先日の記事「808、909、303の音を忠実に復刻。Roland AIRAがベールを脱いだ!」でも紹介したとおり、久師さんは、AIRA開発の比較的初期段階からRolandに対して要望を出していたり、サウンドチェックなどをしていたようで、SYNTH BARにおいては「まさに自分が欲しい機材を作ってもらった」と話していました。でも、AIRAの開発とどんな関わりだったのか、TR-808やTR-909、TB-303を駆使するミュージシャンとして著名な齋藤久師さんが求める機材とはどんなものだったのか、直接インタビューして聞いてみました(以下、敬称略)。
久師:要望はもう15年以上前から出していたんですよ。ダンスミュージックやクラブシーンでTR-808やTB-303などがメジャーになってきたころ、他メーカーから、どんどん808や303の音が出てき、クローンもいっぱい登場してきたのに、Rolandが一向に動かないのを不思議に思うとともに、もどかしく感じていたんです。別に復刻してほしいとは言わなかったけれど、とにかく買いたくなる楽器を作ってほしいと、ずっと訴えていました。そうした中、2012年9月だったと思います。先日の記事にも出ていたRolandのRPGカンパニーの高見眞介さんがウチにやってきて、「ビデオに撮るから、いつもの即興演奏をしてほしい」というんです。目的も言わず(笑)。そこでTR-808、TR-909、TB-303、さらにアナログシーケンサ、ディレイ、またミキサーコンソールを使いないがらの即興演奏を行ったのですが、そこがスタートでした。
久師:次の週にまたやってきて、「各機材を貸してほしい」と言って持って行っちゃったんですよ。それでもしっかりと目的は話してくれなかったのですが、「ついに何かが動き出したんだな」と確信しましたね。さらに翌週にはプロジェクトマネジャーもいっしょにやってきて、ウチにあるビンテージ機材を見にきたりね。「ハード、ハードって言っているけど、何が大切なのか?」と聞かれたので、ツマミを回す感覚と、それによる音の変化の仕方など、フィジカルフィードバックの大切さなどをお話しましたよ。どんな機材が欲しいかというので、いろいろ要望を出しましたよ。
久師:リズムマシンに関していうと、まずは、ミキサーで演奏をするので、ツマミではなくスライダー型のフェーダーが欲しいという要望は出しましたね。さらに操作する上で階層がないことも絶対条件だ、と。メニューボタンでの設定などがあったら、パフォーマンス演奏はできないですからね…。そしてテンポに対するFineTuningがついていること、というお願いもしました。TAPボタンでのテンポ設定は、いろいろな機材で付いていますが、テンポ合わせるのって、そんな簡単にはできないですよ。ものすごく微妙なタイミングですからね。アナログのターンテーブルと同期させる場合などは、TAPではなく、ツマミで細かく調整したいですからね。そして絶対条件として出したのが、「アナログで作ってほしい」ということでした。
久師:それから、しばらく後、浜松からエンジニアもやってきて、TR-8の原型となる図面を持ってきたんですよ。まだ、本当に構想のイラスト的な図面でしたけどね。その時点では中身については議論できておらず、形、UIなどの議論をしました。パネルの配置やテンポのダイヤルはどこに置くべきか、フェーダーはどこに何個搭載して、パーツの手触り感をどうするか、トルクの重さをどの程度にすべきか……。うちのシンセのツマミをいじりながら、どういうものが使いやすいのかを伝えました。
久師:確かにTR-808に自分が慣れてしまっているけれど、冷静い考えればそれがベストというわけではないんです。たとえば音量一つをとっても、瞬時に大きい音にしたいというとき、ロータリーフェーダーよりはスライダーフェーダーのほうがいい。またシャッフルのような機能がついていたらより便利だろう……とかね。とくにお願いしたのがパフォーマンスモードとレコーディングモードが分かれていること。自分ではTR-808、TR-909のほかにTR-606もよく使うんだけど、音は808、909が最強、でもUIは606がもっとも優れていると思っているんです。そう606はパターンを再生しながら録音することもでき、パターンを変えていくことができるんです。こうした機能ができるようにTR-808を改造できないかって、いろいろな人に相談していたくらいですからね。
久師:確かにソング機能ってあるけれど、僕自身、ソングを使っている人を見たことがないんですよ。TR-808のような昔の機材ってディスプレイもないから、「何回このボタンを押した後に、こっちのボタンを押して……」という操作であり、本当にうまく行っているのか不安になります。TRが使われている往年の名曲もみんな、パターンを手で切り替えているし、今使っている人たちもみんなそう。一方で、制作側であればDAWを組み合わせて使うのが当然だから、そもそもソング機能なんて不要。そう考えたら、ソング機能は不要だね、って話も当時からしていました。
久師:その後、しばらくして、また高見さんたちと会ったとき、自分のも含め、複数台のTR-808を並べて音の比較をしてくれたんです。聴き比べてみると、これが本当に同じ機材なのか、というほどの違いがあって愕然としました。個体差があるというのは知ってたけど、ここまでまったく違う音なのか、と。でも、そこで出てきた答えが「だから、デジタルでいく」というものでした。正直いって、失望しましたね。もう「終わった」と(笑)。高見さんとの付き合いも15年近くあったけど、その仲も終わったって、本当にがっかりしましたよ。仮に製品化されても、自分の名前は出してくれるな、ってね。それが2012年末くらいの話。その後、まったくコンタクトもなくなったのですよ。でも、水面下で一生懸命開発が進んでいたんですね。
久師:ACBなどの技術そのものについては分からないけれど、今まで自分が見てきたデジタルとはまったく違いました。自分の知っているアナログの音がするんですから。実はTR-8より先にTB-3のほうが開発が進んでおり、そちらも見せてもらったら、こちらは、いろいろ問題がありました。
久師:それから何度もやりとりをしていましたが、見る見る音や操作感は向上していきました。正直、自分もデジタルについて誤解していました。ACBという技術は素晴らしいって思いましたね。やはり回路自体をモデリングするのは、音をモデリングすることとはまったく違う。それならば、とさらに欲しい機能の要望を出していきました。ただTB-3は1音だけですが、TR-8はキックだけでなく、スネア、ハイハット、シンバル、タム……といっぱいあり、しかもTR-909の音まで入れようっていうんだから、大変です。キックだけに1ヶ月もかけていて製品は本当にできるのか、と思いましたよ。
久師:人海戦術で一気に開発が加速した感じはしました。先ほどの話で、複数のTR-808を並べて比べていたわけですが、個体によってまるっきり音が違うので、落としどころが難しいだろうな、とは思いました。私もそうですが、自分の808の音しか知らないから、違うものがやってきたら「これは808の音じゃない」って思っちゃいますからね……。ただ、その音の違いは主にピッチとディケイであるということも分かったので、カウベルなどにもこれらのパラメータをつけることになったんです。また面白かったのは、TR-808のタムタムの残響音の正体!使うと分かるんだけど、余韻の最後ブーンって音が残るのはなぜなのかと思っていたのですが、当時これを開発したエンジニアによると、ホワイトノイズを足して作っていたとのこと。で、現存する機材は、個体によって、そのノイズの音量と長さが違うために、雰囲気が大きく異なることがハッキリしたんですよ。最初にプロタイプの音を聴いてデジタルっぽくダメだと思ったタムタムは、このホワイトノイズがしっかり調整されていて、タイトでディケイが短めだったんです。ところが、Rolandの工場に残っていたTR-808はまさにその音そのものだったので、驚きました。そこで、一番気持ちいい音を探そうって日を作って、Rolandの浜松の研究所にこもって、音を確かめながらエンジニアといっしょに調整したりもしました(笑)。
久師:僕もそのシンバル見せてもらいました。でも以前聞いた話では、そのシンバル、開発者の思い入れが残しているのであって、それを録りなおしたりはしてないようです。サンプリングデータは909のものをそのまま吸い上げて使っているようですよ。まあ、確かに909はPCM音源ではあるけれど、今のPCM音源と比較して精度も悪い。だから、そのまま出力しているのではなく、フィルターをはじめ、アナログ回路を通して出ているから、あのサウンドが出てくるんですよ。そしてこのアナログ回路はACBでしっかり再現しているからこそ、909の音が飛び出してくるわけです。
久師:何度かのやり取りで音はよくなり、これで十分というところまで来ました。でもTB-303の完全再現というだけではつまらないので、ちょっと無理な要望を出したんですよ(笑)。そうTB-303にはないけど、「ノイズジェネレーターをつけて欲しい」、「オシレーターを何個か重ねられるようにしてくれ」って。そうしたら、まんまとハマって、その機能が付いてきちゃったんですよ(笑)。これ、完全に自分の趣味だけど、以前からやりたかったことでできなかったことなんです。このTB-3のプリセット作りは僕が協力させてもらいましたが、TB-303の完全再現のほか、オリジナル音+エフェクト、さらにはTB-303では出せなかった新しい音がいっぱい入っているので、ぜひ、試してみてください!