19,800円のアナログ・ドラムマシンの破壊力

最近のアナログ回帰ブームの中、各社からいろいろな音源が登場していますが、先日AKAI Professionalから衝撃的な価格の音源が新たに発表されました。実売価格が税込み19,800円という価格のアナログドラムマシン「Tom Cat」と49,800円の4音ポリフォニックの「Timbre Wolf」のそれぞれで、Tom Catは10月17日より発売が開始されていて、Timbre Wolfも10月22日から発売されます。

さらに、その2製品の発表・発売に合わせて、1年前に登場していたアナログドラムマシン&ベースシンセである「Rhythm Wolf」も値段を大きく改定。これまでの実売価格29,800円から値下げして、19,800円で発売されることになったのです。実際、これらはどんな機材なのか、またDTM的な観点から見てどんな位置づけのもので、どんな活用の仕方が可能なのかを紹介してみたいと思います。

AKAI Professionalのアナログ音源、3兄弟。手前の赤と黄色が19,800円のドラムマシン

先日のニコニコ生放送、DTMステーションPlus!を見たよ!」という方もいらっしゃると思いますが、実はこの記事に先駆け、日本に到着したばかりのTom CatおよびTimbre Wolfを、10月13日に放送したDTMステーションPlus!で特集し、そのサウンドを多くの方に聴いていただきました。


10月13日に放送したDTMステーションPlus! 

その番組にはDTMステーションでもお馴染みのアーティストであるマリモレコーズの社長、江夏正晃さんと、Ableton認定トレーナーの子安喜隆さんをゲストとしてお招きし、これらの機材の活用法についてじっくりと語ってもらうとともに、演奏もしていただきました。そうしたところ、視聴者のみなさんからは「音が太い!」、「低音の威力がハンパない!」、「デジタルのキンキンした感じがないですよね」、「80年代っぽいサウンドだ」……などなどのコメントをいっぱいいただいたのです。


ゲストで出演してくれた江夏正晃さん(左)と子安喜隆さん(右) 

というわけで、これらAKAIのアナログ音源とはどんな機材なのかを紹介していきますが、新機種2つを紹介する前に、まずは昨年出たRhythm Wolfについて見ておきましょう。というのも、実はRhythm Wolfを元に発展させたのがTom Catであり、Timbre Wolfであるからです。

Rhythm Wolfはドラムマシン機能とベースシンセを一体化した完全なアナログ音源。RolandがAIRABoutique、YAMAHAがrefaceといった製品で最新のデジタル技術を用いてアナログ音源を復刻させているのに対し、AKAI Professinalは完全にアナログ回路で構成された音源。アナログICであるオペアンプは採用していますが、トランジスタ、抵抗、コンデンサなどで構成される、昔ながらのアナログ音源となっているのです。

昨年発売された完全アナログのドラムマシン&ベースシンセ、Rhythm Wolfは先日19,800円に価格改定
そのため、いまのデジタル音源やソフトウェア音源とは異なる点がいろいろあるのです。「もう、とにかく低音がすごいですよ。50Hz以下の音が響く、このサウンドはデジタル音源やソフト音源では出せません。とくにライブで使うラージスピーカーをからの迫力は、出せないですね。だからこそ、いま僕のステージでRhythm Wolfは必須のアイテムとなっています」と語るのは江夏さん。実際、ニコニコ生放送のスタジオで出してもらった音は、低音が響く、アナログならではのものになっていました。

ただし、本当のアナログ機材だからこそ「じゃじゃ馬」であり、「不器用」であるのも事実です。たとえば、そのサウンドは、キック、スネア、オープン&クローズ・ハイハットおよびアクセント・パーカッションで構成されるドラムマシン部と、単音だけが出るベース・シンセサイザ部から成り立つシンプルな音源。しかも、それぞれの音色も限られた範囲でしか、いじることができないんです。スイッチ一発でさまざまな音が簡単に作れてしまうPCM音源と比較すると、あまりにも不器用なんですよね。

その音色調整のパラメータもすごく限られているのも事実。具体的にいうと、キックのパラメータとしてはVOLUMETUNEATTACKDECAYしかありません。シンセサイザであるベース音源も、オシレータが矩形波かノコギリ波かを選択できるほか、VOLOUMETUNEFILTER CUTOFFFILTER RESENV AMTDECAYとたった6つしかないんです。


各音色ごとに用意されているシンプルなパラメータ。設定結果をメモリーすることすらできない

アナログシンセをモデリングする最近のソフトウェア音源の場合、膨大なパラメータに圧倒されることがよくありますが、それらと比較して、こちらのホンモノのアナログは、あまりにもシンプルで拍子抜けしてしまうほどなんです。だから、ここで作れる音色の幅は広いとは言えません。だけど、すごいのは、適当にパラメータをいじっても、いい音が作れてしまう点です。多くのパラメータを持つアナログモデリングのソフトウェア音源だと、シンセサイザの複雑な構造を理解しないと音色エディットができないばかりか、下手にパラメータをいじると音が出なくなったりしますが、Rhythm Wolfの場合は、アナログシンセの仕組みなどまったく知らない人でも、すぐに音作りができます。しかも、パラメータが少ないから、どれを動かすとどんな変化をするのかは、触れば誰でも直感的に理解できるというのも大きなポイントだと思います。

一方で、アナログ回路で構成される機材だからこその「じゃじゃ馬」ぶりもいろいろ。まずは電源を入れてある程度、温まってくるまではチューニングが安定しません。しかも、だんだん部屋の温度が熱くなってきたりすると、チューニングが狂ってしまうんですよね。音程が全体的にズレるならまだしも、低いドと高いドの間でもズレが生じてしまうなど、困った問題も起こるのです。この辺は、コンピュータと接続してキャリブレーションを行うツールが用意されているなど、近代的な要素も盛り込まれていたりするのですが、アナログ特有のクセを理解した上で使う必要性もあります。

PCと接続してキャリブレーションを行うソフトも用意されている
さらに、デジタル機材に慣れた今の時代から見て信じられないのは、音色を記憶することすらできないこと。パラメータをいじって、「お!これはいい音だ」となっても、一期一会。その音色を保存できないので、パラメータのボリュームの位置を自分で覚えておいて、再現するしかありません。しかも、たとえ同じ位置にしても、部屋の温度や湿度で微妙に音色も変わってくるので、どうこの音源と向き合うかは難しというか、デジタル音源、ソフトウェア音源とは考え方を変えなくちゃならないんですよね。

だからこそ、Amazonのレビューなどを見ても、最低評価が並んでいるんですね。読んでみると、笑ってしまうほど。「音がチープすぎる」、「ショボくれた音」、「自分で作りこまなければならないので、面倒くさい」……。まあ、実際その通りなんですからね。PCM音源のようなリアルなドラムの音が出るわけじゃなく、アナログ回路でできた、ホントにチープな電子音。でも、デジタルでは出せない低域を持った電子音だからこそ、その特性を理解すれば、他には真似できないエレクトリック、サウンドが作り出せるわけなのです。

そんなアナログ機材ではあるけれど、16ステップのシーケンサが装備されており、パターンをA、Bの2通りで切り替えることも可能で、2つを繋げば32ステップのシーケンサとしても利用することが可能です。このシーケンサはSYNC信号のIN/OUTで外部のシーケンサなどと繋いで同期することもできます。またMIDI IN/OUTに加え、USB端子も装備しているので、PCと接続することも可能です。といっても、PCとやりとりできるのはMIDI信号であり、オーディオ信号をやり取りすることはできないのも、今の機材としては不器用なところではあります。


番組中、子安さんはAbleton Liveと連携させた応用テクニックを見せてくれた 

番組に登場してくれた子安さんは、このRhythm WolfをAbleton Liveと接続し、斬新な使い方をしていました。USBでMIDIのやり取りをするとともに、Rhythm Wolfの出力をオーディオインターフェイスから取り込み、Liveでエフェクト加工できるようにしていたのです。「Rhythm Wolfはシンプルな音だからこそ、デジタルで取り込んでエフェクトで加工すると、気持ちいいサウンドを簡単に作ることができます。デジタル化してしまうのだから、ソフトウェア音源と聴き比べて違いが分かるかというと、微妙かもしれません。でも音源部分を手で触っていじることができ、気持ちいい音の変化があれば、演奏する側としてもテンションが上がり、結果としていい音に仕上げることができるんですよ」と語っていました。

確かにシンプルな音だからこそ、エフェクトの乗りがすごくいいんですよね。アナログ機材だから、エフェクトもアナログにして……と拘りを持って扱うのも手ですが、うまくDTMと組み合わせるのも効果的なんだと、改めて実感しました。


Rhythm Wolfのリアパネル。一番左がMAIN OUTで、その右がSYNTH OUT

ちなみに、Rhythm Wolfのリアを見ると分かりますが、SYNTH OUTとMAIN OUTという2つの出力があります。どちらもモノラル出力というのが、この機材の単純さを物語っているところでもあるのですが、SYNTH OUTに標準ジャックを挿してベース音を取り出すと、MAIN OUTからはリズムだけが残る構成であり、うまく分離することが可能となっています。

以上、1年前に登場したRhythm Wolfの紹介がずいぶんと長くなってしまいましたが、これを元にして、分化するように生まれたのが新製品であるTom Catであり、Timbre Wolfなのです。


筐体はまったく同じでイエローカラーのTom Cat 

まず黄色いボディーのTom Catは実は筐体的にはRhythm Wolfとまったく同じで色違い。だからこそ、Rhythm Wolfの後継であると勘違いしている人も少なくないようですが、別モノなんですよ。こちらにはベース・シンセサイザ機能はなく、完全にドラムマシンに特化した機材で、やはり完全なフルアナログ。構成としてはキック、スネア、ハイハット、クラップ、クロマチックチューニングが可能なディスコ・タムの5つの音となっています

このうち、スネアだけは、Rhythm Wolfと同じ音源が採用されていますが、キック、ハイハットは少しニュアンスの違った音源となっています。またRhythm Wolfにはなかったサウンドとして、クラップが入っているのも特徴。RolandのTR-808などもそうですが、アナログのクラップって、PCMて拍手をサンプリングしたものとはまったく違う独特なサウンドであるため、これを使いたい人って意外と多かったりするんですよね。

さらに、Tom Catの名前の由来ともいえるのは、ここにディスコ・タムが搭載されていることで、これがTom Catの最大特徴といってもいいでしょう。このディスコ・タムはSIMONSのようなピュン・ピュンいう80年代風なシンセドラムサウンドで、叩くベロシティーの強さによってピッチが変わるようになっています。Tom Catに搭載されているパッドを叩いて使うのもいいですが、Rhythm Wolfと同様にMIDI信号も受けることができ、ここでベロシティー値も受けることができますから、DAWや外部機器からコントロールするのもありだと思いますよ。

4音まで出せるアナログシンセサイザ、Tom Cat
一方のTimbre WolfはRhythm Wolfのベース・シンセサイザを抜き出して4つ並べてキーボードを付けたというもの。もともとRhythm Wolfのベース・シンセサイザ部もMIDIキーボードを接続し、MIDI 1chで信号を送れば普通に演奏できるモノフォニックのシンセサイザでしたが、これが4音まで出せるポリフォニックに進化したものなんですね。

しかも、ちょっと驚くなのは、その設計のシンプルさというか乱暴さ。いや、本当にこれ、Rhythm Wolfの回路を4つ並べたものであり、パラメータを見ると、4つまったく同じものが並んでいるんです。普通、アナログシンセサイザというと、VCO部があって、オシレータ設定をし、VCF部でフィルターの設定、EGでアタック、ディケイ、サスティーン、リリースといった設定し、LFOを設定して音作りをしていきますが、Timbre Wolfの場合、同じパラメータが4つ並んでいるというかなり妙な構成なんですよね。


本当にRhythm Wolfのシンセサイザ部を取り出して、4つ並べた構造になっている 

つまり、このパラメータを4つ揃えて弾けば、普通に4音ポリのシンセサイザとして演奏できるのですが、バラバラにしてしまうと、和音を弾いたとき、その音ごとに違う音色が鳴ってしまうんですよ。しかも、それぞれのTUNEをズラしたりしたら、もう、飛んでもないことになってしまいますからね。


MONO、POLY、UNISONという3つのモードが用意されている 

もっとも、これはTimbre Wolfのモード設定を変えることで、だいぶニュアンスが変わってきます。MONO、POLY、UNISONという3つのモードがあるのですが、普通に和音を弾く場合はPOLYにし、UNISONにすると4つの音源はすべてユニゾンになる形になります。一方、MONOにすると、キーボードからはモノフォニックで1音しか鳴らせないのですが、MIDIやUSB-MIDIから見ると、モノフォニックシンセが4台分として見えるようになるのです。


PCから見るとUSB接続先は1ポートのMIDIインターフェイスとなっている 

具体的にはMIDIの1~4chにそれぞれの音源が割り当てられるので、DAWなどのシーケンサからコントロールすると、かなり応用範囲も広くなります。必要に応じてMIDIのチャンネル設定は変更することが可能ですが、DAWでソフトウェア音源やループサウンドを鳴らしつつ、このじゃじゃ馬なアナログシンセを重ねていくと、きっと自分だけのサウンドを作り上げることができると思いますよ。


チャンネルごとに4つのシンセサイザモジュールを別々にコントロールできる 

以上、AKAI Professionalのアナログ音源3機種について紹介してみましたが、いかがでしょうか?どれを選ぶか、どう組み合わせるかは人それぞれだと思いますが、個人的にはドラム音源もシンセサイザも使えるRhythm Wolfが19,800円で買えるというのは、かなり魅力的に感じました。Rhythm Wolfの場合、ドラム音源部はMIDI 10ch固定で、シンセサイザは1ch固定とのことですが、DAWと組み合わせても扱いやすそうですからね。みなさんも、この機会にアナログ音源にチャレンジしてみてはいかがですか?

【価格チェック】
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【製品情報】
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Commentsこの記事についたコメント

5件のコメント
  • Phat

    だいぶ前ですが、ニューヨークで留学していたときに、現地の方が大きな音を表現するときに”Boon like an 808″(ヤオヤみたいなドーンと音がしたぜ)と言っていて、一般人の会話に普通に808が出てきてすごいなーと思ったことがあります、これから大きな音を表現するときに「リズムウルフみたいな音がしたぜ」という時代がくるかもしれませんね。

    2015年10月24日 5:33 AM
  • しょぼい

    じゃぁ、藤本さんあなたは最高のデジタル環境持っていらっしゃるけど、どれだけ素晴らしい音楽が作れるのか見せてくださいよ。
    「しょぼい」とか言う前に。

    2015年10月28日 9:06 PM
  • ???

    >2
    文章まともに読めない方??
    また、その理論では
    「道具を評価した人間は、そこから生み出される対象全てに於いて優れていること」って感じですか?!

    2015年10月29日 7:41 PM
  • 藤本健

    ???さん
    助け舟ありがとうございます(^^; どう反応しようかと思ってたところでした。
    しょぼいさん
    ぜひ、もう一度、記事を読んでみてくださいね。

    2015年10月30日 12:41 AM
  • FX:

    そりゃまぁ、食っていくためには提灯記事も書かなくちゃならないのは分かりますが..

    2016年11月23日 10:56 PM

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