LISTENTOやOMINIBUSなどを開発し、不可能を可能に変える天才集団、Abbey Road StudiosのAudiomoversとは

リモートレコーディングを実現するLISTENTOや完全に自由なパッチングが可能なOMNIBUS、Dolby AtmosセッションがApple Musicでどう聴こえるかを再現するBinaural Renderer、DAWの任意のチャンネルにオーディオを簡単にルーティングできるINJECTを開発するAudiomoversというソフトウェアメーカーをご存知でしょうか?現在、ロンドンのAbbey Rolad Studiosの一部門ともなっているAudiomoversは、特に、大手ゲーム会社でも導入されていたり、海外とのレコーディングを行う際に使用されるLISTENTOは、コロナ禍には重宝され、遠隔レコーディングという新しい制作スタイルを作り出しました。

そのAudiomovers創立者であり、製品開発責任者のイゴール・マキシメンコ(Igor  Maxymenko)さんは、10年以上にわたり、Blue MicrophonesやWaves Audioなどの製品を設計してきた人物。彼が設計に関与した製品は、Tracks Live、Digigrid、SoundGrid、MultiRack、Yeti Nano、Yeti Xなどなど。音響エンジニアであり、音楽プロデューサーであり、オーディオ製品デザイナーという、凄腕のエンジニアなのです。そんなイゴールさんが来日していたタイミングで、Audiomovers運営責任者のドム・ドロンスカ(Dom Dronska)さんもインタビューすることができたので、Audiomoversについてより詳しく紹介していきましょう。

先日来日したAudiomoversのイゴール・マキシメンコさん(右)とドム・ドロンスカさん(左)にお話しを伺った

元Blue Microphones/Waves Audioのプロダクトマネージャーと、元Avid/Waves Audio/Universal Audioのプログラマーが手を組んだ

ーーAudiomoversを立ち上げたきっかけについて教えてください。
イゴール:遠隔でも音でコミュニケーションするというニーズがとても大きいと感じたからです。私たちが作る前には、スタジオでも使えるクオリティの製品はなく、なので作ろうと思ったのです。そこで、Audiomoversの共同創設者であり、Avid、Waves Audio、Universal Audioなどで働いてきたソフトウェア開発者ユーリー・シェヴィロフに相談しました。インターネットを介して、オーディオのやり取りができるソフトは作れるのかと聞いたところ、すぐに「できるよ」と返事が返ってきました。LISTENTOのプロトタイプ自体は3週間で作り上げ、それが非常にスムーズに動作しました。

ーー3週間でプロトタイプを作られたんですね。
イゴール:遠隔でも音でコミュニケーションするというニーズがとても大きいと感じたということについて、もう少し詳しくいうと、一番最初のアイディアは、あるレコーディングエンジニアからでした。「あのデモファイル送ったけど聞いた?」という反応を確認する時間と手間を掛けているので、それは圧縮できるのでは、と思ったんです。往復する無駄なやり取りをなくせるのでは、と感じたのがLISTENTOを作り始める、最初のモチベーションでした。その後、LISTENTOが完成した結果、実際にリアルタイムに離れた人とでもコミュニケーションを取ることが可能になりました。また、ほかに嬉しい点として、自分の慣れた環境で、ほかのスタジオでの演奏をモニタリングして、ジャッジすることができるという、別のメリットも生まれました。

Audiomovers創立者であり、製品開発責任者のイゴール・マキシメンコさん

LISTENTOが、ほかの遠隔コミュニケーションソフトと比べて、優秀な理由

ーーこれまでも、Web会議アプリを含め近いコンセプトのものはあったと思いますし、各DAWにリモートレコーディング機能などが搭載されたりもしてきました。それらと比べると、LISTENTOは何が違うのでしょうか?
イゴール:ZOOMといったものは、インターネットの速度が遅くなれば、その分オーディオのクオリティも下がるというテクノロジーを利用しています。まあこれが一般的ですね。一方LISTENTOは、どんなにレイテンシーが発生しようともクオリティを確保した状態でオーディオを送出します。また、これまで存在していたLISTENTOと近いコンセプトで、オーディオを送受信するものは、ほとんどがPeer to Peerでした。うまくいっているものもありましたが、多くのところが失敗していました。しかも、どこも決して非圧縮のオーディオを送るということがなかったのです。実際Abbey Road Studiosでは、こういった技術を仕事に利用するために、いろいろなソフトを試してみたそうです。LISTENTOに似ている製品をいろいろテストしたのですが、Audiomoversほど安定しておらず、そして操作が難しかったのです。

ドム:Abbey Road StudiosがAudiomoversを買収するに至った理由としては、1対複数のクライアント/サーバー型のネットワークを利用していることにありました。つまりPeer to Peerとは逆で、マルチポイントで使える点が評価されたのです。

運営責任者のドム・ドロンスカさん

ーーたしかに、ほかのソフトは面倒な操作が多く、安定もしないですよね。
イゴール:マルチチャンネル、マルチポイントの安定性に加え、IP知識が要らず、簡単シンプルということについては、とても重要視しています。特定のプラットフォームや環境に限定されず、プラグインをインサートして、URL送ればOK。面倒なルーティング、セッティングは必要ないです。

コロナ禍において世界中で導入が進んだLISTENTO

ーーLISTENTOが最初にできて、そのあとの展開はどういった経緯だったのですか?
イゴール:たとえば、Binaural Rendererについては、MacそしてLogicでしか、Dolby AtmosセッションがApple Musicでどう聴こえるか確認できないという問題を解決するために開発しました。開発している製品は、すべて最初にある問題を解決するために存在しています。自由自在なパッチングが可能なOMNIBUSだって、macOSが認識した入出力を簡単に好きなようにルーティングさせるために作りました。それが、初期状態ではできなかったからです。複雑な処理を複雑なままにせず、簡単シンプルにしているのです。

Dolby Atmosの空間オーディオサウンドがApple Musicでどう聴こえるかをシミュレーションするBinaural Renderer

他社が真似できない理由は、問題を見つける観察眼と取捨選択のバランス感

ーー問題を見つける能力、解決できるアイディアがすごいと思うのですが、それはどこから生まれてくるのですか?
イゴール:エンジニアが、苦痛に感じている点を探し出すところからスタートします。1つ1つ細かくフローを見ていくと、問題はたくさん見えてきます。

ドム:魔法のようなものです。イゴールは、音響エンジニアであり、音楽プロデューサーでもあります。なので、エンジニアやミュージシャンが感じていることがわかっているのです。またオーディオ製品のプロダクトマネージメントも行ってきていて、技術的なバックグラウンドももっているので、どうすればテクノロジーで解決できるのか、思いつくことができるのです。さらに、その思いついたものをユーリーが実際にコードに起こすことができるので、この2人の歯車がガチッとはまることで、Audiomoversの製品が生まれてくるのです。

ーーアイディアがあっても、技術力がないと製品化することは難しいと思います。そこのハードルがあるのはもちろんのこと、これまでほかの人が実現できなかったのに、なぜAudiomoversだけが製品化することができたのですか?
イゴール:基本的には、すべてのものが改善できるのではないかと感じ、世の中を見ているので、これが重要だと思います。何かをもっと時間を掛けずにできるようになることは、非常に有益なことで、クリエイティブ以外のところに時間を掛けないほうが、いいに決まってますよね。私自身は、ワークフローごと変えてしまうような革新的なことに興味があるのです。なので、改善というよりも、今までできなかったことがAudiomoversを使えば実現できるということを大切に考えています。実際に現実では一度も会ったことない人たちが、アルバム制作の完成まで行っていたりします。Audiomoversがなければ、できなかったことなので、これは非常に喜ばしいことです。

ーー技術的な側面としては、どうでしょうか?
イゴール:私はプログラムを書くことはできないのですが、テクニカルの問題を具体的に言語化して共有できるのが強みだと思っています。そして、プログラマーのユーリーに伝えることができるので、そこの連携がまず1つあります。ほかには、アプリケーションで不要だと思う点は、すべて取り除くという考え方と柔軟に考えるというバランス感ですね。たとえば、オーディオエンジニアのリクエストによって、低レイテンシーを実現してほしいといった要望があるとします。そこに各社は、低レイテンシーを目指してプロダクトデザインをしているのですが、それはなにもかも同じツールで解決しようとしている姿勢なんです。低レイテンシー以外すべてダメという考え方をしてしまうと、それが解決できないことが多く、実はレイテンシーをある程度取ることで解決できる問題があるのかもしれないのに、NGを出してしまってうまくいかないプロダクトをたくさん見てきました。レイテンシーが特に大きな問題でない場合、それを許容してしまうという考え方は大事ですね。ミニマリスティックなプロダクトデザインと、ユーザーが選べる余白を残しておいて、広いバンド幅を持っているようなインターネット回線であれば低レイテンシーで送出可能にし、そうでなければレイテンシーを使っていくというオプションの提示が重要です。このオプションを用意する数、排除する数のバランス感ですね。

ーー最後、今後の展開について教えてください。
イゴール:働き方がものすごい速度で変わっていくので、それに対し問題は出てくる、なのでそれを解決していきます。
ドム:イゴールは、その何歩も先を行って、その問題の解決策を見つけてくるので、きっとその形でAudiomoversは進んでいきますね。

ーーありがとうございました。

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