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小岩井ことりさんの耳を3Dスキャン!final「TONALITE」で体験した“自分専用の音”とDTASの未来

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finalの新技術DTASとそれを搭載したワイヤレスイヤホン「TONALITE」について、DTMステーションではこれまで2本の記事をお届けしてきました。1本目では実際にTONALITEを使ってみたレビューとして、顔や耳をスキャンして自分専用のプロファイルを作る「ネイロの白紙化」の仕組みを紹介し、2本目ではその開発を主導したfinalの濱﨑公男さんに、聴覚理論の背景や他社技術との違いをじっくり伺いました。

そして今回、その第3弾としてお届けするのは、声優の小岩井ことりさんとともにfinal本社を訪れたレポートです。小岩井さんにはまずご自身でTONALITEを試していただき、そのうえで本社にて、より精度の高い耳の3Dスキャン測定を体験してもらいました。かつてZE8000で行われていた有料の「自分ダミーヘッド」測定サービスは現在終了していますが、その技術がどのように使われていたのか、実際の測定風景とともにお伝えします。そして測定後には、濱﨑さんも交えての座談会を実施。声優の収録現場でのモニタリング環境や、DTASの国際標準化に向けた動き、そして今後予定されているヘッドホンへの展開、ドングル製品の発売情報まで、前回では踏み込めなかった話を数多く伺うことができました。

声優の小岩井ことりさんに、finalのTONALITEを試してもらった

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小岩井ことりさんがまずTONALITEを試してみた

今回、測定に協力していただいたのは、声優として数多くのアニメやゲーム、ASMRコンテンツで活躍する小岩井ことりさんです。ご存じの通り、小岩井さんはDTMユーザーでもあり、Cubaseを駆使しながら制作活動もしているわけですが、モニターイヤホンとしてfinalのTONALITEにもとても関心を持っていたので、一緒にfinal本社に行ってみることになったのです。

finalのワイヤレスイヤホンであるTONALITE

すでに小岩井さん自身もTONALITEを入手しており、つい最近試していて「なんか良くなるんだけど、なんて言えばいいのか分からない」と、多くの人が口にするのと同様の感想を話していました。低音が増したとか、高音がきらびやかになったといった、いわゆるイコライザー的な変化ではなく、もっと自然に、聴き取りやすくなる——という感覚は、これまでの取材でも繰り返し語られてきたポイントです。

final本社で耳を測定。使われたのは非公開の専用スキャナー

以前の記事でも紹介したとおり、TONALITEは事前にスマホアプリを使って、自分の耳を撮影した後、機械学習等の最新技術を利用してプロファイルを作成し、それをTONALITEに転送することによって、自分に最適化する形になっています。しかし、今回finalを訪問すると、小岩井さんに「まずは、小岩井さんの頭や顔、耳を高精度に測定してみましょう」と担当者から伝えられ、測定ルームへ。

final本社で小岩井さんの耳や頭をスキャン。まずはマーカーとなる帽子をかぶってもらった

まずはマーカーとなる模様がある帽子をかぶってもらって頭部・上半身の形状をスキャン。ここでは椅子が360度自動で回転しながら、スマホカメラでパシャパシャと撮影していく形となっていました。その後、席を移動し、今度は耳の詳細スキャンです。見慣れない専用の測定機材が登場しました。

自動で回る椅子に座ってもらい、上半身をスキャン

 

非接触のレーザー式スキャナーで、耳のすぐ近くまで近づけると、ジジジジっという音を立てながら、外耳の凹凸を細かく読み取っていきます。外耳は音色を決定づける最も重要な部位のひとつであるため、ミリ単位ではなくそれ以上の精度で形状を読み取る必要があり、既存の高精度な測定機器を応用しているとのことでした。このレーザー光を耳に当てていくと、ディスプレイには小岩井さんの耳介が立体的にリアルに表示されていきます。そして、この3D画像はグルグルと回転させることもできるようになっているので、本人も見たことがない詳細な耳介の形状を確認できるという不思議な体験にもなっていました。

耳にレーザーを当てて、耳型を3Dスキャン

以前、final本社ではこうした測定を「自分ダミーヘッド(JDH)」と呼ばれる有料の測定サービスとして実施していました。のべ550人が体験して満足度100%だったという話を前回の濱﨑さんインタビューで伺いましたが、現在この有料サービス自体は終了しています。しかし、今回小岩井さんが体験したような精度の高い測定技術そのものは、研究開発や今後の展開のために現在も社内で活用され続けているとのことでした。

小岩井さんの耳をスキャンした画像がリアルタイムにディスプレイに表示されていく

座談会:なぜイヤホンでは「同じ音」が聴けないのか

一通りの測定を終えたところで、濱﨑さん、小岩井さんとの座談会がスタートしました。

——そもそも、なぜイヤホンやヘッドホンだと人によって聴こえ方が変わってしまうのでしょうか。

濱﨑:スピーカーや生楽器の場合、部屋にいる人はみんな同じ音を聴くことができます。理由は、頭や耳、顔など体による反射や屈折などの影響で、実際に鼓膜に到来する音波は人によって違うけれど、脳がそれを補正することで同じ音として認識されるのです。ところが、イヤホンやヘッドホンは耳の近くで直接音を出すので、体の影響をほとんど受けません。でも、それを脳が補正してしまうから、それぞれ違った音に聴こえてしまうのです。具体的には2 kHz~8 kHzの帯域あたりの音が人によって大きく変わってしまうという現象が起こるのです。これまでは、その体の影響を「平均的なもの」としてイヤホンやヘッドホンのターゲットカーブに組み込んでいたんです。ハーマンカーブなどが有名ですが、実際には人によってかなり違いがあって、それを個別に合わせるにはもう、こうやって身体を計測するしかないんですよね。

小岩井さんと、finalの濱崎さん、それに私とでインタビューしていきました

小岩井:今日自分の耳をスキャンしてもらって、こんなにまじまじと自分の耳の形を見たのは初めてでした。人によって全然違うものなんですね。

濱﨑:そうなんです。しかも2 kHz~8 kHzあたりは、耳介の形のちょっとした違いで大きく変わってしまう帯域なんですよ。

——測定したデータから、方向の情報と音色の情報を分けているというお話が前回もありましたが、もう少し具体的に伺えますか。

濱﨑:私たちが今日測定したようなHRTF=頭部伝達関数のデータには、実は2種類の情報が入っています。ひとつは音がどの方向から来たかという情報。もうひとつが音色の情報です。一般的なステレオの2chコンテンツには、そもそも方向の情報がほとんど存在していません。左右2つのスピーカーのバランスしかないので、正確には「音の方向」を再現するHRTFの出番はあまりないんです。それよりも重要なのが音色で、これは制作者が意図したバランス——ボーカルやベース、ドラムのバランス——がそのまま届くかどうかに直結します。DTASでは方向の情報を外して、音色の情報だけを残す。これが「ネイロの白紙化」の中身です。

小岩井:アニメや吹き替えの収録現場だと、他の演者さんの音声を片耳だけで聴きながら自分の演技を重ねることが多いんです。そのせいか、右耳だけ聴力が落ちている感覚があって……。

濱﨑:楽器の演奏者でも、片耳だけを長時間使う人には同じような影響が出ますね。声優さんの現場も、実は耳への負担がかなり大きい仕事なんだと思います。

——今日のような測定では、顔・頭の形や耳の形は確かに正確に捉えていると思いますが、音に関する測定はしていませんよね?こうした顔・頭・耳の形などから、本当に充分な精度のHRTFを割り出すことができるのでしょうか。

濱﨑:そこはきちんと検証しています。無響室にスピーカーを置いて測定する従来のやり方と、今日のようにシミュレーションで求めたデータを比較したところ、ほとんど合致しました。現時点の頭部伝達関数の測定技術としては、これで十分な精度が出ていると考えています。今研究しているのは、スマートフォンで左右の耳を撮った画像から、この精度にどこまで近づけられるかという部分です。ここもさらに進化させているところです。

——ということは、一度、撮影した耳の画像データでも、後からソフトウェアがアップデートされれば、聴こえ方が変わることもあり得るんでしょうか。

濱﨑:十分にあり得ます。画像の撮り方自体が改良される可能性もありますし、同じ画像からでも、推定の精度が上がれば計算結果は変わってきます。ですから、一度プロファイルを作った後でも、ソフトウェアのバージョンアップだけで「今日からさらに音が良くなった」ということが起こり得るわけです。

小岩井:それはちょっとお得な感じがしますね(笑)。

ASMRや収録現場のモニタリング環境が変わる可能性

小岩井さんはASMRコンテンツの収録・出演経験も豊富なことから、話題は自然とバイノーラル録音の話に移りました。

濱﨑:バイノーラルマイクで録った音には、すでにHRTFの情報——方向の情報と音色の情報の両方——が乗っています。DTASを組み合わせると、方向の情報はそのままに、音色の部分だけをリスナーの耳に合わせてより自然に、つまり録音された音色をより正しく再現できるようになるんです。つまり、制作者が「もう少し近づけたい」「この距離感で聴かせたい」と意図した空間表現は保ったまま、音色も意図した通りに届けることができる。ASMRのような、空間と音色の両方が重要というコンテンツにとっては、大きな意味を持つ技術だと思います。

小岩井:実際に自分のASMR作品をTONALITEでオンオフ比較しながら聴いてみたんですが、近い・遠いという感覚が変わるわけではないのに、録音環境やマイクの質感がすごく分かりやすくなったんです。何のマイクで録ったのか、部屋の響き方まで、急に見えてくる感じがしました。

——ASMRのような「近さ」の表現も、DTASで再現されているのでしょうか。

濱﨑:実はそこが面白いところで、ASMRのような超近接の音は、HRTFだけでは説明できないんです。HRTFが効いてくるのは、だいたい800Hz以上の帯域から。それより低い帯域のHRTFはほぼフラットなので、HRTFだけでは説明できません。ではそういった近さをどう感じているかというと、振幅周波数特性の変化、直接音と間接音(反射音)の比率である直間比の変化、音の強さの変化などが複合的に影響した結果だと考えられています。音色(ネイロ)が正しく再現されると、この振幅周波数特性の変化と、直間比の変化もより正しく聞き取れるようになるので、結果として「距離感がつかみやすくなった」と感じる人が多いんですが、DTASそのものは空間表現を直接変化させているわけではありません。あくまでイヤホン固有の音色を白紙化した副産物として、空間の見通しが良くなる——という関係なんです。

小岩井:なるほど、だから近さの印象が変わったわけじゃないのに、全体がクリアになった感じがしたんですね。

DTASの国際規格化が拓く”ネイロの標準化”

座談会でとくに興味深かったのが、DTASの技術を将来的にオープンな規格にしていきたいという構想です。

——このデータを使って、他の人も同じ音色を再現できるようにする、という話も出ていましたが。

濱﨑:音を作った側のHRTFの情報を送って、その音を受け取った側でより正しく音を再生できるようにしようという——音ファイル交換のための仕組みは、実はAES(Audio Engineering Society)の「AES69」という規格で標準化されています。この規格に関しては、以前、フランスの有識者と一緒に策定に関わったこともあるんです。しかし、この規格はあくまでも空間再現ということに重きを置いているので、将来的には、こうした枠組みをうまく活用しながら、音色個人性適用に必要なデータを標準化された形でやり取りできるようにしていきたいと個人的には考えています。こうすれば、配信する側と受け取る側が、離れた場所にいても同じ音色体験を共有できるようになるはずです。

小岩井:自分のデータを持っていれば、どんな機材でも同じように聴けるようになるということですか。

濱﨑:理想を言えばそうですね。ただ、標準化が進みすぎると、ターゲットカーブの差でしか差別化できなくなってしまう。メーカーとしては、正直ちょっと怖い部分もあるんですよ(笑)。

——それでも標準化を目指す価値がある、と。

濱﨑:はい。普及すればするほど、振動板の性能や物理的な音質そのもので勝負する時代になっていくはずです。それは業界全体にとって、悪いことではないと思っています。

他社イヤホンにも対応できる?

座談会の後半では、DTASが自社製品以外にも展開できる可能性についても話が及びました。

——DTASは他社のイヤホンやヘッドホンにも対応できるものなんでしょうか。

濱﨑:現在TONALITEのみに搭載されているDTASですが、今後はさまざまな製品に展開していく予定で製品開発を進めています。まずはドングル型の製品を開発した上で、他のfinal製品でDTASが利用できるようにすることを考えています。でも原理的には他社のイヤホンやヘッドホンでも音色改善の効果はあるはずです。ただし、正確に音色個人性適用を行うには、そのイヤホンやヘッドホン自体の振幅周波数特性を精緻に把握している必要があります。自社製品ならすべて分かっていますが、他社製品は個体差も含めて未知な部分が多い。もし「この製品に音色個人性適用を入れてほしい」というニーズがあれば、その製品を詳細に測定して音色個人性適用するというサービスも技術的にはあり得るかもしれません。

小岩井:あの定番モデルとかに対応してくれたら、みんな飛びつくと思います。

濱﨑:そう言っていただけると嬉しいですね。技術的には不可能ではないので、需要があれば検討したいところです。

DTASのもうひとつの狙い、「耳を守る」ということ

座談会の終盤では、少し違う角度から音圧と聴力の話題にもなりました。

濱﨑:WHOの発表によると、世界で5億人近くが大きすぎる音を聞き続けたことによって難聴になる危険があるとも言われています。加齢性難聴では高い音が聞こえにくくなるのに対して、大きな音を聴き続けることによって生じた難聴では、中音域も聞こえにくくなるので、注意が必要です。実はDTASには、こうした問題を和らげる副次的な効果もひょっとしたらあるのではないかと考えています。音色がより自然に再現されると、コンテンツの制作者が意図したとおりに、音楽の音を楽しむことができます。例えば、ボーカルやベースが他の音に埋もれて聴き取りにくいということが起きにくくなる。一方、こういった聞き取りにくさがあると、再生する音量を上げてしまうことになると思います。したがって、自然な音色が実現できれば、それほど音量を上げなくてもコンテンツを十分楽しめるようになるのではないかと考えています。

小岩井:アニメや吹き替えの収録現場では、片耳だけで長時間音声を聴く仕事の性質上、意識しないうちに耳へ負担をかけていたのかもしれません。正確に聴こえる環境なら、無理に音量を上げなくて済みそうですね。

濱﨑:まさにそうです。耳を守るという意味でも、音色を正しく再現することには価値があると思っています。

次の一手はヘッドホンとドングル

最後に、今後の展開について改めて伺いました。

濱﨑:現在研究を進めているのがヘッドホンへの応用です。イヤホンとヘッドホンでは、音を鼓膜に届ける仕組みが違います。イヤホンは外耳道への差し込み具合によって音の特性が変わってしまいますが、ヘッドホンは外耳道に挿入する必要がないので、音色個人性適用の精度をイヤホンよりも上げやすいと考えています。今日測定していただいたデータの一部は、ヘッドホンでの音色個人性適用にもそのまま活用できます。

——イヤホンとヘッドホンで、そんなに違いがあるものなんですね。

濱﨑:イヤホンを挿入する外耳道は管楽器と同じで、外耳道にどれくらい深く挿すかによって、振動板から鼓膜までの管の長さが変わり、外耳道内の共鳴周波数も変わってしまうんです。だから同じイヤホンでも、装着の仕方ひとつで聴こえ方が変わる。一方、ヘッドホンでは外耳道はそのまま使う構造なので、外耳道への影響はほとんどありません。したがって、音色個人性適用の精度、すなわちオーディオ信号処理の精度を、ヘッドホンの方があげやすいと考えています。まだ実験段階ですが、手応えは感じています。ただし、ヘッドホンも装着具合によって音がかなり変化するので、イヤホンとは異なる課題もあります。

——ヘッドホン以外にも、決まっている展開はありますか。

濱﨑:もうひとつ、具体的に決まっているのがドングル形態のDAC製品です。TONALITEに続くDTAS搭載製品として、有線接続に対応したドングル形態のDACを年内に発売する予定で開発を進めています。対応イヤホンはfinalのE500・VR3000・VR1000の3機種で、スマートフォンとType-C接続するだけでDTASの音色個人性適用を体験できるようになる予定です。Bluetoothを介さない分、遅延や音質面での制約からも解放されます。

小岩井:プロの現場でも、みんな当たり前のようにイヤモニ(インイヤーモニター)を持っているのに、自分の耳のデータは持っていないという時代が、これから変わっていくかもしれませんね。

濱﨑:そうなったら面白いですよね。自分の耳のデータを持ち歩くのが当たり前になる未来、ぜひ実現させたいです。

「なんか良くなる」の先にあるもの

DTASの説明を受けても、実際に聴いた人の多くが「何が変わったのか、うまく言葉にできない」と口を揃えます。今回、小岩井さんも同じ感想を漏らしていましたが、これは音色(ネイロ)というものが、方向感や低域・高域といった要素以上に、私たちの感覚に溶け込んでいる証拠なのかもしれません。

final本社にあるダミーヘッドであり、某計測器とともに記念撮影

専用機材を使った高精度な測定から、国際標準化構想、そしてヘッドホンやドングルへの展開まで——DTASという技術は、finalという一企業の枠を超えて、音楽制作や音声コンテンツ制作のあり方そのものを変えていく可能性を秘めています。次にDTMステーションでこの技術を取り上げるときには、また新しい展開をお伝えできればと思います。


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この記事を書いた人

DTM、デジタルレコーディング、デジタルオーディオを中心に執筆するライター。インプレスのAV WatchでもDigital Audio Laboratoryを2001年より連載。「Cubase徹底操作ガイド」(リットーミュージック)、「ボーカロイド技術論」(ヤマハミュージックメディア)などの著書も多数ある。趣味は太陽光発電、2004年より自宅の電気を太陽光発電で賄うほか、現在3つの発電所を運用する発電所長でもある。

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