5月22日~24日に行われたWavesのイベント、「WAVES WORLD 2025」に合わせ、Waves Audioのプロダクトスペシャリストであるマイケル・アダムス(Michael Pearson-Adams)さんが来日し、イベント内でのプレゼンテーションなどが行われました。ご存じのとおり、WAVESは数々のプラグインを開発してきたメーカーであり、プロからアマチュアDTMerまで、多くの人たちが使っている製品群を出しているメーカーです。そのWAVESで長年製品開発に携わってきたマイケルさんにDTMステーションとして単独インタビューを行うことができました。
1992年の創業以来、30年以上、数多くの製品を世の中に出してきましたが、プラグインに関してはすべて廃版にせず、昔のものが今でも使えるというのがWaves製品の大きな特長にもなっています。どうして、そうしたポリシーを貫いているのかといったことから、最新のAIを取り入れた製品の開発背景まで、いろいろ伺ってみたので、その内容について紹介していきましょう。なおWAVES WORLD 2025については「WAVES総選挙結果発表!人気No.1はVocal Rider。一律4,620円のTOP10セールは6/16まで。ミックスコンテストGoldenMix 2025も開催中」という記事で紹介しているので併せてチェックしてみてください。

Waves Audioのプロダクトスペシャリスト、マイケル・アダムスさん
17歳のレコーディングスタジオの見習いから始まったキャリア
――まず、マイケルさんのこれまでのキャリアについて教えてください。
マイケル:私は17歳の時にいわゆるコーヒーボーイとしてレコーディングスタジオに入ったのがスタートです。オーストラリアで音楽業界に入り、その後65のネットワークを持つラジオ局で、シドニー、メルボルン、ブリスベン、さらにはマレーシアまで、いろいろな場所で働きました。
その後、アメリカに移ってCreedというバンドのエンジニアを担当したり、SHAKAYAというアーティストでナンバーワンシングルも手がけました。2006年に現在のWavesのCEOであるミックに出会い、その後「Wavesでデモやトレーニングを担当する人を探している」ということで誘われて入社しました。
――Wavesでのキャリアは現在何年になりますか?
マイケル:17年になります。最初はトレーニングからスタートして、だんだんプロダクト開発やプロダクトマネジメントの方にも関わるようになってきました。現在は「Director of training development and product manager for contents creator」という肩書で、トレーニングやデモをする人たちにどうやってやるかを教えるプログラムを考える仕事と、製品開発や製品改善に関わる仕事をしています。
2年ほど前にアメリカからオーストラリアに戻り、現在もそこを拠点にしています。音楽プロデューサーとしての活動も並行して続けており、Apple Musicでリリースするなど、自身の音楽制作も行っていますよ。
――現在の仕事の中で、一番力を入れているのはどの分野ですか?
マイケル:今は未来に向けたアーティストのためのプロダクト開発に最も時間を費やしています。特に若い人たちが音楽業界に入ってくる際、コンプレッサーやEQの動作原理を詳しく学ぶ必要があるかというと、必ずしもそうではありません。彼らにとって重要なのは、どうやって良い音にするのか、ということです。
私たちツールを提供する側としては、そういったユーザーに対してどうやったら簡単に、ストレスなく、適切なエフェクトをかけられるか、より彼らが目指している音に近づけるかということを考えています。長年エンドユーザーと接する機会が多く、彼らの声を聞いていると、どうやったらいい音が出せるのかという課題をどう解決していくかが、メーカー側の重要な仕事だと思っています。
この17年で変わった音楽制作の現場
――この17年間で、音楽制作の現場で最も大きな変化は何だと思いますか?
マイケル:一番大きな変化は、ユーザーの姿勢です。25年前、当時の音楽制作の現場の人たちは、今日よりもはるかに忍耐強かったと思います。当時は何かツールを紹介するとき、それがどう動作するのか、どのように働くのかという技術的なところにも関心があって、それを覚えることで結果的に自分たちがどうすればいいのかを理解していました。
最近の人たちは、求めるサウンドをどうやって得られるかということに集中していて、動作原理にはあまり関心がない。これ自体は決して悪いことではありません。
もう一つの大きな変化は、デジタルオーディオの進歩によってUndoができるようになったことです。昔はテープの時代で、やり直しが効かない分、集中して慎重に作業していました。今は恐れずに、ダメなら戻すということができるようになり、いい意味でクリエイティブになったと思います。
――視覚に影響されやすくなったという指摘もありましたね。
マイケル:そうです。私は以前、テキサスでSSLのプラグインと本物のSSLコンソールでブラインドテストを行ったことがあります。多くのユーザーと話をしていて感じるのは、もっと音を聴くべきなのに、どうしても視覚に影響されてしまうということです。
同じ音にしましょうという体験会で、参加者は画面を見ながらマウスで操作することに集中してしまいます。そこで一度スクリーンをオフにして音に集中してもらうと、そこで実感し、気づくことがあるんです。私たちは全てを美しく見せることをしていますが、人々は見ることを止めて、聴くことを始める必要があります。
世界初の製品を廃盤にしない理由
――Wavesは世界中に開発拠点を持っていますね。
マイケル:全社で約200人の社員がいます。約半分の100人がイスラエルのテルアビブにいて、その他にウクライナ、台湾、中国、インド、オーストラリアなどに拠点があります。アメリカには約20人いますが、主にマーケティングや営業が中心で、ソフトウェア開発は世界中に散らばっています。完全にリモートで働いているスタッフもいますし、実は日本にもWavesの社員がいるんですよ。
――Wavesは製品を廃盤にしないポリシーで有名ですが、これはなぜですか?
マイケル:L1は一つの時代を作ったプラグインです。L2、L3もRenaissanceシリーズを出しているタイミングで開発しました。そういう意味では、いずれも古いプラグインではありますが、もしこれらの製品が今なくなったら困る人がたくさんいるでしょう。私たちは世界初の製品をたくさん出してきました。当時から今も現場で使われているので、自分たちで廃盤にして製品を無くすということは、音楽産業の歴史において大きな損失になると考えています。それだけ自信があるんです。

爆発的ヒットとなり、いまもWAVESを代表するプラグインであるL1
Q10を外科手術のメスに例えるなら、メスを取り上げるようなことはやるべきことではありません。プラグインカンパニーとして、そういった製品を市場から取り除くことはできないし、するべきではないのです。

世界で一番パワフルなパラグラフィック・イコライザー、Q10
――古いプラグインを維持するのは大変なコストがかかると思いますが。
マイケル:確かにハードウェアやOSのアップデートに対応するため、古いプラグインを継続するのは非常に時間も費用もかかります。そのためWaves Update Plan(WUP)をユーザーにお願いしたり、サブスクリプションも始めましたが、それだけではまかないきれないレベルのコストがかかっています。
しかし、プラグインのパイオニアとして、これは自分たちがやるべきことだと考えています。いくつかのプラグインメーカーの中にはやめてしまうところもありますが、WUPにお金を払うことに賛否両論があるのは承知していますが、音楽産業にとっては必要なことだと思っています。
Andrew Schepsとの協業とAI技術の活用
――この17年間で一番印象に残った製品は何ですか?
マイケル:Scheps Omni Channelの初代です。私たちの最初のマルチツールで、コンプレッサーとEQを入れ替えられるなど、複数のエフェクトが連携して働くプラグインでした。約10年前にリリースしたものです。
開発プロセスも面白くて、これはAndrew Schepsの名前をつけたプラグインではありませんでした。Andrew Schepsの設計図から始まった理想のプラグインだったんです。彼が普段使っているプラグインから「こういったものができるといい」という理想から始まりました。コンプレッサーやEQは、彼が「これがいい」と言っていたものをモデリングし、さらにスクラッチで新しく作った部分もありました。

チャンネルストリップのScheps Omni Channel
――AIについてはどのように考えていますか?
マイケル:プラグインの世界では、AIが一番イノベーティブな存在だと思います。しかし、ユーザーにとって大切なのはテクノロジーそのものではなく、求める音をどう得られるか、自分が想像していたものをどう実現できるかということです。
Clarity VXシリーズ、Curvesシリーズ、
サブスクリプション問題の振り返りと価格戦略の変化
――2年前のサブスクリプション問題について振り返ってどう思いますか?
マイケル:あれは大きなミステイクでした。私たちは誤った計算と判断をして、お客様を怒らせてしまいました。マネジメントチームを含めて、自分たちがやったことが大きな失敗だったと認めています。
幸い、3日間で決定を見直して元に戻すことができました。この規模の会社で間違いが起こった時は2つの方法があります。一つはそのまま進めてしまうこと、もう一つは間違いを認めて信頼を再構築することです。私たちは後者を選びました。このときのことは非常に大きな勉強にもなったので、それ以降はお客様の声をしっかり聞いて判断していくようにしています。
――ところで、今回どうして日本に来られたのですか?
マイケル:WAVES WORLD 2025を通じて、エンドユーザーと直接会ってコミュニケーションを取るためです。Wavesの社員も大半がミュージシャンであり、自分たちでも作品を作っています。そういう意味ではユーザーのみなさんと同じような立場の人間ですから、接することで楽しいし、距離を近くできるのはいいですよね。

WAVES WORLD 2025で講演を行うマイケルさん
多くのユーザーにとって、Wavesはプラグインをどんな人がどんな思いで作っているのか……といった人間性は見えないのが実情だと思います。しかし、私たちはユーザーのみなさんと同じような立場の人間なんです。みんな自分の音楽を発信し、何かを演奏し、何かを歌い、何かを書いています。みんなが好きなものを作っているんです。そんな部分も日本のユーザーのみなさんに紹介でき、感じ取ってもらえれば、というのが今回の来日の最大の目的ですね。
――かつてWavesは高級プラグインメーカーという印象でしたが、最近は手軽に購入できるようになりました。
マイケル:10~15年前は、コマーシャルレコーディングスタジオが主流でした。大規模なレコーディングスタジオ、大きなコンソールがある環境です。しかし、業界の変化によって私たちも変化する必要がありました。
大きな変化は、生活費が上がったのに人々の収入が上がらなかったことです。多くのスタジオが消え、人々は自宅のDTM環境で音楽制作をするようになりました。Pro Tools HDやTDMプラグインは非常に高価でしたが、ネイティブプラグインの時代になって、私たちもより柔軟な価格設定ができるようになりました。これにより、グラミーを獲得する人々と同じ技術を、より多くの人が使えるようになったんです。
少数精鋭で始めよう──日本のユーザーへのメッセージ
――最後に、日本のDTMユーザーにメッセージをお願いします。
マイケル:プラグインは1つか2つでもいいので、ぜひ徹底的に使ってみてください。それがどのようにあなたの音楽に影響を与えるかを学習してください。手の中にあるツールを知ってから、さらに追加することを考えてください。
もしそれがどうしても合わなければ、別のものを試せばいい。単にプラグインを増やしていくよりも、少数のプラグインで何ができるかを理解することで、自分で何をすればいいかが分かってくる。それが近道です。
ぜひクリエイティブにWavesのプラグインを使ってみてください。いろんな人がいろんなことを言うかもしれませんが、そんなことは気にせず、自分の信じた道を進んでください。そうすることで、新しい世界が開けると思います。
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コメント
むかーしのセッション開いてL1が刺さってたらその音はそれでしか出ないもんね
ありがたや