大日本印刷がスタートさせた、次世代型の楽譜流通販売ビジネスとiOS無料アプリのMuseCloud

楽器店や書店で販売されている楽譜。今後、その楽譜の流通の仕方が少しずつ変化していく可能性がありそうです。先日、大手総合印刷会社の大日本印刷が電子楽譜の制作・配信を行う流通販売事業を開始したのと同時に、その電子楽譜をiPadで閲覧し、活用するためのアプリ、MuseCloud(無償版)を公開しました。

これまでもPDFを用いた電子楽譜は一部で流通していましたが、今回、大日本印刷が採用したデータ形式は、FinaleやSibelius、Doricoなどの楽譜作成ソフトが共通フォーマットとしてサポートしているMusicXML。このMusic XMLを用いることで、単に表示できるだけでなく、簡単に移調することができるし、実際に演奏させることもできるため、PDFとは役割が大きく変わってきます。実際、電子楽譜とはどんなもので、MuseCloudで何ができるのか、紹介してみましょう。

大日本印刷が電子楽譜の制作、流通ビジネスをスタート。画面は無料アプリとしてリリースされたMuseCloud

みなさんご存知の通り、一般的な楽譜は紙の印刷物として販売されています。それが当たり前であり、普通に使ってきたわけですが、これが電子データ、しかもMusicXMLのデータに変わると、楽譜出版の世界ではちょっと革命ともいえることが起きてきます。

まずは膨大な楽譜があったとしても、電子データとなれば、持ち歩くのは簡単。音符が小さければ拡大して表示させることもできるし、iPadのような画面で表示させるのであれば、暗い場所でもライトをつける心配もなく利用可能となります。

ここまではPDFでも同様ですが、MusicXMLを使った楽譜の場合、PDFと根本的に違うのは、これが音楽のデータであるということ。そのため、再生ボタンを押せば、曲として演奏させることが可能となります。そして、in Cの楽譜を、in Bbへと簡単に移調することもできるのです。

紙の楽譜の場合、移調するとなったら、かなり大変。楽譜を書き直すとなれば、何時間も、下手すれば何日もその作業に費やすことになりますが、MusicXMLであれば、一発で瞬時に変更できてしまうのは、まさに楽譜革命といってもいいかもしれません。

まあ、普段から楽譜作成ソフトを使っている人であれば、何をいまさら……ということかもしれませんが、いま販売されている楽譜は、現状においてFinaleやSibelius、Doricoなどで読み込むことはできません。カワイのScoreMakerを使えば、紙のデータの電子化=MusicXML化もある程度は可能ですが、読み取り精度という意味では、完璧にはいかないし、結構手直しをする必要となり、手間がかかります。

しかし、楽譜そのものがMusicXMLで販売されるとなれば、楽譜の世界は大きく変わります。もちろん、すぐにすべての楽譜をMusicXMLで購入できるというわけにはいかないですが、大手総合印刷会社である大日本印刷がそこに力を入れるとなると、話は変わってきそうです。

そのMusicXMLの楽譜が販売されるのは、Pixivが運営する創作物の総合マーケットBOOTHと、書籍の通販や電子書籍を取り扱う大日本印刷グループが運営するハイブリッド型総合書店hontoの2つ。BOOTHが先行リリースとなり、すでに発売を開始しています。BOOTHにアクセスし、MuseCloudで検索すれば、見つけられるはずです(ハイブリッド型総合書店「honto」での電子楽譜の販売は、2020年春までに販売予定)。

BOOTHが先行してMusicXMLデータの電子楽譜データのダウンロード販売をスタート

現状まだ200点強と数は限られているものの、毎日少しずつ増やしていっているとのこと。また価格は200円程度のものから5,000円超のものまでいろいろ。この価格の違いは小節数、段数から決めているのだとか。また現在はスタートアップ時なので、通常よりも少し安い価格設定にしているそうです。ただ、見てみると0円という楽譜もいくつかあります。まずは、これらを入手して試してみるのがよさそうですね。

3種類のデータ形式があるので、ここではMusicXMLのみをダウンロード

では、実際にどのように使うのか、少し試してみましょう。iPadから直接買うのが簡単そうではあるのですが、実はBOOTHでのダウンロード形式がZIPファイルとなっているので、いったんWindowsやMacで購入して、ZIPファイルを解凍する必要があります。ダウンロード可能なのはPDF、MXL、PDF+MXLの3種類となっているので、ここではMXLをダウンロードして、そのZIPを解凍します。

ちなみにMXLというのはMusicXMLのファイル形式の一つで、圧縮型MusicXMLというもの。iPadアプリであるMuseCloudは、このMXLファイルに対応しているのです。

では、この解凍したMXLファイルをどのようにiPadに受け渡すのか。これはiTunesのファイル共有機能を使って送るのも手ですが(この場合、MuseCloud用のフォルダは見えないため、他のアプリのフォルダを一時的に利用する)、iCloudを使って転送するのが分かりやすいので、この方法を使うといいでしょう。

ダウンロードしたZIPファイルを解凍後、iCloudを用いてアップロード

Macの場合は、そのままアクセスできますが、Windowsで使う場合は、Windows用iCloudをインストールした上でExploreからアクセスします。MXLファイルはどこに置いてもいいですが、Documents(書類)フォルダの中にMXLというフォルダを作成するなどして、ここに入れるのが分かりやすいかもしれません。

MuseCloudを起動し、画面下の「+」をタップ

準備ができたら、iPadでMuseCloudを開きます。ここで画面下の+をタップするとファイルのダウンロードアイコンが表示されるので、これをタップ。著作権管理に関する注意書きが表示されるので、「OK」をタップすると、ブラウザが現れるので、iCloud Driveの中から、いま保存したファイルを指定するとMuseCloudのアプリに読み込まれ、MXLファイルの一覧に表示されます。

iCloudに保存したMusicXMLデータを取り込む

そしてこの一覧から、いま読み込んだファイルを選択すれば、これで楽譜が表示されるのです。試しに、画面下にあるプレイボタンをタップすると、全パートともにピアノ音ではありますが、演奏されるので、どんな曲なのかこれで聴いて確認することができます。

開くと楽譜が表示され、再生ボタンをタップするとピアノ音で再生される

ここで画面をピンチイン・ピンチアウトすると、楽譜の拡大や縮小も自由自在に行えます。自分の見やすい大きさにしていくといいでしょう。

ピンチイン・ピンチアウトで拡大縮小も自由自在

では続いて画面右下にある3つのアイコンを上から順番にチェックしてみましょう。一番上を選ぶと、これが移調のための機能となっています。変更前、変更後の調を選ぶと原曲から何度変わるかが表示され、その右上の「Done」をタップすれば、一瞬で移調処理がなされます。

移調を簡単に行うことができる

今度はその下のアイコンをタップすると、また著作権管理に関する注意書きが表示されますが、こちらは移調した結果をPDFに保存するための機能です。後でプリントアウトしたい場合などに便利に使えます。

移調後、楽譜の表示が変わっていることを確認できる

そして一番下のアイコンをタップすると、どのパートを表示するかを選択することが可能になります。デフォルトでは、全パートが表示されているのですが、たとえばピアノ譜だけを表示するとか、トランペットだけを表示するなど、これで簡単にパート譜を作成することができるのです。

表示するパートを指定することも可能

このように無料アプリのMuseCloudを使うことで、紙の楽譜とは明らかに異なる自由度を得ることができるわけですが、MusicXMLを使っているということからも想像できるように、MuseCloudは、BOOTHやhontoで販売されているデータだけでなく、世の中にあるさまざまなMusicXMLファイルを、同じように活用することができるようになっています。

質の良しあしはともかく、ネット上にはさまざまなMusicXMLファイルが公開されていますし、FinaleやSibelius、Doricoなどで作ったデータをMusicXMLでもらえれば、それをそのまま読み込んで利用することも可能です。

中には、手元にiPadがないので、WindowsやMacで同様のことがしてみたい……という方もいると思います。そうした方は、フリーウェアとして公開されているMuseScore 3を入手して使うのがいいと思います。海外のソフトではありますが、幅広く使われているソフトであり、日本語もサポートされていて、ある程度の編集機能も装備するなど、かなり高機能なソフトですからね。MuseCloudとうまく使い分けていくのがいいかもしれませんね。

このように電子データ化することで、非常に便利になる楽譜ですが、やはり細かな表現という意味で、印刷物が勝っている点も多くあるのも事実です。そうしたニーズに対応するために大日本印刷では、オンデマンド印刷(受注生産)形式で、キレイなレイアウトで仕上げるとともに、大きな紙に印刷して蛇腹折り(ジャバラオリ)の形で製本するというサービスも2019年冬頃にサービスを開始していく予定だそうです。これらをうまく組み合わせていくことで、楽譜への関わり方も大きく変わってくるかもしれません。

オンデマンド印刷によって製本された楽譜

MusicXMLの良い点はその柔軟性・共通性ですが、FinaleやSibelius、Doricoなどで制作した楽譜における各種記号の位置が重なってしまうといった、精度・表示性の課題があることは事実です。しかし、MuseCloudとしてはPDFやオンデマンド印刷の楽譜を併売することで、MusicXMLと既存紙楽譜(や固定画像化されたPDF楽譜)を並行利用し、その利便性と精度・表示性を使い分けることで、新しい楽譜との関わり方を知ってほしいと考えているそうです。楽譜出版社のなかでもMusicXMLに対する評価は高まっており、既存紙楽譜やPDF楽譜ではできなかった利便性を提供価値として、「厳密では無くても良い流通向きのフォーマット」と捉える動きが拡がっているとのことです。

しかし、気になるのは、今後どのくらいの楽譜がMusicXML化されて、販売されていくのか、という点です。これについて大日本印刷に伺ったところ、社内にMusicXML作成のための専門部署を設け、制作を強化しているとのこと。また数多くの出版社とつながりのある大手の印刷会社であるだけに、各出版社とも話を進めており、今後、数多くの出版社、さまざまなジャンルの楽譜をMusicXML化していく計画とのことです。

 

大日本印刷のビジネススキーム

一方で、書庫に眠っている古い希少価値のある楽譜についても、デジタル化して、アーカイブしていく事業もグループ会社と共に展開を始めているとのことで、文化保全的な価値も大きくなっていきそうです。このMuseCloudを活用しつつ、今後、楽譜出版の世界がどのように変わっていくのか楽しみに見守っていきたいと思います。

【関連情報】
電子楽譜を制作・配信する流通販売事業を8月に開始(大日本印刷ニュースリリース)
MuseCloud公式ホームページ

【楽譜販売サイト】
BOOTH https://booth.pm/ja/search/MuseCloud
【ダウンロード】
◎App Store ⇒ MuseCloud
【関連サイト】
MuseScore 3サイト

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