数々のヒット商品を生み出した天才エンジニア、Marcus Ryleさんと話をしてみた!

古くはOberheimのシンセ、MATRIX12Alesisのデジタルレコーダー、ADATADAT-XT。また同じくAlesisのシンセ、QuadraSynthをはじめとするQSシリーズ、さらにDigidesignSampleCell、そしてLine 6PODシリーズ……と数々の革命的製品ともいえる機材を開発に関わってきた一人の天才エンジニアがいます。それが、以前「オリジナルPODよりも高性能だったMobile In/Mobile POD」という記事の中でもちょっと触れたことのある、Line 6の共同創業者のマーカス・ライルMarcus Ryle)さん(以下敬称略)。

先日、プライベートで来日された際に、お会いして話を伺うことができました。天才エンジニアとして以前から噂は聞いていたので、一度会ってみたいと思っていたのです。実際会ってみるととっても気さくな方。彼の生み出してきたこれまでの製品、そしてこれからのことについても聞くことができたので、紹介してみましょう。
Line 6の共同創業者にして天才エンジニア、Marcus Ryleさん



--マーカスさんは、これまで数々の製品を生み出してきたと聞いていますが、そもそもどんなキッカケで音楽とテクノロジーという世界に踏み入れたのですか?
マーカス:クラシックピアノを7歳のころから習っていたので、音楽には親しんでいたんだ。一方で、父はロケット開発に従事するエンジニアで、アポロ計画サターンVの開発に携わっていた。そのためエレクトロニクスやコンピュータというのは、父から影響で自然と身に付けていったよ。僕が最初に手に入れたシンセはARP ODYSSEY。12歳のときだったから1974年だったと思うよ。スライダーがいっぱいでとっても魅力的でね。でも、買ってすぐに分解したんだよ。いろいろなことができるんじゃないかな、と期待して。でも、その後組み立て直したら、動かなかった(笑)。そのことがエレクトロニクスを学ぶ大きなモチベーションになったんだ。とにかくちゃんと学んで、ODYSSEYを元に戻そう、とね。音楽のほうは、その後バンドをやるようになり、20代前半はスタジオミュージシャンとして、ロスアンゼルスで活動していたよ。
 
--学校ではどんな勉強をしていたんですか?
マーカス:大学ではエレクトロニクス、コンピュータの勉強をしたよ。でも、19歳のときに、Oberheimの創業者、Tom Oberheimと出会ってすぐにOberheimで働くようになったんだ。結局、大学は卒業できなかったけど、僕にとってはOberheimが、学校だったね。トータルで5年間働いたんだけど、本当にいろいろなことを学んだよ。

--Oberheimではどんな仕事をしたんですか?
マーカス:最初に設計したのは、DSXというシーケンサだよ。まだMIDI規格ができる前のことだったんだけど、独自のデジタル・インターフェースを搭載していて、それでOB-Xaというシンセサイザーをポリフォニックでコントロールできた。1981年にはProphetの創業者、Dave Smithといっしょに日本に来てMIDIの規格策定のための会議にも参加したよ。そのときは、Roland創業者の梯さんなど、さまざまな人達と会ったね。その後の僕の代表作としてはデジタルコントロールされたプログラマブルなアナログ・シンセ、MATRIX12の設計だね。このシンセを僕と共同で設計したのが、Michel Doidic。そう、Michelとその後、1985年にスピンアウトして今の会社を作ったんだよ。
Marcusさんは、Oberheimで開発に携わった後に
Line 6の前身であるFast Forward Designsを設立した

--最初は、Line 6という社名ではなかったんですよね?
マーカス:そう、当初はFast Forward Designsという社名でスタートしたんだ。僕たちはシンセが大好きだけど、キーボードだけじゃなく、もっと広い技術を手がけたいと思い、この会社をスタートさせた。煩わしい商取引やマネジメントに捕らわれるより、技術開発に集中したかったので、いろいろな会社と組んで設計を請負い、ロイヤリティーで稼ぐというビジネスにしたんだよ。最初の顧客はドイツのDynacode DSAという会社で、デジタルドラムや16bitのキーボードサンプラーを手がけたよ。

--AlesisADATもマーカスさんたちの開発だったんですよね?

マーカス:Alesisは、我々にとって最大のお客さんでね、実に40以上の製品を作ったよ。ADATADAT-XTをはじめとするデジタルレコーダー、QuadraSynthなどのシンセ製品などなど。ドラムマシンであるSR16は、まだ現行製品として売られているみたいだね。そのほか、DigidesignSample Cellなど、いろいろな製品を作ったな…。Oberheimが僕にとっての大学だとしたら、Fast Forward Designsは大学院かな(笑)。たくさんの会社の中に入っていって、さまざまな経験をすることができたし、もちろんDSPの勉強も数多くできたしね。90年代のテクノロジーは本当に楽しかったよ。僕たちの開発した機材によってキーボーディストは大きく表現の幅が広がったと思うし、プロデューサーも大きな恩恵を受けたと思う。だけど、考えてみればギターリストはデジタル技術の恩恵を受けていないな…と気になっていたんだ。

Line 6が生み出したギターアンプシミュレータPOD
写真は現行製品でもあるPOD 2.0 

--確かに90年代後半になるまで、アンプもエフェクトもみんなアナログでしたね。
マーカス:DSPのパワーがかなり強力になってきたので、これなら真空管によるディストーションのモデリングができるんじゃないか……。最初はリサーチのプロジェクトとしてスタートしたんだが、これは凄いことができるかもしれない、と内部で秘密裏に開発を進めていったんだ。これまでたくさんの製品を開発し、他社に渡してきたけど、やはり最終的な決定権は先方にある。これまで他社から十分学んできたし、今回は我々もビジョンがあったので、自分たちの運命は自分たちで決めるときがきた、と思うに至り、自分たちの製品をリリースすることにしたんだ。

--そのタイミングで、Line 6に社名を変えたわけですね。

マーカス:もともとLine 6というのはシークレットコードネームだったんだよ。社内では古いMarshallアンプを思い切り鳴らしながら研究開発をしていたんだけど、お客さんがやってくるときは、静かにしなくちゃいけない。当時、内線電話が5番まであったんだけど、「お客さんが来るぞ!」、というときには「内線の6番に電話です」とアナウンスして合図を送っていたんだ。それがLine 6という名前の由来なんだ(笑)。発売した当初はブランドネームとしてLine 6という名前を使っていたけど、生産や営業、マーケティングなど人を増やした結果、急に会社も大きくなったので、社名もLine 6に変えたというわけさ。Line 6は当初はギターにターゲットをしぼっていたけど、その後DSPによるモデリングをキーにして発展させ、いまはミュージック・テクノロジー・カンパニーへと発展してきたというわけだよ。

Line 6が新たに生み出したライブ用のデジタルミキサー、StageScape M20d
国内では9月末の発売予定となっている

--それから15年。先日、ちょっと唐突な印象も持ったのですが、ライブサウンドをターゲットにしたStageScapeStageSourceというミキサー、スピーカーを出しましたよね。これは何を狙っているのですか?
マーカス:これは90年代、ギターをターゲットにPODを作ったときと非常によく似ているんだ。当時2つの問題があった。ひとつは幅広いサウンドを作り出すためには多くのアンプ、エフェクター、そしてギターが必要で、それには非常にお金がかかった。2つ目に、その音を変更するのが非常に大変だった。それをPODひとつで解決できたわけだ。それに対し、ライブでいいサウンドを作るのにもやはり2つの問題がある。まずはたくさんのスタジオ機材が必要になり、コストがかかるということ。2つ目に、そのセッティングが非常に大変で、そもそもどうやって設定すればいいかもわからない人が多いのが実情。仮に設定方法が分かるエンジニアだとしてもかなりの時間がかかる。それを安く、簡単に実現しようというのが、今回の製品というわけなんだ。5年ほど前から構想を考えてきて、ようやく製品化できたというわけだよ。

--先日、AV Watchの連載で記事にしたところ、なかなか反響もあり、「欲しい!」という声があった一方で、PAエンジニアなどからはフェーダーの無いインターフェースに戸惑う声も聞かれました。
マーカス:それは仕方がないことだし、実際フェーダーに慣れているエンジニアにとってはStageScapeが最適ではないかもしれない。でもエンジニアに頼みたくても、頼めない現場が数多くあり、ここで広く活用されていくはずだと確信しているよ。たとえば学校やイベント会場、教会、お祭りの会場……、そんなところにもPA機器は必要だけど、どこもエンジニアがいないために、うまくPA機器を使えていないというのが実情だ。もちろん、バンド演奏もしかり。たとえばボーカル用のマイクと、キックドラムに設置するマイク、どちらも同じマイクに見えるかもしれないけれど、設定がまったく違う。ボーカルはハイパスを通し、キックドラムはコンプを掛けた上でEQで調整……。それを全く同じ内容のチャンネル・ストリップで設定していくのは、PAエンジニアなら、常識的な操作だけど、一般の人にはまったく分からない。それを自動的に認識し、効果的な設定をしてくれるのが、これらの機材というわけだ。その一方で、StageScapeにはリアルタイムのアナライザーやダイナミックEQなど、この価格帯の製品には無い魅力的な機能も搭載されているし、従来通りのパラメーターを使った細かい設定もできる。まだ懐疑的な目で見ている人も少なくないとは思うけれど、5年後、10年後には多くの場所で使われる標準的なPA機材になるはずだ、と確信しているよ。反発するという意味では、PODのときも同様だったよ。「そんなデジタルの音は…」と頑なに拒否したギタリストもたくさんいたし、そうした人たちは今でもいる。それはそれでいいと思っているんだ。そうしたアナログ機材を持っていない人たちにも手軽に真空管アンプの音を楽しめるようにしたのがPODだったのだから。
MarcusさんとStageSource L3t
--PODが登場したときには驚きましたが、今やギターアンプシミュレーションは、広く使われる一般的な技術になってきています。StageScapeStateSourceなども、他社が参入してくる可能性はあると考えているのでしょうか?特許で守るとかは?
マーカス:特許もいくつか取ってはいるが、他社からも同種の製品は出てくるだろう。テクノロジーを守るために最高の手段は、特許でなく、常に一歩先の製品を出していくことだと思っているよ。他社には負けないようにしつつも、市場が活性化してくることは歓迎だね。

--ぜひ、これからもマーカスさんの作り出す、革新的な製品を楽しみにしています。本日はありがとうございました。

【関連情報】
Line 6サイト

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