2月28日、東京・早稲田の公益財団法人かけはし芸術文化振興財団のホールで開催された「電子管楽器トーク&ライブ~電子管楽器サウンド・ヒストリー」は、電子管楽器の歴史を一気に辿ることができる極めて貴重なイベントとなりました。司会を務めさせていただいた私、藤本健にとっても、これほど多くのビンテージ機材と現行機種が一堂に会し、さらに開発者の方々から直接お話を聞けるという機会は滅多にないものでした。
会場のステージ上には、1971年に誕生したLyricon(リリコン)から最新のYDS-150まで、半世紀以上にわたって進化を続けてきた電子管楽器がずらりと並び、まさに電子管楽器博物館のような圧巻の光景でした。実際の楽器と演奏を交えながら、その進化の軌跡を体験できるという贅沢な時間を過ごすことができたのです。会場にはT-SQUAREに在籍したことでも知られるサクソフォン奏者の宮崎隆睦さん、ウィンドシンセ・プレイヤーとして活動し、自宅に30本もの電子管楽器を所有するという強者のBANANAsuさん、ローランドのAerophone開発者である寺田裕司さん、同社デモンストレーターの中村有里さん、そしてヤマハYDS-150の開発者の宮崎裕さんと演奏家の福井健太さんが集結。それぞれの専門的な視点から語られた開発秘話や技術的な詳細は、ウィンドシンセサイザー愛好家にとって垂涎ものの内容でした。

今年2月28日に、トークライブ「電子管楽器サウンド・ヒストリー」というイベントが開催された
電子管楽器の起源と名称の変遷
イベントの冒頭で興味深かったのは、電子管楽器の呼び方についての議論でした。「ウィンドシンセサイザー」「デジタル管楽器」「電子管楽器」などさまざまな呼び方があることについて、司会進行の私から質問を投げかけてみました。宮崎隆睦さんは「僕ら的には、吹いているものに特に違いは感じていません。総称してウィンドシンセサイザーという括りでいいのかな」と率直な意見を述べられました。

ステージ前にはこの50年間に発売された各メーカーの電子管楽器がズラリと展示された
一方、BANANAsuさんからは非常に興味深い指摘がありました。「ギターもエレキとアコギとあって、大枠でギターっていうじゃないですか。それがウィンドシンセで、その中のいろいろメーカーによって呼び方があると思う」と、ギターとの類比で説明され、さらに「デジタル管楽器とか電子管楽器って呼び方は本当に最近なんですよね。ウィンドシンセっていうと、やっぱりちょっと難しく感じちゃう。横文字に並んでるし、シンセサイザーって関係ないと思う人もいる。電子管楽器って、まとめちゃった方が理解しやすいと思いますよ」という分析も。

左から宮崎隆睦さん、BANANAsuさん、筆者
確かに一般の方にとっては「電子管楽器」の方が、何を意味するのか分かりやすい表現かもしれません。この名称の変遷自体が、市場の拡大と一般化を物語っているのかもしれないと感じました。
1971年のLyriconから始まった歴史
電子管楽器の歴史を辿ると、最も古いものとして1971年に登場したLyriconがあります。会場には宮崎隆睦さんが個人で所有されているLyricon2の実機が展示され、実際に演奏もしていただきました。この貴重な楽器を間近で見ることができただけでも感動的でしたが、さらに驚いたのは宮崎さんのコメントでした。「Lyriconを吹き始めたころ、こんなにコントロールしにくいもんなんだと思っていたのですが、その後修理をしたら、めっちゃ吹きやすい楽器で、ビックリしました」。今回、会場に持ち込まれたLyricon2はフルレストアが施されており、新品のような美しい状態で保たれていたのです。

宮崎隆睦さんがLyricon2での演奏を披露
Lyriconという独特な名前についても解説がありました。「リリック(歌詞)を歌うみたいに吹くもので、コントローラーである」ということから来た造語で、歌うような表現を目指した楽器だったということが分かりました。Lyriconを開発したComputone社は1981年には倒産してしまったため、この楽器を実際に動作する状態で見ることができるのは非常に貴重な体験でした。

Lyricon2を演奏した際の音源はBehringerのModel D(ラック上の黒い機材)を使用
宮崎さんによる実際の演奏では、ベリンガーのModel D(MiniMoogのリイシュー版)を音源として使用し、「オシレーター一発なんですよ。オシレーター3つ付いてるんですけど、僕は1個しか使ってなくて、これでももう十分コントロールが」という宮崎さんの言葉通り、シンプルながらも表現力豊かな演奏を聴くことができました。
ナイル・スタイナーとEVI/EWIの誕生
一方、1979年頃にはトランペット奏者でありながら電気工学士だったナイル・スタイナーさんがEVI(Electric Valve Instrument)を開発しました。BANANAsuさんによると「トランペット型のウィンドシンセというのが最初」で、その後「ナイル・スタイナーさんがもともとハンドメイドでいろんな楽器を作られていたらしたんです。たとえばスタイナーホーンといって、木管型のものもハンドメイドで作られてたんですけど、いろんなところから作れ作れ言われて、結局一人じゃ手に負えなくなり、当時の赤井電機に声をかけた結果、AKAIブランドで製品化することになったんです」。その後スタイナーさんがAKAIに権利を売り、EWI1000とEWV2000が生まれたという経緯も紹介されました。ちなみにEWIはElectric Wind Instrumentの略とのことです。

中央にあるのがAKAIのEWI1000、その上にあるのが音源であるEWV2000
会場に持参されたEWV2000では、T-SQUAREの伊東たけしさんが今も使い続けているという「Judd」という音色が実際に演奏され、その独特で力強い音色に会場からも感嘆の声が上がりました。BANANAsuさんが説明されたように「この音はそれこそT-SQUAREの伊東たけしさんが今も使い続けている音色で、これがプリセットに入っていた」という歴史的な音色も披露されました。

BANANAsuが演奏するEWI1000
興味深いのは、EVI1000が専用ケーブルで専用音源とつながっている点で、「CVっていう信号で実は出てまして、MIDI以前のシンセな感じなんです。完全にこの組み合わせでしか使えない」(BANANAsuさん)という、まさにアナログシンセの世界なんです。
ヤマハ WXシリーズの登場とFM音源の時代
1980年代には、ヤマハがLyriconの特許を受け継いでWX7を開発しました。この楽器の最大の特徴は、DX7で一世を風靡したFM音源と組み合わせることで実現された、当時としては画期的な電子管楽器だったことです。

1987年にヤマハから発売されたWX7
BANANAsuさんが緑色に塗装されたWX7で演奏を披露してくれたのですが、FM音源特有の電子音だけど、爽やかな音色には独特の魅力がありました。演奏後のコメントも印象的で、「山手線の発車音とかも全部FM音源で作られているので聴き馴染みがあるともいます。T-SQUAREの宝島も実はFM音源を使ってたので、割と同じ感じになる」とのことでした。

BANANAsuさんがWX7をopsixに接続して演奏
確かにこの時代のサウンドは、DX7の音が数多くの曲で使われていて、デジタルシンセを代表するもの。BANANAsuさんは「家では鍵盤付きのDX7を、すごいでかい音源として使っているんですけど、今日はそれ持ってくるはちょっと大変だったので、KORGのFM音源でDX7とも互換性のあるopsix moduleを持ってきたので、これを使って演奏してみます」とWX7+FM音源のサウンドを演奏してくれました。ちなみに、WX7からMIDI変換のコンバーターを介してopsix moduleにMIDIで接続して鳴らしていたとのことでした。
カシオ DH-100の大衆化への試み
1988年にはカシオがDH-100(デジタルホーン)を発売。坂田明さんを起用したCMでも話題になったこの機材は、当時33,000円という破格の価格設定で話題になりました。宮崎隆睦さんは「とても手軽で、マニアックな人たちとは全然違う方向性で作られたんだろうな」と振り返り、「一定の時間吹き続けると勝手にビブラートがかかる」といったユニークな機能もあったことを明かしました。

1988年にカシオから33,000円という破格値で発売されたDH-100
またDH-100にはMIDI OUTも搭載されていたので、外部音源のコントロールも可能となっていました。ちなみにカシオはその後DH-100のブラックモデルであるDH-200、さらにROMパック対応したDH-800をリリース。翌1989年6月にはブレスコントロール機能などが搭載された上位モデルのDH-500、さらに同年11月にDH-280を出しているのですが、それを最後にDHシリーズは終了しています。
ローランド Aerophoneの技術革新
2016年、ローランドが満を持して発売したAerophone AE-10について、開発者の寺田裕司さんから非常に詳しいお話を聞くことができました。ローランドといえばシンセサイザーの老舗メーカーですが、なぜそれまで電子管楽器市場に参入してこなかったのかという疑問について、寺田さんは率直に答えてくださいました。

Aerophone AE-10の開発者であるローランドの寺田裕司さん
「基礎開発というのはずっとやってきてたんですが、なかなか製品化するに至りませんでした」。では、なぜこのタイミングで参入したのか。その理由は技術的な成熟にあったとのこと。「SuperNaturalという音源の技術が確立されたというところがあります。

SuperNATURAL音源とV-Accordionの技術が組み合わされてAerphoneが誕生している
そのSuperNaturalでアコースティック音色の豊かな演奏表現を再現できるということと、同時に当社のV-Accordionという電子アコーディオンがエアを使って音を出すという仕組みがありまして、この技術が結びついて最初のAerophoneができあがったのです」とのことでした。

ローランドのAerphoneのシリーズ
デザインについても興味深いエピソードがありました。私から形について質問したところ、「デザイナーさんの当初のモチーフはイルカでした」という意外な事実が明かされました。「ちょっと開発が進むにつれてだんだんイルカからは離れていってしまったんですが、最初のAE-10にはどこかその面影が残っているかなと思います。我々としては、機械的ではなく楽器として有機的なデザインというところを目指した」という開発思想も興味深いものでした。

ステージ上でもAerophoneのラインナップの登場の流れなどが解説された
さらに印象的だったのは、中村有里さんによる実演でした。Aerophoneの380音色のうち特に力を入れているというエスニック音色から、アルメニアの民族楽器ドゥドゥクの音色でアルメニアダンスの演奏を披露。その表現力の豊かさには会場からも感嘆の声が上がりました。

中村有里さんによるAE-30を使った演奏もステージ上で行われた
YDS-150に込められたヤマハの新戦略
最後に登場したのが、現在大人気となっているヤマハのYDS-150でした。開発者の宮崎博史さんから、この楽器の開発背景について非常に興味深いお話を聞くことができました。まず驚いたのは、宮崎さんがもともとPA(プロフェッショナルオーディオ)機器の開発をされていたということです。

WX7の右にあるのが2020年発売のYDS-150,その右が2023年発売のYDS-120
「ある日、肩をポンポンって叩かれて『宮崎くん。来週異動だからね』っていうことから始まって」という突然の異動劇から開発が始まったんだとか。しかも他のメンバーは兼務だったのに対し、宮崎さんだけが専任だったため、「まずいぞとこれ私、なんとかしないとこの楽器どうなるんだろう。もしかするとこの楽器ポシャったら私、帰る席ないかも」という危機感を感じられたそうです。

YDS-150の開発者であるヤマハの宮崎裕さん
プロジェクト名は「WSDプロジェクト」(Wind Synth Development Project)でしたが、「ウィンドシンセ作るのではなく、デジタルサックスを作る」という方向転換があったとのこと。この背景には明確な戦略がありました。「ローランドさんがAerophoneを出していていたので、ヤマハとしてはローランドさんとも直接バッティングしない。喧嘩するよりもこの電子管楽器の市場を広げよう、もっと盛り上げようという気持ちもあった」と語られました。

YDS-150の開発にも関わったという演奏家の福井健太さん
特に興味深かったのは、YDS-150の位置づけについての説明でした。練習楽器ではなく「演奏の楽しみ」にフォーカスしているという点で、宮崎さんは具体的な例を挙げて説明されました。「私がよく例えに使うのですが、散歩を趣味にしている方とか、ガーデニングを趣味にされている方っていらっしゃると思うんですけど、散歩の練習毎日してますか? ガーデニングの練習毎日してますか?っていうこと。そんな人はいないと思うんですよね。それと同じような考え方で、電子管楽器を趣味としていただく」という発想は、従来の電子管楽器とは一線を画すものでした。

福井健太さんによるYDS-150の演奏も行われた
また、福井健太さんからは実際の開発への関わりについても詳しく聞くことができました。「まだこの形になる前にヤマハの本社に『今日本社に来ていることをSNSであげるな』と言われて、印鑑を押してお部屋に入った」という厳重な秘密保持の下で行われた試奏体験や、「ヤマハといえばやっぱりサクソフォンを作ってるメーカーなんで、それだったら既製品のサックス同じキーのレイアウトにしたら私たちも何の抵抗もなく演奏できると思いますよ」という具体的なアドバイスなど、開発の舞台裏が明かされました。
新時代を迎える電子管楽器市場
会場には、最新のNuEVI、E;efue、Lunaticaなど、さまざまな新しい電子管楽器も展示されていました。特に注目したのは価格の多様化で、10万円を超えるハイエンド機種から1万円台で購入できる入門機まで、幅広い選択肢が生まれていることです。まず高価格帯では、スウェーデンの会社、Berglund Instrumentsが開発したNuEVIがあります。宮崎隆睦さんによると「系統的にはEWIの進化系」で、「AKAIが現在のinMusicに買収される前の社長さんが今、日本国内で代理店をやっている」という興味深い縁があるそうです。「使い勝手としては、吹ける人だったら絶対吹けるだろうというような作りが全く一緒という感じ。ただ音源は内蔵じゃないので、何か外部の音源を使って」ということで、現行の中では最も高価な製品となっています。

寝かしてあるグレーと緑のモデルがBerglund InstrumentsのNuRAD、立ててある緑のモデルがNuEVI
一方、低価格帯では革命的な製品が登場しています。TAHORNGというメーカーのElefueは「リコーダーの電子版という大きさもリコーダーそのもの」で、「運指もリコーダーで運指タイプは選べる。軽量で10個音色が入っていてイヤホン端子も付いてる。かつBluetoothが使える」という高機能でありながら、「この当時14000円切ってた」という驚異的な価格を実現。BANANAsuさんによると「ウィンドシンセ市場で一番安い」製品とのこと。

左からLunatica、Elesa10、Elsesa-W1、Elefue
最近では、同じTAHORNGからサックスに近い形状のElesa 10や、さらに新しいElesa-W1という製品も登場。一方、イタリアのARTNoiseからは、コルグが国内販売を手がけるLunaticaが発売されています。Lunaticaの面白い点は「実は生リコーダーなんですよ。リコーダーとして使えてミュートのキャップをするとBluetoothのコントローラーとして使える」という二面性を持っていることです。
さらに会場では、東京工業大学の教授が個人で開発しているMWICという製品も紹介されました。宮崎隆睦さんによると「教授が趣味で一人で作っているウィンドシンセ」でありながら「できることがすごいいっぱいあって面白い」とのことで、アカデミックな背景を持つ開発者による意欲作という印象でした。

電子楽器サウンド・ヒストリーの最後は宮崎隆睦さんによるNuRADの演奏で終了した
これらの新製品群を見ていると、電子管楽器市場の活性化は明らかです。宮崎隆睦さんも「特にここ数年のウィンドシンセブームはすごい。価格帯が安いものは手に入りやすいし、それによって他のメーカーも息を吹き返したりということがある」と市場の変化を実感されていました。BANANAsuさんからも「やっぱり一昔前は別に誰も触れないというか興味を持たなかったんですけど、いろいろやってると『なんかそれ配信で見たことあるぞ』とか『なんかやっぱり初めて見ます』っていう人が減ってるような気がします」という興味深い観察がありました。確かに、配信やSNSの普及により、これまでニッチだった電子管楽器の認知度が上がっているのかもしれません。
そんな電子楽器サウンド・ヒストリーの様子は以下のYouTubeでご覧いただくことができ、ここでは実際の演奏されたサウンドもしっかり聴くことができるので、ぜひご視聴ください。
【次回予告】6月15日「3-Legends of Digital Synthesizer~デジタルシンセ黎明期~」DX7、M1、D-50の開発者・関係者が登壇
次回の「梯郁太郎メモリアル トーク&ライブ・セッション」は、2025年6月15日(日)に「3-Legends of Digital Synthesizer~デジタルシンセ黎明期~」と題して開催されます。アナログからデジタルへの変革期に偉大な足跡を残した3つのデジタルシンセサイザーの物語を、実際の開発に携わったレジェンドたちから直接聞くことができる貴重な機会です。
出演者には、ヤマハ DX7の音色ソフト「生福」で世界的評価を得た福田裕彦さん、シンセサイザーの名手として知られる西脇辰弥さん、B’zや浜田麻里のサポートを長年務める増田隆宣さんといった豪華なミュージシャンに加え、コルグ M1の開発に関わった岩崎範男さん(株式会社コルグ顧問)、ヤマハ MOTIFの企画・プロデュースを担当した上笹敏人さん、ローランドD-50などの開発エンジニアとして活躍した菊本忠男さんが登壇予定です。
開催日時:2025年6月15日(日)開場17:00 / 開演17:30
会場:Artware hub KAKEHASHI MEMORIAL(東京都新宿区西早稲田3-14-3)
入場料:2,000円(税込)
入場チケット:https://teket.jp/11132/50959
関連情報:公益財団法人かけはし芸術文化振興財団サイト
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