作家というビジネスはどう成り立っているのか?ヒット曲を作り続ける杉山勝彦さんに聞いてみた

乃木坂46家入レオ中島美嘉…をはじめ、2017年にはレコード大賞作曲賞を受賞している、作詞家、作曲家、編曲家でミュージシャンでもありプロデューサーである杉山勝彦(@sugisansugisan)さん。その杉山さんが、音楽を始めるようになったきっかけや、高校時代にQY300Cubasisを使って自分で音楽を作るようになった背景、さらには大学入学後に早速プロの作曲家として仕事をスタートさせ、JASRACと契約してお金を得られるようになった……という話を先日インタビュー記事として紹介しました。

今回はそのインタビューの後編として、杉山さんがどのようにして人気アーティストの曲を手掛けるようになり、その後どうして乃木坂46「君の名は希望」、中島美嘉「一番綺麗な私を」、倖田來未「好きで、好きで、好きで。」……といったヒット曲を生み続けられているのかなど、いろいろと伺うとともに、杉山さんが今、どんな機材、DAW、プラグインを使って制作しているのかなど、伺ったので紹介していきたいと思います。

プロになってから現在まで、杉山勝彦さんインタビューの後編プロになってから現在まで、杉山勝彦さんインタビューの後編

音楽に集中するために株式投資で資金を作った

ーー大学時代にNHKの仕事を手掛けて収入が得られるようになる、って尋常なことではないですよね?
杉山:でも、それだけでは収入としては足りないので、安心して音楽制作ができるように、投資を始めたんです。
--ん?投資ですか?
杉山:当時ライブドアショックとかのタイミングで、サラリーマン投資家が流行っている時代だったんです。音楽を作っていく中で、お金がないと話になりません。幸いにして、JASRAC経由で印税をいただいてはいたので、これを元手にもっとお金を作れれば、お金の心配がなくなるんじゃないか、って。その理由が、たとえば自分と同じ才能の人が、1つの学校に1人いるとして、大体僕の世代の人数が100万人ぐらいだとすると、おおよそ1000人は同じ才能の人がいるんですね。その中で、3割の人間が本気で音楽を目指すとなった場合、300人がライバルになります。しかも、その中の100人は家庭が裕福で自分が稼がなくても生活できて、好きに音楽の道を進んでいくことができる。しかも、音楽は無差別級だから、同じ年代だけで戦うのではなく、少なくとも前後10年の人たちと戦う必要があるわけです。となったときに、バイトしながら音楽をしていては、勝てないと思ったんですよね。
ーーすごく正しいとは思いますが、一般の人は発想できない、すごい考え方ですね。
杉山:とりあえず、紀伊國屋に売っている投資関連の本は全部買って読みました。もちろん書いている人の立場もあるので、全部鵜呑みにはせず。で、株式投資を始めて、しばらく板を見ていて、これは心理戦だなと気づいたんですよ。いい材料が発表されてもインパクトがないと、織り込み済みだから株が下がり始める…といったことがあるのですが、ここは心理戦。つまり、ババ抜きのように、用済みの株を誰かに売ることで勝つ必要がある、と。そうなったとき、ババを引かせるべき相手はサラリーマンだ、と思ったんですよ。値動きがある時間帯に仕事がある人は見れないじゃないですか。出来高が大きくなって上がってて、ローソク足がいい状態で、これは絶対明日来るぞ、と分かってもサラリーマンは寄り付きのタイミングで買えないから、買い注文を出すしかないんですよね。ちょうどサラリーマン投資家が増えていた時期なので、そういった銘柄を持っていれば勝つわけです。僕は最初から最後まで張り付いて見れるので、業績が一定以上の水準を超えているものを厳選して、トレードしていたら、高い勝率で勝ち続けて、割とちゃんとしたお金を作ることができたんです。ちょっとおかしいですが、それぐらい本気で音楽に集中したかったんですよ。

ーーとりあえず、これでお金の心配はいらなくなったというわけですね。
杉山:プロ機材を手にした上で、暮らせる状態にはなりました。その後、大学を卒業して大学院にも進んだのですが、さすがに大学院では真剣に勉強し、研究しなくてはならず、周りに迷惑をかけてしまうため、申し訳ないと思い中退しました。その後、実は1回サラリーマンとして就職しているんですよ、1年だけですが。理由としては、名刺の渡し方、営業のプレゼンも何もできない状態で個人事業主になっても、社会で通用するわけない。しっかり生きていくためには社会人の常識を身につける必要があるので、そのための勉強として就職しようと思ったんです。

当時買った機材は今でも現役機材として使っている当時買った機材は今でも現役機材として使っている

早稲田の学祭でラッツ&スターの佐藤善雄にスカウトされた

ーー考えつくした上で、社会常識をつけるための教育機関として1年だけの就職ということですね。
杉山:そんなサラリーマン時代の秋に、OBとして早稲田の学祭に行ったのですが、土曜日にゴスペラーズのメンバーとラッツ&スターの佐藤善雄さんが来ていたんです。OBが歌うのは日曜日だったのですが、後輩にお願いして、本当に迷惑なやつですけど、歌わせてもらったんです。そこで佐藤さんに名刺をいただき、「今度遊びに来て」と言ってもらえたので、すぐに今まで作った曲を全部持ってオフィスに行ったんです。そこで、佐藤さんから「スーパースターになれるかどうかは分からないけど、スターぐらいにはなれるかもよ」と言ってくださり、まだ何も知らないので信じたんですね。そこで、アニメのコンペに参加することになり、運よく1回で通って、「デルトラ・クエスト」のエンディング曲に採用されました。

ー-いきなり一発で通るというのも、普通はありえなさそうな話ですが、その佐藤さんの件が、スカウトされたという話ですね。
杉山:サラリーマン時代を終え、機材も買い揃えて、いざプロとして活動するとなったときに、佐藤さんから「本気ならまず大手に行った方がいい」とSMP(ソニー・ミュージックパブリッシング )のプロデューサーをご紹介いただきました。そこから毎日20時間ぐらい仕事して、ようやく3ヶ月目ぐらいで嵐の「Step and Go」カップリング曲、「冬を抱きしめて」という曲が決まり、これが作家デビュー曲となったわけです。SMPの先輩たちも本当にいい人ばかりで、お酒の席になるとやっぱりお金の話になるじゃないですか。六本木の安い居酒屋で、先輩いくら稼いだんですかみたいな話をしたら、すごい額で……。そこでJASRACからの印税ってCDの枚数だけじゃなくて、カラオケで歌われる曲、みんなに愛される曲が、結局一番入るんだということに気付かされたりもしましたね。そして、SMP時代に中島美嘉さんの「一番綺麗な私」、倖田來未さんの「好きで、好きで、好きで。」も制作しました。

ーー街でもたくさん流れていましたよね。
杉山:実際に渋谷に行って帰ってくるまで4回ぐらい聴くみたいな感じでしたね。流れすぎて2ちゃんねるで「怨念みたいで怖いんだけど」とかって書かれてましたよ。それはそれで素晴らしいことだったのですが、当時と比べると、今はだいぶ状況が変わってきていて、音楽のライバルは音楽じゃないんですよね。時間が限られているから、電車とか乗っても、みんな動画とか観てるじゃないですか。音楽を聴こうと思って聴いている人は、やっぱり少ないと思うんですよね。昔はアーティストの新譜を聴くときは、気合を入れていたじゃないですか。今の子たちにはその感覚は絶対ないですよね。

さまざまなヒットソングを世に送り出してきた杉山勝彦さんさまざまなヒットソングを世に送り出してきた杉山勝彦さん

ブースを自作したが、こもった空間での作業は精神衛生上よくなかった

ーーそんなSMP時代には、どんな環境で音楽制作されていたのです?
杉山:最初は、練馬の防音物件でもないところに住んでいました。友達が「隣が空いたから来たら?」と誘われ、5万円で安かったのもあるし、鉄筋だし、歌っても苦情来ないからというので引っ越しをしたんですね。でも、仮歌の人を呼んで歌ってもらったら、速攻でクレームが入ったんですよ。引っ越したばかりだし、また引っ越すわけにもいかないので、防音ブースを作ることにしたんです。

--防音ブースっていったって、かなり高価ですよね。
杉山:アビテックスとか市販の防音ブースを入れようとしたのですが、100万円以上するので、これは無駄なのではと思い、防音について勉強をしました。すると吸音層・遮音層・吸音層・遮音層とそれぞれ2層くらい入れる形なんですよね。歌とかアコースティックギター程度のレコーディングだから、防振まではいらない、と。図面引いて、ホームセンターで木を切ってもらって、自分で組み立てていったんです。材料費は20万円ぐらいで収まり、かなりしっかりした防音ができるようになりました。これが唯一大学での勉強が役立ったことですかね。でも防音ブースにこもって1人で作業するのは精神衛生上よくなかったですね。「一番綺麗な私」が決まる前の話ですが、半年以上曲が決まらなくて、メンタルが結構きつかったです。それもあって、次に大泉学園の防音物件に引っ越し、そしたら環境もよくなって、そこで「一番綺麗な私」を決めたんです。作業環境って大事ですね。一方で、上田和寛とのユニット「USAGI」という形でのアーティスト活動もスタートさせ、そちらはユニバーサルミュージックからのメジャーデビューという形になったんです。

ーー当時の機材は、どういうもの使っていたのですか?
杉山:Fireface 800とか、今も使っているMANLEY DUAL MONO、TUBE-TECH CL1Bとかですかね。機材だけは、最初にお金を作って買っていたんで、PCのスペックも当時からいいものを使っていました。僕はずっとWindows派で、DAWはCubaseです。プラグインも結構使っていて、当時は10万円ぐらいしましたけどWAVESのGoldとか、BFD、Stylus、KOMPLETE…などなどですね。現在は、そこからいろいろ買い足したりもしているのですが、オーディオインターフェイスは同じRMEのFireface 802、マイクも最初はNEUMANNのTLM103を使っていましたが、今はM 149 Tubeを使っていたりしています。大学生のときに買ったSadowskyの87年モデルのギターは、ずっと使い続けていますね。当時30万円ぐらいして、頑張って買った機材ですけど、やっぱりいい楽器はずっと使えますね。

大学時代に買ったギターは、今でも愛用している大学時代に買ったギターは、今でも愛用している

ーーSMPの所属作家であり、ユニバーサルミュージックのアーティストというのもなかなか不思議な形態ですよね。
杉山:まさにねじれ状態で、これからどうしていこうか…という悩みもありました。ちょうど、乃木坂46の「制服のマネキン」とかが出ているタイミングだったのですが、そこで3年間ぐらい作家活動を辞めたんですよ。新規のコンペ曲は書かないという形で、相方への責任もありアーティスト活動に集中したんですね。それから、いろいろあって独立することにしました。そのときにヒャダインさんがいる事務所、ファイブエイスの社長に移籍について相談させていただいたことがありました。その際、条件面なども伺い、それならすべて問題ないので、ぜひ…と考えたところ「なんで独立しないの?」と。それまで独立なんて考えたことがなかったのですが、確かにありだな、と。結局それがキッカケとなって独立することになったんです。その件を後日報告したら「独立祝いをしましょう!」なんておっしゃって、焼き鳥屋さんに連れて行ってくださって…。本当に感謝しています。ファイブエイスはどんどん売れてほしいですよね(笑)

ーーそのタイミングで、杉山さんの作家事務所CoWRITEを設立したわけですか?
杉山:法人化自体は7、8年前にしていたのですが、当初は自分だけが所属する個人事務所としてスタートさせました。アーティスト活動は2022年の年末まで活動は続けていたのですが、Zeppツアーをもって解散しました。その後、専門学校に特別講師として行くことがあったのですが、そこで尾上榛くんって子と出会うんですよね。乃木坂46の「Monopoly」のアレンジも手伝ってもらってるのですが、すごい才能がある子だと思ったんです。人間的にも音楽的にも素晴らしく、僕が同じ年齢だったころとはえらい違いだなと。けど、「ウチは母子家庭で余裕はないので、卒業するまでにプロになれなかったら就職しようと思っています」というので、これはもったいないなと思い、親御さんにお話させていただき、その子だけが所属という形にしよう、と。ですが、僕がSMPのときに先輩たちと切磋琢磨してきたような環境を作ってあげたいと思うようになり、昨年の4月に作家事務所という形にしたんです。今は、メンバーが22人いて、それなりの規模になりました。彼らにも、この事務所がどうやってできたかはちゃんと伝えています。

プロを目指す人に向けたアドバイスもいただけたプロを目指す人に向けたアドバイスもいただけた

プロとして活動するなら、稼ぎ方も知っておかなければならない

ーーこれから、プロを目指していく人たちになにかアドバイスはありますか?
杉山:世の中でよく、100万枚売れたから印税がすごいとかいってますけど、それって実は全然大したことないんですよ。実際は、ちゃんと聴いてもらって、使ってもらって、歌ってもらうことが大事。そうやって音楽を愛してもらうということが、商業的にも成功なんですよね。ちゃんと愛される曲を1曲作るだけで、人生は変わります。ここを目指しつつ、ちゃんと印税をもらえる体制を整えておいて、その受け取ったお金で、よりよい環境を作って、さらに愛される曲を作ることが大切だと思います。昔に比べてJASRACとの信託契約はハードルが下がっているので、チャンスだと思いますね。やっぱりプロとして活動していく以上は、稼ぐことは重要です。稼ぎ方も知っておかなければなりませんね。また僕は、絶対使われないと思っていても、手を抜きません。秋元康さんが絶対歌詞を書くとわかっているのに、そこにフルサイズでバキバキに歌詞を書いたりして、それを聴いたA&Rの方が、別のお仕事を紹介してくださったりするので、常にやっぱり全部オーディションになってるものだと思って、いいものをちゃんと作れたらプロとして活躍することができますよ。

ーーありがとうございました。

 

JASRAC公式YouTubeチャンネルで杉山さんが出演したAkira Sunsetさんとの対談動画を公開中です。合わせてごらんください。

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