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ゲーム音楽作曲家と著作権の現実――関美奈子・光田康典・古代祐三が語るキャリア、制作、そして著作権管理

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ゲーム音楽の世界で長くキャリアを積んできた作曲家たちは、音楽を「作る」現場だけでなく、その音楽が「どう使われるか」という問題とも、長年向き合ってきました。そのなかで自分なりの道を切り拓いてきた作曲家たちがいます。今回お集まりいただいたのは、JASRAC理事でもある作曲家の関美奈子さん、JASRACの信託者としてゲーム音楽の権利環境の改善に長年取り組んできた光田康典さん、そしてJASRACには所属せず独自の契約スタイルで自己管理を貫いてきた古代祐三さんの3人です。

座談会ではまず、8ビットパソコン全盛期から始まったそれぞれの音楽体験と、ゲーム業界への入り口についてたっぷりお話しいただきました。そこからDAWや音源の変遷を経て、話題の核心であるゲームと著作権の問題へ。「ゲーム委嘱」という制度が生まれた背景、買い取り文化との闘い、JASRACメンバー・非メンバーそれぞれの判断軸まで、現場のリアルな視点から語っていただいています。これからゲーム音楽の世界を目指すクリエイターはもちろん、すでに活動している方にとっても、権利について改めて考えるきっかけになる内容です。ぜひ最後までお読みください。

DTMステーション座談会に参加してくれた光田康典さん、関美奈子さん、古代祐三さん(左から)

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8ビット時代からゲーム音楽へ――それぞれの原点

関:私は芸大の作曲専攻出身なんですが、当時の作曲専攻というと「卒業したら純音楽の作曲家になるか、先生になるか」という選択肢がほとんどだった時代です。でも私は大学を出たら商業音楽をやりたくて。音楽事務所もいくつか当たったんですが採用には至らずで。そんなときに、当時のサウンド&レコーディングマガジンにたくさん求人募集が載っていて、コナミもスクウェアも受けました。

実はゲームは子どものころから大好きで。シャープのX1を使ってBASICで簡単なアドベンチャーゲームみたいなものを作ったりしていたので、全然無縁というわけでもなくて。ただスクウェアは、よく見たら効果音の募集だったんですよ。普通に楽曲入りデモテープを送って落ちました(笑)。最終的にはソニー・コンピュータエンタテインメントの「ゲームやろうぜ!」というプロジェクトに、正社員ではなく外注に近い立場で入ったのが最初です。2年半くらいいて、その後アスキーに移り、アスキーの分社化によってエンターブレインへ。2004年ころにフリーランスになって今に至ります。


関美奈子(せきみなこ) 1973年1月28日生まれ、東京都出身。東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校作曲専攻を経て、同大学作曲科を卒業。大学院修士課程修了後、アニメ、ゲーム、ドキュメンタリー、報道番組などの音楽制作に携わる。近年は、音大教員や職能団体役員としても活動する。代表作:TVアニメ『ブラッククローバー』『キングダム』、映画『ブラッククローバー 魔法帝の剣』、NHKドキュメンタリー『空旅中国』『魔法の庭 ダルメイン』シリーズ等の音楽制作。編曲参加では、ゲーム『ロマンシング サガ2 リベンジオブザセブン』『サガ エメラルド ビヨンド』『ロマンシング サガ リ・ユニバース』、舞台『SaGa THE STAGE 〜七英雄の帰還〜』『SaGa THE STAGE 〜再生の絆〜』、コンサート『ロマシング サガ オーケストラ祭』『サガオケ! Orchestra Concert 2025』等。現在、(一社)日本音楽著作権協会(JASRAC)理事、(一社)日本作編曲家協会(JCAA)常任理事、(一社)日本音楽作家団体協議会(FCA)常任理事、(一社)MPN理事、洗足学園音楽大学准教授(音楽・音響デザイン)。

光田:僕は18歳のとき、音楽学校で勉強するために上京してきたんですが、当時からゲームはすごい勢いで発展していて、映画産業を超えていくだろうなというイメージを持っていました。もともと映像音楽をやりたいと思っていたので、ゲーム音楽というのは自然な選択でした。学生時代からウルフチームなどのゲーム会社でマニピュレーターとしてアルバイトしていたんです。FM音源で効果音を作る仕事のはずが、音色も作れるじゃないかということで、いつの間にかマニピュレーターの仕事をするようになっていました。

コンピューターはもう子どものころから父親のものを触っていて、コモドールのVIC-1001から入ってX1やPC-8801、PC-9801と使ってきました。学生時代に師匠についてゲームの現場に行くようになって、あるとき「作曲家募集という求人があるよ」と言われてスクウェアに3曲ほどデモを出したら「少ないのでもっと送ってください」と言われて、追加で送って面接を受けたら受かったんです。そのままスクウェアに入って7年間勤めて、フリーになってプロキオン・スタジオという会社を作り、今もそこで活動しています。

光田康典(みつだやすのり) 1972年1月21日生まれ。1992年スクウェア( 現スクウェア・エニックス)入社、1995年『クロノ・トリガー』で作曲家デビュー。『ゼノギアス』等の作曲を担当した後、1998年に独立。フリーランスで活動後、2001年プロキオン・スタジオを設立し、同社の代表を務める。現在はテレビや映画、アニメ、ゲームなどジャンルにとらわれない多様な作曲をこなし、有名アーティストへの楽曲提供やアルバムプロデュースを手がけるほか、国内外のライブ出演や海外でのレコーディング、書籍の寄稿も積極的に行うなど多岐にわたり活動中。主な代表作に、『ゼノサーガ エピソードI 力への意志』、『ソーマブリンガー』、『新・光神話 パルテナの鏡』、『SOUL SACRIFICE DELTA』、『イナズマイレブン』シリーズ(1〜3、GO、GO2 クロノ・ストーン、GO ギャラクシー、アレスの天秤、オリオンの刻印)、『黒執事』シリーズ(Book of Circus、Book of Murder、Book of the Atlantic)、『FINAL FANTASY XV エピソード イグニス』、『月とライカと吸血姫』、『SOUL COVENANT』、『ダンジョン飯』、『クロノ・クロス』、『ゼノブレイド』シリーズ他多数。

古代:私はたぶんかなり珍しいパターンで(笑)。最初はマイコンベーシックマガジン(ベーマガ)のビデオゲームミュージックコーナーがきっかけです。アーケードゲームの曲をパソコンでコピーして、プログラムリストを公開するというコーナーだったんですが、本屋でベーマガ別冊の読者応募企画を見つけたときに、もう締め切りが過ぎていたんですよ。それで編集部に電話して「今から持っていっていいですか?」と聞いたら「いいですよ」と言ってもらえて。持っていって再生したら編集長たちが「これはすごい」となって一発採用になって、そのご縁でコーナーを持たせてもらったのが始まりです。

コンピューターを始めたのは、中学の同級生がパソコンに詳しくて、I/O誌のダンプリストを打ち込んでゲームを動かすのをショップでやっているのを見たのがきっかけです。パソコンってすごいなと思って、高校の入学祝いでPC-8801の初代機を買ってもらいました。ただ初代PC-8801は音源が載っていないので、あとでCMU-800(AMDEK)を追加して。そこが私のDTMの始まりです。

古代 祐三(こしろゆうぞう) 1967年12月12日生まれ。O型。東京都日野市出身。高校時代にPC-8801に出会い、アーケードゲームの耳コピや同人を通じてゲーム音楽の世界にはまり込んでいく。電波新聞社「マイコンBASICマガジン」では“YK-2”の名でライターとして活動し、同時期に日本ファルコムの「イース」「ソーサリアン」などのゲーム音楽を手がけ人気となる。フリー時代を経て、GG版「ソニック・ザ・ヘッジホッグ」の開発を機にゲーム開発会社エインシャントを設立。90年代はセガ系ハードを中心に「ベアナックル」など数々のゲームの作曲を行い、開発プロデューサーを務める作品もあった。近年は「湾岸ミッドナイトMAXIMUM TUNE」と「世界樹の迷宮」の両シリーズが代表作。ゲーム音楽の枠にとどまらずアニメ音楽も担当するなどジャンルを越えて活躍中である。株式会社エインシャント代表取締役社長、JAGMO名誉会長。

関:私も同じころにシャープのX1で使っていましたし、光田さんもPC-88系から入られていて。本当にみなさん同じころに同じようなことをやっていたんですね(笑)。

古代:ベーマガのコーナーを始めてから、ファルコムでアルバイトをするようになりました。ロマンシアなどの曲を作っていたんですが、社員としてではなくずっとアルバイト。正式に社員として在籍したことは一度もないんですよ。これがのちのち、ちょっと良かった面もあって。家で作って提出する曲を自分で選んでいたので、残った没曲は全部自分のものになっていたんです。後でそれを再利用したりもできました。

光田:それはすごいですね。賢い。


時代とともに変わったDAWと音源

関:制作環境の変化という話でいうと、私は最初がYAMAHAのEOSの内蔵シーケンサーで、その後RolandのMC-500に移りました。当時は「数字打ちが最強」と信じていて(笑)。でも、お金持ちの友達がMacにPerformerを入れていて見せてもらったら「なんじゃこりゃ」ってなったんですが、最初はとっつきにくくてどうもなじめなかったんですよ。ところが大学時代に通信カラオケのアルバイトをするようになって、ずっとそれをやっていたら否応なしに慣れてきて。Mac(LCIII)を買ってPerformerを使うようになったのが本格的なDAWというかMIDIシーケンサーの始まりです。

光田:僕はYAMAHAのDX21とRolandのMT-32でカモンミュージックのレコンポーザーを使っていたんですが、学生時代の師匠がカミヤスタジオの方で、そのご縁でPC-9801用のRecliet(レクリエ)というシーケンサーを触るようになりました。カミヤスタジオのソフトです。さらにその後継にあたるMYUというシーケンサーが出て、まだ0.8とかのバージョンのころにデバッグしてくださいと言われて使い始めたんです。レコンポーザーのリスト画面だけみたいな感じで、めちゃくちゃ速く打ち込めるんですよ。それをスクウェアに入るまでずっと使っていました。

スクウェアはMacが中心で、VisionとかLogicとかいろいろありましたが、Performerが一番MYUに近くて、数値入力もあるし打ち込みやすかったので、Performer 2.1くらいのバージョンから使い始めて、Digital Performerになってからもしばらく使っていました。音源はもうほぼサンプラーで、AKAIのS600からS3200XLまでずっと使って、E-MUのE4なんかも愛用していました。

古代:私はMMLがスタートなんですよ。しかも完全に自作のMMLで。PC-8801時代から、PC-9801になってからもずっとMMLを使っていて、メガドライブの後期くらいまで同じ自作MMLを使い続けました。内蔵音源の仕事しかしていなかったから、MMLで全然いけたんですよね。途中でレコンポーザーも一時期試したんですが、どうしても自分には合わなくて。

関:合わなかったのはなぜですか?

古代:1画面に1トラックしか表示できないじゃないですか。私は楽譜をまったく書かない人間なので、全体の構成がMMLだと全トラック見えるんですが、レコンポーザーだとスクロールして戻らないといけない。そこがどうも自分に合わなかったんです。それで不満を抱えながら時間が過ぎて、結局Studio Visionを使い始めてから見渡せるようになりました。その後はWindowsに軸足を移して、ちょうどCubase VSTが出てきたころに乗り換えて。一時期LogicのWindows版が気に入っていたんですが、EmagicがAppleに買収されてディスコンになってしまって。それからはずっとCubaseです。今はAbleton Liveも使いますけど、メインはCubaseですね。


ゲームと著作権の現実――「ゲーム委嘱制度」とは何か

関:ここからが今日の本題ですね。まずJASRACにおける「ゲーム委嘱制度」についてお話しします。ゲームの制作者は、作家にゲームのための楽曲を書き下ろしてもらうことが多いですよね。ゲーム委嘱楽曲については、そのゲームに関係する利用に限って作家と合意した上で使用料を免除することができます。

光田:この制度ができる前は、ゲーム音楽の作曲家でJASRACと契約している人は少なかったんです。私がスクウェアを辞めたのは27歳のときですが、そこからずっと「権利の買い取りはやめてほしい」とゲーム会社を回っては伝え続けてきました。当時は感覚的に言うと、8割のゲーム会社が「買い取りでないと無理」という状況でしたね。

当時は、自分がJASRACのメンバーであることを言うと仕事を断られるケースもたびたびありましたが、それでもいいって腹をくくって。なぜかというと、自分が生み出したものに対して自分で責任を取りたいという気持ちが強くて。会社員のときはお給料をもらっていたからしょうがないと思っていたんですが、辞めたら自分の作品は自分で守りたいと。

当初は音楽出版社を間に入れて、ゲームやインタラクティブ配信の分野を除外した形でJASRACに登録するという方法でやっていました。ゲーム会社には、「ゲーム会社がゲーム関係で利用する場合、JASRACでの手続きは必要ありません、コンサートやTVでのBGM等、ゲームそのものとは関係ない利用では、その利用者の方から著作権の手続きをしてもらいます」ということをちゃんと説明すると「それなら問題ない」と理解してくれるゲーム会社も結構あったんですよ。理解してもらうまでが大変でしたけど。
※ JASRACに曲を管理委託する際、利用形態(録音権、演奏権など)ごとに管理の範囲を選べる仕組みがあります。

光田:一番納得いかなかったのは、自分が作って自分が演奏するときにゲーム会社に許諾を求めないといけないということです。自分が書いた曲なんだから自由に演奏させてほしい、というのがそもそもの出発点でした。そのことをJASRACにも何度も相談して、2014年にゲーム委嘱制度ができたタイミングで入会しました。

古代:私の場合はかなり特殊な経緯で。先ほどお話ししたように、ファルコムで働いていたころは、社員ではなかったので提出した曲以外は自分のものになっていました。それで、ファルコムを離れてから、これらの曲も含めて自分で全部コントロールしようと思って。

実は一度、平成元年か2年ころにJASRACと契約したことがあるんですよ。当時は母が非常に積極的に関わっていて、権利をちゃんと獲得しなきゃいけないという流れで講習を受けたりもしていたんですが、当時はゲーム委嘱制度もなかったので、結局JASRACを退会したんです。

そのときに講習会で知り合った弁護士さんが権利関係にとても詳しい方で、いろいろアドバイスをいただきながら基本となる契約書を作りました。それをテンプレートにして、ずっと自己管理でやってきたんです。内容は基本的に楽曲の著作権は自分が持ち、CMや宣伝目的の利用は自由に使っていただける形です。当初はゲームのカートリッジの印税をいただく形でした。

関:古代さんの契約書は、JASRACのゲーム委嘱と近い内容ですね。カートリッジの印税というのは、パッケージが売れるたびに作曲家に印税が入る仕組みですか。

古代:そうです。昔は本数が見えていたので、そういう形でできたんです。今はゲームも配信での展開も増えています。スマホのアプリゲームなど、ゲームのダウンロード自体は無料でアイテム課金で収益を得るモデルの場合、ゲームのダウンロード数と収入がリンクしません。カートリッジのように、本数をベースにいただくことが難しいため、最初の予算を少し多めにいただいて、あとはサントラやコンサートなど二次利用の分を自分で管理するというスタイルに変わっています。

光田:古代さんの場合、そのテンプレートを渡して買い取りを断ることへの抵抗って、ゲーム会社からはどのくらいありましたか?

古代:ほとんどなかったですよ。断られたケースは覚えていないですね。というのも、「売れればみんなで稼ごう、売れなければそれはしょうがない」というリスク共有の考え方なので、メーカーに不利益を与えたことはないんです。当時のゲーム会社の担当者の方も、私が作った契約書を見て「CMにも使えるし、ゲームにも使える、何の問題もないですね」となることが多かったようで。

光田:それはやっぱりちゃんと説明したから理解してもらえたんでしょうね。私が言い続けていたころも、一から丁寧に説明すると納得してくれるゲーム会社は結構多かったんです。問題は「JASRACメンバー=なんでもお金を取られる」という誤解が根強かったこと。


JASRACメンバーと非メンバー、それぞれの判断軸

関:今ではゲーム委嘱制度が整い、管理委託範囲も細かく選べるようになって、制度面はずいぶん整ってきました。それでも光田さんのようなメンバー、古代さんのような非メンバー、どちらの選択も合理的な理由がある。ここを「どちらが正しい」ではなく、それぞれどんな理由があるのかという形でお話しいただけますか。

光田:私が入会してよかったと感じる一番大きな点は、著作権管理を任せられるということです。ゲームがグローバルに展開されることが増えてきた中で、自分一人で全部対応するのはもう無理です。コンサートも日本だけでなく海外でも頻繁に行われるようになって、そのたびに問い合わせが来ていたらとてもじゃないけど対応できない。JASRACと管理契約を締結している海外の著作権管理団体を通じて、コンサートや放送、配信での使用料が管理され、著作権使用料の分配を受けられるのは本当に助かっています。

古代:私がここ数年で一番大変だと感じているのは、YouTubeのコンテンツIDの問題です。全く知らない国から誤った申告がされて、自分の動画が制限されてしまったり。AIで自動判定されることも多くて、何が起きているのか把握するだけでも一苦労なんですよ。海外の案件が増えるにつれて、国ごとの事情の違いや契約書の精査も大変で。

最近は勝手にアレンジされた楽曲がSpotifyなどで配信されていることもあって。そういう人に問い合わせると「著作権使用料はちゃんと払ってるから何の問題もないだろう」と言ってくる。そうじゃないんだけどと思いつつ、著作権使用料の問題と著作者人格権の問題は別ですし、そういった対応を全部自分でやらなきゃいけないというのが、正直もう限界に近づいています。

だから今の時代だったら、私のような状況では、JASRACへの入会を真剣に考えると思います。ゲーム中心でここまでやってこられたのは、自己管理が機能する環境が整っていたからで、今のように海外案件や配信・コンテンツIDの問題が複雑に絡み合う環境では、同じやり方が通用するとは言えません。自己管理を選んできたのはポジティブな判断でしたが、それが全員に当てはまるとは思っていませんし、JASRACという選択肢は常に有効だと考えています。

関:非メンバーの方のデメリットをいうと、海外での演奏権使用料が取れていないことがやっぱり大きいです。ゲーム音楽などが海外のコンサートで演奏されたり、配信で利用されたりする場合、海外の多くの著作権管理団体は、JASRACと信託契約を結んだメンバー作家や音楽出版社の演奏権使用料は集めてくれますが、非メンバー作家分の演奏権使用料は集めてくれません。海外で自分の楽曲が利用される作家はメンバーにならないと、お金の面で損をしていることになります。

テレビ番組での利用も大きくて。ゲーム音楽はテレビ番組のBGMと親和性が高いんです。バラエティー番組等で耳にすること、多くないですか?テレビ番組制作者もコンプライアンス意識が高まっていて、権利関係が確認できない楽曲を選びません。JASRACのメンバーなら、日本の著作権管理団体に所属している作家で、現地の著作権管理団体で権利処理をすれば、適法に使える楽曲とわかってもらえます。非メンバーの場合、現地の著作権管理団体では権利処理ができません。テレビ番組制作者側が個別に作家に許諾を取りにいかなければならないので、それを嫌がって別の曲にしてしまうケースが多い。古代さんの曲がテレビ番組のBGMで使われるチャンスが、本来あるはずなのに選んでもらえない、ということが起きているかもしれません。

古代:ストリーミングの使用料もそうですよね。サブスクで自分の曲が使われても、JASRACメンバーじゃない場合、もらえる印税は原盤権の分だけで、著作権の分については取りこぼしているものが相当あると思います。

関:「JASRAC=音楽に関わる全ての権利を管理している」というわけではないですし、著作隣接権や著作者人格権など管轄外の部分もあります。ただ、著作権に関する管理を任せることで取りこぼしや管理事務の負担が大きく減るのは確かです。JASRACメンバーになるかどうかは、自分の活動スタイルと照らし合わせて判断していただくのが一番ですが、一つの目安として「海外での活動が増えてきたとき」「テレビや配信での使用が多くなってきたとき」は、JASRACとの信託契約を検討するタイミングかもしれません。


若いクリエイターへ――これからゲーム音楽を目指す人へ

関:最後に、ゲーム音楽を目指している若い方へのメッセージをお聞きしたいんですが。光田さん、今の若い人たちへのアドバイスがあれば。

光田:間口が、今は正直狭くなっていると思います。僕らのころは求人広告があって、ゲーム会社に入ってサウンドチームで学べる環境があった。今はゲーム会社がサウンドの内製を減らしていて、フリーでゲーム音楽をやるというのは難しい時代です。しかも今は作曲だけではなくて、レコーディングも、ディレクションも、予算管理まで一人でこなさなければならない状況で、正直一人でできる範囲を超えています。

だから大事なのは、仲間を見つけることだと思います。組織に入ることでもいいし、信頼できる仲間とチームを作ることでもいい。一人でなんでもやろうとするのは、今の時代には限界があります。

関:今のゲームは演出が複雑になっていて、作曲だけではなくゲームのシステムとユーザー体験をきちんと理解した上で音楽を作れることが求められています。学生さんがゲーム音楽をやりたいと来ても、「好きなゲームのこの曲みたいな曲を作りたい」という段階で止まっている方も多くて。ゲームにおける音楽の演出がどういう機能を果たすのかというところまで学んでいただけると、実際の現場で力を発揮できると思います。

もう一つ言いたいのが、クリエイターが自分の名前で仕事をすることの大切さです。海外でもゲーム音楽がグラミー賞などで注目されるようになっていますが、日本のクリエイターの名前がなかなかクローズアップされない状況があります。買い取りや職務著作であっても、クレジットとして名前が残る仕組みをしっかり求めていく。それはクリエイター個人のためだけでなく、日本のゲーム音楽文化全体の底上げにつながると思っています。

古代:私が若いクリエイターに一番伝えたいのは、権利を守ることの大切さです。今は特にスマホゲームで「サ終(サービス終了)」というのがありますよね。そのとき、メーカーへの全権利譲渡という形で仕事をしていると、サービス終了とともに自分の権利も消えてしまう可能性がある。魂を込めて作った曲が、その瞬間に何もなくなってしまうというのは本当に苦しいことだと思います。

だから最低でも、ゲームのサービス終了後は権利を戻してもらうという条件を最初から入れておくことが大切です。そのためにも、権利に詳しいプロに相談したり、管理を任せられる団体に所属したりすることは、本当に有効だと思います。私自身がたまたま一人でやってこられただけで、それを若い人が真似してほしいとは思っていません。素晴らしい音楽に集中したいなら、それ以外のことはプロに任せた方がいい。一人で何でもできる時代ではないですし、任せることは決して負けではないです。

光田:本当にそうだと思います。僕もずっとそう言い続けてきましたし、メーカー側にも、権利をちゃんと作曲家に戻していくことが業界全体のためになるということを理解してほしいと思っています。若いクリエイターがそういう認識を持って、きちんと権利を守りながら活動できる環境が広がっていくといいですよね。

【関連情報】
JASRACサイト
JASRACに興味をお持ちの方へ(作詞・作曲をする方)

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