先日、軽井沢にある軽井沢大賀ホールで、サラウンドに対応したハイレゾ作品のレコーディングがあるというので見学に行ってきました。サラウンドの世界で著名なエンジニア、沢口真生(Mick沢口)さんが企画し、プロデューサー兼エンジニアとして、バッハの「フーガの技法」をレコーディングするというもので、平面での5chに加え、高い位置からも4chのマイクを立てるなど、かなり実験的な面白い試みがされていました。

この作品は沢口さんのレーベルであるUNAMASから夏にリリースされ、e-onkyo musicなどからダウンロード販売される予定になっているのですが、そのレコーディングの隣でYAMAHAの研究所の人たちが、まったく別の面白い試験(?)を行っていたんですよね。それが、なかなか興味深い内容だったので、ここでは、YAMAHAが試験の内容にスポットを当てて少しレポートしてみたいと思います。


軽井沢大賀ホールで、24bit/192kHzによるサラウンドレコーディングが行われた
 
軽井沢の駅から徒歩5分程度のところに位置する軽井沢大賀ホール。浅間山の麓にあり、敷地内に池も広がる、すごく気持ちのいい場所にあります。その名前からもお察しのとおり、軽井沢大賀ホールは2011年に亡くなられた、ソニーの元社長・名誉会長である大賀典雄さんから寄贈された資金で建築された音楽ホールで、今年10周年となる施設です。


軽井沢駅から徒歩5分のところにある軽井沢大賀ホール。見学に行った日は快晴で気持ちのいい日だった。 

ホール内のどの席へも音が均一に届くように建物の形状を五角形として設計されており、クラシックを中心にさまざまなコンサートにしようされているそうです。そこで、昨年に沢口さんによってレコーディングされたビバルディーの「四季」は、e-onkyoで継続的にヒットチャートに上がっており、今回の作品はその続編となるわけですね。


数多くのマイクが設置されていた

ステージ上や天井などに25本ものマイク+αの機材が設置され、それがコントロールルームへと送られ、沢口さんの手元にあるPyramixでレコーディングされていきます。また同じ信号が隣でディレクターとして指揮する毎日放送のエンジニア、入交英雄さんの元にも分配され、バックアップ体制としてSequoiaでレコーディングされていくというシステムになっていました。


レコーディング最中の沢口さん(左)と入交さん(右) 

一方で、沢口さん、入交さんのところでレコーディングされている信号32ch分がMADIケーブル2本に束ねられYAMAHAのチームへと分配されてきます。さらにYAMAHAのチームも独自にバイノーラルダミーヘッド型マイクを2つ、さらに別のマイクなど計16ch分のマイクを会場に設置。それをDanteを使って、やはりコントロールルームへと送られてきていました。


さまざまなマイクに混じってダミーヘッドマイクが観客席に座っているのは、結構シュール

DTMの世界ではやや聞きなれない言葉だと思うので、簡単に解説しておくと、MADIはオプティカルまたはコアキシャルのケーブルを用いてデジタルオーディオを伝送する規格で、1本のケーブルで48kHzなら最大64ch、192kHzでも16chまで同時に伝送できるという規格です。


レコーディング当日のシステム系統図 

対するDanteは普通のEthernetでのLANを用いてデジタルオーディオを伝送する規格で、こちらは48kHzなら最大512ch、192kHzでも32chが伝送できるという仕様となっています。


ボールのようなダミーヘッドと2台のマイクが観客席にいた 

MADI×2、Dante×1が届いた結果、YAMAHAの研究所チームには24bit/192kHzのデジタルオーディオ信号が計48chがやってきたことになるわけです。そこで一つ目のテストは、これをすべて1台のPCで記録できるか、というもの。YAMAHAによると、「これができることは分かってはいるけれど、実際のレコーディング現場で、トラブルなく、確実にレコーディングできるのかをテストしているんです」とのこと。


レコーディングの状況を真剣に見守るYAMAHAの研究所チームのみなさん 

そのレコーディングにはCubaseの兄弟DAWである、Nuendo(Cubaseが音楽制作ツールであるのに対し、Nuendoはポストプロダクション、オーディオプロダクション系のツールです)が使われていたのですが、現場に到着して、ちょっと驚いたのは、そのYAMAHA研究所チームで、Nuendoのオペレーションをしてたのが、以前にもDTMステーションに登場いただいたマリモレコーズの社長、江夏正晃さんだったこと。


NuendoおよびNuageを使ってオペレーションをしているのはマリモレコーズの社長、江夏正晃さんだった 

レコーディングエンジニアとして、作曲家として、プロデューサーとして、マスタリングエンジニア、さらにはトラックメーカー、DJとても幅広く活躍している超多忙な江夏さんが、何で軽井沢でNuendoのオペレーションを??」と不思議に思ってしまいましたが、確かにNuendoのオペレーションなら右に出る人はいないですからね(笑)。


レコーディングに使っていたのはHPのタワー型デスクトップPC 

江夏さんに聞いたところ、使っていたデスクトップPCのスペックはCPUにXeonのE52687×2、メモリは128GBを搭載しているということで、ウチのCore-i7と比較すると格上ではありましたが、それほど特殊なスペックというわけでもなさそうです()。そしてこのPCにはDante専用にPCIeのEtherカードが刺さっていた程度で、何に仕掛けもないシンプルなもの。ここで64bit版のWindows 7が動いているという点でも普通のマシンです。
※Xeon E52687(8Core 16スレッド)のCPUを2つ搭載しているので、価格的にも100万円クラスであるため、普通のPCというにはムリがあるという指摘を複数の方からいただきました…


CPUはXeonではあるが、ウチのCore-i7のPCと比較しても、それほど大きな違いはないスペック

一方、YAMAHA自慢の機材Nuage I/Oをオーディオ信号の入出力用に用いていたのですが、これ自体はMADIに対応していないため、あらかじめYAMAHAのRMio64-Dという機材2台を用いて、MADIを1系統ずつDanteに変更し、PCへと送り込んでいます。PC的にはシンプルではあるけれど、これで24bit/192kHzが48chも同時に来ているわけですね。


下にある2台がRMio64-D。これらでMADIをDanteへと変換している

一般的にDTMで使われるUSBのオーディオインターフェイスでも24bit/192kHzを扱えるし、たとえばSteinbergのURシリーズなら、約1万円で入手できるUR12でも利用可能です。でもURシリーズ最上位のUR824でも24bit/192kHzの同時入力となると8chまでしか扱えないのです。だから、24bit/192kHzが48chもというと、とんでもないチャンネル数という気がしたのですが……。


見た目はCubaseとほとんど同じNuendoに24bit/192kHzの信号で48ch同時にレコーディングされていた 

Nuendoに48chのトラックを立ち上げて、入力された48chをレコーディングしていますが、まったくストレスないですね。これ、みてください。レコーディング中にCPUの処理量を見ても10%前後だし、ディスクアクセスも余裕ですよ。あ、ディスクは7200回転の普通のハードディスクですよ」と江夏さん。


Windowsのタスクマネージャーで見てもCPU負荷は12%、 メモリーもほとんど使っていない

ちなみに使っていたNuendoのバージョンは最新の6.5。ユーザーインターフェイスやオーディオエンジン部分はCubase 7と近い仕様という位置づけのものですが、本当に余裕で動くものなんですね。


左端のトラック番号を見ても、確かに48ch分あることが分かる

江夏さんによると、「ここにたくさんのプラグインを掛けていけば、当然余裕はなくなってきますが、ここではプラグインは使わず、単にレコーディングしているだけです。でもレコーディング時はそれで問題ないですからね。気持ちいいですよ」とのこと。


PCの裏側を見るとDante用にLANのカードが刺さっていたが、それ以外はいたって普通のPC 

ここでレコーディングされたデータは、発売されるわけではないのですが、YAMAHA社内の研究素材として使っていくとのこと。ここには沢口さん、入交さんが設置したマイクの音とともに、ダミーヘッドマイクによるバイノーラルサウンドが記録されているので、軽井沢大賀ホールの音響特性が見えてくるとのことでした。


レコーディング状況を見守る沢口さんと入交さん。後ろに立つのは江夏さんとアレンジを担当した土屋洋一さん(左)

沢口さんによるレコーディングが終了後、大急ぎで次の実験が行われました。それが、このホールの音響特性を正確に測定するという実験。いわゆるIRインパルスレスポンスを記録するというものです。しかも大規模に22.2chサラウンドでも使えるように22個のマイクを仕掛けて録音していくという大がかりなものでした。


YAMAHAの研究所チームが手際よくホール内に高いマイクをセッティング 

コンボリューションリバーブなどでも使われるIR、実際にホールなどに行って測定しているという話はよく聞いていましたが、実際に作業しているのを見るのは初体験。「パン」って手を叩くような音を出して、その反響音を記録するのかと思ったら違いました……。「ブーーーン」という低い音から高い音へと変化していくサイン波のスイープ信号をステージから発信し、それを各マイクで記録していくんですね。


ステージ上の演奏者の席にスイープ信号を再生するモニタースピーカーを設置

スイープ信号を出すためのスピーカーも複数個設置されて、それぞれによる結果を記録していましたが、その発生用には別のPCを用意して、やはりNuendoを使って再生され、各マイクから拾った測定音は、先ほどのNuendoで記録していく、というもの。


別のPCで動作するNUENDOからスイープ信号を再生

YAMAHAの研究所の人たちのチームワークの良さもあって、30分ほどで測定は終了してしまいました。担当者によると「今後、この軽井沢大賀ホールでの音が、商品として使えるものになるかどうかは、これから解析していかないと分からないというのが正直なところです。でも、うまくすれば、将来的にはYAMAHAのAVアンプや、Steinbergのコンボリューションリバーブなどの製品に使われていくことになりますよ」と話していました。


そのスイープ信号もNuendoで記録されていった

普通見ることのできない、ちょっと変わったレコーディングでしたが、ホールの音響特性を測定するという面白い現場に立ち会えたのは個人的にもとっても勉強になりました。

【価格チェック】
◎Amazon ⇒ Nuendo 6.5

【製品情報】
Nuendo製品情報
Cubase製品情報
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【関連リンク】
UNAMASレーベル