電子ドラム、電子ピアノ、ギターエフェクト、デジタルワイヤレス製品…、DSP技術で飛躍する大手中国楽器メーカー、Cherub Technologyの戦略と野望

10月に中国上海で行われた楽器の展示会、Music China。幕張メッセの4倍近い莫大な規模で驚いたという話はAV Watchの連載記事でもレポートした通りですが、中国の楽器メーカーが急速に力を付けてきているということも実感しました。そのうちの1社がCherub Technologyというメーカー。以前「21世紀の黒船か、中国楽器メーカーがやってくる。中国最大規模のCherub Technologyが日本上陸」という記事でも紹介した会社です。

もちろんMusic Chinaでも大きなブースを出展していたのですが、この会場のミーティングルームで、Cherub Technologyの創業者であり、社長である趙哲(ジャオ・ジュ)さんにインタビューすることができました。趙さんは長年、日本企業働いていたことがあるので、日本語も堪能。どんな経緯でこの会社を作り、何を目指しているのか、いろいろと伺ってみました。


上海のMusic Chinaで、Cherub Technologyの社長、趙哲さんにインタビューしてみた

--趙さんは、以前に日本の会社にいらしたという話を伺いましたが、楽器メーカーなどで働いていたのですか?
趙:楽器とはまったく関係のない、リョーサンという東証一部上場の電子部品商社の中国勤務の社員として91年から働いていました。96年からは中国の深圳(シンセン)の事務所の所長も務めていました。99年に退職後は同じ深圳に京セラの電子部品を扱う商社を設立し、今もここの社長をしているんですよ。それとはまったく別に97年にスタートさせたのが、このCherub Technologyなんです。


上海の楽器展示会、Music ChinaでのCherub Technologyのブース

--どうして、電子部品を扱っていた趙さんが、楽器メーカーを始めることになったのですか?
趙:自分から作ろうと思った会社ではないんですよ。当時、二人の娘たちが習っていたピアノの先生が電子メトロノームに関する特許を持っていたことから、その先生が設立した会社なんです。私も子供のころは二胡をやっていたし、娘たちにはピアノもバイオリンも習わせていたので、音楽や楽器は好きではありましたけどね。その先生から「この分野に興味はないか?」、「出資しないか?」と誘われて……気づいたら社長になっていました(笑)。当初は3人の小さな会社、LEDが上下に動いてカウントする中国での特許をもとに、99年には製品化したのです。もっとも私にとっての本業はあくまでも電子部品商社ですから、ここを楽器メーカーにしようなどとは考えてもいなかったんですよ。

メトロノームやチューナーは現在も主力製品のひとつ。写真は国内でも販売されているクリップチューナー、WST-530

--でも、いまやCherubは500人近い社員がいる中国の大手楽器メーカーになってますよね?どのように成長していったのでしょうか?
趙:メトロノームの発売後、チューナーの開発に着手したんです。当時チューナーメーカーは日本のコルグやセイコー、また韓国のインテリといった会社が有名でしたが、我々も結構いい製品を短期間で、かつ低コストで作ることができ、2000年に発売したのです。これが思いのほか大ヒットとなり、毎年新製品を投入するとともに、販売数はどんどん増えていき、最盛期には世界100か国に対し毎年40万台もの製品を出荷するまでになりました。そんな中、2003年に北京にいた若い技術者3人と出会ったことが大きな転機となったのです。


チューナー、メトロノームを発展させアンプ機能、ギターコード表記機能も搭載したWMT-940

--3人の若い技術者?いったいどんなことがあったのですか?
趙:ギター用のエフェクターに強い興味、関心を持っていた大学生で、自らエフェクターを設計し、製品化していこうと会社を作り、頑張っていたんです。ただ設立から2年たっても思うように開発は進まず、資金も尽きて、もはや限界というところに陥っていました。それでももっと続けたいという2人をウチに雇い入れたんです。その3人の中のリーダーだったトニーは、現在Cherubの副社長ですよ(笑)。
--彼らの技術力で、会社が飛躍していったというわけですね。
趙:いやいや、最初のころはまったく使い物にもならない状況でしたよ。2005年ごろから開発プロジェクトをスタートさせ、とくかく好きにやらせていました。2007年には何とか製品化にこぎ着け、nuX-07という当社初のマルチエフェクトを発売しました。結構大きくゴツイものでしたが、「大きいモノがいいんだ、これなら儲かる!」と彼らは自信を持っていたのです。が、実際には海外でも中国国内でもまったく売れなかった。DSPを用いた完全デジタルのシステムで、独自開発ではあったものの、そのソフトウェアがダメだった…。みんなで音を聴いてみたけど、その音がダメ……。しかも大きいし、これじゃあ売れるはずがないですよね。でも、そのころメトロノームやチューナーは絶好調で、会社としては大きな利益が出ていたんで、研究開発にはもっと力を入れようと彼らを応援していったのです。


nuX-07というマルチエフェクトを発売したが、状況は芳しくなかった

--ちょっとダメだと、すぐにリストラしてしまうこのご時世、その余裕はとっても羨ましい限りです。その後、どのようになっていったのですか?
趙:国内にDSPでエフェクトを組める人材がいるわけではありません。そのため大学で電子工学を学んできた新卒をエフェクト開発のチームに投入し、ゼロから育てつつ、10人ほどの開発チームへと増やしていきました。最初は大きいし、音もダメでしたが、少しずつ技術面で進歩していくとともに、周りからの評価も上がっていきました。ただ中国国内ではウケても海外の人にとってはズレたものであったことは実感していました。ドイツのmusikmesseに出展しても、みなさんからは酷評だったんです。そうした意見を素直り取り入れ、また海外の有名製品の音も慎重にチェックし、参考にしつつ音もチューニングしていきました。本当に地道で時間のかかる開発ではありましたが、2013年くらいにようやく、海外でも評価される製品へと進化していったのです。


開発にはかなりの時間もコストもかかったという

--海外からの技術導入ではなく、すべて自社開発だったわけですか?
趙:そうですね。すべて社内チームでの自社開発です。デジタルエフェクトのような機材の場合、確かにデザイン面では真似をすることはできるかもしれません。でも一番重要なのはDSPのソフトウェアであり、これは決してコピーすることができないものです。しっかり自分たちで開発するしか術はないので、だからこそ時間をかけて技術を磨きながら力をつけていったのです。その結果、現在のCherub Technologyの売り上げの65%をNUX(ニューエックス)ブランド製品が占めるようになり、完全に当社の屋台骨となるようになりました。現時点でのNUX製品の売り上げの60%は中国国内、海外は40%です。中国国内においては、かなり有名な企業、ブランドとなりましたが、まだまだ海外は伸ばせるはずだと考えています。


Music Chinaのブースに展示されていたNUXブランドのエフェクト製品

--会社はCherub Technologyだけど、エフェクトはNUXという別ブランドなんですよね?
趙:はい、当社は現在Cherub、NUX、Musedo(ミューセド)の3ブランドで展開しています。やはり音楽学習用のメトロノームやチューナーなどのCherubブランドを、エレキギターのエフェクトで使うのには違和感があるので、別ブランドとしました。ちなみにNUXを中国語で書くと牛叉となるんです。力強くてスゴイ、というイメージの言葉ですね。英語の発音的にもカッコいいし、中国語的にも響きがいいということで付けた名前なんですよ。


PCと連携もできる強力なマルチエフェクト、NUX Cerberus

--NUXのギター用マルチエフェクト、Cerberus(ケルベロス)は先日も少し使わせてもらいましたが、PCとの連携もでき、IRデータの入れ替えもできるなど、かなり優れた製品だという印象を持ちました。
趙:ありがとうございます。おかげ様でCerberusは当社を代表する製品として、世界中で高い評価を得ています。今後もさらに世界中の多くの方々に評価されるエフェクトを開発していきたいと考えていますが、Cherub Technologyとしてはそこに留まらず、さらにカバー範囲を広げていっています。2010年から電子ドラムの開発をスタートさせ、電子ピアノにも3年前から取り組むなど、新しいチャレンジを続けています。

3年前から電子ピアノを発売し、現在6種類のモデルがある

--電子ドラムに電子ピアノとなると、まさに総合的な楽器メーカーへの進展と言えると思いますが、成果はいかがですか?
趙:まだ、少しずつではありますが、販売の状況はよくなってきています。とくに中国国内ではたくさんの電子ドラムが売れるようになりました。その背景には、中国では音楽教育が盛んで、とくにドラム教室が各地でどんどん設立されていることがあります。そうしたエントリー層に向けて、数多くの製品が売れているのです。電子チューナーは数は売れるけど、単価が安く、あまり儲かる事業ではありません。一方、エフェクトは利益率はいいけれど、それほど多くの製品が売れるわけではないし、そもそも競合が多すぎて、どんなに頑張ってもこれで大きい会社になれるとは思えません。それなら利幅もあり、また数多くの製品が売れる電子ドラムや電子ピアノに力を入れていくというのは当然の流れでもあるんです。とくに電子ドラムは現在一番力を入れているところなんです。


Music Chinaのブースにも複数種類のNUXブランドの電子ドラムが展示されていた

--電子ピアノよりも電子ドラムということですか?
趙:ピアノメーカーは中国だけでも100社近くあります。またピアノは組み立てに木材を使う必要があり、原価も手間もかかるという面があります。それに対し電子ドラムは金型さえ作れば比較的生産はしやすいし、現状では競合も少なくピアノに比較するとビジネスチャンスがあるのです。もちろん、これまでエフェクト開発で培ってきたDSPのソフトウェア技術もドラムの開発に大いに生かせています。2011年に最初の製品を出してから7年。中国国内においては、Roland、YAMAHAに次ぐ3位のシェアを占める地位にあり、MEDELIというメーカーへもOEM供給しているので、出荷量はかなりの数に上ります。Alesisも力を付けてきていますが、今後さらに差を付けられるだろうと自信を持っています。


電子ドラムにはこれまで培ってきたDSP技術もいろいろ投入されている

--MEDELIのドラムは日本国内でも見かけるようになっていましたが、これもCherubでの開発だったんですね!
趙:はい、今後もOEM、ODM戦略は強化していきたいと考えています。一方で、昨年からはワイヤレス製品もスタートさせ、現在2製品があります。これらはアメリカでも非常によく売れているし、日本での販売状況もいい感じです。ギターをワイヤレスで飛ばすシステムNUX B-2とマイクをワイヤレスで飛ばすシステムNUX B-3です。いずれも完全にデジタル伝送するシステムで音質的にもレイテンシーの面でも非常に優れたシステムに仕上げることができました。従来、こうしたものを実現するにはコスト的に厳しかったのですが、技術進化に伴い低価格で作ることが可能になったため、この分野をさらに推し進めていきたいと思っています。


今後はワイヤレス製品に力を入れていくと話す趙社長。手にしているのはギターなどを伝送するNUX B-2

--ここでも、やはりエフェクトで培ったDSP技術が使われているのですか?
趙:はい、やはりDSPでのノウハウの蓄積が大きく役立っています。もっとも片方はDSPで処理しており、もう片方はARMプロセッサで処理しているんですよ。ワイヤレスシステムで求められる送信のレイテンシーは6msec以下と言われています。非常に難易度の高い開発でしたが、それを実現できたこともあり、評価も高くなっています。このワイヤレスの技術は楽器市場よりもさらに大きいマーケットがありますので、我々にとってもさらなる飛躍のチャンスであると捉えています。


マイクのXLR端子に接続して飛ばすNUX B-3も世界中で人気製品になっている

--こうした機材の開発、生産はどこで行っているのですか?
趙:本社は深圳にありますが、開発拠点はそこから50kmほど離れたマカオの隣の珠海にあります。もともと工場は深圳にありましたが、珠海のハイテクパーク内に25,000平方メートルの土地を買い、ここに工場を作りR&Dと一体化させています。一方ドラムなど一部の開発は上海でも行っています。優秀な人材を上海で採用したという経緯もあって、上海にも拠点を作ったのです。アメリカ・カリフォルニアにもセールスオフィスを作った結果、現在では全体で485人が働いています。


珠海のハイテクパーク内にあるCherub Technologyの開発・生産拠点

--この勢いからすると、まだまだ人は増えていきそうですね?
趙:開発や生産の状況に応じて増えていくとは思いますが、単純に人を増やしたいと思っているわけではありません。とくに生産はできるだけロボット化などを推し進めていきたいです。中国国内の人件費も高騰しているので、将来的にはインドネシアやベトナムに工場を……という日がくるかもしれませんが、まずはオートメーションによる生産コスト削減ができればと考えています。


Cherub Technologyでは他にもギターアンプやルーパー、ドラムパッド、プリアンプ……など数多くの製品を開発、生産している

--将来的なCherubの目標というか、趙さんの夢はどうしていくことですか?
趙:そうですね、夢というか野望を持たないと進んでいけないですからね。10年前の目標はCherubを中国におけるRolandにすることでした。そこにおいては現在、十分に達成できたという実感を持っています。これからは、中国国内マーケットだけでなく、アメリカそして日本、またヨーロッパなど海外での実績を高めていきたいです。そしてCherubやNUX、Musedoを世界で著名なブランドに、Cherub Technologyを有名な会社にしたいですね(笑)。頑張ります。


目標は世界で有名なブランド、会社にすることだと話す趙社長

--ありがとうございました。

【関連情報】
Cherub Japanウェブサイト
Cherub Technologyウェブサイト(中国語/英語)

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3件のコメント
  • DAWG3

    昨今、様々なDTM関連の製品が低価格化していますが、それ一つだけでは使えないですよね。昔、中古で買ったDSP搭載のSteinberg MR816CSXがあるのですが、パソコンが低機能なので買い替えを考えて10年ほど経ってしまいました。DTMステーションPlus!で紹介されたパソコンの購入を迷いに迷い、・・・・完売。・・・残念。・・細々と続けていきます。

    2018年11月17日 11:08 PM
  • レトロフューチャー

    魅力的な機材ですね、日本のメーカーにも期待をしていますが昨今自動車や免振ダンパーの偽装データ問題などでメイドインジャパンの信頼が揺らいでいるのも事実です。こちらの記事を拝読し感じたことなのですが、中国に限らず日本も含め、良い機材や楽器があって演奏技術や理論が完璧でも表現の自由、言論の自由、報道の自由がなければ優れた音楽は産まれないので、そこは守って欲しいなーと思いました。

    2018年11月18日 2:36 AM
  • KUNIHISA

    企業として成功し規模が大きくなると中国共産党にTOPを消され会社ごと呑み込まれると聞きますが 今はどうなんでしょう それか既に共産党傘下なんでしょうかね コピー文化の国が自社開発企業を産んだ事は興味があります

    2018年11月19日 11:11 PM

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