DTMステーションでも、これまで何度か取り上げてきたイタリアの電子楽器メーカー、Dexibell(デキシーベル)。同社はヨーロッパの元Rolandの社員たちが集まって2013年に設立したメーカーで、プロ向けのステージピアノから家庭用のホームピアノまで幅広く開発しており、フラグシップモデルは100万円を超えるなど、プロの現場でも高く評価されています。
そのDexibellから、初となるソフトウェア音源、T2L Pianoが9月29日に発売されました。驚くべきは、数十万円クラスのハードウェアに搭載されている心臓部、独自の音源技術「T2L(True to Life)」を完全に移植し、まったく同じサウンドクオリティを実現しながら、通常価格38,500円(税込)のところ、イントロプライスとして19,250円(税込)で手に入るという点。また24bit/48kHzの高解像度サンプリングや実質的な無制限発音を実現。それでいて音源全体の容量が約5GBと、近年のピアノ音源としては極めて軽量であることも大きな特徴となっています。そんなハードウェア譲りのリアルなサウンドと、軽快な動作を両立したピアノ音源T2L Pianoを実際に試してみたので紹介していきましょう。
100万円超のハイエンド電子ピアノとまったく同じ音源が、通常価格38,500円、イントロプライス19,250円で手に入る!
冒頭でも紹介した通り、T2L Pianoの魅力の一つとして、その驚異的なコストパフォーマンスにあります。Dexibellはプロ向けのステージピアノから家庭用のホームピアノまで幅広く手掛けており、ステージピアノのフラグシップモデルVIVO S10であれば715,000円、ホームピアノのフラグシップモデルVIVO H10 MG White Polishedであれば1,430,000円、となっており、T2L Pianoは、それら最高峰モデルとまったく同じ音源エンジンを搭載しています。
これは単に同じ波形をサンプリングしたというレベルの話ではなく、サンプリングされた波形をもとに、弦の共鳴やハンマーノイズといった楽器の物理的な振る舞いをリアルタイムに演算するアルゴリズムなども含め、完全に同じ仕組みをソフトウェアで再現しています。
同社のハードウェア音源モジュールとしては198,000円のVIVO SX8などがありますが、VIVO SX8がエレピやストリングス、オルガンなども含んだ総合音源であったのに対し、T2L Pianoはアコースティックピアノに特化した音源となっています。その分、収録されているピアノの種類はVIVO SX8をも上回るという、ピアノ音源としてのクオリティを最優先した、まさに音楽制作用途に最適化された製品となっています。
歴史的な8つのピアノを搭載
T2L Pianoには、世界中から厳選された8種類のピアノが収録されています。以下が、その8つの音源と、実際にサンプリングされたピアノとなっています。サンプル音源も載せているので、ぜひ聴いてみてください。
USA PLT( ニューヨーク・スタインウェイ)
倍音を豊かに含んだ華やかな高域と力強いアタック感が特徴で、バンドアンサンブルの中でも力強く前に出てくるサウンドキャラクタを持っています。
Japan PLT(日本・ヤマハ)
輪郭がはっきりとしたクリアなサウンドで、特に中高域の抜けの良さは、J-POPなどの緻密なアレンジメントの中でもその存在感を失いません。
Italian PLT(イタリア・ファツィオリ)
歌うようにな豊かな響きと、きらびやかな高音が特徴で、クラシックのソロピアニストが求める繊細な表現力を持っています。
German PLT(ドイツ・ベヒシュタイン)
落ち着いた響きと深みのある中低域が特徴で、特にクラシックの中でもロマン派の作品など、叙情的な演奏に適しています。
French PLT(1850年製のプレイエル)
ショパンが愛用したことでも知られる歴史的な楽器で、現代のピアノとは異なる軽やかで繊細なタッチと、独特の倍音構成を持つ個性的なサウンドとなっています。
Upright PLT(ベヒシュタイン傘下のアップライト専門ブランド・ホフマン)
グランドピアノとは異なる、弦と響板が近い構造ならではの親密で温かみのある響きを再現しています。
Ragtime
ラグタイム音楽で使われる、意図的に少し調律をずらしたピアノのサウンド。
Honky Tonk
より派手にデチューンされ、明るくパーカッシブなキャラクターが特徴。
RagtimeとHonky Tonkのサウンドは、一般的なピアノの音をエフェクトで加工して作られたものではなく、実際にサンプリングする前の段階で、アコースティックピアノを物理的にそのようにチューニングし、その状態で収録。そのため、音のうねり方やレゾナンスの響き方がリアルで、ほかの音源では難しい独特の空気感を再現しています。
ちなみにシステム要件としては、Mac、Windowsという主要なプラットフォームに加え、Linuxにも対応しています。Mac環境ではmacOS 10.13以降で動作し、Apple Siliconにもネイティブ対応。Windows環境ではWindows 10以降で動作。いずれのOSでも64bitアプリケーションとして、推奨RAMは8GBとなっています。
対応するプラグインフォーマットも非常に豊富でMac、Windows共通でVST2、VST3、AAX、CLAPに対応。さらにMacではAudio Units、LinuxではLV2もサポートしています。もちろん、DAWを介さずに単体で起動できるスタンドアローンアプリケーションも用意されているため、ライブパフォーマンスや練習用途でも手軽に利用することが可能となっています。
そして、5GBという容量に収まっているのがT2L Pianoのポイント。リアルな音源を再生するために、単に長いサンプルを並べるだけでなく、サンプリング技術とモデリング技術を融合させ、楽器の振る舞いを再構築して、低容量を実現しています。
T2Lとは
リアルなサウンドと低容量の秘密は、Dexibellがハードウェアのために開発した独自の音源技術T2Lにあります。T2LとはTrue to Lifeの略で、PCと同じCPUと独自のOS「AquaVita」からなる、

VIVO S9などに搭載されているT2Lテクノロジーのサウンドエンジンボード
ほかにも、ハードウェアの電子楽器では今でも16bit/44.1kHzが主流の中、24bit/48kHzでサンプリングすることで、ピアニッシモの繊細なタッチからフォルテッシモの強烈なアタックまで、極めて広いダイナミックレンジを忠実に再現していたり、無制限発音という特徴も持っています。
内部的には320ものオシレータが搭載されており、マスキングされた音をリアルタイムに演算して自動で間引き、そのリソースを次の発音に回すという高度な処理を行うことによって、実質的な無制限発音を実現。これにより、ダンパーペダルを多用したクラシックの複雑なパッセージでも、演奏者は音切れを一切気にする必要ないのはもちろんのこと、演奏中に音色やエフェクトを切り替えたりしても音切れしないのです。
T2L Pianoに搭載されたリアルを追求するパラメータ
さらに本物のグランドピアノを弾いたときに起こる、ダンパーノイズやハンマーノイズ、キーオフノイズ、ピアノ弦の共鳴……なども、リアルに再現しています。どういう風に楽器を弾いたら、どのようにノイズや倍音がでるか、モデリングで解析し、そこにサンプリングした素材を再生することにより、本来あるべき楽器特有のノイズを組み合わせ、より生き生きした音を作り出しています。
実際にT2L Pianoのパラメータで順に見ていきましょう。左上にあるMaster Tune、Coarse Tune、Fine Tuneで全体的なチューニングを調整でき、Master Tuneでは、A=440.0Hzを基準とした全体のピッチをHz単位で、Coarse Tuneでは半音単位での移調、Fine Tuneではさらに細かく1セント単位でのピッチ調整が可能です。
その下のTEMPERAMENTでは、ごく一般的な調律方法の平均律(Equal Flat)だけでなく、バロック音楽やそれ以前の音楽の再現に不可欠な、数多くの歴史的音律を選択可能。Equal StretchやVivo Stretchといった、ピアノの物理特性に合わせて高音域を高めに、低音域を低めに調律するストレッチチューニングのバリエーションに加え、純正律(Just Major)、ピタゴラス音律(Pythagorean)、中全音律(Meantone)…など、20種類以上が用意されています。
また、めったに使うことはないと思いますが、自分でピアノを調律することもでき、USER 1〜3としてカスタム音律を保存することもできるようになっています。
そして、T2Lモデリングの心臓部といえるのが、画面左下のRESONANCEとNOISEセクションです。これらはサンプリングされた波形に対して、アコースティックピアノ特有の複雑な共鳴や機構音をリアルタイムに付加するためのパラメータ群となっています。
まずRESONANCEセクションにあるStringsはストリングレゾナンスの量を調整できるパラメータ。鍵盤を押した際に、既に弾いている鍵盤の弦の共鳴を再現する機能で、サスティンペダルを踏んで演奏する場合は、弾いた鍵盤の倍音弦の共鳴が再現され、その量を調整できます。その隣のDamperは、ダンパーペダルを踏んだときにすべての弦が開放されて生じる豊かな響き、ダンパーレゾナンスをコントロールするものとなっています。
NOISEセクションでは、より物理的な機構音を制御でき、Hammerはハンマーが弦を叩く瞬間の打撃音の量、Key-Offは鍵盤から指を離した際にダンパーが弦に触れる音の量、Damperはダンパーペダルを踏んだり離したりする際に発生するギシッという機械的な摩擦音をコントロールできるようになっています。これら5つのパラメータを個別に調整することで、新品のピアノから長年使い込まれたビンテージ楽器の風合いまで、リアルな音響特性を作り出すことが可能です。
内蔵エフェクトを使って、アコースティックピアノではできないサウンドメイクも可能
画面右上には、Volume、Panといった基本的な音量と定位の調整ノブと、グランドピアノの蓋の開閉具合をシミュレートしたパラメータLid Positionという、音の明るさや響き方をコントロールできるツマミも搭載しています。
その下のAMBIENCEセクションは、リバーブ専用となっており、Sendノブでリバーブ量を調整し、プルダウンメニューからはRoom、Hall、Plateといった定番のアルゴリズムから、ArenaやCaveといったものまで24種類のリバーブタイプを選択可能。
また、各リバーブはEditボタンを押すことで、DampやRoom Sizeなど、細かく調整できるようになっています。
EFFECTSセクションでは、3系統のエフェクトを同時に使用可能で、ReverbやChorusといった空間系、EqualizerやCompressorといったものから、OverdriveやWah-Wahなどまで、合計18種類の中から好きなエフェクトをアサインできます。たとえば、イコライザで音質を補正しつつ、コーラスで広がりを加えるといった基本的な音作りはもちろん、オーバードライブで歪ませてロックなピアノサウンドを作ったり、ロータリーエフェクトでオルガンのような効果を狙ったりと、積極的なサウンドデザインが可能となっています。
メイン画面では、主要なパラメータが2つ表示されているのみですが、EFFECTSセクションでもEditボタンを押すこと、さらに細かい調整が可能ですよ。
またほかにも、Velocity Curveを設定でき、プリセットから好みのベロシティカーブを選んだり、
自分の持っているMIDIキーボードに合わせたベロシティカーブを作って保存することができるようになっています。
以上、Dexibell初のソフトウェア音源、T2L Pianoについて紹介しました。通常であれば数十万円、あるいは100万円を超える高級機材を購入しなければならなかった最高峰のサウンドが、通常価格でも4万円弱で手に入るというのは驚きです。これからピアノ音源の導入を考えている初心者の方はもちろん、すでに定番のピアノ音源は持っているというベテランの方も、ぜひ一度試してみてはいかがでしょうか?
【製品情報】
T2L Piano製品情報
【価格チェック】
◎Dirigent ⇒ T2L Piano
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