• デジタルシンセの夜明け、1980年発売の『カシオトーン201』に搭載された画期的アイディア、子音・母音音源システム

昨年2020年はカシオが電子楽器をスタートして40周年となるタイミングでした。ご記憶の方も多いと思いますが、1980年代のカシオは、CZ-101SK-1FZ-1などなど画期的なデジタルシンセサイザを次々と生み出し、音楽シーンにも大きな影響を与えてきました。今でこそ、デジタルシンセサイザ=PCM音源という形で落ち着いてしまっていますが、発展途上だった1980年代は、ヤマハのFM音源、ローランドのLA音源などと切磋琢磨しながらデジタルシンセの世界を盛り上げていたのです。

そのカシオは40年経過した今、また新方式音源を模索しだしているようですが、先日カシオの歴史を振り返ることができる、東京・成城にある樫尾俊雄発明記念館に見学に行くとともに、カシオが生み出したシンセサイザについて、いろいろと話を伺ってみました。すると、当時カシオから誕生したシンセサイザは、驚くようなユニークなアイディアがいっぱい。いずれもデジタルシンセサイザなのですが、現在と比較するとコンピュータ処理がとてつもなく遅く、容量も小さく、そして高価だった時代。だからこそ、さまざまな発想が出てきたのかもしれません。そんなカシオで長年シンセサイザ開発に携わってきたカシオ計算機株式会社 開発本部 開発推進統轄部 プロデュース部 プロデューサーの岩瀬広さんに、記念館を案内してもらうとともに、カシオの各種シンセサイザについていろいろとお話を伺ってみました。1回で紹介しきれる内容ではないので、シンセサイザ方式ごとに4回に分けてインタビュー連載の形で紹介していきたいと思います。

40年前に誕生したカシオトーンの初号機、カシオトーン201と、今回お話を伺ったカシオの岩瀬広さん


--昨年でカシオの電子楽器40周年だったとのことですが、岩瀬さんはいつごろの入社だったのですか?
岩瀬:私は1984年入社なので、CZ-101が出る直前ですね。最初の仕事はこの記念館にあるコスモシンセサイザーの半田付けでしたから。そういう意味では、40年間の歴史の中の最初の4年はいなかったのですが、それ以来ずっとシンセサイザの開発に携わってきているので、一通りのことはお話できると思いますよ。

先日、東京・成城にある樫尾俊雄発明記念館に見学に行った

--カシオというと、いまはG-SHOCKや電子辞書のメーカーというイメージが強いですが、やはり電子計算機の会社ですよね。そのカシオがなぜ電子楽器、シンセサイザという世界に入っていったのですか?
岩瀬:カシオは忠雄・俊雄・和雄・幸雄の樫尾四兄弟で設立し、大きくしていった会社です。それぞれ得意分野が異なり、設計・開発は発明家でもある次男の俊雄が担当、財務は長男の忠雄、営業は三男の和雄、そして生産は四男の幸雄が行う形で、分担しながら強い結束力で協力しあって、会社を発展させてきたのです。その開発者である俊雄は音楽好きで、オーディオも大好きだったのですが、「演奏が難しい楽器も自分の手で奏でたい」という想いから、電子楽器を手掛けるようになったのです。その最初が子音・母音音源システムという楽器でした。

カシオ計算機を設立した樫尾四兄弟

--「子音・母音音源システム」ですか?まさに、昨今の歌声合成システムのような名称ですが、いったいこれはどういうものなのですか?
岩瀬:発明家である俊雄の着眼点は 、楽器音はアタック部(音の出始めの数十~百ミリ秒)が音の特徴を決めるということ。そこに持続音部分をつなぎ合わせて発音させれば、さまざまな音が作れるはずだと考えたのです。人間の言葉の発音は「子音+母音」で構成されるから、アタック部が子音であり、持続部分が母音。だから「子音・母音音源システム」というわけですね。

子音・母音音源システムの基本的な考え方
この考え方は、後にローランドのD-50に代表されるLA音源でも近い発想がされていたように思います。ただし、子音部分であるアタック部は極めて複雑な波形であるので、LA音源ではサンプリングしたPCM音源を採用していましたが、子音・母音音源システムでは、その当時のメモリが極めて高価であり、特許的にもナーバスな時代だったので、百数十ビットのメモリしか持たせることができませんでした。したがって、波形は十数ステップのぎざぎざした波形であり、この波形をエンジニアが1ステップづつプログラムして楽音の特長を表現するという、今では考えられない職人技を駆使していました。音響工学に携わっていた人からみれば「なんて無謀なことを…」と思ったに違いないですね(笑)。

カシオトーン201では子音部分と母音部分をデジタル波形で納め、組み合わせる形で音色を作成していた

ちなみに、今日の電子楽器に搭載される楽器音は最低でも数十キロバイトであるとすると、その1000分の1のオーダーの波形メモリサイズだったというわけです。
なお、対外的には子音・母音システム と呼んでいますが、当時、開発部内では2つの要素を組み合わせた音源方式なので、αβ方式と呼んだりもしていました。

--百数十ビットって、すごいですね。たとえば128ビットだとしたら、たった16バイト。16メガバイトでも、16キロバイトでもなく16バイトで波形を作ろうという発想がスゴイです。これで実際に作っていったのですよね。
岩瀬:そうですね。開発着手の発端は、電卓や時計で培ってきたデジタル計算技術をコンシューマ化していくこと。この技術を、新たなビジネス分野に応用するべく、樫尾俊雄が発想した楽器への応用を目指しプロジェクトチームを発足させ商品開発を開始したと聞いています。デジタル音源システムに必要とされるのは、発想した音源システムを動作させるための、デジタルLSIの回路設計です。今ならばコンピュータのCAD画面で端末とにらめっこしながら設計するわけですがが、当時は膨大な回路をすべて手書きで設計していました。方眼紙に手書きしていくため、デジタル回路設計者には絵心も求められていました。そう、一枚の方眼紙にバランス良く見やすく回路図を描く技に、入社した当初、本当に驚かされました。

方眼紙で手書きされた子音母音音源システムの回路図の一部

--その子音・母音音源システムによって、誕生したのが40年前の初号機となるカシオトーン201、というわけですね。
岩瀬:はい、1980年に発売が開始されたカシオトーン201です。電子楽器のデジタル化前夜の音源システムは、MOOGに代表されるようなアナログ回路の集合体であり、コンシューマ化には不向きでした。なぜならアナログ回路は電圧や温度の変化によって、ピッチなどに影響を及ぼすため、とにかく不安定でした。また和音を演奏するためには最低でも3ないし4ポリフォニック以上は必要となりますが、 アナログはポリ数分の音源回路を並列に並べる必要があります。さらに、押された鍵盤に対して、ポリ数分の音源回路のうちの1つを割り当てる回路が必要となります。これをキーアサイナーと呼ぶのですが、これもかなり大規模な回路となるため、回路の不安定さを助長してしまいます。ちなみにキーアサイナーは、今では1ドルもしない小さなマイコンでも片手間で行えるプログラムで実現できますが、当時はマイコンとその周辺回路(クロック=水晶発振子やメモリ)も高価であったため、価格的にも非常に高いものになってしまうという問題があったのです。

樫尾俊雄発明記念館に展示されているカシオトーン201

--そうしたポリフォニックのアナログシンセに対し、子音・母音音源システムはデジタルでのアプローチだったわけですよね。
岩瀬:そこが大きな違いです。音源回路をデジタル化することにより、温度や電圧に左右されにくい安定した音源システムが実現することが可能となり、電子楽器のコンシューマ化という意味ではとても有利だったのです。それに加えポリ数を増やす場合、たとえば4ポリの音源の場合は、アナログ音源システムでは4つの音源回路を並べる必要があったわけですが、デジタル音源では時分割多重化(TDM:Time Division Multiplexing)という技術を使うことことにより、ひとつの音源回路であっても複数の音を出すことができるのです。つまりポリ数分の音源動作を極めて短い時間(マイクロ秒あるいはナノ秒単位)で順番に行うことが可能となるので、回路規模も小さくすることができました。
たとえて言うと、インターネットもひとつの通信ケーブルを複数の情報が共用されていることに似ていますね。もっともインターネットを流れる情報にリアルタイム性は保証されませんが、音源システムの場合は、規則正しく、間断なく動作し続けるところが違う点です。

子音部と母音部から構成されるカシオトーン201のシステム構成図

--アナログシンセのポリフォニック化は非常に難しく、高価であるという話はよく聞きますが、カシオトーンはデジタル回路で構成されていた結果、最初からポリフォニックだった、と…。
岩瀬:電子楽器のデジタル化がもたらした恩恵は、回路の安定性、省電力、小型軽量化や、次回以降にお話する音色のバリエーションの多彩さだけではありません。それらよりももっと大きな意義は、 誰でも手の届く価格で和音演奏ができるキーボードが作られたことだと思っています。
当時学生だった私が、秋葉原駅前のLAOXでカシオトーン201に触れたときにもっとも感動したのは、音色ではなく、このサイズと価格で和音演奏ができる鍵盤楽器が誕生したということでした。ちょうど10万円程度でモノフォニックのシンセが国内メーカーから出始めた時代でしたが、このカシオトーン201は今後デジタル化の波が楽器にも押し寄せてくるだろうなということを予感させてくれました。ただ、そのデジタル化は10年もかからず一気に進んでいったわけですが、自分自身がその渦中に飛び込むことになろうとは、当時思いもよらなかったですね。

今回いろいろとお話を伺った岩瀬さん。引き続き、連載の形で別のシンセサイザも紹介していきます

--ソフトシンセ全盛の今、ハードウェア音源を触ったことのない世代も増えてきてますが、当時の進化のスピードは、凄まじかったですね。
岩瀬:デジタル楽器の基本ができあがると、スペックの向上へと移っていきます。ポリ数を増やすためには、音源回路の時分割多重動作の速度を上げることで、比較的容易に実現することができます。またデジタル楽器の場合は、ピアノや管楽器、弦楽器などの音色固有の情報はメモリに格納することで実現できます。おりしも世の中全体がデジタル化に向かい、パソコン教室やマイコン内蔵家電が現れ需要が急拡大していきました。これにより、デジタル回路部品の高速動作や、メモリの大容量化が急速に進み、デジタル楽器市場は、ポリ数競争 音色数競争、低価格化競争に突入していくことになったのです。

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