甲府のライブハウスで行われた小久保隆さんによる立体音響を用いた不思議なライブに行ってみた

先日、山梨県の甲府駅近くにあるライブハウス、桜座で、非常に不思議な立体感を味わえるライブ演奏が行われました。このイベントは桜座が主催となり、Ambient / Experimental Musicのイベントを行っている “the Calm” が企画・制作をサポートしている形。このライブを行ったのは環境音楽家の小久保隆さん。畳と座布団が並ぶ会場には、このライブのために7.2.4chのスピーカーが仕込まれており、これらを使い、会場を異空間に仕立て上げた上で、シンセサイザと生のトロンボーンという、これまた変わった組み合わせでの演奏となっていました。

このイマーシブオーディオ環境を会場に構築したことで、ステージ上だけでなく、上も後ろも縦横無尽に音が配置され、立体的に音が鳴り響きます。またトロンボーンは目の前で演奏していて、そこから音が聴こえているはずなのに、異空間に溶け込んだサウンドになっているのです。実際どんなことが行われていたのか、どんなシステムになっていたのかなど紹介するとともに、小久保さんにイマーシブサウンドづくりに関するインタビューを行ったので、紹介してみましょう。
甲府にある桜座で、小久保隆さんによる不思議なライブが行われた

今回、桜座には初めていったのですが、いわゆるライブハウスというよりも、小ホールといった感じのところで、天井も非常に高く広い空間になっています。

座敷のすぐ目の前にステージが広がるユニークな空間でのライブとなった

そして、ステージ上には小久保さんのシステムとしてLogic Proが動くMacBook Proと、そこに接続されたCMEのMIDIキーボードがあります。

また、奥にはアナログシンセであるARP 2600やミキサーなどがあるほか、クリスタルボウルが複数配置されるほか、シンバルや鈴など、いろいろなアコースティック楽器も用意されています。一方、トロンボーン奏者であるアンドレア・エスペルティ(Andrea Esperti)さんの演奏する位置にはストンプエフェクトがいろいろ。マイクで拾ったうえでエフェクトをかけてているようです。

小久保さんの前にはCMEのMIDIキーボードと、Logic Proが動作するMacBook Pro

そのステージ、前半と後半に分かれていて、前半はまず予習編というかイマーシブオーディオ講座…といった感じのもの。小久保さんひとりがステージに立ち、今回のステージの秘密を軽く解説していきます。まずはド、レ、ミ、ファ、ソ…という音を順番に奏でつつ、それぞれの音が時計回りに動きつつ、少しずつ上へ上昇していくことがわかります。さらにド、シ、ラ、ソ…と下げていくと反対周りに下がっていき、最後に、ドンと重低音が鳴り響きます。

前半でイマーシブオーディオについての講座を行う小久保さん

演奏中はどこにスピーカーがあるのかまったくわかりませんでしたが、ライブ終了後、ストロボを使って写真を撮ってみると、いろいろなところにスピーカーが仕込まれているのが確認できます。これが7.2.4のスピーカーなんですね。

また予習編にはシンガー・ソング・ライターであるShaylee Maryさんの歌声を使ったサウンドの演出も。イマーシブオーディオ用の空間系エフェクトを使うことで、ホールで歌った感じにしたり、教会で歌った感じにしたり、まさにこの桜座で歌う形にしてみたり……、こんなイマーシブオーディオ講座で観客に基礎知識を付けてもらったうえで後編の演奏へと入っていったのです。

ARP 2600の置くに、今回のライブの要となる機材、ATL-KYOEIのDigital matrix unit “DMU1224″が配置されている

この音響システムを少し紹介していくと、小久保さんのLogic ProからRMEのMADIfaceを通じてMADIでFerrofishのA16へ送られ、ここでD/Aされます。それがARP 2600の奥にあるATL-KYOEIのDigital matrix unit “DMU1224”を経由して会場に設置された7.2.4ch構成のMeyer Soundのスピーカーへと送られていく形です。このDMU1224がシステムの肝となっており、各スピーカーへの信号の振り分けと、FFT解析によるチューニングのためのEQ, Delay, Gain調整を行うスピーカープロセッサーとしての機能をはたしています。(近日PCなどから直接信号をデジタル入力できる仕様にアップデート)本番中はPCをFOHに置き、アプリでコントロールしていました。これによって、会場のサウンドが作られていたのです。

会場内には、Meyer Soundのスピーカーで7.2.4chのシステムが構成されている

もちろん、会場に行かないと、そのサウンドのすべてを体験することはできないのですが、このイベントは、バイノーラルマイクを客席中央に設置したバイノーラル配信チケットも同時に販売されていて、会場に行けなかった人もある程度、このイマーシブサウンドを体験できたというのも、このライブの面白いところでした。
今回のラブでのシステム構成

そう、ステージ正面には、やや不気味にも感じるシルバーのマネキンのようなものが設置されていましたが、これがサイバー君という名前のダミーヘッドマイク=バイノーラルマイクになっていたんです。これで拾った音がカメラ映像とともに配信されていたのです。実はそのサウンド、私も聴いてみたのですが、ちょっと衝撃的でした。ダミーヘッドマイク、いろいろなメーカーが、いろいろなものを作ってますが、それらと比べても圧倒的にリアルなんです。ヘッドホンで聴いてみて、ホントに会場にいるみたいに上からの音、後ろのほうからの音が聴こえてくる……。

DMU1224をコントロールするソフトウェア、DMU Console

それが、このサイバー君の威力なのか、会場のイマーシブオーディオのシステムが優秀なのか、それともその両方なのか、しっかりした検証までできていませんが、ちょっと驚きでした。

このライブ終了後、小久保さんにいろいろと話しを伺ってみたので、紹介してみましょう。

小久保隆さんインタビュー

--小久保さんが、立体サウンドを手掛けるようになったのはいつごろからなのですか?
小久保:1980年ごろからステレオじゃないもの、というものを意識していました。もともとシンセなので2chよりも多チャンネルが面白いという思いはありました。冨田勲さんのピラミッドサウンドなんかも先にありましたからね。YMOが出てくる少し前の時代、ちょっとテクノポップというのが流行り出していたので、自分もその波に乗ろうと、バンドを作って……というところまではいったけど、なんか納得いかなくて…。結局、俺ってテクノすきじゃないな、と(苦笑)。カネディアンロッキーとかに行って、鳥が鳴いているのを聴いて、「これ、音楽じゃん!」って気づいたんです。なんで自然の音と、演奏する音楽を区分けするんだ?同じように音の空間として楽しめるよね、って気づいたんです。

ライブ終了後にインタビューさせていただいた小久保隆さん

--アンビエント音楽の世界ですかね?
小久保:まだアンビエント音楽とか、環境音楽とかって言葉も知らなかったし、そんな言葉が出てくる前だったかもしれません。自分は何が好きなんだろう…と考えたとき、立体的な音に包まれる世界、自然の音に取り込まれるのが好きだ、と思い、立体音響の世界へと向かっていったんです。だから何か作品を作る際、今も自然音ありき、なんですよ。

--小久保さんの曲作りというのはどのように行っているのですか?
小久保:ホントの作曲家って、頭の中で音楽が鳴っていて、それをスコアに落とし込んでいく……っていいますよね。僕、それが全然できないんですよ。それとはまったく違う手法で…。いろいろなところに、サイバー君を連れて行って音を録ってくるのですが、そこでの気持ちよさをブーストするように作っていくんです。あのときの風景、風の肌感覚とかが、すべて気持ちよさの要素となっていて、「そこにこのシンセの音を足したら、あ、邪魔してる。こっちの音だとブーストするぞ!」って。音大出てない半端なミュージシャンなので、コンピュータも使いながらメチャメチャに弾きながら探ってく。ピカソが絵を描くときに、なんか筆を入れていくのに近い感じ(笑)?合っていれば、そっちのほうに進んでいく……という作り方なんですよ。
今回のLIVEは正面性のない音楽をテーマに作っていって、空間定位を最初から念頭に置いて作っていきました。今まで考えていた空間定位とか音像移動をやっと実現できるようになって、これからはより作りやすくなっていくと思います。よりフィードバックが速く、僕の頭の中をやっと見せられるようになりそうです。

ステージ正面に配置されたバイノーラルマイク、サイバー君

--サイバー君、市販のバイノーラルマイクではないですよね?
小久保:自分で作ったものですよ。1984年から使っていて、中にはBrüel & Kjærのマイクが仕込んであります。どうしてもCDの帯域だと物足りなく、100kHzまでフラットなマイクということでこれを使っているんです。だから使い方がすごくナーバスなのも確か。でも自然音を録るって、そういうことなんですよね。コロナ禍になってからは行けなくなっちゃったけど、これまでサイバー君を連れて世界中50か国くらい行ってますよ。
サイバー君のほかにAmbisonics用の4chのマイクも持っていき、この2つで録音しています。こうすることで、まさにオールマイティなんですよね。このスタイルを20年以上続けているので、最近イマーシブっていろいろ取り上げられているのを見て、「今さら、どうしたんだ?」という思いでもあります(笑)。

--ところで、今回のライブではアンドレア・エスペルティ(Andrea Esperti)さんとのトロンボーンの競演、とても気持ちいいサウンドで、不思議な世界感でした。
小久保:アンドレははイタリア生まれのスイス人。中学のころからアンビエントサウンドを流すチャンネルを聴いていたそうで、Takashi Kokuboのサウンドをずっと聴いていたんだとか。その彼がコロナのちょっと前にコンタクトをとってきて「あなたの音楽にトロンボーンはいりませんか?」と。ちょっと音源を聴いてみたら、「おお、いいじゃん!」、と。いいサウンドを作っているんですよ。これは一緒にやるのは面白そうだと、トロンボーンって、ポルタメントが使えるし、音域もちょうどいい。俺の相棒としては最高かも、と、やりとりがはじまったんです。オンラインでやりとりして、アルバムを完成させました。

今回のライブでは小久保さん(左)とトロンボーン奏者のアンドレア・エスペルティさん(右)の二人がステージに立った

--簡単に今回のライブのシステムについて解説をお願いできますか?
小久保:今回、ATL-KYOEIさんにすべてお願いしていたのですが、Meyer Soundのスピーカーを使う形で7.2.4chというシステムを桜座のホール内に特設で組んでいます。スピーカーセッティングとチューニングがかなり重要なので、Meyer SoundのSim3と呼ばれるFFT解析機と、ATLの製品DMU1224で各スピーカーのアサインとEQ, Delay, Gainの微調整を行っています。ATL-KYOEIさんとは30年以上の付き合いになるのですが、システム設計について非常に強く、世界でも有数なコンソールメーカーでもあることから、いろいろな面で協力してもらっています。反対に僕がサウンド面でアドバイスしたり…という関係でずっと続いてきました。実際、僕のスタジオのメインミキサーもATL-KYOEIのデジタルコンソールが入っています。イマーシブオーディオでの制作に特化した形でモディファイも行ってもらいました。モニタースピーカーもMeyerSoundを使用しています。

--やはり、事前に音のチェックはされているわけですよね?
小久保:今回、イマーシブ空間でのライブを行うにあたり、桜座がいいだろうという提案をもらうとともに、ATL-KYOEIの佐々木祐馬さんから「スピーカーはなんとか用意します」と言ってもらい、まずは数回実験をしてみたんです。最初はもうちょっと小さいスピーカーで試したのですが、パワーが足りなかったのと、解像度が低かったこともあり、まったくダメだったんです。そこで、改めて桜座で3回目の実験をしこのMeyerのスピーカーを使ったところ、楽曲のもつイメージがかなり忠実に再現できました。昨日から、ここで1日サウンドチェックを行い、なんとか各スピーカーの繋がりや効果を最大限発揮できるよういい形に調整できました。

暗いところで黒いスピーカーなので、見えにくかったがハイトスピーカーもしっかり設置されていた

--小久保さんのシンセサウンドと、アンドレアさんのトロンボーン、どうマッチさせるんだろう…と思っていましたが、トロンボーンもこの不思議な空間に溶け合っていたことに驚きました。
小久保:今回のライブではホール音響や教会の響きなども再現させましたが、COSMIC GARDENがテーマなので、この地上にはありえない響きを作っているんです。トロンボーンの生音も会場には届くわけですが、ここにマイクが仕込んであり、リアルタイムでエフェクト処理した結果を、7.2.4のスピーカーから出しているので、うまく溶け合うんです。

--DTMステーションの読者でも、最近イマーシブオーディオに興味を持つ方が増えてきています。最後に、そうした読者に向けて小久保さんからアドバイスなどいただけますか?
小久保:まずは、いろいろ試してみるのがいいと思います。最近の技術進化でヘッドホンでも立体音響ができるようになってきてはいますが、やはりスピーカーをセットできる環境が広まってほしいですね。そうじゃないと、やはりこの世界が止まっちゃう…。多くの人に参加してもらって、イマーシブオーディオの世界がより身近なものになっていくといいなと思っています。
このシーンを発展させていきたいと考えていて、私のもつSTUDIO IONというプライベートスタジオを先日イマーシブオーディオ(7.2.4ch)化しました。ここを拠点に、日本の素晴らしいAmbient Musicを世界に発信していく Immersive Ambient Music.jp (IAM.jp)という団体を立ち上げ、今年から精力的に新進気鋭なアーティストのライブ&ストリーミングを行っていく予定です。

--ありがとうございました。

今回のLIVEを1日限りで、近日再配信をする予定のようです。詳しくは “the Calm” のページをチェックしてみてください。

【関連情報】
the Calm Instagram
ATL-KYOEIホームページ
IAM.jp Facebookページ
STUDIO ION ホームページ

 

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