この製品、ユーザーのことまったく考えてないでしょ!」、「この開発者、音楽制作とかしたことないんじゃないの!?」……しばしばそんな声を聞くことがありますが、現役バリバリのミュージシャンが自分の使いたいツールを開発したら、すごくいいものができそうですよね?そんなことを実現した方がいます。アイドル楽曲や劇伴、テレビのジングルの制作から、ゲーム音楽の制作、さらには自らが主宰するVALKILLYというユニットでサイバーパンクやインダストリアル・ダンスミュージックを手掛けるなど幅広い活動しているフランク重虎さんです。

そのフランク重虎さんが開発したのはWindowsおよびMacのVST環境で使えるコンプレッサのDeeComp($130.00で2015年11月30日までは$99.00)と、PANポットのDeePanpot(フリーソフト)のそれぞれ。いずれも派手さのないジャンルのプラグインではあるけれど、まさに仕事に使えるとっても役立つソフトなんです。なぜ、こんなソフトを開発することになったのか、その経緯などを伺ったので紹介してみましょう。


DeeCompを開発したフランク重虎さん(左)と飯島進仁さん(右)
 
私が、このDeeCompを知ったのは、大手楽器店の元店長から「面白いコンプがあるので、ぜひ連絡をとってみては?」とFacebook経由で連絡をもらったのがキッカケ。彼曰く、「EDMサウンドに最適で、これを通せば気持ちよく音圧が上げるんです。重虎君がいろんなコンプを試しまくって、その良いとこ取りしたコンプに仕上っています!EDMに限らず、ボカロ曲を作っている人達にも需要があるのでは……」とのことで、俄然興味を持ったのです。

でも、コンプのプラグインなんてどのDAWにも標準装備されているし、フリーウェアだって数多くある現在、1万円以上もするオンラインソフトのプラグインってどうなんだろう……とちょっと疑問に思ったのも実際のところ。でも、実際に使ってみると、確かに驚くほど簡単に気持ちいい音で音圧を上げられる不思議なプラグインなんですよね。連絡を取った結果、すぐにお会いすることができたので、そのときのやり取りを紹介してみましょう。

お会いしたのはフランク重虎さんと、株式会社ふむふむソフトの社長、飯島進仁さんのお二人。重虎さんがサウンド周りのプログラムを担当し、UIなどは飯島さんが担当したとのことですが、まずは開発した背景から伺ってみました。


仕事で使えるコンプとして開発されたDeeComp 

--コンプのプラグインを開発したとのことですが、数多くのコンプがある中、なぜこれを開発しようと思ったのですか?
重虎:自分で音楽制作をする中、「これだ!」と思えるコンプがなかったんです。もちろんコンプはDAWのチャンネルストリップにも入っているので、珍しいものではありませんし、NEVEやSSLなどのビンテージを復元するソフトは多過ぎるほどたくさんあります。でも、音楽がどんどん進化していく中、コンプは従来のままなんです。確かにリニアのマルチバンド・コンプはすごいけれど、根本的な特性とか、技術に比例したものはないし、その扱い方は非常に面倒です。だったら、昔のハードウェアを復元するのではなく、ソフトウェアならではのものを作ってしまおう、と考えたのがそもそもです。要するに自分で使うのに理想的なコンプが欲しかったわけです。

--とはいえ、膨大なコンプのプラグインがある中、埋もれてしまわないですかね?
重虎:もちろん、その可能性もありますが、現に使えるツールが少ないので、仕事で使っている方なら、このDeeCompの便利さがすぐに実感していただけると思います。コンプはエフェクトの中でも本当に道具。自分で作るなら、飛び道具ではなく、こうした常に使うものが作りたかったんですよ。


自らが欲しいコンプがないから自ら開発したという、フランク重虎さん

--価格設定としてはどう考えていますか?
重虎:2000年ごろだったと思いますが、私が最初に触ったDAWはCubase VSTでした。これを使って感動したのは、同じプラグインをいくつでも起動できることでした。従来、コンプを1つ買って1万円、2つ買ったら2万円……と台数分の金額を払う必要があったのに、クリック一つでコンプをいくつでも起動できてしまうのには狂喜しました。そうした思いがベースにあるので、このDeeCompもできる限り軽く作り、全チャンネルにインサートして使ってもらえればと……と思っているんですよ。並列で使ってもらってもいいし、多段でかけてみるのもいいですよ。飛び道具的なエフェクトで、特定の曲の特定のところでしか使わないようなものだと、1万円を超すものは高いかもしれません。でも、常に使うプラグインであることを考えれば、安いんじゃないかな……、と。

--最近のプラグインって、結構大規模なものが多いので、ちょっと異色な存在かもしれませんね。
重虎:私個人的には、それが大きな問題なんじゃないか、と思っているんです。1つのプラグインに機能てんこ盛りだと、見た目は派手になるかもしれませんが、ソフトの良さがなくなっちゃう……。たとえばiZotopeのOzoneのEQなんか、とってもいい特性を持っているので、このEQだけ使いたいけど、これを1つ組み込むだけでCPUパワーを食っちゃって、各トラックに入れるのは現実的ではないんですよ。自分が作家として仕事をしている上で、このOzoneとかT-RackSとか好きなツールはいっぱいあるんですけどね。ただコンプ機能だけを見ると、機能的に足りない……。

--それだけ機能いっぱいのプラグインなのに、機能が足りない?
重虎:たとえばWAVESのSSL 4000 Collectionとか、もっと単純なものでいうとSONARに入っている標準のSonitus:fxのコンプなんかは、素直でまじめで無駄もないし、癖もなくていいですが、ただこれらにDRY/WETのパラメータやインプットゲインのパラメータがないんですよ。これらが理想に近かったけど、肝心な機能がないのが残念なところ。だったら、作っちゃおう、となったわけです。

--ところで、ミュージシャンが自らプログラムを手掛けるって話はあまり聞きませんが、重虎さんはプログラム経験はあったんですか?
重虎:VSTのプログラムのためのC++でのプログラミングを覚えたのはつい最近ですよ。もっとも子供のころから富士通のFM7とか8bitマシンを使っていたし、高専卒なんで電子工学とかハードは知ってたんですけどね。また半分趣味でJavaをかじったりしたことはありましたから、プログラミングがまったく初めてというわけではありませんでしたが…。そうした中、知人である飯島さんに相談したんですよ。
飯島:私のほうは、音楽はまったくわからないので、プラグインとして動かすための実装部分だけを担当し、音響的な部分はすべて重虎さんが作っています。重虎さん、とっても素養のある方なので、ちょっとレクチャしただけで、すぐに作り始めていましたよ。UI部分は、海外でもゲームのデザイナー、インラストレーターとして著名な出雲重機さんに担当していただいています。

--実際の開発期間はどのくらいかかったんですか?
飯島:3回ほど大きな仕様変更をした関係で、数か月はかかりましたね。でも、そうしたことを除けば、本当に短期間でできていますね。
重虎:最初に作ったのは中身的にシンプルなステレオコンプでした。その意味ではSONARのコンプに近い特性のものです。でも、これだと音的に今一つだったので、2番目に中身をマルチバンドにしてみたのです。具体的には5バンドだったのですが、それはそれで、トータルで使うとUI的に難しくなってしまうし、各バンドごとの細かな設定もしにくく、トータルなバランスが崩れてしまうんです。そこで低音と高音の2バンドに分けてコンプを作るとともに、ハイパスも追加したというのが最終的な仕様です。こうすることで最近のEDMで低音を締めるのに結構使えるんですよ。また同じタイミングで、DRY/WETのパラメータをつけたり、WIDEというセンターの存在感を損なわずにステレオ感を与えるパラメータなどを追加しました。


内部的には2バンドで、DRY/WETのパラメータやWIDEパラメータも搭載しているのがポイント

--バンド帯域の調整など見当たりませんが、これが2バンドのコンプなんですか?
重虎:そうですね。それがDeeCompの最大の特徴でもあるんですよ。私自身、これまで長年、音楽制作をする中で、数多くのコンプを使ってきました。もちろんマルチバンドのコンプも使ってきたわけですが、いろいろ使っていると、どのジャンルの音楽においても、いいチューニングポイントっていうのがあるんですよね。それを係数化した上で、このプラグインに反映させているので、中身は2バンドだけれど、ユーザーにはそれを意識させない構成になっています。

--LIMITボタンとかSIDE CHAINボタンなんていうのもありますよね。
重虎:LIMITボタンは最終段に入っていて、出力レベルのリミッターを有効にするものです。いわゆるBrick Wallリミッターですね。一方、SIDE CHAINも途中で追加した機能なのですが、いまのEDMサウンドでは必須といってもいい機能ですからね。ただ、SIDE CHAINが正式サポートされたのはVST3からであって、このDeeCompはVST2なので、VST2的な使い方となります。そう、DeeCompは4つのインプットがあるので、これを使うのです。Cubaseno場合はグループを作って4chの入力を作ってSIDE CHAINを受ける側のトラック、掛ける側のトラックから送る形にします。またSONARだったら、センドでそのまま放り投げてもらえればOKですよ。


EDM系サウンドでは必須ともいえるSIDE CHAIN機能も搭載している 

--これはVST2のエフェクトなんですね。
重虎:はい、正確にはWindowsもMacもVST 2.4に対応しています。エンジニアに聞いたところ、VSTを使っている人が結構多いのと、Pro ToolsでもVSTラッパーを使うことで利用できますから。もっとも、いまVST3への対応とAudio Unitsへの対応も検討しているところです。その一方で、DeeCompに続く第2弾を先日リリースしたところです。今度はDeePanpotというPANで、これはフリーウェアで出しました。

--PANって、これがプラグインとして役立つんですか!?
重虎:普通、PANって、ステレオソースを入れたら、音量的なバランスをとるだけになっていますが、物理的にはおかしいな、と思っていました。たとえばドラムを入れて、右に振ったら、左の耳を塞ぐような形になってしまいます。でも、本来PANは音量バランスではなく左右のどちらの方向から音が来るかを設定するもののはずですよね。いわゆるハース効果を使うのが本筋です。ただ、それを自分で設定するとなるととっても大変です。チャンネルツールでディレイを使ってハース効果を出し、1回それを左右に分けて、それぞれをモノラルのパンで振って…と難しくなってしまいます。だったら、それを簡単にできるようにしようというのがDeePanpotなんです。


フリーで配布されているDeePanpot 

--いま使ってみましたが、これ画期的なツールですね。フリーにしておくのにはもったいないくらいです。
重虎:ありがとうございます。このDeePanpotをキッカケにしてDeeCompのほうも多くの人に知ってもらえるといいな…と思っています。DeeCompはとりあえずダウンロードいただければ再生時間に制限のあるデモ版として無料で使うことが可能です。これでも十分に音や機能はチェックいただけると思います。

--サイトを見てもヘルプを見ても、日本語だけでなく、英語が用意されているのは、やはり海外を見ているわけですよね。
重虎:はい、世界中誰にとっても便利に使えるソフトだと思っていますので。いま、国内外のアーティストの方々にも試してもらっていて、海外の著名アーティストにも使ってもらってるんですよ。これがうまくいったら、次はEQかマキシマイザを作ってみたいと思っているところですので、ぜひ、よろしくお願いします。

--ありがとうございました。

【追記】2016.5.2
イギリスのFuture PLCが発行するDTM雑誌、ComputerMusicの2016年6月号(第230号)において、DeePanpotが「Finest free mix utilities of the last year」(2015年リリースのミックス関連フリーソフト最優秀賞)を受賞したそうです。おめでとうございます!また、それとは別に来月号となる第231号では、DeeSpeakerのComputerMusic誌特別バージョン「DeeMonitor」が付録として掲載される(ダウンロードタイプのようです)そうですよ!日本発世界行を目指すDOTEC-AUDIO、ぜひますますの活躍を期待しています!
 

英ComputerMusicの2016年7月号には同誌特別版のDeeMonitorが付録掲載される!


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