先日、東京・蒲田のmarimoRECORDSにおいて、ネットワークオーディオの次なるスタンダードとして注目されるAVB規格Milanについて、開発者の視点と実機デモを通じて紹介するイベントThe Day of Milanが開催されました。このイベントでは、RMEのシニア・プロダクト・マネージャー、マックス・ホルトマンさんによる約200ページの詳細資料に基づく基調講演を中心に、L-Acoustics、d&b audiotechnik、Luminex Japanといった業界を代表する企業が参加し、この新技術の可能性を実機デモを交えて紹介されました。
AVB/Milanは、音声と制御を1本のLANケーブルで同時に送ることができ、さらに「プラグを挿せば音が出る」シンプルさを実現する技術として期待されています。まだまだ情報が少ないこの技術について、開発責任者から直接話を聞ける貴重な機会となったので、その内容をできるだけ分かりやすく紹介していきましょう。

次世代ネットワークオーディオ、AVB/Milanの実力を体感!日本初のRME Milanスタジオで行われた本格技術セミナー「The Day of Milan」レポート
AVB/Milanとは?
まず最初に、AVB/Milanとはどんな技術なのかを簡単に説明しましょう。従来のオーディオシステムでは、音声信号を送るケーブルと、ミキサーなどの機器をコントロールするケーブルは別々でした。たとえばライブ会場では、マイクからミキサーまで音声用のケーブルを引いて、さらにミキサーを遠隔操作するために制御用のケーブルも別に引く必要がありました。
AVB/Milan(Media Integrated Local Area Network)は、この音声と制御を1本のLANケーブルで同時に送ることができる技術です。しかも、従来のネットワークオーディオでは難しかった「異なるメーカーの機器でも確実に接続・動作する」ことが保証されています。講演でマックスさんが特に強調していたのは、「オーディオエンジニアがケーブルへのアクセスを取り戻す」という表現でした。
現在のネットワークオーディオでは、音響エンジニアがITの専門知識を必要とし、場合によってはIT管理者に依存せざるを得ない状況が生まれています。「自分の機器を持ち込んでネットワークに接続していいですか?」と聞いても「絶対にやめてください!」と返されてしまうのが現実です。AVB/Milanは、MADIのように「プラグを挿せば音が出る」シンプルさを、ネットワークの柔軟性と組み合わせて実現することを目指しています。
従来のネットワークオーディオの問題
マックスさんの講演では、まずネットワークオーディオの歴史的な課題について詳しく説明してくれました。
「1980年代はアナログ、1990年代はMADIやADATなどのデジタル技術、2000年代にはCobraNetやEthersoundなどの初期ネットワーク技術と進化してきましたが、2010年以降のDanteなどのIP技術でも、音声用ネットワークと制御用ネットワークは分離して運用することが推奨されてきました。

ネットワークオーディオも進化してきたが、さまざまな問題を抱えていた
この分離により、音響エンジニアは以下のような制約を受けるようになったのです。
・機器の追加や変更にはIT管理者の許可が必要
・複雑な設定を理解する必要がある
・トラブル時の原因究明が困難
音響エンジニアが自分専用のスイッチを持ち込んで、既存のネットワーク管理に一切関与せず、自分たちのストリーミングだけを完全に分離した環境で運用するという現場の実情もあります。もちろん、予算に余裕があって、録音やライブの成功がそのネットワークにかかっているなら、専任のITスタッフがいて、その人がネットワークを管理し、すべてのパスワードやアクセス権を握っています。そしてその人に、どんな種類のデータを、どこからどこへ送るかを事前に伝えなければならなくなります。こうして、ネットワーク・オーディオが本来持っている柔軟性を、自らの制約によって奪ってしまい、ネットワークは固定的で閉じたシステムになってしまいます。これが、現在のネットワーク・オーディオの現実なのです」とのこと。
AVB/Milanが実現する「なんでも一緒のネットワーク」
AVBの最大の特徴は「コンバージドネットワーク(統合型ネットワーク)」を実現することです。これにより以下のデータがすべて同じネットワーク上で安全に共存できます。
・macOSやWindowsのアップデート
・YouTubeでのライブ配信
・電子メール
・Wi-Fiクライアント
・Netflixなどのエンタメ配信
これを可能にしているのが、Time-Sensitive Networking(TSN)という技術です。簡単に言うと「送信側が、受信側が必ず時間通りにデータを受け取ることを保証できる通信方式」です。従来のネットワークでは、音声データもメールも同じ「ベストエフォート」(最善努力型)で送られていました。つまり「頑張って送るけど、混雑していたら遅れるかもしれません」という方式だったのです。
AVBでは音声データに対して特別な優先レーンを用意し、以下を実現しています。
帯域の自動予約:音声用に75%の帯域を確保、残り25%で他の通信も可能
1Gbps環境で通常10マイクロ秒以下の低遅延を実現
講演のデモでは、印象的な表現が使われていました「AVBスイッチは自動で設定されるQoS(通信優先制御)スイッチです」。従来のネットワークでは、通信の優先度を手動で設定する必要がありましたが、AVBでは音声を送信する機器自身が自動的に帯域を確保してくれます。そのため、スイッチ側で複雑な設定や管理を行う必要がないのです。
MilanとAVBの違い、Danteとの比較
セミナーでは、MilanとAVBの違いについても詳しく説明されました。MilanはAVBの認証されたサブセットで、AVNU Allianceによって認証されているのが大きな特徴。AVBは非常に大きな規格のため、メーカーによって実装方法が異なる場合があります。たとえば、AVBでは1つの音声ストリームあたりのチャンネル数が2、4、6、8チャンネルと会社によって異なる仕様になることがあり、そこで「ちゃんと繋がらない」ということが起きることがあります。

認証済みMilanデバイスはAVNUページから確認できる
一方、Milanでは1ストリーム8チャンネルと細かいルールが決まっているため、「何も考えなくても繋げば勝手に繋がってしまう」のがMilanのいいところです。その分融通は効かない部分もありますが、基本的には「繋ぐだけでいい」という簡単さが実現されています。
またDanteとMilanの大きな違いは、ネットワークの階層レベルでの動作の違いがあります。Danteがソフトウェア層で動作するのに対し、AVB/Milanはハードウェアに近い層で動作します。さらに重要なのは、Danteがオープンスタンダードではないという点。これにより、以下のような違いが生まれます
開発の自由度:サードパーティによるマネージメントソフトウェアの開発が困難
ネットワーク統合:Milanでは音声データは75%の帯域を確保する確定的(ディタミニスティック)なデータ転送方式であるため、残りの帯域で他のネットワーク通信を送ることが可能
実際、セミナーでは各社が独自のMilan製品の検知・接続を行うAVDECC(ATDECC)コントローラーを開発していることが紹介されており、オープンスタンダードならではの利点が示されました。
プラグ&プレイのAVB/Milan機器
会場では実際に複数メーカーの機器を接続してのライブデモも行われました。シンタックスジャパンの担当者からは「Luminex さんのスイッチにRMEの製品と、d&b audiotechnikさん、L-Acousticsさんの機器も接続していて、それぞれを今つないであります。本当に挿すだけでつながるという未来のよさがよくわかるかなと思います」との紹介がありました。
特にL-Acousticsのデモでは、RMEの機器からの信号を受信し、リアルタイムでメイン回線とバックアップ回線の切り替えやフォールバック機能を実演。ライブでケーブルを抜き差ししながら「セカンダリーも抜いちゃってください。なんちゅうことするんだって話なんですが」という軽快な実況とともに、AES、アナログへの自動切り替えが披露されました。過酷なライブ環境でも確実に音が途切れない冗長性の高さが印象的でした。
自動車産業が普及の鍵!?
また中でも、講演で興味深かったのは、プロオーディオ以外での採用についての言及でした。「今実は車載の市場ですとか、ロボットの制御でもこの技術が使われています」自動車業界でのAVB/TSN技術の大量採用により、AVBスイッチの量産が加速し、開発コストが下がったことで、プロオーディオ市場にも導入しやすい環境が整いつつあるとのことです。
marimoRECORDSの江夏さんも現在、TOYOTA自動車の車載音響開発に携わっており、「これからAVBになっていきます」との言葉からも、自動車産業でのAVB普及の実情が伺えました。ただし、「自動車のAVBは、AVB全体のサブセット」で、車載システムでは構成が固定されているため、Milanのような柔軟な機器管理機能は必要ないそうです。
ほかの技術との共存も可能
講演では、業界のトップメーカーがすでにAVB/Milanを実戦投入していることが強調されていました。「L-Acoustics、d&b audiotechnik、Luminex、そして今日はお見えになってないんですが、アメリカのMeyer Soundなど、世界的なライブワークをする一番ミッションクリティカルなところで戦っておられるみなさんが採用されたのが魅力だと思います」これらは単なるテスト導入ではなく、実際のライブ現場での使用実績があることの証明でもありますね。
また、AVBスイッチは通常のイーサネットスイッチとしても機能するため、以下の技術との混在運用も可能です。
・AES67
・Ravenna
・IPMX
・Soundgrid
講演では「ハンドオーバーポイント」と呼ばれる仕組みを利用することで、異なる技術間で音声を相互に橋渡しすることもでき、「Milan-Dante、Milan-Soundgrid、Milan-IPMX、Milan-Ravennaといった複合デバイスの設計・運用も実現可能です」と説明されていました。つまり、既存の従来ネットワーク上に段階的にAVB/Milanを導入して、最終的にはより統合されたシステムに移行することも可能ということです。
日本初のMilanスタジオ
そんなAVB/MilanのセミナーThe Day of Milanが行われた会場となったmarimoRECORDSの「mRX Base-2」では、単なる展示会場ではなく、実際に稼働している日本初のRME AVB/Milanシステム導入スタジオでした。
株式会社マリモレコーズの江夏さんからは興味深い背景が語られました「これまで音楽ポストプロダクション用スタジオと撮影配信用スタジオに分けて制作していたのですが、今回この蒲田に2つをくっつけたシステムに統合しようということで、映像音楽を総合的にインテグレートできないかとシンタックスさんに相談したところ、AVB Milanが出るということで、日本で一番最初のRME Milanスタジオになりました」

撮影やイベントを行うことができる、セミナー会場となったmRX Base-1
このスタジオの特徴は、すべての部屋にCategory 6Eケーブルが配線され、どこでも録音してコントロールルームに送ることができる点です。7.1.4チャンネルのイマーシブスピーカーシステムも完備され、実際にTOYOTA、FUJIFILM、ソニーなどの大手企業の映像制作で活用されています。
以上、The Day of Milanで行われたセミナーから一部抜粋して紹介しました。DTMユーザーにとっても、将来的にはよりシンプルで信頼性の高いネットワークオーディオ環境が構築できるようになりそうです。シンタックスジャパンのAVB/Milanインフォメーションサイトでは、技術的な詳細を日本語で学ぶことができるので、興味のある方はぜひチェックしてみてください。今後のAVB/Milan対応機器の動向に注目していきたいと思います。
【関連情報】
AVB/Milanとは
AVBインフォメーション
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