『アイドリッシュセブン』『あんさんぶるスターズ!』『アイドルマスター』『ウマ娘』など、アニメ/ゲーム関連を中心に数多くの楽曲を手がける作編曲家の中土智博さん。その中土さんが今年の春、横浜の自宅スタジオに7.1.4chのDolby Atmos環境を構築しました。Atmosの制作環境というと、専用の部屋と多額の投資が必要なエンジニアの領域と思われがちですが、中土さんはスピーカーの設置からケーブリング、アライメント調整までを自ら手がけ、オーディオインターフェイスにMOTU 16A、モニタースピーカーにADAM D3Vを使うなどして、トータル100万円を超えない予算で、ディスクリートなAtmos環境を作り上げています。
なぜ作家がAtmosの環境を持つ必要があるのか、そして実際にAtmosで音を聴くことで、アレンジや音作りにどんな変化があったのか。ヒップホップグループのトラックメーカーから作家に転身した経緯、自宅スタジオ作りのこだわり、20年以上にわたる機材遍歴なども含め、お話を伺いました。
ヒップホップグループのトラックメーカーから、コンペ作家へ
ーー調べればいろいろ出てくるとは思いますが、改めて中土さんのこれまでの経歴を教えていただけますか?
中土:もともと1ボーカル2MCのヒップホップグループ(Remark Spirits)をやっていて、僕はそこでトラックメーカー、プロデューサー的な立場でした。時代的に少し早かったのもあって、鳴かず飛ばずで終わってしまったんですが、プロデューサーとしても作家としても、やりきった感がなかったんです。どうしようかと悩んでグズグズしていたときに、エイベックス時代に関係のあった方から「今何してるの?」と聞かれて、京都でくすぶっている話をしたら「コンペでもやってみない?」と声をかけてもらったんです。
ーートラックメーカーからメロディを書く側へ、ということですね。
中土:「でもトラックメーカーだからメロディは書かないんだっけ?」とも言われたんですが、もともとギターもやっていて、メロディが書けないわけではなかった。グループのラッパーの一人が妻で、彼女が歌詞を書けるので、僕がメロディを作って仮の歌詞を書いてもらい、コンペに出せるデモを作り始めたのが、作家になるきっかけでした。
ーーそれはいつごろですか?
中土:2011年ですね。まさに震災の真っ只中です。自粛などもあって、細々とやっていたアイドルなどの現場が一度動かなくなってしまったので、今回っている仕事だけをやっていては先がどうなるかわからないと思って、作家業を始めたんです。
ーーそこからは完全に作家に転向したということですね。
中土:当時すでに30歳を過ぎていて、表に出たい気持ちもなかったので。それに、自分が提供させてもらった曲で、自分たちでは見られなかった景色をたくさん見せていただいたんです。自分たちでやっても500〜600人がせいぜいだったお客さんが、1000人、2000人、なんなら1万人という規模になる。家で曲を書いてリリースされて、チャートを見れば反応があるのはわかるんですが、肌感とは結びつかなかった。それがライブの現場にお誘いいただいて見ることで、自分はこんなに意義のあることに関われていたんだと再確認して、作家でやっていこうという覚悟が決まりました。
そうした経緯もあり、中土さんは2014年ごろに京都から横浜へ拠点を移し、以来ずっと横浜で活動しているそうです。
スケルトン状態で引き渡してもらい、ゼロから作ったスタジオ
ーーこのスタジオは、家を建てるのと同時に作ったんですよね?
中土:スタジオを作ることを念頭に土地を探して、注文住宅で上物を建てました。そのとき、ここはスタジオにするからと、何も施工しないスケルトンの状態で引き渡してもらったんです。壁紙すら貼ってない、床も貼ってない、ボードが張ってあるだけの、完全にがらんどうの状態です。
ーー工務店に一括でお願いするのではなく、スタジオの施工は別にしたわけですね。
中土:一緒にしてしまうと、工務店が外注する形になるので、施工管理的にアコースティックエンジニアリングさんの値段に何割か上乗せされてしまう。それは誰も得しないので、おすすめしないですね。
スタジオが完成したのは2020年。ちょうどクルーズ船での集団感染が報じられたタイミング。「スタジオができた!と思ったらコロナ禍で、誰も人を呼べない」状況だったと中土さんは笑います。ワイヤリングにはACOUSTIC REVIVEのケーブルを使うなど予算をかけたかった分、ドアは鉄扉ではなく造作ドアにするなど、メリハリをつけたそうです。それでも遮音性能はスタジオ入口の扉でD-40程度、外や隣室、上階に対してはD-65〜70程度を確保しており、普段かなり大きな音量で聴いていても、隣家にはまず聞こえないといいます。
中土:遮音すればするほど中の音は悪くなっていくのは知っていました。とはいえ、人様に迷惑をかけて音楽をやるのは嫌。居住性と遮音性とコストを考えると、土地の選び方や周りの家の建ち方をちゃんと見ておいたほうがいいというのは、以前の家でDIYの防音をやっていたときに経験としてわかっていたので、それも踏まえてここに決めました。
ブースのほうは、アコースティックエンジニアリングの標準である比較的密度の低いグラスウールに加え、反射の具合を変えるためにロックウールを多めにしてもらったとのこと。以前の住まいでDIYの防音に使っていたロックウールの吸音材も、一部再利用しているそうです。
Synthesizer Vの登場で、ブースの役割が変わった
もっとも、ブースを作った当初の目論見とは、使い方が変わってきたといいます。
中土:最初は仮歌さんを呼んでここで制作したいと思ってブースも作ったんですが、パンデミックで人を呼べない。結局ギターを録るぐらいで、そのうちSynthesizer Vがだいぶ歌えるようになってきて、仮歌が要らなくなってしまったんです。案件に深く関わっているボーカリストや、ラップが必要なとき以外は、仮歌を頼む必要がない。それならブースは稼働しないし、完全に自分の制作用の部屋にしてしまおう、と。
DTMステーションでも以前「鈴木Daichi秀行、田辺恵二、松隈ケンタ、本間昭光…超豪華メンバーによるコンピアルバム『AIボーカルコンピVol.1 with Synthesizer V AI』が5/19配信スタート」という記事で紹介しましたが、中土さんはこのコンピレーションに参加したことで、AI化したSynthesizer Vの実力を実感したのだとか。もともとSolariaなど英語の発音がいい海外ボイスを試していたものの、AI化以前は使いこなせないところがあったのが、AI化で一気にクオリティが上がったといいます。
「知らない状態は怖すぎる」。Atmosに踏み切るまで
ーーAtmosに興味を持ったのはいつごろだったんですか?
中土:黎明期からなんとなく話は聞いていました。特にコロナ禍でライブができなくなったとき、イマーシブでライブを再現するといった話をいろいろ聞いて、興味はあったんです。でもコスト的なハードルがやたらと高いし、箱もちゃんと作らなきゃいけない。これはアレンジャーや作家のやる領分じゃないなと、一旦は諦めていました。
ーーそれでも諦めきれなかった?
中土:エンジニアのニラジ・カジャンチさんとよく仕事をさせてもらうんですが、彼のスタジオをはじめ、いろんなところで聴かせてもらうと、可能性しか感じないんです。メーカーなどからの発注とのバランスが取れない中ではあるものの、知らない状態でいるのは怖すぎる。バイノーラルとは違うので、ディスクリートなAtmosのシステムを組んで音を聴いてみたい、という気持ちがずっとありました。
ただ、周囲からは「やめておきなよ」という声も多かったそうです。コストがかかりすぎる、家でできるわけがない、ダビングステージで本物のAtmosを聴いたら全然違う……。どれも一理あるアドバイスで、一度は我慢しようと思ったという中土さん。転機になったのは、岡山県津山市と兵庫県姫路市にあるスタジオ、Be West津山とBe West姫路を訪れたことでした。
中土:Be West姫路のAtmosシステムはADAMのD3Vで組まれているんですが、これがめちゃくちゃすごい音で鳴っていたんです。前日に聴いたBe West津山のシステムと比べても、SPLとS/Nがほんの少し劣る程度。Atmosはもちろんスピーカーの性能も大事ですが、それ以上に設置の精度なんだと実感しました。全体的なコスト感を聞いても、これなら手が出る。あとはインターフェイスを何にするか。当時使っていたのがMOTUの828だったので、DAの質が落ちるのは嫌だった。でもMTRX Studioだと70万〜80万円ぐらいしてしまう。そこまで出すかなと迷っていたところで、16Aがあるじゃないか、と。
ーーそれで一気に現実的になったわけですね。
中土:16Aが30万円ぐらい、スピーカーで20万〜30万円、あとはワイヤリングやスタンド、ハイトスピーカーの取り付けなど諸々のコストで、全然100万円は超えないと思って。それなら、と決心したのが今年の3月から4月ぐらいです。
スピーカーはADAMのD3Vを導入。サブウーファーには、メインモニターであるAmphionと位相特性のカーブが近かったという、もともと持っていたFOCALのSub 6を使っています。部屋の広さの関係で理想より手前に置かざるを得ず、アナログのモニターコントローラーではディレイも入れられないため、前後を反転させて設置し、ディレイ的な効果を得ているとのこと。なお、ステレオ作業の際はAmphionのみを使用し、ときどきハイトのL/Rを1本ずつ鳴らして確認することもあるそうです。
初代828からはじまったMOTUとの長い付き合い
ーーここでMOTUの話を伺いたいのですが、中土さんがMOTUを使い出したのはいつごろからなんですか?
中土:DTMを始めて、初めてちゃんとしたインターフェイスを買ったのが初代828なんです。2000年代初期、FireWireのころですね。そこからチャンネルが足りない、ワードクロックが欲しいと896を買って、896HDだとDSPミキシングができるから買って、mk3が出たらmk3、チャンネル数が足りなくてHD192……と、ずっとMOTUを使っていました。
その後、グループを解散したタイミングで経済的にも厳しくなり、ハードシンセなども含めて一度すべて処分。APOGEEのRosetta 200だけという割り切った構成にしたものの、レイテンシーの大きさに苦労し、紆余曲折を経てSymphony I/O MKIIに乗り換えたそうです。なおMOTU 828の歴史については2024年の記事「MOTUから第5世代828がデビュー。超高音質な28in/32out USB3インターフェイスを試してみた」をご覧ください。
中土:徐々にPro Toolsを使うようになって、ネイティブのインターフェイスだとハンドリングしにくいなと。スタジオも作ったし、HDXやHD Native的なI/Oを入れようかと思ったタイミングで、ちょうどAVIDのCarbonが出たので、これだと思って買ったんです。でも、ちょっと音が粗い気がして、イーサネットケーブルを替えたり、高級電源ケーブルを使ったり、ワードクロックを入れたりして、なんとなく満足はしていたんですが……
そこに、福岡の知人から「828がヤバいぞ」と、他機種と828でアウト→インのループ録音をしたデータが届いたのだとか。
中土:聴いてみたら遜色ないどころか、あれ? これ828のほうが音よくない? となって。プラセボかもしれないと思って、自分でもABXテストをやってみたんですが、やっぱりいい。それで828の導入をしたのです。1年から1年半ぐらい前ですね。
ーー久しぶりのMOTU復帰だったわけですね。
中土:これまでの不満が一緒に消えてしまったんです。しかも実売価格で20万円くらいじゃないですか。傍から見ても値付けを間違えていると思うんですよね(笑)。高くしたほうが売れるんじゃないかと思うぐらい。でも、その事実を知らない人からは「MOTUっていいよね」ぐらいのなめたことを言われるんです。実際に、ほかのオーディオインターフェイスでの音を聴かせると「いいね」という反応をしたのち、828で鳴らしたと話すとみんな「マジ?」ってなるんですよ。そこでようやく、みんな情報がアップデートされていないんだと気づきました。いい意味で、チャンネル数とクオリティあたりの単価がまったく釣り合っていない。乗り換えたのは今でも大成功だと思っています。
DPからLogic、Studio One、そしてPro Toolsへ
DAWの遍歴も伺ってみました。最初に使ったのはMOTUのDigital Performerで、バージョン2.7ぐらいから3、4、5ごろまで。グループ活動を始めるにあたり、メンバーみんながある程度ソフトを使えたほうがいいとLogicに移り、7〜9まで使ったそうです。
中土:Logic 9のころには作家になっていたんですが、デモの出音、内部ミックスの音がいまひとつクリアじゃないと感じていました。METRIC HALOのインターフェイスのDSPミキサーを使って解決したように見えたんですが、外に出して戻すので、DAWの中の時間軸がずれる。自分のデモだけならいいんですが、映像とのシンクを考えると使い物にならなくて。そこで、知人の紹介でStudio Oneを使い始めて、5から6ぐらいまで使っていました。
転機になったのは、ある有名作曲家/プロデューサーの楽曲のアレンジを担当することになり、届いたデータがPro Toolsのセッションのみだったことでした。
中土:これはPro Toolsを買わねばなるまい、と神のお告げに聞こえて(笑)。MIDIが弱いと散々言われますけど、弱くはないし、ミックスはしやすい。プラグインは10個しか挿せないと言われますが、10個で足りないのはもともとの音に問題があるということなので、そこにちゃんと向き合えるんです。それに、作曲しながらルーティング・フォルダを作っておけば、バスを書き出すだけですぐにステムのセッションが作れる。それをレコーディングスタジオや振り付けの現場に渡せばすぐにキーチェックもできて、戻してもらえばそのまま作業を続けられる。書き出しやインポートにかかる時間が大幅に節約できることに気づいて、もうPro Toolsだけでいいんじゃないかと。それが2018〜2019年ぐらいですね。
現在はPro Toolsが「9割8分」。ロフトに設けたサブの作業場ではStudio Proを使い、Synthesizer Vの入力や作詞などを行っているそうです。
音質で828と差がないなら、チャンネル数で16A
ーー改めて、Atmos環境に16Aを選んだ決め手を教えてください。
中土:828の音がある中で、Atmosにするからといって音のグレードを下げたくない。そうなるとMOTUしかないし、チャンネル数を考えれば16Aだろう、というのは頭の中のシミュレーションの段階で決まっていました。16Aと828でサウンドクオリティに差がないことは、事前に知っていたので。
この点について、MOTUの国内代理店である、ハイ・リゾリューションに確認をしたところ、基本的に同じパーツを使っているため同等である、とのこと。中土さんは「昔の人間からすると、値段を上げるならクオリティに差をつけるものじゃないの?と思っちゃう」と笑いますが、差をつけないのがMOTUのスタイルなのだとか。
16Aは、16chのアナログ入出力と2系統のADAT入出力を備えたThunderbolt 4/USB4対応のオーディオインターフェイスで、価格はオープン、実売価格は税込297,000円前後。AVBによるネットワーク接続にも対応していますが、中土さんの環境ではAVBなどは一切使わず、アナログで12ch分をそのまま各スピーカーに出力しています。
サンプル単位でそろえることで、Atmosの「フォーカス」が定まった
16A導入後のセッティングは、すべて自分で行ったという中土さん。「腕とか足とか首とかが筋肉痛になりながら」ハイトスピーカーを取り付け、ハイト以外はレーザー距離計や、アナログに糸まで使って位置をきっちりそろえたそうです。そのうえで、福山ケーブルのエンジニアである出原亮さんに来てもらい、Smaartで測定しながら位置を微調整したといいます。
中土:平面上は物理的に動かせばいいので、Smaartの測定値が合うように僕がスピーカーを動かしていきました。ディレイもなるべく物理でそろえたうえで、ハイトスピーカーなど物理で追い込めない部分は、プラグインで出力ごとのトリムとディレイをサンプル単位でそろえています。
その仕組みが少し凝っています。前提として、Apple Musicなどの再生アプリからAtmosのマルチチャンネル出力をインターフェイスに出すには、一度Rogue AmoebaのLoopbackアプリで受ける必要があるとのこと。そこで、Macからの信号をBLUE CAT AUDIOのPatchWork上で受け、さらにDDMFのMetaPluginでマルチチャンネルを扱えるようにしたうえで、DMG AUDIOのTrackControlで各チャンネルのゲインと、小数点以下まで指定できるサンプルディレイを設定。そこから16Aを経て各スピーカーへ送っています。ベースマネジメントもこのMetaPlugin上で行っているそうです。
ーー16A本体でディレイ補正はできないんですか?
中土:本体のサンプルディレイだと2ミリ秒が限界なんです。それに、スピーカー内蔵のDSPクロスオーバーなどで1.5〜2ms程度のレイテンシーがあるので、それも吸収してあげなきゃいけない。じゃあPatchWorkを使えばいいんじゃないかと立ち上げてみたものの、PatchWork単体ではマルチチャンネルを扱えない。そこで出原さんが、MetaPluginで入ってくるオーディオをパラで扱って、16chのオーディオをばらしてプラグインをかけて戻す、という形を組んでくれました。
ーーそこまでそろえると、やはり違いますか?
中土:めちゃくちゃ違います。これをしないと、Atmosが広がりすぎてしまって、僕が聴いて気持ちよかったAtmosにならないんです。ぴったり合った瞬間、「あっ、この音が鳴らしたかったんです!」となるぐらい、0.0何ms以下という、ほんのわずかな違いなんです。2.1chのころから、自分で測定ソフトを使ってフェイズを合わせたりはしていましたが、アナログのモニターコントローラーではディレイも入れられないので、ある程度諦めていた部分がありました。でもスピーカーが増えると、問題が掛け算で増えていく。最初に組んだときは広がりが気持ちいいなと思ったものの、自分が感動した音ではない。SoundIDなども試しましたが、自動補正より、実測ベースで追い込むのが一番でした。みんながサンプル精度でそろえろと口を酸っぱくして言っていた理由はこれか、と。2chでしか聴いていなかったから、スピーカーのズレなんてそんなに気になるかなと思っていたんです。
「俺、作家だよな?と我に返ることもありましたけど」と笑う中土さんですが、そうした問題点に一つひとつ向き合うことで得られた音響の知識は大きかったといいます。
Atmosで聴くことが、アレンジを変えていく
ーー実際にAtmos環境を持ってみて、作家として得られたものは何でしょう?
中土:Atmosで音を聴くこと自体が、新しいインプットなんです。先日、ニラジ氏とミックスしたときに、「Atmosで聴いている影響がアレンジに出ている」と言われました。ステレオのLRからまとめて出てくる音を聴くのではなく、いろんなスピーカーに振り分けられた音を単独で聴けるので、スコアに書けないようなテクスチャーやエフェクトがどう配置されているかが、つぶさに見えるんです。これが自分にとっては一番大きかったですね。
ーー海外の楽曲の作り方にも影響が出ていそうですね。
中土:最近のUSやUKなど、Atmosが普及している国の音が結構変わった気がするのは、そこもあるんじゃないかと思っています。スピーカーが増えたことで、プラグイン的にアップミックスすればいいというのではなく、ここに配置したい音は何なのか、ということを作る段階から考える必要が出てきた。最初はアップミックスだったかもしれないけれど、Atmosのシステムで聴いて、ここにこんな音が置ける、ここに必要だ、ということにいち早く気づいたプロデューサーが、音の成り立ちを変えていったんじゃないかと。
海外ではすでにAtmosがスタンダードになっており、Atmosでミックスすればインディーズのアーティストもメジャーの作品と同列でキュレーションしてもらえるため、コストこそかかれどメリットしかない状況なのだとか。一方、国内の2.5次元作品などでは、まずステレオミックスを作り、それをエンジニアがアップミックスしていくケースが多いとのこと。素材がないものはエンジニア的にアップミックスし、配置できる音があれば普通に置いていく、という形だそうです。
中土:Atmosが流行りきらないのは、アレンジャーや作家、ミックスエンジニアが手を出せない価格帯だと、みんなが思ってしまっているからなんですよね。もちろん、趣味の方がいきなり100万円を出すかといえば厳しいでしょう。でも、仕事でやっている人が新しい仕事に対応したり、新しいインプットを得たりするのに100万円というのは、安いとは言わないけれど、費用対効果としては全然いいんじゃないかと思います。
CueMix Proへの要望。「この機能が入れば、なんで買わないの?ってレベル」
ーーこれからAtmos環境を導入したい人に向けて、16Aのおすすめポイントはありますか?
中土:音のよさは、レーダーチャートで全部5段階だとしたら10ぐらいあって、ちょっと気になる部分をすべてマスキングしてしまうぐらいです。あと、デジタルパッチベイとしても強力すぎるので、ほかのインターフェイスを持っていても食い合わない。うちはロフトまでイーサネットを引いてあるので、小さいAVB対応のインターフェイスをつなぎたいとも思っています。
ーー逆に、ここが改善されればという点は?
中土:正直なところ、PatchWork、MetaPlugin、TrackControlといったプラグイン類で調整をしているからこそ、使えるシステムになっている、というのが実情です。やっていること自体は、それぞれのスピーカーごとに微妙な時間的、音量的な補正をしているだけ。だから、出力ごとのディレイとトリムがCueMix Proに実装されれば、なんで買わないの?ってレベル。10万円以上値段を上げてもバカ売れする気がしますね。スピーカーごとのディレイのズレは、本当に気になるんです。これを是正するために、ものすごく時間と手間をかけてきました。距離や部屋の特性、スピーカー内蔵DSPの差を吸収するには、サンプル単位のディレイと0.1dBステップのトリムは必須だと考えています。スピーカー内部のDSPによる遅延は、同じモデルでそろえれば気にならないかもしれませんが、ファームウェアやリビジョンによってすべて一緒とは限らない。ブラックボックスな部分でもあるので、やはりディレイ調整は欠かせないんです。
さらに中土さんの要望は、AVB接続のモニターコントローラーにも及びます。ヘッドホン出力が2系統、マイクプリ付きの入力が2系統あれば「本当に幸せになれる」とのこと。
中土:マイクプリ1にトークバックマイク、マイクプリ2に測定用マイクをつなげば、声のレコーディングも完結できるし、キャリブレーションもできる。リスニング時の音量の監視もできるので、耳の健康も維持できる。難聴は僕らにとって一番の恐怖ですし、スピーカーが増えるほど全体の音量レベルが上がっていく感じがするので、そこはきっちり監視していかないといけないんです。
中土さんはこうした要望を、英語版も含めたドキュメントにまとめてMOTUへ届けるべく準備しているそうです。「もうちょっとで一気に覇権を取りきれるのに、というところもあるので、ぜひハイ・リゾリューションさんにもMOTUさんにも頑張ってほしい」と中土さん。
作家としての「知らない状態は怖すぎる」という危機感から、100万円を超えない予算で自らAtmos環境を組み上げ、サンプル単位のアライメントまで追い込んだ中土さん。その原動力が、20年以上前の初代828から続くMOTUへの信頼と、16Aの音質だったというのが印象的でした。これからAtmos環境を検討している作家やアレンジャーにとって、大いに参考になる事例ではないでしょうか。
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【製品情報】
MOTU 16A製品情報
















コメント
スピーカーだけの話になって恐縮ですが、Amphionのスピーカーはパッシブなのに、言い換えればDSPの補正無しでフラットな周波数特性を持っているところが凄く良いですね。私が勤める会社にAmphionの民生用スピーカーを一時期置いてました。「これをさらにSoundIDで補正したらどうなるかな?」と思って実験したのですが、補正ありと無しで殆ど音が変わらなかったので驚きました。