ギタリストなら誰もが経験する悩み――「あのアーティストのギターサウンドはどうやって作っているんだろう?」「自分の音作りが正解なのかわからない」「機材を買ったはいいけど、うまく活用できていない」。こうした課題を解決する画期的な無料アプリ、TONEBOOKなるものが登場しました。このTONEBOOKは、ギタリストの音作りに特化したコミュニティアプリで、ユーザーは数多く投稿されている「音レシピ」といわれる使用機材やエフェクトの設定を、そのサウンドとともに探して、詳細を確認できるとともに、自ら音レシピを投稿してシェアできるというツールです。一方で、数多くアーティストのインタビューが掲載されているメディアでもあり、プロの音作りやその背景を知ることができる貴重な情報源ともなっています。
このアプリを手掛け、運営しているのはカシオ計算機の川田遼平さん。もともとバンドでギターを担当していた川田さんが、個人プロジェクトとして約2年半前にスタートさせたものが、会社の新規事業として正式に採用された経緯を持っています。「ギター周辺の情報コンテンツに価値があるのではないか」という仮説から始まったこのプロジェクトは、インスタグラムで1.6万人のフォロワーを獲得し、月間185万PVを記録するメディアへと成長し、この8月にアプリ版がリリースされたというタイミングです。非常にユニークなアプリなのですが、実際どんなことができるのか、どのように運営しているのかなど、川田さんに話を伺ってみました。
趣味から会社公認へ!カシオ発・異色のプロジェクト誕生秘話
──TONEBOOKというプロジェクトは、いつ頃からどのように始まったのでしょうか?
川田:実は最初は私個人の趣味として、会社とは関係なく始めたプロジェクトなんです。それが大体2年半くらい前ですね。当時は会社で新規事業の企画をやっていたのですが、個人的にもチャレンジしてみたくて。
始めた時から会社に持ち込みたいと思っていましたが、構想しているビジネスモデルがデジタルコンテンツを中心としたアプリビジネスだったので、カシオとしてはチャレンジしたことのない分野でした。それを正面から持っていってもうまくいかないだろうと思って、まずは個人で成功の兆しを見せてから「こんな傾向が出てるので拾ってくれませんか?」という形で提案しようと考えました。
──個人でプロジェクトを進める中で、なぜギター領域に焦点を当てたのですか?
川田:実は最初はピアノ系のプロジェクトを提案したことがあったんです。私はもともと会社でピアノのエンジニアをやっていて、Privia(プリヴィア)の設計などを担当していました。それの延長で今までやってなかったラインナップを提案したのですが、うまくいかなかったんです。
原因はいくつかあると思っているんですが、プロダクトの提案だったので、新規でプロダクトを作っていくのは競合もいるし、モノだけだと厳しいなと感じました。なので、ソフトウェアやインターネットを絡めたビジネスモデルをチャレンジしたいと思ったんです。
それとピアノでやったときに気づいたのは、自分より詳しい人が社内にいっぱいいるということでした。5万人いる会社の中で、自分より上の人が普通にいるので、あれこれ言われてしまう。サンドバッグ状態になって、これじゃ進まないなと。
だったら自分が主導権を握れる領域は何だろうと考えたら、もともとバンドをやっていて機材も好きだったし、ギター領域のプロダクトって今もあまりなくて、口出しする人もいなかったんです。ここだったら自分でブルーオーシャンを狙えるんじゃないかと思いました。
ギターが中心ではあるけれど、実はほかの楽器の展開も可能
──つまりギターはもともとご自身がプレイヤーとして経験があったということですね?
川田:そうです。バンドではリードギターを担当していました。会社ではピアノをやっていましたが、ギターは昔からやっていたので、そこの掛け算で何かできないかと。ギターを作って売るんじゃなくて、ギター周辺の情報コンテンツに価値があるんじゃないかという仮説を立てて、その仮説検証を個人でやっていたということです。
──なるほど。それが音作りをみんなでアイデア共有していくという考え方だったんですね?
川田:そうですね。今はギターを中心に語っていますが、実際はギターに限定していなくて、アプリにもベースやドラム、シンセの人などいろんな方がすでに投稿されています。音を作るという行為は、音楽に携わる人が広く関わる行為だと思っています。
例えば、ライブでの音作りもそうですし、制作でも生音で録るレコーディングから、いわゆる打ち込みやDTMまでいろんな制作の方法がありますよね。もちろんそういった知識や経験はいろんなメディアやYouTubeで発信されていますが、体系的になっていないんです。バラバラと散在している情報を、一つ横串で通して結べるようなプラットフォームを作りたいというのが野望です。
機材設定だけじゃない! 音作りに隠された“物語”を共有する場
──解決手段としてコミュニティを活用するということですが、例えば将来的にはAIなどを使って、ある音を入力したら、その音作りの方法を解析していく……といった方向性も考えられますか?
川田:そこは両面あると思っています。メディア型とプラットフォーム型と呼んでいるんですが、メディア型は我々が取材して皆さんに情報をお伝えする従来のメディアと一緒のやり方です。ただ、メディア型だと網羅的に情報をお伝えできる範囲が限定的ですし、お伝えできる情報も断片的で偏ったものになりがちです。
その解決策として、みんなで情報を持ち寄れるプラットフォーム型を入れています。AIについては、実際にものすごい数のアーティストとユーザーとの対話を重ねているんですが、そこで分かってきたのは、音作りには機材の組み合わせだけじゃない価値があるということです。
例えば、アーティストさんの場合だと、アーティストさんの文脈に価値があるんです。なぜその音を選んだのかという理由付けや根拠、そこに至った背景や着想など、そういう個人的な文脈に価値があることが分かりました。アーティストさんのファンや、その方を真似したいという人は、単純な情報だけじゃなくて、その裏側を知りたいという欲求があるんです。そこはAIでは代替できないと思っています。
──実際のアプリでも、そうした文脈を伝えられる仕組みになっているんですか?
川田:そうです。よく「機械的な設定情報だけ載っているの?」と聞かれるんですが、実は結構作文的に書けるようになっています。「なぜこれを選んだのか」といったことを、皆さん事細かに書いて投稿してくれるんです。それを読むのも面白くて、「この人はこういう理由でこれを選んでるんだ」とか「この楽曲制作するときはこういう理由でこの機材を選定してるんだ」といったことが伝わるような仕様にしています。結構そこが評価されているところですね。
10代20代が主役! これまでのギターメディアとまったく違う読者層
──ユーザー層についてお聞きしたいのですが、どのような年齢層の方が多いんでしょうか?
川田:アプリの利用者の属性は今後分析する予定ですが、まずはアプリスタート前から展開してきたInstagramのフォロワーの分析データをベースにお話しします。現在1.6万人のフォロワーがいて、全体的にはかなり若いです。性別では9割が男性で、95%くらいですね。年齢は10代後半から20代前半がほぼ半数で、20代後半から30代前半が残りの3割くらい。30代以下でほぼ全てを占めています。
面白いのは、他のメディアにはない特徴として、みんなほぼ現役なんです。つまり昔ギターを弾いていたけど今はやってないという休眠状態の人ではなく、現在進行形で音楽活動をしている人がほとんどです。高校の軽音部に入っているとか、大学の軽音部、新卒くらいの社会人でまだプライベートの時間に余裕もあるので、社会人でバンドをやっているとか、そういった方が大多数を占めています。
──それは従来のギター系メディアとは大きく異なりますね?
川田:そうですね。ギター系の雑誌って年齢層が結構高めで、多分休眠層が多いと思うんです。お金は持っているけれども、それを現場に持って行ってめちゃくちゃ使うかというと、そうじゃなくて結構眠ってしまっている。でも我々は全然違う層でやっているので、独自のポジションにいると感じています。
掲載しているアーティストも、いわゆる最前線でやっている方が多いんです。結構彼らも喜んでくれるというか、「どこのメディアも全然声をかけてくれなかったけど、TONEBOOKさんは取材してくれた」みたいな。大手の雑誌さんはやっぱり超トップのアーティストしか取り上げないので、彼らからすると「俺らが今日本の最前線でやってるのに」というところがあって、そことユーザーをつなげるような場所になっているのがいいかなと思っています。
日本から世界へ――TONEBOOKが描くグローバル展開と未来図
──海外ユーザーも多いとお聞きしましたが?
川田:はい、フォロワーの2割くらいが海外の方になっています。特に東南アジア系の方が多いです。日本のロックが結構アニメの主題歌になったりしていて、その影響で東南アジアの人が日本のロックを聞くという現象があるみたいで、東南アジアの方がめちゃくちゃ見てくれています。
コメントのやり取りは英語を使ったり、現地の言語を翻訳して使ったり、直接英語でコミュニケーションしたりと、日本語に限定されずにいろんな言語が飛び交っている感じです。音作りの行為って国を限定しないし、言語依存しないと思っているんです。説明するときは言語が必要ですが、聴覚的な情報は言語依存しないじゃないですか。そこがめちゃくちゃいいなと思っています。
──アプリの具体的な使い方について教えてください。自分の音を発信する以外に、質問のような機能はありますか?
川田:現在は質問機能はないんですが、まさにそういったリクエストが来ているので、今後追加を検討しているところです。個人的にも、「どうやってこの音を作るんだろう」という疑問を解決できる機能があると面白いと思っています。データが蓄積されてくれば、「この音が参考になるんじゃない?」といった形で活用できるようになると思います。
現状は自分の音作りを発信していく、その作り方を発信していくという形がコミュニティの中心ですね。アプリの良さは、アップデートできることなので、順次より良いものにしていこうと思っています。
“欲しい機能”が続々!ユーザーのリアルな声
──他にもよく来るリクエストはありますか?
川田:コメント機能への要望が多いです。最初はコメント機能が荒れるかなと思って抑えていたんです。音楽系のコンテンツって論争が起こりがちで、マウントを取ったり「俺はこれが正義だ」みたいになることが多いので。でも実際に上がってくる声は、「俺もこの機材を使ってるから、この投稿者に嬉しいコメントを送りたいけど送れない」といったポジティブなものが多いんです。
もちろんイチャモンをつけるような人もいるかもしれませんが、上がってくる要望としては、もうちょっと熱のこもったコミュニケーションをしたいけど、その手段が今機能としてないので、それが欲しいという声が多いです。大きな課題の一つですね。
──海外展開についてはいかがですか?
川田:海外の方からアメリカのAppStoreで配信してほしい、といった要望もあります。ほかの国からもいろいろ要望が届いています。しかし現在は日本のAppStore、しかもiOS限定での販売となっています。もちろんAndroid版もやってほしいという声もたくさん届いているので、やるべきことはいっぱいです。
技術的には一応いろんなプラットフォームに展開できるような作り方をしているのでできるんですが、優先順位的にやるべきことが残っているので、順を追ってという形になります。

TONEBOOKはApp Storeから無料で入手できる
次はベース?シンセ? 広がる音楽コミュニティの未来
──今後の機能拡張についてお聞きします。現在はギター中心ですが、他の楽器への展開はどう考えていますか?
川田:発信内容を徐々に広げていくという方針です。別にギターをずっと中心に据えるつもりはないのですが、いきなりそれを広げちゃうと、ユーザーとしては何ができるアプリなのかわからなくなってしまいます。最初は焦点を絞ってコミュニケーションして、そこでいろんな事例ができてくると、「ギターを使ったらこういう記録の仕方ができるんだ」という模範ができるので、それを他の楽器や他のシーンに転用できると考えています。
具体的な機能面では、レシピを投稿するときに機材名を入れられるんですが、そこにサジェスト機能があって、例えば「A」と入力するとAbletonが、「C」と入力すればCubaseが出てくる……といったことが可能な仕組みになっています。現在登録されている機材がほぼギター関連の製品なので、他の製品を登録しようとしたときには候補が出てこないという状況です。
世界中に楽器があまりにもありすぎて、登録リストを作るだけでも大変な作業ですが、順次追加していく予定です。「次はベースが追加されました」「キーボードとシンセが追加されました」といったアナウンスをしながらコミュニケーションしていこうと思っています。
情報が一つに集まる!TONEBOOK最大の価値
──TONEBOOKを使うメリットを、読者の皆さんに改めて説明していただけますか?
川田:一番大きなメリットは、音レシピという専用フォーマットで、編集いらずで簡単に記録できること、そしてこれまでバラバラに散在していた音作りの情報を一つのプラットフォームで体系的に見ることができることです。従来だと、YouTubeでこの動画、メディアでこの記事、というように情報が分散していましたが、TONEBOOKなら一つのアプリで様々なアーティストや他のユーザーの音作りを参考にできます。
しかも、単純に「この機材を使っています」という情報だけでなく、「なぜその音を選んだのか」という文脈や背景も含めて学べるのが大きな特徴です。特に現在進行形で音楽活動をしている若い世代の情報が豊富なので、今の音楽シーンで実際に使われている音作りのトレンドを知ることができます。
また、音作りという行為は言語に依存しないので、海外のユーザーとも情報交換ができます。これまでだとアナログでしかできなかった、アメリカのギタリストの楽曲制作の裏側を知って、次の制作でインスピレーションを得るといったことが、グローバルに広がったときには可能になると思っています。
──最後に、DTMステーションの読者へメッセージをお願いします。
川田:DTMステーションの読者の皆さんは音楽制作に積極的に取り組まれている方が多いと思います。ギタリストの方はもちろんですが、ベースやドラム、シンセなど他の楽器を担当される方にも、きっと参考になる情報があると思います。
現在利用ユーザーが急増していて、年内には大きな目標に向かって進んでいく予定です。何より、投稿していただくことで自分のための記録になるだけでなく、同じバンドマンに対しての宣伝にもなります。広告費をかけずに多くの人に見てもらえる媒体として使っていただけると嬉しいです。
音楽制作をされている皆さんにとって、きっと新しい発見や学びがあるアプリだと思いますので、ぜひ一度試してみてください。そして気に入ったら、ぜひ皆さんの音作りのノウハウもシェアしていただけると、コミュニティがより豊かになると思います。
【関連情報】
TONEBOOKサイト
【ダウンロード】
◎AppStore ⇒ TONEBOOK
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