ハンディレコーダー、H5studioについて紹介しました。旧モデルH5が築き上げた信頼性と柔軟性をベースに、32bitフロート録音という技術を搭載したことで、録音における失敗のリスクを低減させています。加えて、プリアンプと新開発マイクによる音質の向上、カラー液晶や日本語表示による操作性の改善、そして大幅に強化されたUSBオーディオインターフェイス機能など、あらゆる面で正統進化を遂げています。
ゲイン調整の負担を軽減し、パフォーマンスに集中できる環境は、すべてのクリエイターにとって重要な機能です。スタンドアロンのレコーダーとしてはもちろん、DTMシステムのハブとなるオーディオインターフェイスとしても高いポテンシャルを秘めています。これからレコーディング機材の導入を検討している方は、ぜひこのH5studioを試してみてはいかがでしょうか。
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