VST、AU、AAXを置き換えるものになるのか? 独BITWIGとu-heが共同で開発した次世代のプラグイン規格、CLAPとは

ドイツのDAWメーカーのBITWIGと同じくドイツのプラグインメーカーのu-he(ユーヒ)が共同で開発したCLAP(CLeverAudio Plug-inAPI)という新たなプラグインの規格が発表され、一部の人たちの間で話題になっています。これは、VST、AU、AAXといったプラグインの規格に続く、次世代のフォーマットであり、性能がますます向上していくCPUに対して、最適に動作すると、彼らは主張しています。発表されて、まだあまり時間は経っていませんが、すでにAvid、Arturia、FabFilter、Epic Games(Unreal Engine)、Image-Line、Presonus、Xfer Records……といった企業やプロジェクトが、CLAPを評価しているようです。

実際にこれまでの主流であったVST、AU、AAXとは、何が違うのか、CLAPが従来規格と比較してどう優れているのか、ユーザー的には何のメリットがあるのか、そして実際いつから利用できるのかなど、BITWIGの創設者でCEOのPlacidus Schelbert(プラシダス・シェルバート)さんにメール・インタビューしてみたところ、いろいろなことが分かったので、記事として紹介していきましょう。

BITWIGとu-heが共同でプラグインの新規格CLAPを発表

BITWIGは、2014年のリリース当初、「Ableton Liveの競合DAW」などと言われて大きな話題になったDAW、Bitwig Studioを開発するドイツの会社。ライブパフォーマンスで使えるということで世界的にも注目を集めましたが、ライブ用のみならず、レコーディング用、打ち込み用、アレンジ用、ミックス&マスタリングツールなど音楽制作用途全般で幅広く使われるようになっています。その一方で「独自路線を突き進むBitwig Studio、4.1へのVerUPでMIDIノートに革新的な新たな可能性を」という記事でも紹介したように、かなりマニアックなシンセサイザ機能やMIDIでの打ち込み機能などを搭載してきたことで、Bitwig Studio信奉者も増えてきており、日本のクリエイターの間でも確実にユーザーが増えてきているようです。

DAWとして進化を続けているBitwig Studio

もう一社である、u-heはドイツのプラグインメーカーであり、Prophet-5を再現する8音ポリのRepro-5や「独u-heの即戦力シンセ、Hive 2が国内発売開始。BBDディレイ、スプリングリバーブも揃って登場」という記事でも紹介したソフトシンセ、Hive 2などを発売しており、Bitwig Studioと同様にDTMステーションで何度か取り上げてきました。

数多くのユニークなプラグインを開発するu-heのソフトシンセ、Hive 2

そんなドイツの2社が共同で、新たなプラグインの規格、CLAPなるものを発表したのです。発表内容によると、これはオープンソースかつ無償の新しいオーディオプラグイン規格であり、VST、AU、AAXに対抗するとか、それらの置き換えを狙っている、といわけでなく、共存関係を目指している模様です。RTASからAAXという流れや、VST2からVST3へという進化はあったものの、確かに既存のプラグイン規格は、過去10年間あまり大きく変わっていないのも事実。そこで機能面や新しいコンピュータのハードウェアへの対応など、改善すべき点があると感じ、CLAPという新規格を作り出した、とのことのようなのです。

実はすでにBitwig Studio 4.3ではCLAPに対応しているので、すぐにCLAPを試してみたいという方は、Bitwig Studioの導入するのも面白そうです。ちょうど7月31日までBitwig Studioのサマーセールを展開しているのでタイミング的にもよさそう。また、Bitwig StudioのユーザーにはCLAPに関する最新情報もメルマガで届くので、情報入手という点でもよさそうです。一方、既存プラグインのCLAP版もβ版という位置づけで、次々と登場しており、u-heのKVRフォーラムからダウンロードが可能となっています。

そんなBITWIGとu-heが生み出したプラグイン規格、CLAPは、われわれユーザーにとってメリットがあるプラグイン規格なのか、そもそもDAWメーカーやプラグインメーカーが、これに対応するのかなど、疑問点もいろいろ。そこでプラシダスさんに、いろいろ疑問をぶつけてみました。

 

BITWIG CEO Placidus Schelbertさんインタビュー

--CLAPとは何なのか、簡単に教えてください。
プラシダス:CLAPは、オープンソースかつ無償の新しいオーディオプラグイン規格です。現在普及しているVST、AU、AAX…といったほかの規格の置き換えというわけでなく、一緒に存在する新しい規格として開発をしました。

--CLAPは、BITWIGとu-heで何年間かかけて作ってきた、とリリースで拝見しました。そもそもなぜCLAPを作ろうというになったのか、きっかけなどを教えてください
プラシダス:現在の規格は過去10年間あまり進歩しておらず、機能面はもちろん、新しいコンピュータのハードウェアへの対応など、改善すべき点が多くあります(※マルチスレッドについては最後のコラムを参照)。さらに、第三者が規格を管理し、規格を利用する企業の利益にならない決定を下すことができる独占的な問題もありました。こうした背景から、私たちは新たなオープンなプラグイン規格を作っていくべきと考え、CLAPに取り組むことになりました。

メールインタビューに応えてくれたBITWIG CEOのプラシダス・シェルバートさん

--BITWIGとu-he、同じドイツの会社であることは知っていますが、両社が組んだ理由があれば教えてください。
プラシダス:CLAPを開発したAlexandre Biqueは、長年BITWIGチームのメンバーであり、以前はu-heでも働いていました。そんな彼が、BITWIGとu-heを繋ぎ合わせ、今回タッグを組むことになりました。各社はそれぞれの利益を追求するだけでなく、業界が協力し合うことを支援したいという共通のビジョンを持っています。そして私たちは、自分たちの業界に対して責任を持ちたいとも考えています。オープンでフリーな規格は、メンテナンスの面でも、法的な透明性の面でも、多くのメリットをもたらします。技術的な面では、CLAPが可能にする多くの進歩や新機能があります。またCLAPは、パートナーや競合他社とも協力し、会社を設立したり、プラグインを作ったり、キャリアをスタートするのに歓迎される、オープンで透明な場所にするための招待状でもあるのです。

Bitwig Studio上で、u-heのCLAPプラグインが動作している

--CALPをオープンソースプロジェクトにした理由を教えてください。
プラシダス:このような規格の維持や発展は、オープンソースプロジェクトに委ねるのがいいと考えています。また、CLAPの開発と発展が、標準を所有する共同事業体のようなものを形成するよりも、よりダイナミックになると期待しています。私たちのライセンスモデルは、このプロジェクトを誰にとっても将来性のあるものにします。誰も「CLAPを使うな」とは言えません。将来CLAP 2.0がリリースされたとしても、CLAP 1.0は動き続けます。誰もCLAP 1.0を使い続けることを禁止することはできないのです。

オープンソースとして発表されたCLAPに対し、オープンソースソフトのDEXEDなどもすでに対応

--CLAPがVST、AU、AAXと比較して優れている面について教えてください。
プラシダス:DAW、プラグインの利用者であるミュージシャンにとっては最新のCPUによるパフォーマンスの大幅な向上が期待できます。また現行のプラグイン規格の場合、プラグインのスキャンにかなりの時間がかかりますが、それを高速化できるのもCLAPのメリットです。また、オートメーションやモジュレーション、エクスプレッションといったことに対しても大きな効果を発揮することができます。一方で、開発者にとってもさまざまなメリットがありますが、こうしたメリットについては、当社サイトにおいて記事にしているのでぜひそちらをご覧になってみてください。 https://www.BITWIG.com/stories/clap-the-new-audio-plug-in-standard-201

--CLAPがMPEやMIDI 2.0に向けて開発されたとリリースにありますが、MPE対応デバイスがある程度出てきたとはいえ、まだあまり普及してない状況です。またMIDI 2.0も時々話題には上るけれど、規格の議論もまだ途中で、製品が登場するまでまだ何年もかかりそうです。仮にMPEもMIDI 2.0もまったく使われていない中でも、CLAPを利用する価値はありますか?
プラシダス:CLAPはMIDI 2.0やMPEに依存するものではありませんので、CLAPを使う理由はたくさんありますよ。

--Bitwig StudioはいつごろCLAPに対応する予定ですか?
プラシダス:最新のBitwig Studio 4.3では、すでにCLAPに対応しています。

最新のBitwig Studio 4.3はCLAPに対応している

--ほかのDAWメーカー、プラグインメーカーも、CLAPについて評価しているとのことですが、各社からの反応はいかがですか?他社DAWがCALP対応するのはいつごろになりそうとみていますか?
プラシダス:新しいスタンダードを確立するのは、すぐにできることではありません。ほかの会社のことは詳しくはいえませんが、CLAPを採用している製品はすでに数十種類あり、そのリストは日々増えています。また音楽業界だけでなく、ゲームなどほかの業界からも強い関心を持ってもらっており、想像していたよりも大きな反響に驚いています。いつごろ各DAWが対応するか分かりませんが、サポートする正当な理由はあると考えています。

以前、NAMM Showでお会いしたプラシダスさん

--すでにVST、AU、AAX用に開発されたプラグインをCLAP対応にすることは、簡単にできるものですか?
プラシダス:初めての作業でプラグインを6日でCLAPに移植したパートナーもいるので、比較的に簡単に行えると考えています。ただ多くの製品を持つ大企業では、すべて移植するのに時間がかかるかもしれません。ですが、企業によっては大変な作業であっても、努力する価値はあると考えています。また、実装やドキュメントも充実しており、お互いに助け合う強いコミュニティもあります。誰も1人にならないのです。

--開発者視点ではありますが、JUCE Frameworkで開発すれば、簡単にWindows/Mac、VST、AU、AAXとマルチプラットフォーム展開ができますが、JUCEがCLAP対応する可能性はどうですか?
プラシダス:JUCEが将来的にCLAPをサポートする可能性は非常に高いです。しかし、彼らもかなりさまざまなことをしていくロードマップを持って走っており、新規にCLAPをサポートするには、それなりの投資が必要となります。そのため、いつCLAPを正式にサポートするのか、われわれもまだ把握できていません。ですが、実はJUCEにはすでにCLAPをサポートするための拡張機能が搭載されているんです。これによりプラグインをCLAPに移植することを容易にしてくれるはずです。

--ぜひ、これからCLAP対応DAWやプラグインが増えていくことを期待しています。ありがとうございました。

【技術情報】CLAPによるマルチスレッドへの対応について

スレッドプールとCPUの性能

過去数十年間、クロック速度の向上は性能の飛躍的向上をもたらし、チップはますます小型化されました。このパラダイム(より速い=より強力)は、消費電力や熱の発生、さらなる小型化が制限要因となり、限界に達しました。今日、AppleのM1やM2チップのように、マルチスレッド処理/並列化が、CPUの未来とその進歩を象徴しています。平均的なデスクトップパソコンやノートパソコンは、近い将来、16~32個の物理的なCPUコアを持つようになると予想しています。

新しいテクノロジーと性能の向上は、オーディオ開発者にとって新しい可能性を意味します。私たちの業界では、この性能アップをさまざまな形で活用し始めています。回路シミュレーション、機械学習とニューラルネットワーク、あるいは物理的なモデリング(ピアノやオーケストラの合成など)は、すべてCPUに非常に大きな負担をかけるものです。新しいプラグインの中には、実際にマルチスレッドプロセスを介してのみ実行されるものがあります。エフェクトプラグインにも同様の要求があり、たとえば16チャンネルサラウンドプロセッサのようにチャンネルや機能ごとに並列化される可能性があります。すでに今日、u-heのDivaのようなプラグインは、8-16ボイスを持っています。将来的には64~128ボイスになるでしょう。また、ピアノやオーケストラ楽器のシミュレーションも、同様に1楽器あたりのボイス数が多いものが増えていくでしょう。

これまでの課題

DAWにおける従来のロードバランシング技術、つまり最も関連性の高いタスクにコンピューティングリソースを割り当てる現在の方法は、限界に達しているのです。また、マルチスレッド用に設計されていない旧来の確立されたプラグインフォーマットは、新しいマルチスレッド規格にうまく適応できません。

たとえば、現在のCPU負荷の高いプラグインのシングルインスタンスは、通常、今日のマシン上で問題なく動作します。しかし、インスタンスやスレッドを増やすと、互いに、またホスト自体とも競合するようになります。典型的なセッションに要求の高い複数の楽器やエフェクトが含まれる場合、競合するスレッドの数は利用可能なCPUコアの数を大幅に超える可能性があります。その結果、全体のCPUが50%をわずかに超える程度に最大化されている場合でも、CPUスパイクやドロップアウトが発生します。これは、ストール、CPU キャッシュのミス、および一般的なコンテキストスイッチのオーバーヘッドが原因です。

状況をさらに悪化させるために、一部のオペレーティングシステムでは、利用できるリアルタイム優先スレッドを制限しています。たとえば、WindowsではリアルタイムMMCSSスレッドの数を32に制限しています。効率コアと性能コアを別々に使用する非対称 CPU 設計も、効率コアをレイテンシが重要なタスクに使用しないように注意しない限り、CPU スパイクの原因となります。

CLAPによる解決手法

CLAPが現在の標準に対して大きな利点を提供するのはこの点です。各プラグインに独自のリアルタイムスレッド管理を実装させる代わりに、CLAPのスレッドプールソリューションはシンプルであり、今日その利点を発揮しています。ホストは少数のリアルタイムスレッドを提供し、それを管理し、使いやすいインターフェイスを介してすべてのプラグインと共有します。また、ホストは各トラックのデッドラインを把握しているため、たとえば低遅延のトラックで早く終了する必要があるプラグインを優先的に処理することができます。

CLAPの威力は、今日すでに目に見えています。テストでは、オーディオ・ドロップアウトが発生する前に、最大で2倍のインスタンスがスムーズに動作することが確認されています(u-heのDivaでテスト)。これは200%のパフォーマンスアップです。ほかのプラグインでは、約25%のパフォーマンス向上が確認されました。全体として、CPUスパイクは明らかに少なくなり、負荷分散もより均一になっています。今後、プラグイン開発者がCLAPに特化したコードを作成すれば、さらなる性能向上が期待できます。

さらに、マルチスレッド管理をホストに移行することで、プラグイン開発者にとって多くの一般的な落とし穴が回避されます。プラグイン自体の実装では、リアルタイムスレッドの生成や呼び出しなどに関する独自の課題が発生するからです。

CLAPは今、未来への準備が整っているのです。

【関連情報】
CLAPプレスリリース(u-he 英語)
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Bitwig Studio製品情報
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Bitwig Studioサマーセール情報

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Commentsこの記事についたコメント

2件のコメント
  • 通りすがり

    半年以上前の記事に対して今更ながらの指摘ではありますが、
    プラシダス氏への質問コーナーにおいて

    「--BITWIGとu-he、同じドイツの会社であることは知っていますが、両社が組んだ理由があれば教えてください。」

    の箇所で画像と共に

    「Bitwig Studio上で、u-heのCLAPプラグインが動作している」

    との解説がありますが、画像のSurge XTはu-heのものでは無く正しくはSurge Synth Teamのプラグインとなります。
    お手数をお掛け致しますが、ご確認のほどよろしくお願いいたします。

    2023年2月25日 8:21 PM
    • 藤本 健

      通りすがりさん

      ご指摘ありがとうございます。おっしゃる通りですね。
      画面を差し替えました。

      2023年2月26日 5:31 PM

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