先日、世界最大規模の楽器展示会、Music Chinaに行ってきました。規模としては幕張メッセの2倍くらい。1,600社以上と世界中から数多くの楽器メーカーが参加し、膨大な人が集まっていました。アメリカのNAMM SHOWが、世界に向けて発信していく場であるのに対し、Music Chinaはどちらかというと中国国内に向けての展示会という感じでもあり、日本からのメディア参加はほとんどなかったようです。
そのMusic Chinaの全体像については先日AV Watchの連載でレポートしましたが、会場の中で一つ目立っていたのがHOTONE(ホットトーン)というメーカー。2012年設立の中国のベンチャー企業で、現在は研究開発から生産、販売まで10社を超える関連会社を擁し、従業員も500人を超える規模となっているのだとか。DTMステーションでも以前にHOTONEのエフェクトを紹介したり、関連ブランドのSONICAKEのエフェクトやオーディオインターフェイスを取り上げたことがありましたが、いま注目すべきメーカーであるのは間違いないと思います。そんなHOTONEブースで同社副社長の陳楽(チェン・ルァ)さんにお会いすることができ、HOTONEの設立の経緯から、その後の急成長の経緯、また製品戦略など、さまざまな話を伺うことができました。
従業員10人から500人へ、13年で急成長したHOTONE
HOTONE(ホットトーン)は、2012年に設立された中国のギターエフェクトメーカーです。わずか13年で従業員10人から500人へと急成長を遂げ、10社を超える関連会社を擁するまでになりました。研究開発から生産、販売まで一貫して自社で行うことを基本方針としており、従業員の約3分の1が研究開発部門に所属しています。売上の15%を研究開発に投資し続けるという、技術力を重視する企業文化を持っています。
同社は価格帯別に複数のブランドを展開しています。最も高品質なハイエンドブランドがHOTONE、ミッドレンジがVALETON(ヴェイルトン)、エントリー価格帯がSONICAKE(ソニーケーキ)、そして新世代のスマートギターなどを扱うDIVITONE(ディビトン)です。また、KLOWRA(クローラ)というブランドもあります。特にSONICAKEは日本でもPocket Masterなどの製品が人気を集めています。
2025年、日本法人HOTONE JAPAN設立、直販サイトHOT MUSICも運営
そのHOTONEの日本法人であるHOTONE JAPANができたのは今年、2025年のこと。同社は各ブランド製品の日本での販売を開始しており、直販サイト「HOT MUSIC」(https://hotmusic.jp/)を運営するとともに、6月からはHotone Japanとして各楽器店への卸も開始しています。HOT MUSICでは、VALETON、SONICAKE、DIVITONE、KLOWRAの各製品を取り扱っています。
ただし、やや複雑に見えるかもしれませんが、HOTONEブランドの製品のみは従来から日本の輸入代理店であるオールアクセスインターナショナル株式会社が扱っています。実は、オールアクセスの社長である服部弘一氏がHOTONE JAPANの取締役に就任しており、両社は緊密に連携して日本市場での展開を進めています。つまり、見かけ上は別組織ですが、実際には一緒に動いているのです。
HOTONEブランドの製品についてはオールアクセス(https://allaccess.co.jp/)、その他のVALETON、SONICAKE、DIVITONE、KLOWRAなどの製品についてはHotone Japanという形で、日本のユーザーはHOTONEの各ブランドの製品を入手できる体制が整ったわけです。
それでは、副社長の陳楽さんへのインタビューをお届けしよう。
2002年から始まった創業ストーリー
――まず、HOTONEの設立の経緯から教えてください。
陳:HOTONEの歴史は2012年よりもっと前から始まっています。現在の社長が2002年頃、大学生の時に中国初のデジタルマルチエフェクターを自分で手作りしたんです。それが全ての始まりでした。その後、卒業してからエフェクターを作る会社に就職し、そこで私も一緒に働いていました。2011年にその会社を辞めて、音楽好きの友人たち約10人で新しい会社を作ったのがHOTONEです。自分たちだけでこれまでにない特別な製品を作りたいという強い想いがありました。
陳:そうです。社長と私は大学時代からの友人で、ギターとヘビーメタルが大好きでした。面白いことに、社長は航空宇宙学を専攻していて、私は環境学を学んでいました。音楽とは全く関係ない分野です(笑)。でも、二人とも音楽への情熱は人一倍強く、技術的な知識も活かしながら、エフェクターの回路設計や製品開発を一緒にやってきました。社長が技術系、私が営業・マーケティング系という役割分担で、お互いに補完し合いながら会社を成長させてきました。
――最初はどんな製品から始めたんですか?
陳:2012年にHOTONEを設立して、最初に作ったのはSkylineシリーズというコンパクトエフェクトペダルと、Nanoレガシーという小型アンプでした。Skylineシリーズは、当時としては非常に小さなサイズで、ノブが横に付いているユニークなデザインが特徴でした。最初は主にアナログ回路の製品が中心でした。
10年以上の研究を経て成熟したデジタル技術
――デジタル技術は最初からあったんですか?
陳:デジタル信号処理の研究は2001年頃から社長が始めていました。しかし、当時の技術では音質面でギタリストを満足させるレベルではなかったんです。技術が成熟するまで待って、確実に良い音を出せるようになってから製品化しました。Skylineシリーズは約30種類のアナログエフェクトを展開しましたが、リバーブなど一部の製品ではデジタル技術も使っています。
つまり、2001年から研究を始めて10年以上かけて技術を磨き、満を持して製品化したということです。この慎重かつ戦略的なアプローチが、後の成功につながったのでしょう。
――2013年にドイツのフランクフルトメッセで発表されたそうですね。
陳:はい。2013年のフランクフルトメッセで初めて世界に向けて製品を発表しました。非常に小さくてユニークなデザインのエフェクトペダルということで、まず見た目で注目を集めました。でも、本当に買ってもらえたのは音が良かったからです。新しいブランドとしては上々のスタートを切ることができました。
――Skylineシリーズの中で特にヒットした製品は?
陳:一番人気があったのはWallyというルーパーです。ルーパーは音を作るというより音楽を作る道具なので、できるだけ小さい方が良いというギタリストのニーズに応えました。さらに、ピッチ調整機能を搭載していて、これには特許も取得しています。小型でありながら機能も充実しているということで、大変好評をいただきました。
このピッチ調整機能付きルーパーというのが面白いところです。通常のルーパーは録音した音をそのまま再生するだけですが、Wallyは録音後にピッチを変更できます。これにより、異なるキーでの練習や、曲のキーを変えて演奏するといった使い方ができるのです。
Amperoの大成功で従業員100人から500人へ
――その後、会社はどのように成長していったんですか?
陳:2013年から2018年頃までは、Skylineシリーズを中心に着実に成長してきました。2015年にはXTOMPというエクスプレッション・ペダル付きのマルチエフェクトも発売しました。しかし、会社が本格的に急成長したのは、2018年に発表したAmperoというマルチエフェクターがきっかけです。
――Amperoはどういう製品なんですか?
陳:Amperoは、私たちが初めて本格的に開発したデジタルマルチエフェクターです。2018年の上海展示会で発表し、2019年から世界中で販売を開始しました。これが大成功を収めて、会社の規模が一気に拡大しました。2018年当時、従業員は約100人でしたが、アンペロの成功で急激に人員が増え、2019年には150人、2020年には200人となり、現在では500人を超えています。アンペロは今でも私たちの最も人気のある製品です。
わずか5年で5倍の規模になったという驚異的な成長ぶりです。
売上の15%を研究開発に投資し続ける企業文化
――急速な成長のためには多くの資金が必要だったと思いますが。
陳:資金の中で最も重要なのは研究開発です。私たちは毎年、売上の15%を研究開発に投資しています。従業員500人のうち、約3分の1、つまり35~40%が研究開発部門に所属しています。これは自己資金で行っており、大きな投資家に頼るのではなく、製品が売れた収益を再投資して成長してきました。もちろん通常の業務運営も必要ですが、技術革新への投資を惜しまないことが、私たちの競争力の源泉だと考えています。
これは驚異的な数字です。一般的な製造業では研究開発費は売上の5~10%程度、研究開発人員も全体の10~20%程度が多いです。HOTONEは売上の15%を研究開発に投じ、人員の3分の1を研究開発に充てています。しかもベンチャーキャピタルからの大型資金調達に頼るのではなく、自分たちで稼いだお金を技術開発に再投資し続けているのです。
――研究開発は本社だけで行っているんですか?
陳:本社は湖南省の長沙にあり、ここが最大の研究開発拠点です。しかし、深圳、上海、天津、中海など、中国各地に研究開発の拠点を設けています。それぞれが独立した子会社となっていて、合わせて10社以上の関連会社があります。生産工場も自社で持っており、研究開発から生産まで一貫して行っています。
価格帯別に展開する複数ブランド戦略
――HOTONEグループには複数のブランドがありますね。
陳:はい。現在、主に複数のブランドを展開しています。最初のHOTONEは最も高品質なハイエンドブランド、VALETON(ヴェイルトン)はミッドレンジ、SONICAKE(ソニケーキ)は誰でも手に入れやすい価格帯の製品を提供しています。そして、DIVITONE(ディビトン)は新世代のスマートギターなど、エフェクターとは異なる新しいタイプの製品を扱っています。また、KLOWRA(クローラ)というブランドもあります。
――なぜブランドを分けているんですか?
陳:各ブランドの市場でのポジショニングやターゲットユーザーが異なるからです。価格帯も違いますし、製品の方向性も異なります。それぞれのブランドを独立して運営することで、各市場のニーズにより的確に応えることができます。例えば、SONICAKEはZOOMと価格帯が近いですが、VALETONはもう少し上の価格帯です。HOTONEはさらに上質な製品ラインですね。
OEM生産に頼らず、すべて自社ブランドで勝負
――中国には楽器メーカーがたくさんありますが、HOTONEの強みは?
陳:中国には数多くのエフェクターや電子楽器のメーカーがありますが、その多くは他社からのOEMやODM、EMSにより製品化しております。私たちは違います。HOTONEグループの製品は、すべて自社ブランドです。自分たちのブランドで製品を作ることで、より大きな成長の可能性があると考えています。もちろん、それは同時に難しい挑戦でもありますが、私たちはそこに価値を見出しています。OEMで調達するの方が安定した収益を得やすいし、リスクも少ないです。しかし、HOTONEは自社ブランドで勝負することで、より大きな成長とブランド価値の構築を目指しているのです。
OEM生産の方が安定した収益を得やすいし、リスクも少ないです。しかし、HOTONEは自社ブランドで勝負することで、より大きな成長とブランド価値の構築を目指しているのです。
世界2大市場の一つ、日本への本格進出
――日本市場についてはどう見ていますか?
陳:日本市場は私たちにとって非常に重要です。統計データを見ると、日本は長期にわたって世界の楽器市場で2大市場の一つです。一つの国として見た場合、日本の楽器市場は非常に大きい。ヨーロッパ全体で見れば日本より大きいですが、例えばドイツ一国と比べれば、日本の方が断然大きいんです。そして何より、日本は非常に健全な市場です。何度も日本を訪れていますが、楽器店の充実ぶりには本当に感銘を受けます。
確かに、日本の楽器市場は世界的に見ても特別な存在です。人口は世界の2%以下なのに、楽器市場では世界の10%以上を占めるとも言われています。
――2025年に日本法人を設立されましたね。
陳:はい。実は日本での準備は以前から進めていました。アメリカでの法人設立は比較的簡単でしたが、日本は外国企業の投資や審査の制度が複雑で、時間がかかりました。アメリカ法人は2024年に設立し、日本法人は2025年になりました。ヨーロッパについても現在計画中です。
――日本のユーザーにメッセージはありますか?
陳:日本の皆さんからは、『この価格でこんなに多くの機能が使えるのか』という驚きの声をいただいています。使い勝手の良さも評価していただいているようです。今後はもっと多くの製品を日本に輸出したいと考えています。日本のギタリストや音楽好きの皆さんに、HOTONEの製品を使っていただけることを心から期待しています。
日本の先輩メーカーをリスペクトしながら、技術力で超えていく
――日本にはBOSSやZOOMといった競合メーカーがありますが、どう見ていますか?
陳:BOSSやZOOMは、私たちにとって先輩のような存在です。私たちが小さかった頃、BOSSやZOOMの製品を使って学びました。ZOOM、BOSSまたアメリカのLINE6、D-TECH DIGITECHなど、海外メーカー製品から受けた影響は非常に大きいです。彼らは素晴らしい技術を持っています。
――では、今後どう戦っていくんですか?
陳:もちろん先輩たちを今も尊敬していますし、今後の展開にも注目しています。でも私たちも先輩を見習いながら頑張ります。ただ、技術の進歩は以前より速くなっています。良い製品を作り、価格も抑えながら、技術力で挑んでいきたいと考えています。
BOSSのGTシリーズは素晴らしい製品ですが、この何年か新製品が出ていませんし、実際、価格面ではHOTONEグループに優位性があります。私たちのAmperoと比べると、ZOOMの価格は少し高いと思います。SONICAKEやVALETONは手頃な価格で入手できるので、こうした価格面においても戦略的に攻めていければと考えています。
AI技術の活用と新ギターブランドの展開
――今後の製品展開について教えてください。
陳:基本的にはギターとベースに関連する製品が中心です。DIVITONEでスマートギターを作っていますし、SONICAKEではシンセサイザーのような製品も開発しています。ただ、これらは私たちの主要戦略ではありません。あくまでもギター関連製品が中心です。その上で、デジタル信号処理技術を活かして、ボーカル用エフェクト、シンセサイザー、打楽器など、新しい楽器分野にも挑戦していきたいと考えています。
――AI技術についてはどう考えていますか?
陳:AIは非常に重要です。現在、研究者たちはAI技術を使って音作りの研究を進めています。将来的には、ユーザーがAIに『こんな音が欲しい』と質問すると、すぐにその音を作ってくれるような機能を製品に組み込みたいと考えています。AIは製品の使いやすさを大きく向上させる可能性があります。機能面でも、操作性の面でも、大きな役割を果たすと考えています。
これが実現すれば、エフェクターの使い方が大きく変わる可能性があります。例えば「スティーヴ・ヴァイのような音が欲しい」と言えば、AIが最適なエフェクト設定を作ってくれる。初心者でも簡単にプロのような音作りができるようになるかもしれません。
――ギター本体のメーカーも始めるそうですね。
陳:はい。実は、私たちはワンウィンとタイサウンドという2つの工場を持っています。ワンウィンではギター本体などの木工製品を、タイサウンドでは金属を使った製品、例えばギターケースやエフェクターのケースなどを製造しています。そして今、新しいギターブランドを準備中です。
――それはどのようなブランドですか?
陳:40年間ESPで働いていた方を責任者に迎え、来年のNAMM SHOWで発表する予定です。価格帯は20万円から50万円を予定しており、中高級クラスのギターになります。工場はアメリカにあり、今後はスペインやインドネシアにも展開していく計画です。
40年間ESPで働いた人物が責任者ということは、相当な実力者でしょう。ESPは日本を代表するギターメーカーで、世界中のトップギタリストに愛用されています。その経験を持つ人物を迎えてのギター製造というのは、HOTONEの本気度がうかがえます。興味深いのは、中国企業でありながらアメリカに工場を構えてギターを作るという点です。グローバル展開を加速させているのです。
SONICAKEの人気製品とユーザーの声を活かす製品開発
――SONICAKEブランドで人気の製品について教えてください。
陳:特に人気なのが、Pocket Masterというコンパクトなマルチエフェクターです。今のユーザーはみんな小さいものが好きですね。持ち運びにも便利です。今のマルチエフェクターはプロ志向の製品だと5万円以上するものも多い中、Pocket Masterは1万円以下と手ごろで、さまざまなカラバリを用意しているのもウケています。一方、DTMユーザー向けに1万円以下でDSP内蔵のオーディオインターフェイス、SONIC CUBE IIという製品も出しており、こちらもエントリー層を中心に人気となっています。
――ユーザーの声を製品開発に活かしているそうですね。
陳:はい。まもなく出るのは、Pocket Master専用のワイヤレスフットスイッチです。同じ色でマッチングさせます。みんなが『ワイヤレスMIDI対応のフットスイッチを使っているけど、色が合わない。例えばファミコン色のPocket Masterに、同じファミコン色のフットスイッチがあればいいのに』と言っているので、作りました。
こうしたユーザーの声を製品開発に活かす姿勢も、HOTONEの強みと言えるでしょう。
――最後に、HOTONEの理念や夢を教えてください。
陳:私たちの夢は、ギターを演奏する人たちが、HOTONEの製品を使って素晴らしい体験と音楽を得られることです。ギターが好きな人たちに、私たちの製品を使ってもらえることを期待しています。これからも技術革新を続け、音楽を愛する人たちのために、より良い製品を作っていきます。
わずか13年で従業員10人から500人へと急成長したHOTONE。航空宇宙学と環境学を学んだヘビーメタル好きが、2001年から研究を続け、技術が成熟するまで待ってから製品化するという慎重かつ戦略的なアプローチ。売上の15%を研究開発に投資し続け、従業員の3分の1を研究開発に充てる姿勢。OEM生産に頼らず、すべて自社ブランドで勝負する戦略。
BOSSやZOOMといった日本の先輩メーカーをリスペクトしながらも、技術力と価格競争力で超えていこうという意気込み。AI技術の活用、新ギターブランドの展開、そして日本市場への本格進出。HOTONEの成長物語は、まだ始まったばかりです。
Music Chinaで感じた中国楽器産業の勢いの象徴とも言えるHOTONE。エフェクトペダルやマルチエフェクターを探している方は、ぜひ一度HOTONEやSONICAKEの製品をチェックしてみてはいかがでしょうか。
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