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TR-808、TR-909、TB-303はどのようにして誕生したのか。開発者が909の日に振り返る40年前の思い

先週9月3日、ローランドが1980年に発売したリズムマシン、TR-808国立科学博物館の「重要科学史資料(愛称:未来技術遺産)」に登録されました。その1983年にヤマハが発売したDX7なども同時に殿堂入りしたのですが、TR-808は今もなお最新の音楽シーンにおいて広く使われており、世界中に大きな影響を与え続けている楽器であることは間違いありません。

先月、8月8日の808の日に、TR-808の開発者である菊本忠男さんが、TR-808の進化版であるRC-808を発表し、フリーウェアとして公開したことは「TR-808の開発者、元Roland社長の菊本忠男さんが40年の時を経て、新バージョンRC-808を発表。度肝を抜くサウンドと拡張性を持ち無料でリリース」という記事でもお伝えしたとおり。その時点ではWindows版のみが公開されていたのですが、間もなくMac版もリリースされます。当初は本日9月9日、909の日のタイミングで公開予定だったのですが、最後のバグが取り切れておらず、あと数日中で公開される予定です。また、菊本さんを筆頭とするTR-808TR-909TB-303などの開発者は当時、どんな発想で、どのようにこれらの機器を開発したのか、40年前を振り返っての思いをまとめてみました。

いよいよMac版のRC-808がリリース

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さて、Mac版のRC-808を待ち望んでいたみなさん、お待たせしました。当初、Windows版から遅れること1週間程度でリリースされるのでは…と思っていたのですが、開発陣であるアナログマフィアのオジサマたちも、かなり苦労されたようで、バグ修正に1か月を要したようで、もう間もなくです。もちろんMac版もフリーウェアとしてのリリースです。

Mac版のRC-808。機能的にはWindows版とまったく同じ

まだ多少、動作に怪しいところはありそうですが、MacにはMIDIのループバックが搭載されているので、Windows版よりも設定は簡単で、気持ちよく動いてくれます。プリセットを読み込めば、まさにTR-808のサウンドが出てくれるほか、40年前のTR-808では成し得なかった、サウンドを実現できるようになっているのは、Windows版のRC-808とまったく同様です。

RC-808のシーケンサ機能

RC-808単体でもシーケンサを内蔵しているので使うことができますが、やはり多くの方にとってはDAWから利用するのが理想的だと思います。今後プラグイン化の計画はあるようですが、現時点はスタンドアロン版なので、これを使うにはちょっとだけ工夫がいるのでその方法だけ紹介しておきます。まず、RC-808のSettingsメニューからDeviceを選択します。ここでMIDI IN Deviceとして「IACドライバIACバス1」などを選んでください。これはMacの仮想MIDIドライバを意味するものです。

Device Settingsのダイアログで、MIDI IN Deviceに「IACドライバ」を設定する

その上でCubaseやStudio One、FL Studio、Ableton Live、Logic……などのDAWから、MIDIの出力先として同じく「IACドライバIACバス1」を選び、MIDI 10chで出力すれば、RC-808を鳴らすことが可能となります。

DAWの出力先としてIACドライバを指定し、MIDI 10chへ出力する

もっとも音色づくりの画面に入ると、かなり難解であり、このパラメータの使い方を理解するためには、アナログ回路の知識や物理学、また数学などの知識が必要となり、一筋縄ではいきません。今度改めて、この辺の使い方について、菊本さんに講義をお願いしようかな、とも思っているところです。

RC-808の音色設定画面。かなり難解で一筋縄ではいかない

このMac版もWindows版も、まだプラグイン化は実現できていませんが、外部のMIDI音源と同様な扱い方で、DAWからコントロールすることは可能なので、まずはスタンドアロンの音源として使いつつ、プラグイン化を気長に待つことにしましょう。動きがあれば、すぐに記事で取り上げていく予定です。

ところで、その菊本さんが、先日、ネット番組であるDOMMUNE SETOUCHIにスペシャルゲスト講師として生出演されたのは、ご存知ですか?「DOMMUNEシンセ学院 第五夜」という番組で、齋藤久師さん x galcidのMCの元、かなりいろいろな話を語っていらっしゃいました。通常アーカイブされないDOMMUNEですが、今回特別に許可をいただいて、公開しています。記事最後にリンクを入れているので興味のある方はご覧になってみてください。

一方、RC-808が公開されているサイトには、菊本さんたちの思いを語った「Episodes of the Mid-O Series」というページがあります。そう、TR-808やTR-909、またTB-303などがどのようにして開発されたのか、どういう考えでこんな仕様になったのかなど、これまで語られてこなかった開発の背景についてです。菊本さんからは、以前、そうした話を伺ってはいたのですが、菊本さんから、この英語のページを翻訳して掲載する許可をいただいたので、以下に紹介します。かなり貴重な情報だと思うので、ゆっくりとご覧になってみてください。

 

古今メーカは器を発明した。その器を名器にしたのはミュージシャン(出典不明)

■はじめに

1983年、この年に私も規格策定に関わったMIDIを搭載した製品が各社からリリースされた。開発が難航していたTR-808の後継機、TR-909がMIDIを搭載した形で発売され、ヤマハさんからはMIDI搭載のDX7が本格的なデジタルシンセサイザとして衝撃的なデビューをした。電子楽器のフルデジタル時代が開幕したのである。

新興企業であったローランドはデジタル技術の蓄積が十分でなかったので基礎研究開発部が設立された。DR-55、TR-808、TR-606、TB-303、MC-202などMID-Oシリーズ(型番がx0xと真ん中が0が入る製品名なのでそう呼んだ)の製品企画開発部門のスタッフはこの研究開発部に移籍して電子楽器のデジタル化に邁進することになった。

未来技術遺産にも登録されたローランドのTR-808

したがって我々は 以後、製品企画開発から離れ、市場の動向などの情報に疎く、失敗作としての記憶しかないTB-303が欧米のアンダーグランドでブレークしていると知らされたのは1988年の東京営業所であった。その後、本社オフィスには海外の各種メディアやジャーナリストから303だけでなく808、909などの開発経緯に関する問い合わせが多数あったようである。その一部は直接私宛てに送信されきたので次のように返信していた。

ローランドのMID-Oシリーズがヒップホップやテクノ、ダンス音楽などで重用され高く評価されていることは喜ばしい。しかし、これらの楽器への評価は我々が意図し設計した用途やその価値を超えたもので、幸甚であると同時に恐縮している。

「古来、メーカーは器を発明し製作したが、それを楽器として名器にしてきたのはミュージシャンであった」

という名言を紹介し、感謝とともに取材辞退の言葉に代えてきたのだ。多くの問い合わせ相手はこの返答に納得してくれたようだが、それでも開発のエピソードを求められることもあった。 しかし、結局、それ以上の対応をすることはなく失礼してきた。

TR-808を開発していた当時の菊本さん

あれから40年近くになろうとしてるが、MID-Oシリーズのサウンドが 今やビンテージと呼ばれ現代の多様なジャンルのミュージックで愛用されていることは誠に喜ばしいことである。また、MID-Oの後は楽器のデジタル化に邁進し、RD-1000やD-50で確立した技術を基にV-GuitarからV-Synth、V-Pianoに至るV-Seriesなど、 ローランドの基礎技術開発にたずさわれたのは幸甚であった。そこで、この機会に我々が開発したMID-Oシリーズを名機にしてくれた多くのアーティストへの敬意を込めて、開発意図や技術背景 エピソードを紹介して感謝のしるしに代えたい。

1年前、RC-808のプロトタイプを開発していた菊本さん

当初、TR-808開発チームが目指したのは以下に述べるように「リアルな音よりユーザにとってアイデアルな音をクリエイトできるドラムシンセサイザ」であった。しかし、当時のアナログ部品の性能、容積、価格の制約で当初の目標は断念せざるをえなかったのが実情だ。それから40年、飛躍的に増大したPCのパワーを活用することで、当時は不可能だったことが、シミュレーションによって実現可能になった。たとえば、一つの打楽器を合成するためだけに、当時240万円もしたローランドのモデュラーシンセサイザSYTEM-700のフルセットをDSPとGUIで仮想的に再現すること可能になったのだ。今日はサンプリングによるリアルで豊富なサウンドが容易に手に入る時代である。TR-808のサウンドもビンテージとなりサンプリングされて広く使用されている。しかし、写真に対して絵画があるように、サンプリングに対してドラムシンセサイザの意義があるという思いで、これをRC-808として現代の技術で再創造,再挑戦することにしたのだ。さらに、敢えてPCMサンプリングやディレイ、リバーブ、コーラスなどのデジタルエフェクトを使わず、すべて当時のアナログの作法(マナー)に則ったシステムを目指したのが今回のプロジェクトである。

いまもソフト開発からロボット開発まで手掛ける菊本さんの工房

アナログ作法に則るとはいえ、打楽器音の合成は古典的なアナログ音より遥かに複雑である。音響分析/合成のためには信号処理理論や音響工学の基礎理論の最低限の知識が必要である。残念ながら自身の力不足で、RC-808にはまだ多少の未解明バグがあるし、レイテンシーやジッター最小化の課題を残している。シンセサイザ音源と添付する楽音合成に必要な音響解析ツールの取り扱い説明書も完成できていない。また多数の部分音を纏めて制御するマクロコントローラも未着手であるなどRC-808は開発途上にある。それら不具合によってユーザーが被るかも知れない如何なる損害に対して責任は負えないし、全ての問合わせに必ずしも応じることはできないことをご承知いただきたい。RC-808は誰でも自由にダウンロードできるフリーウエアとするので、誰かがこれを改良し、新しいドラムサウンドの創造に活用され、我々が40年前、TR-808で目指した目標が達成されれば幸甚である。

■TR-808開発の経緯
1979年、米国出張から帰国したローランド創業者の梯さん(当時は社長)が、当時ドラムマシン部門のチーフエンジニアだった私に次のような話をした。「米国の音楽スタジオではリアルな音のドラムマシンの登場を望んでいる。ドラマーを雇わなくても済み、音楽制作のコストを低減できる。もし1,000ドル以下で開発できれば大きな市場ポテンシャルがある」

DR-55というポータブルリズムマシンを開発した実績で私に相談をもちかけられたようだ。チャレンジしがいのあるテーマだったので軽率(?)にも引受けて開発に取り掛かったのだ。梯さんは、その情報のソースについてそれ以上述べなかったが、数か月後に米国から送られてきたカセットテープを手渡してくれた。それにはLinn ElectronicsのLM-1という米国で発表されたデジタルサンプリングのドラムマシンのサウンドが録音されていた。PCMサンプリングは当時 電子楽器への応用が期待されていた先端技術であったが非常に高価で、事実LM-1は5,000ドルもしていた。

ローランドのリズムボックスは、ローランドの前身であったエーストーンのエンジニア、芝原氏、酒井氏が中心になって開発されたアナログ技術がベースとなっていた。これに神尾氏、中村氏達によって改良が加えられ、CR-68やCR-78等の製品に展開、開発されていったのだ。CR-68、CR-78の開発経緯については、当時ローランドのドラムマシンのアドバイザーだったDon Lewis氏の話も参考にされたい(https://www.theballadofdonlewis.com/story)。梯さんが米国出張中にLinn LM-1の情報をもたらしたのはこのDonだったのかもしれない。

菊本さんの手元にまだ残っているDR-55。実は数年前、菊本さんがヤフオクで3万円で入手したのだとか…

その後、私が手掛けたDR-55は、CR-78をさらに簡略化したアナログ回路であるが リアルな音には程遠い、いわゆるToy likeな音であった。一方、LM-1のサウンドは、HiFiではないが打楽器のリアルなエッセンスを非常に短い時間に凝縮したサンプリングで実現していた。

我々は、PCMサンプリングで開発した場合の価格を試算したところ、例えば キックドラムだけでも数百ミリ秒、シンバルなら数秒の発音時間となり、当時の半導体メモリーのコストから製品価格は1万ドルを超えると算出され、実現の難しさを実感した。Linnの偉大さは、そうした状況を前に、とにかく試してみたチャレンジ精神だ。そして キックドラムをわずかか150m秒の8ビットサンプリングで実現していたことである。

PCMサンプリングは、次世代の楽器技術の本流になると予想されていたが、我々シンセサイザ―技術者にとって、アコースティック楽器の音を単に録音再生することが いかにも安易な手法であり、クラフトマンシップに悖るという気風や矜持があった。

そこで、ローランドはシンセサイザメーカーであるので、リアルなサウンドよりも各打楽器をシンセサイザにして、ユーザーが好みの音を創作できる“ドラムシンセサイザ”として開発する方針を決めて、梯さんの賛同を得た。

私は、1977年にローランドに中途入社する以前、1972年ごろからIntel社の初期のMPU(CPU)であるi8008などを使い各種システムの開発をしていた。それ以前はトランジスタラジオ、テレビ、無線機など線形(Linear)回路のエキスパートでもあった。電子楽器分野に踏み込んだころは、線形システムでは禁忌の半導体の非線形領域を巧妙に、大胆に活用する技術文化に驚いたものである。 この非線形がアナログ特有のサウンドを生み出すのだが、個体差が大きく、製品のダイナミックレンジ、S/Nや温度依存性、安定性を欠いていた。

当時、ローランドのフラッグシップであったSYSTEM-700という大型シンセサイザでさまざまな試行錯誤をしたが、リアルなサウンドの合成は難航した。価格を1,000ドル未満にするには、使用できる電子部品の種類と数量に加え、上記のように半導体のダイナミックス、安定性などの制約があった。さらに、何よりも 合成のためパラメータを調整するポテンショメーターを多数配置すると、電子回路を構成する電子部品を配置し配線するスペースが無くなるため、設計の自由度を大きく損なってしまう。

打楽器のアタック部をオシロスコープなどで観測すると 非常に複雑な倍音の活動があり、この短時間の倍音変化こそが、それぞれの楽器のアイデンティティーのほとんどを担っていることが分かった。ムーグ博士によって発明されたアナログシンセサイザはアタック部をエンベロープの立ち上がり時間とVCFの遮断周波数変化でのみ表現する合理的な方式であるが、合成できる音色に制限があった。そこで各打楽器の特長を担うアタック部をできるだけ簡単で安価に表現できる専用回路の設計を試みたのだ。

◇ベースドラム
現代のあらゆる音楽で最も重要な打楽器は、上に述べたようにアタックの50m秒に非常に複雑な倍音活動がある。さらに、他のドラム系にも共通していることだが、音の立ち上がり部に数kHzから数百Hzまでの多数の成分を含んでいる。しかも、はじめは高く、続いて低い周波数に急速に下がり、やがてドラムの基本振動数である60Hzでゆっくり減衰していくことが分かった。後に判明したのであるが、このような高い周波数から低い周波数に変化する信号をDSPの技術用語では「Down Chirp」(ダウン・チャープ)、「Swept Sine」(スウェプト・サイン)、「Time Stretched Pulse」(タイムストレッチ・パルス) といい、レーダーや計測器にも利用されている。なお、この方式は、TR-808の後継機のTR-909でさらなる改良を試みたが、サンプリングドラムの波に飲み込まれてしまうことになった。この合成方式は、後に分析(circuit bending)され アナログ方式やソフトウエアによる 808、909 のクローン機にも利用されていると聞く。

TR-808では、コストの制約から、簡単なT型バンドパスフィルターにパルスを印加して発振する音源方式を採用した。

T型ネットワークの抵抗を発音のはじめの一定時間トランジスタで短絡して振動数を高くすることにした。これでそれまでのリズムボックスの音よりもアタック音を増強することができたのだが、発売後、Linnと比較されて酷評されたのであった。打撃(インパクト)が十分でなかったため、後部の60Hzの基本振動が強調されてしまったのだが、実は、この重低音(Deep Decay)が後にヒップホップやEDMで再評価されることになるのである。シンセサイザとしてこれだけはゆずれないと装備したパラメータであるロングディケイも社内では不評であった。しかし、これも 後の808のアイデンティティの一つとなった。現在は小型のスピーカやヘッドフォンでもこのベースドラム音を再生できる。しかし、808開発当時のローランドの実験室にあったチープな再生装置では、誰もこのキラーサウンド重低音を聞いたものはいなかったのである。

◇ハンドクラップ
LinnのLM-1には、それまでのアナログドラムにないハンドクラップがサンプリングされていたが音質はこもった音だった。残響のある部屋で実際に手を打ってマイクロフォンからの音声信号をオシロスコープで観測した。大体1000Hzの中心周波数を持つランダム信号を音源にして、これに数回の鋸状のエンベロープで振幅変調されていると分析した。ホワイトノイズを1000Hzに同調したバンドパスフィルターを通して、上記のように振幅変調するとそれらしい音になった。弾ける感じがなく、占い師が使う筮竹(ぜいちく)という竹串でテーブルを叩いたような音であったが、すでに改良の時間が無くなっていた。後に破裂音も出せる方式を考案したが、前の音が評判となり、キックドラムとともに808のデファクトサウンド、808のアイデンティとなった。発売開始直前に営業部がYMOに808を貸与したらしく、彼らの武道館でのコンサートの模様を放送したFM番組でこのサウンドを聞いたときは本当に驚いた。

◇シンバル、ハット、カウベル
それまでの電子ドラムメタル系の打楽器は、ホワイトノイズを音源にしてハイパスやバンドパスフィルターを通したカラードノイズを音源にしていた。その結果、音質はどうしてもザラついて金属的な響きに乏しい。そのため、かねてから、多数のパルス発信器を組み合わせる方式が提案されたいた。6個のパルス発信器を組み合わせたメタルノイズは、スペクトルエネルギーが程よく分散/集合している。無用な低域成分はフィルターで除去する。この信号はメタリックではあるが、パルス信号を微分しているので多数の発信器の出力が重畳すると、突出した振幅となり ザラついた(Harsh)な音になる。その信号を安価なチョッパー型VCAでエンベロープを付加すると突出は平均化されるが、そのスペクトルの上下にサイドバンドノイズが発生する。このサイドバンドの下側ノイズは不快な汚れをもっている。そこで、これを再び低域除去フィルタで除去すると、リアルではないが808独特の絹のようなメタリックノイズを生成することができた。このメタリック系サウンドは、CR-68や78の音源開発に携わった中村氏の経験と努力によるところが大きい。このメタリックノイズ生成回路はスタンフォード大学CCRMAの論文にCircuit Bendingとして詳解されている。

◇スネアドラムおよびその他のパーカッション
ドラムマシンで、次に重要なドラムはスネアであるが 上記の通り、ベース、メタル、ハンドクラップ音の開発に時間を費やし、CR-78の回路を若干改良したところで開発時間切れとなってしまった。予想以上に時間を浪費し、回路も大規模になったため、これを小型のキャビネットに収納することができたのは、回路技術、PCB設計において新人だった藤原氏の貢献が大きい。

◇マルチアウトプット
TR-808のプロトタイプが動き始めると、梯さんが多くのミュージシャンを研究室につれてきて評価を仰ぐようになった。マルチアウトはLinnのLM-1にも装備されていたので、そのアドバイスにしたがった。以下に記した新方式のビジュアル的なプログラミングシステムは高評価であったが、どうしてもLM-1のサンプリングによるリアルサウンドと対比したがる者もいた。

◇シーケンサ
プログラマブルリズムマシンCR-78は、タッピングによるプログラミング方式だった。機械的になると懸念されたDR-55のNon-Realtime Typing方式は安価でかつ高評価であった。当時ローランドでは、[24 Step * 16 Instruments]の巨大なマトリックススイッチボードがリズムパターンのプログラミングに活用されていた。これをマイクロコンピュータで時分割に一列のスイッチ群と発光ダイオードで統合する案があった。 TR-808がLM-1よりもチープな音だと酷評されて市場から消えた後、欧米のアンダーグランドで再評価されたのはこのビジュアルで簡単に入力できるプログラミングシステムによるところが大きいと我々は考えている。今やアイコンとなった赤、橙、黄、白のタップスイッチは、当時ローランドのフラッグシップであった8ボイスシンセサイザJP-8に使われていたモノである。

■モデル名 TR-808の由来
TR-808開発のエピソードの問い合わせでは命名の由来も多かった。ローランドが創立された70年代の楽器業界は、まだ真空管からトランジスターへの転換がバズワードであったため、コンピュータ新時代の開幕にもかかわらずトランジスタリズム″TR″を引き継いだのだろう。ただし、梯さんは、それまでの製品シリーズと分離するため 間にゼロを入れ、TR-606、TR-909、MC-202、TB-303という一連のMID-Oシリーズとなったのだ。

■TR-909 開発の経緯
上に述べたように、アナログ部品の制約やコストによってドラムシンセサイザ―開発は目標から遠く離れていった。606、303、202の開発を終えたころ、電子楽器にサンプリングの時代が到来しつつあったが、再度アナログによるドラムシンセサイザに挑戦することになった。上記のDCO(Down Chirp Oscillator)には安価になったオペアンプを活用してダイナミックなベースドラムとタムやスネアドラム、パルスは発信器によるメタリックの改良などを目指した。しかし、またもや、大幅なコスト増と部品配置スペースの増大といった問題を抱えながら、合成できるサウンドの範囲を広げることができず時間を浪費していった。そこで、シンバルなどメタル系のみをPCMサンプリングにすることとした。担当した星合氏が、安価な6ビットメモリをADPCMのように工夫して実用的なサンプリング方式を考案した。この巧妙な方式は、次のサンプリングドラムTR-707に引き継がれていった。付け加えておくが、TR-909は初めてMIDIを搭載したドラムマシンとなった。

梯さんは909開発の遅延を心配し、研究室を訪れてドラム系もPCMサンプリングへ転換してはどうかとアドバイスしていた。担当した大江氏と論争しながら、ユニバーサルなシンセサイザは断念して TR-808にはなかったアタックのインパクト追及していくとコンプレッサーのかかったような音になっていった。梯さんにその音を聴いてもらい、開発続行の了解を得たが、残念ながらTR-909もビジネス的には失敗作となった。今は亡き梯さんには感謝とともにお詫びの言葉がない。しかし、この失敗が次のローランドのデジタル技術、SAデジタルピアノやLAデジタルシンセサイザの礎になっていくのである。

■TB-303 開発の経緯
TR-808の後継で安価なポータブルモデルTR-606の筐体やノブなどの金型償却のため、これらの部品を共有した製品として同期演奏するプログラマブルベースラインを開発した。使用できる安価な表示器はLEDしかなかったので、プログラミングはビジュアルで簡単な606とは逆に煩雑なシステムになってしまった。皮肉にも、この煩雑さがミスなどによって思いがけないパターンやサウンド効果を生み出したともいわれている。

コンピュータプログラムは、808以降、松岡氏が担当したが、303は最も苦悩した製品となった。音源を大江氏が担当した。サウンドの目標はリアルなベースであったが結果はこれまたイメージから遠いものになってしまった。VCFが発信しないように安定したフィードバック回路を工夫したことが後にアシッド系のサウンドの大胆な音作りを可能にしたのであろう。この不肖の楽器も、名機にしたのはハングリーでアグレッシブなアーティストたちであった。

■RC-808 開発の意図と動機
「なぜTR-808を使うのか?」と質問されたあるアーティストは 「Because it is standard.」と答えていた。これは昔から使われていてノスタルジックな音の定番という意味ではない。音楽に限らず美学(Aethetics)では美意識、価値観は基準(Criterion)との比較評価である。私はこの基準は音色空間(timbre space)の中の特異点(Singularity)やゴールではなく大きさと方向をもったVectorであると考えている。彼らは電子楽器がサンプリング技術でリアルなサウンドを出し始めた1980年代初頭にジャンクショップの片隅でTR-808に出会ったのかもしれない。そしてガラクタの中にCriterionのベクトルを発見し、新な音楽を創造した。TB-303もTR-909も同様にそのCriterionで創造された新しい音楽の世界でVintage Instruments になった。

TR-808のサンウンドは絵画で言えば簡潔な線画(line drawing, illustration)である。リアルな写真より簡潔に本質を表現する。日本の古い絵画、浮世絵は版画や絵の具の制約があったため輪郭(out line)が主体の画法であり作法(マナー)である。このマナーは制約であるが故にCriterionのベクトルである。富士山の描写で有名な葛飾北斎は、その制約故に輪郭で大波を大胆に強調した「神奈川南沖浪浦」は写実のような細部を捨象(abstruction)して、先端を尖らせた富士山と対比した。細部に拘る写実では不可能な画法である。

ベースドラムを発明者はタイトで太い低音を求めて太鼓の直径を大きくしたり鼓膜を厚くするなどさまざまな工夫をしたであろう。しかし鼓膜は不均一な分割振動や寄生振動に打撃のエネルギーを浪費して誘発される濁った音に悩まされたに違いない。またドラマーは不要なボディや他のドラムの共振を抑えるために毛布等でダンピングするのに苦心する。しかしこの汚れもうまく使い込まれていくと、その楽器のidentity、reality、criterionの重要な一部になっていくのである。

TR-808のベースドラムは北斎の絵のようにRealityのない強調された大波かもしれない。それは些末な細部を捨象した、それでいてダイナミックで理想的な低音であった。リアルなサンプリングドラムの先頭のインパクトや後部の余韻を欠いていたがそのアーティストはIdealityの方を選んだのである。

RC-808の開発メンバー、左から門屋氏、松岡氏、藤原氏、菊本氏、大江氏

この度、我々がTR-808を再創造しようとした動機は、SYSTEMー700のような大規模なアナログシンセサイザをコンピューターで仮想的に提供できるようになったからである。さらにオシロスコープに代わるフーリエ変換という強力な分析技術環境が整っていることもある。上に述べたように、TR-808の音源開発時、音の分析はオシロスコープで音波を観測していた。TR-909の開発が終わるころ、マイクロコンピュータは16ビットになっていて研究室では高速フーリエ変換(FFT)という音の分析ツールを開発していた。このツールを使ってデジタルピアノを開発するためアコースティックピアノの音を分析しようとしていた。当時の参考文献では256、512、1024サンプルなど短区間フーリエ変換(Short Term FFT)が提示されていたが、楽音合成の手がかりになるような有効なデータを提供してくれない。そこで最大数秒にわたる楽音の全区間をFFTする、Time Spectrum Partial FFTを開発した。これはFFTの時空の対称性を利用して音をその両ドメインで主要な部分(Partial)に分解する。担当した門屋氏は、浮動小数点演算ができない環境で 固定小数点演算を何度も桁下げを繰り返すなど工夫をしてピアノ音の全容を分析することができた。残念ながらTR-909の開発には間に合わなかったが、その後、デジタルピアノのSA合成方式やデジタルシンセサイザのLA方式を確立する礎になった。楽音は音の時間展開(time evolution)なので聴覚だけでは分析することはできない。RC-808での音作りにはこの解析ツールTSPFFTを再現してを活用し自然の音を分析する。絵画(Art of painting)の対象オブジェ(object)は自然のビジュアルな世界にあり、先ずはそれを模写することから始まる。音作り(Art of Sound)もオブジェは自然の音であり、これを可視化して模写していく過程で新奇なサウンドの創造活動となっていく。

 

【ダウンロード】
◎Windows版 ⇒ RC-808
◎Mac版 ⇒ RC-808(まもなくダウンロードスタート)

【関連情報】
RC-808サイト(英語)
Silent Street Musicサイト
音の出ない路上ライブ!? 電子楽器のレジェンドが手掛ける「Silent Street Music」を体験

【DOMMUNE SETOUCHIアーカイブ】
https://www.youtube.com/watch?time_continue=2&v=d1IUB2mqBYs

【RC-808デモサウンド】
https://www.youtube.com/watch?v=_w0uv3WfQOo