音楽業界と切っても切れない関係のApogeeの歴史を紐解く。プロ御用達のメーカーが誕生した背景

みなさんApogee Electronics(アポジー・エレクトロニクス)にどんなイメージをお持ちですか?プロミュージシャン、エンジニア、ハイエンドユーザー御用達のメーカーで、一般DTMユーザーには高嶺の花……という印象の人も多いと思います。でも、近年ではDuetやJAM+といった手ごろな価格オーディオインターフェイスもリリースしているので、クリエイターからDTMユーザー、オーディオリスナーなど、幅広い層で使用されています。

そのApogeeはアメリカ・カリフォルニア州のサンタモニカに本社があるメーカーで、ある意味、デジタルオーディオの基礎を築いてきたともいえる1985年創業の老舗です。その歴史は「944 Filter」というかなり特殊なローパスフィルターからスタートし、A/DコンバータやD/Aコンバータで世界のトップに躍り出た会社。またソフトウェアではUV22/UV22HRというディザリングツールも出しており、CubaseやLogicには長年標準で実装されているので、これを使った人も多いと思います。そして今はDuetやSymphonyシリーズなど、高品位なオーディオインターフェイスが多くのユーザーに使われているわけですが、改めてApogeeとはどんな会社なのか、音楽業界と切っても切れない関係であるApogeeの歴史について振り返ってみたいと思います。

Apogee Electronicsの歴史を改めて振り返って、紐解いてみた。写真は最新製品であるApogee Duet 3

音楽CDは1980年にソニーとフィリップスによって規格化されました。これがいわゆるレッドブックと呼ばれるもので、1982年にビリー・ジョエルのアルバム「ニューヨーク52番街」が発売されたのがスタートです。ご存じの通り、サンプリング解像度16bit、サンプリングレート44.1kHzのステレオというフォーマットではありますが、当初は今のDAWのようなデジタルレコーディングシステムはなかったので、アナログのテープをデジタル化してCDにプレスしていく…という流れが一般的でした。


世界最初のCDはビリージョエルの「ニューヨーク52番街」だった

この際のデジタル化において一つ注意すべきことがありました。それは44.1kHzのサンプリングレートだと、最高で22.05kHzまでの音しか収録できないので、それを超える音をどうするか、という点です。そのまま取り込むと、ノイズや異音の原因となってしまうため、あらかじめローパスフィルターをかけておくのが簡単な方法ですが、それとともに、アンチエイリアシングという手法を使って、その原因部分を取り除くようにしていたのです。

ところが、当初言われていたのはアナログレコードに比べてCDの音質が悪い、ということ。とくに「暖かみを感じない」と言われていたのです。そこに着目したBetty Bennett(ベッティ・ベネット)、 Bruce Jackson(ブルース・ジャクソン)、Christof Heidelberger(クリストフ・ハイデルバーガー)という3人が議論を重ねた結果、ソニーのデジタルレコーダーであるPCM-3224に搭載されているアンチエイリアシング・フィルターに問題があるということを見出し、それを解決するフィルターを作ったというのがApogeeの始まりです。

アンチエイリアシング・フィルターの問題を解決するために誕生したApogeeのアクティブフィルター、944

1985年12月にApogee Electronicsを設立し、翌年のLAで開催されたAESで944 Filterという低分散線形位相アクティブローパスフィルターをデビューさたのです。ただ、当初はなかなか944の良さが理解されず、ビジネスとしてすぐに成功したわけではなかったそうです。ソニーのレコーダーを分解し、はんだを使って元のフィルターを取り外して、944を取り付けるという煩雑さがあったり、それに5,000ドル程度のコストがかかるなど、簡単に導入できないこともあって、すぐには広がってはいかなかったのだとか…。とはいえ、実際の音を聴いたアーティストからの支持などもあって、Apogeeの評判は上がっていくとともに、Apogee 924シリーズ、944シリーズとして、バリエーションを広げるとともにソニーのPCM-3324用や三菱電機のレコーダー用、オタリテックのレコーダー用、とフィルターバリエーションを広げていったのです。

AD-500(上)、DA-1000(中)、電源供給ユニット(下)の3点セット

その後、Apogeeは1991年にAD-500、DA-1000というスタンドアロンのADコンバータとDAコンバータを出しています。サンプリングレート的には32kHz、44.1kHz、48kHzの3つに対応し、ビット解像度的には最大20bitまで対応するというもの。デジタル信号はAES/EBUに対応しており、これとアナログの変換ができるというもので、爆発ヒットになっていき、CD制作現場における必須のアイテムとなっていったのです。ちなみにPC用の世界初のUSBオーディオインターフェイス、Roland UA-100が誕生したのが1998年なので、それから7年も前のことでした。

このAD-500やその改訂版であるAD-1000とDA-1000は世界中のスタジオに入っていったので、1990年代に制作されたかなり多くのCDはこれらを使って作られているので、読者のみなさんも、知らず知らずのうちにApogeeのサウンドには触れているはずです。

Cubase VST時代に搭載されていたディザープラグインのApogee UV22

そのAD-1000の中に搭載されていたのがUV22という機能。AD変換して20bitのデジタル信号になったものを16bit出力する際に使用するオプション機能となっていて、これを使うと16bitなのに20bitのような音がする、として広く使われていました。これはディザと呼ばれるノイズを追加することで、音をよくするというユニークな発想のもの。理屈はよくわからないけれど、これをONにしておけばいい音になる、ということで、まさに業界標準機能になっていったのです。

UV22を強化したUV22HR

実はそのUV22は、その後ソフトウェア化され、CubaseやLogicに搭載されていきました。そして現在のCubase Pro 11、Logic Pro XでもUV22の後継であるUV22HRが搭載されているので、最終段にはこれを挿すのが半ば常識となっています(※Cubase Pro 12ではLin One Ditherに置き換わりました)。それだけApogeeが作ってきた技術は、現在にもそのまま通じるものであり、まさにこのころApogeeによって確立されていったのです。

8chの入力を装備したマルチチャンネルインターフェイス、AD-8000

その後、Apogeeは1997年にはAD-8000という最初のマルチチャンネルオーディオインターフェイスをリリースし、レコーディング業界に浸透していきました。AD-8000という名前からもわかる通り基本は8chのADコンバーターなのですが、AM-busというカードスロットが4枚増設できるようになっており、ここにオプションカードを追加することで、DA機能さらにはDD機能を搭載でき、まさにADとDAが可能なオーディオインターフェイスとして普及していったのです。

2chのマイクプリを搭載したTrak 2

そのあたりからMacを使ったレコーディング、つまりPro Toolsが広まり出すのですが、Apogeeはそれに歩調を合わせる形で、さまざまな機材を投入していきます。2000年にはTrak 2(https://apogeedigital.com/pdf/trak2_usersguide.pdf)という最初のPro Tools対応機材をリリースしています。これは最大で24bit/96kHzにまで対応するADコンバーターであり、ここに2chのマイクプリアンプが内蔵されているというのが大きな特徴でした。今でこそオーディオインターフェイスにはマイクプリが搭載されていてマイクを直接接続できるのは当たり前ですが、それをこの時期にリリースしていたのです。

192kHzまでのクロック供給を可能にしたクロックジェネレーター、Big Ben

また2002年にはApogeeとして最初のデジタルマスタークロックである、Big Benをリリースしています。ここにはC777というクロック技術を使った、最大192kHzのクロック供給を可能にしたというものです。このころから、よりよい音でレコーディングするには、とにかくジッターが小さく安定したクロックを外部供給する、という手法が広がっていったのですが、それを先導していたのもApogeeだったのです。

このようにApogeeはデジタルオーディオの基礎、プロのデジタル音楽制作の礎を築き上げた会社であり、いまのDTMの技術の多くもApogeeの技術をもとに発展してきたといっても過言ではないのです。

2007年の誕生した初代Duet

その後もApogeeはMini-Me & Mini-DAC、Ensemble、そしてDuetと数々の製品を次々と投入。Duetにおいては、その後継となるDuet 3が今まさに大ヒット製品となっていることはみなさんもご存じだと思います。さらにSymphony I/O、JAM、ONE、Quartetなどのシリーズ製品を展開し、Apogeeは現在もプロからアマチュアまで幅広い音楽制作ユーザーに、「とにかく高品質な音を届ける」ことをモットーに製品を提供し続けるメーカーなのです。

々のヒット曲を生み出したミックスエンジニア、Bob Clearmountain

ちなみに、そのApogeeと切っても切り離せない関係の人物がミックスエンジニアのBob Clearmountain(ボブ・クリアマウンテン)です。Bob Clearmoutainといえば、David Bowie、Bruce Sringsteen、TOTO、Bryana Adams、The Rolling stones、Bon Jovi、INXS……とさまざまなヒット作を手掛けてきたエンジニアであり、長年、音楽制作において世界の最先端を走り続けてきた人です。Bob Clearmountainがミックスに使用していたということでYAMAHAのNSー10M Studioがデファクトスタンダードになったというのも有名な話。

Bob Clearmountainの数々のサウンドを再現するプラグイン、Clearmountain’sDomain

そのBob ClearmountainはApogee設立当初から共同で音作りをしてきており、当然Bob Clearmountainのサウンドの多くはApogee製品によって支えられてきています。これまでは、Bob Clearmountain自身がApogeeの顔として前面に立つことはあまりありませんでしたが、2019年10月にリリースしたClearmountain’sDomainはBob ClearmountainのサウンドをDAW上で再現できるプラグインとしてリリースされています。ここには「Let’s Dance Breakdown – Descending Stab」、「Born in the USA Snare」、「Generic Guitar Solo」、「Start Me Up KR Guitar」、「Hungry Heart Verb」、「Jungleland Live Sax Solo」……などなど、おぉ!!と思うプリセット名がたくさん並んでおり、まさにあのサウンドを再現するものとなっています。

Clearmountain’sDomainには数々の楽曲の名前がついたプリセットが…

でも、どうしてBob Clearmountainが、そこまでApogeeに肩入れしているのか、ちょっと不思議に思う人もいると思います。実は、Bob Clearmountainの妻こそが、冒頭で挙げたApogeeの創設者であり、CEOのBetty Bennettなんですよね。

今回はApogeeの歴史について簡単に紹介してみましたが、これから何回かに渡って、Apogeeについていろいろな角度から紹介してみたいと思います。

 

Apogee Control 2 iOS版登場

先日、ApogeeからiPhoneおよびiPadでDuet 3をコントロールするためのアプリ、Apogee Control 2 for iOSが無料でリリースされました。このアプリを利用することで、iPhoneやiPadからDuet 3を直接コントロールすることが可能になり、タッチスクリーンでDuet 3の各種設定を行うことが可能になります。

iPhone/iPadで使える無料アプリ、Apogee Control 2 iOSが登場

これにより、iPhone/iPadで動作するGarageBand、Cubasis、Auria、FL Studio Mobile……といったDAWを使ったレコーディングでDuet 3を積極活用できるのはもちろん、レコーダーアプリを用いたレコーディング、さらにはネット配信などでDuet 3の機能をフル活用することが可能となります。具体的には

マイクプリゲインのコントロール
Symphony ECSチャンネルストリップ・プラグインの設定
ミキサーレベルとメータリング
ヘッドフォンとスピーカーのレベル・コントロール
入出力のルーティング

といった操作が可能で、Windows/MacのApogee Control 2での操作と同等のことができるようになっています。

SYMPHONY ECB CHANNEL STRIPを含め、ほぼすべての機能にアクセス可能

実際試してみたところUSB Type-C接続のiPad Proの場合、付属のUSB Type-Cのケーブルですぐに使うことができた一方、iPhoneの場合は通常のLightning-USBカメラアダプタだと電源供給が足りず、動作させることができません。試しにLightning-USB3カメラアダプタを使って電源供給しながら接続した結果、うまくいきました。ただ。国内発売元のメディア・インテグレーションの情報によると、Lightning-USB3カメラアダプタでもうまく行くケース、行かないケースがあるそうで、電源供給可能なUSBハブを間に噛ませれば確実に動作するとのこと(リンク参照のことhttps://knowledgebase.apogeedigital.com/hc/en-us/articles/4405344849819)。一方、今後のアップデートでDuet 3のUSB Type-C空きポート電源供給することで通常のLightning-USBカメラアダプタでも動作するようになる予定とのことなので、その辺も期待したいところです。

私の手元ではLightning-USB3カメラアダプタを介して電源供給することでiPhoneで使うことができた

【関連情報】
Apogee Duet 3製品情報

【価格チェック&購入】
◎Media Intagrationオンラインストア ⇒ Duet 3
◎Rock oN ⇒ Duet 3
◎宮地楽器 ⇒ Duet 3
◎OTAIRECORD ⇒ Duet 3
◎Amazon ⇒ Duet 3
◎サウンドハウス ⇒ Duet 3

Commentsこの記事についたコメント

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です