先日書いた記事「DTMステーション、M3-2018春に参戦。作曲家の多田彰文さんと新レーベル始動し予算・会計も大公開。第1弾シンガーは小寺可南子さん!」でもお伝えしたとおり、4月29日にリリース予定のミニアルバム『Sweet My Heart』において、VRミックスという新しい試みをしてみました。これはサラウンドスピーカーなど特殊な機材は必要とせず、ヘッドホンや普通のステレオスピーカーでも360度サウンドを実現するという、かなり不思議なミックスです。

このミックスを行ったのはDTMステーションEngineeringでもお馴染みの、レコーディングエンジニア飛澤正人 (@flash_link )さんです。実際にサウンドを聴いていただくとわかるのですが、目の前のスピーカーから音が出ているのに、真横から音が聴こえてきたり、上下での音の動きも感じられるという不思議な体験をすることができます。飛澤さんによれば、VRミックスはヘッドホン推奨で、ヘッドホンだと、さらに音が後ろまで回り込んでくる、とのこと。実際何をしているのか、DTMユーザーが自分で同じことができるのか、飛澤さんにお願いすることができるのか、など話を伺ってみました。


VRミックスについてレコーディングエンジニアの飛澤正人さんに聞いてみた


--VRミックス、飛澤さんのスタジオで初めて音を聴いたときには驚きましたし、今も音を聴いてみて不思議でなりません。本当に前にある2つのスピーカーだけで音を出しているんですよね?
飛澤:そうですよ。このVRミックスというのはステレオのスピーカーやヘッドホンなど一般的なリスナーの環境で再生できる立体的な音響のことを表しています。海外だと大きな部屋に5.1chや7.1chなどのサラウンドスピーカーを設置して……というケースもありますが、日本の家庭だとなかなか現実的ではありません。誰もが普段聴く環境で立体的なサウンドを聴けるようにしたものが、このVRミックスなのです。ちょうどそのVRミックスを体験できるデモビデオを作ったところなので、ぜひこのYouTubeをご覧ください。視覚的効果も相まって、立体的なサウンドを体験できると思います。


--スピーカーで聴くのとヘッドホンで聴くのでは、少し雰囲気は違いますが、とっても不思議です。これがどうなっているのか、いろいろお伺いしたいのですが、飛澤さんはそもそも、どうしてVRミックスをしてみようと思われたのですか?
飛澤:2年前、2016年がVR元年だ、と言われ、VRが世間一般でも話題になりました。でもこれは映像やゲームなど視覚的なものが中心であり、音のほうは、置いてけぼりだったんです。VRだったり、4Kとか8Kが登場して映像が進化する中、音はどうかと振り返ると、音だけが退化しているんですよね。確かにハイレゾという動きはありますが、ごく一部に限られているのが実情。MP3やAACなど圧縮音源が中心となり、CDよりも劣化してしまっている。僕は映像がVRで進化するなら音もVRで進化させるべきだろう、と考えたのです。ちょうど昨年、スタジオを移転させるにあたり、設備もすべてVRをメインとしたものに切り替えたのです。


昨年移転して、VRミックス用として構築したPENTANGLE STUDIO

--前の市ヶ谷のスタジオもよかったですが、新しい渋谷のPENTANGLE STUDIOはだいぶ違った感じでカッコいいですよね。とはいえ、かなり思い切った刷新で投資額も莫大でしょうから、リスクも大きいのではないですか?
飛澤:確かにリスクはあるのですが、世の中この方向に流れてくるのは間違いないと確信しています。またほかの人が誰もやっていないので、早く進めることが自分にとってのアドバンテージにもなるはずだ、と考えました。とはいえ、VRミックスを実現するのは簡単ではありませんでした。機材を刷新するとともにサラウンドを構築しつつ、この1年間、ひたすら研究を続け、試行錯誤を繰り返してきました。当初やDolby Atmosや5.1chサラウンドなど、いわゆるサラウンドに対応させたものを考えていたのですが、やはりこれでは日本のリスナーはついてこれない。だったら、今持っている再生環境で聴こえるもの、バイノーラルサウンドがいいはずと、バイノーラルミックスにシフトしたのがこの半年なんですよ。


新レーベル、DTMステーションCreativeの第1弾アルバム「My Sweet Heart」の中でもVRミックスが使われている

--確かにバイノーラルって昔からあるし、高価なものからイヤホンタイプの比較的安いものまで、バイノーラルサウンドを作るためのバイノーラルマイクというものも存在しています。
飛澤:バイノーラルというと、みんな「バイノーラルマイクで録るんでしょ」と思うのですが、それだけではないのです。僕がここで行っているのはバイノーラルマイクで録音するのではなく、普通にレコーディングしたソースを元にして、ミックスでバイノーラルな立体空間を作り出そうというものなのです。そのためにはどうすればいいか、どうすれば空間が作れるのか実験、研究を繰り返してきたわけで、今も研究を続けているところなんです。


AUDIO EASEの360pan(左)と360pan monitor(右)

--差支えなければ、実際どんな機材、ツールを使っているのか教えてもらえますか?
飛澤:立体的な音にするためのツールは基本的にすべてソフトウェアで処理をしています。大きく分けると360度定位させるために、映像に合わせて音も回転させることができるAmbisonics用のツール、そして今回、DTMステーションCreativeレーベルの曲でも利用した頭部伝達関数を使ったバイノーラルサウンドを生み出すツールの2系統があります。もう少し具体的に挙げると、Ambisonics用のツールとしてはAUDIO EASEが出している360Pan Suiteというプラグインがあります。これを利用すればAmbisonicsのBフォーマットというもので書き出せるので、YouTube やFacebookなどで360度の映像にリンクしたサウンドとしてUPすることも簡単にできます。一方、Bフォーマットからバイノーラルへ変換するツールもあるので、これを目指すVRミックスが可能だろうと考えました。ただ、360Pan Suiteだと上下感は出るけれど、後ろ側へ回す定位感が弱いんです。でもVRミックスでは後ろ側の定位感が非常に大切なので、ほかにいいツールはないか、と探したのです。


Pro Toolsの標準機能である3D pan機能

--なるほど、1つのツールで何でもできちゃうというわけではないんですね。
飛澤:そうですね。そこで一つ見つかったのがPLUGIN ALLIANCEが出しているDear VR Proというものでした。これだとかなり後ろ側がハッキリするので、Dear VRで作ったものを360Panに送ってBフォーマットに変換して……なんて実験を繰り返していました。ただ、それだけでも簡単にはうまくいかないから、間にステレオイメージャーを挟んでみたり、リバーブを挟んでみたりと、いろいろです。これが正解というものがあるわけではなく、どれが有効かは音源によっても異なるのが難しいところです。そのほかバイノーラルサウンド用のツールとしてWAVE ARTSのPanoramaというのも有効です。これは結構古くからあるもので、大胆な音の動きを演出するときなんかには便利ですねそのほか、WAVESのWAVES NX Virtual Mix Room Over Headphonesというのも面白い使い方ができますね。これは頭にセンサーを取り付けて動かすことで定位を変えることができるもので、やはり2ミックスのバイノーラルサウンドを生成することができます。


WAVES NXを使うことで音を動かしやすくなる

--WAVESのNX、以前使って、AV Watchの記事でレビューしたことがありました。価格的には安いし、なかなか不思議なツールだけど、なかなか使い方が難しいという印象もありました。
飛澤:やはり、どのツールもクセがありますからね。WAVES NXの場合、ステレオの広がり感、定位感がすごく分かりやすくなるので、それをバイノーラルに応用することで、ステレイイメージャー的に利用して音を後ろに持っていくことができるんですよ。どの音源にどのプラグインが合っているのかは、実際に試してみないとなかなか分からないんです。そこがまさに実験、試行錯誤という部分であり、「ここに音を配置したい」と考えたときにプラグインを差し替えながら判断しています。




--この部屋を立体的に表した画面の中で、どこで音を鳴らすのかを示すソフトもわかりやすそうですね。
飛澤:これはDolby Atmos Production Suiteに収録されているDolby Atmos Monitorというものですね。視覚的にもすごく分かりやすくなりますね。同じDolby Atomos Production Suiteに入っているDolby Atmos Rendererを用いることで、Dolby Atmosのサラウンドデータを2chのバイノーラルに変換することが可能になっています。そのほかPro Tools | HDに入っているFacebook製のFacebook Spatial Workstationというものも便利に使うことができます。


部屋の中でどこから音が出ているかを表すこのツールは……

--ずいぶんといろいろなツールが存在していて、それを組み合わせているわけですね。しかも「こうすればOK」という手法が確立されているわけではなく、音源によって使い分けたり、切り替えたりする……と
飛澤:そこが難しいところです。この半年~1年、そればかりを続けてきたので、僕の中にもノウハウ、経験値が溜まってきましたが、それでも試行錯誤の連続です。今回のDTMステーションCreativeでの曲「appreciation 100」は、初めてポップスをVRミックスとしたものだったので、結構苦労しました。


DTMステーションCreativeレーベルでの第1弾アルバムでも活用したというDolby Atmos Monitor

スピーカーの位置のレイアウトなどを行い、作り上げていくDolby Atmos Renderer

--確かに、最初に聴いたラフミックスの段階で、立体感は出ていたものの、ちょっとボーカルにリバーブが強すぎた気もしました。ただ、最終的には、すごくいい感じにまとまりました。
飛澤:この曲の場合、サウンドの密度がかなり高く、それぞれの音をどこに定位させるか、どの音を動かすかというのが難しかったところです。とくに音を後ろに配置しようとした時、初期反射や空間をつけないと分かりづらくなっちゃう。独りで定位ばかり考えて作業していたら、ついつい初期反射を見せすぎちゃって、リバーブが多めになっちゃう。翌日、改めて聴いてみたら「なんじゃこりゃ」なんてこともあるわけです。今回の曲は、大げさなVRではないけれど、中に入っている効果音がどう空間を動き回るのかなどに注目して聴いていただけると、楽しめると思いますよ。


Pro Toolsの標準機能である3D pan機能

--そうですね。リリース前ということもあり、この音源をここでは公開しませんが、M3会場ではDolby Atmos Monitorでの映像も併せて試聴できるようにするので、ぜひ多くの方にいらしていただければ、と思っています。またM3に来れない方には、後日通信販売なども予定しているので、お待ちいただければ、と。さて、一方で、自分の作品をVRミックスしたいという方もいると思いますが、ここまでの話からツールが何かは分かったけれど、今、自分で作業するというのはあまり現実的ではないように思います。これを飛澤さんにお願いする、ということは可能なのでしょうか?
飛澤:VRミックスについては、今後VIMARというサイトで受付を行っていきます。また今後DTMステーションEngineeringのメニューの一つとしてもVRミックス対応できるようにするかも検討中です。ただ、これまでDTMステーションEngineeringでは、DTMユーザーを応援するという意味から、通常料金よりずっと安い70,000円という金額を設定していました。でも、VRミックスは、今の僕にとっての本業ともいえるものなので、値引きはできないんですよ。いずれにせよVRミックスの金額として200,000円を想定しています。トラック数が膨大な場合や、トラックの差し替え作業がある場合は、追加作業量が発生するケースもあるので、そこは個別に相談させてください。なお、このVRミックスは、一般DTMユーザーのみなさんだけでなく、プロのみなさんにも同額で提供していくので、ご連絡いただければと思います。


DTMステーションEngineeringはVRミックスもサポート。飛澤さん自らPentangle Studioにて手がけていきます

--金額的に、簡単にポンっというわけにはいきませんが、これまでにない新しい作品を生み出すという意味では面白そうです。今後、どんな作品ができてくるのか楽しみです。飛澤さん、ありがとうございました。

【関連情報】
VIMARサイト

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※以下4月30日にオープンのCD販売サイトについての情報です。
【関連情報】
DTM Station Creativeオンラインストア

【CD購入ページ】
◎DTM Station Creativeオンラインストア ⇒ Sweet My Heart 


【M3-2018春のご案内】
DTMステーションCreativeの第1弾アルバム「Sweet My Heart」は以下の日時での頒布を行います。ぜひ、みなさんのご来場をお待ちしております。
日時:2018年4月29日(日) 11:00~15:30
場所:東京流通エンター[第二展示場 1階かー18a,b]
頒布作品:「Sweet My Heart」(価格:1,000円)
※会場への入場には入場券代わりとなるカタログの購入が必要となります。詳細はM3のサイトをご覧ください。カタログは3月31日より前売りも行われます。