Megpoid(メグッポイド)LilyがくっぽいどガチャッポイドなどのVOCALOID 2製品が大ヒットするとともに、実質上唯一の純国産DAWであるSinger Song Writerの開発元として注目を浴びている大阪のソフトメーカー、インターネット。最近では同社社長の村上昇さんが、ニコニコ動画で「めざせ!ボカロP」というチャンネルをはじめたり、Twitter上でも活発に発言するなど、話題となっています。

でもなぜ、よりによって「インターネット」という社名なのか、そもそもどんなバックグラウンドを持った会社なのか、先日、村上さんがニコ生出演のために東京に来ている日に会っていろいろお話することができたので、昔話を中心に2回に分けて紹介したいと思います。


インターネットの村上昇社長
藤本:今年の1月だったでしょうか、AMDEKのCMPU-800の話を私がTwitterでしていたら、村上さんから「おおCMU800なんと懐かしい!当時それを売ってました」という発言があってビックリしました。それって、まだインターネット設立前ですよね?当時の話を少ししていただけませんか?


現在のDTMのルーツともいえるAMDEKのCMU-800(現存する機材の写真を読者の方から提供いただきました)

村上(敬称略):1981年か1982年ごろだったでしょうか、学生時代、大阪にあったローランドのショールームにしょっちゅう出入りして、そこにあったシンセサイザなどで遊んでいたんですよ。そんな中、隣に専門ショップを作るので、アルバイトしないかと誘われました。それが「CP★YOU」という店。当初、店頭でSYSTEM-100MMC-4をつないだデモなどを行っていましたが、後にAMDEKCMU-800が出て、ここで店員として売っていたんですよ。

藤本:あ、覚えてますよ!東京にも秋葉原と御茶ノ水の間にありましたよね、私も高校時代通ってました。確か、そこで作った立派なチラシというかタブロイド版のパンフレットみたいの、ウチに残ってますよ!大好きな店だったけど、1年くらいでなくなっちゃったような覚えがあります。


筆者の手元に残っていたCP★YOUが作成したタブロイド版パンフレット

村上:そう、大阪と東京でやってました。当初学生アルバイトとして働いていたのですが、そのままそこで働いていてね……。ただ、しばらくしたときに、私を含めそこにいたメンバー4人で会社を作って抜けちゃった。その作った会社がカモンミュージックですよ。
※カモンミュージック:日本のDTMの歴史を語る上で欠かせないソフトハウス。現在はネット通販ショップという形態で運営をしている。

藤本:え~!?そうだったんですか。村上さんが元カモンミュージックという話はなんとなく聞いていましたが、設立メンバーだったとは知りませんでした。カモンで開発をしていたんですか?

村上:カモンミュージックはPC-8801用やPC-9801用、FM-7用など当時のパソコン用のMIDIシーケンスソフト「レコンポーザ」を作っていたわけですが、私はPCショップに対する営業をしていました。ただね、正直なところ売っているだけでは、あまり面白くなかったんですよ。レコンポーザはよくできたツールであり、プロには十分なものだったけど、それを売っているのはPCショップだから、もっと一般層でしょ。さすがに、イチから打ち込めというのは酷ですよ。何かもっと裾野を広げることをしたいな、って思い、カモンミュージックは数年で辞めて自分で会社を作りました。


カモンミュージックのPC-9801用レコンポーザ Ver2.3

藤本:なるほど、それがインターネットですね。確か当初は有限会社だった記憶がありますよ。今度は何人でスタートしたんですか?

村上:いやいや、本当に個人一人でスタートさせた小さな会社でした。レコンポーザとはアプローチの異なる作曲支援的なツールを作りたいと思ってね。インテリジェントな部分があると使いやすいし、間口が広がるだろう、と。また楽器を弾いたことがない、でも作りたいという人に対して夢があるといいな、って。私自身は当初はあまりプログラミングなどできなかったので、以前から知り合いのプログラマに外部スタッフとして加わってもらってソフトの開発をはじめました。まあ、現在はウチの内部スタッフなんですけどね。ただ、そう簡単にソフトができるわけではないし、それまでは喰うのも困る。だから下請け仕事をいろいろしてましたよ。その中心はなんといってもローランド。ミュージ郎のデモ曲作ったり、データ曲集を作ったりね。レコンポーザを使って私が打ち込んでましたよ(笑)。

藤本:でも、なんでそんな会社の社名が「インターネット」だったんですか?

村上:まだ当時は「インターネット」なんて言葉はなかったし、その概念も誰も知らなかった。ただパソコン通信などはあったので、なんとなく「今後はネットが重要になるだろうな」とは思っていました。何かが繋がっていく社会をイメージし、私の造語として「インターネット」としたんです。ただ、そのおかげで今は初対面の人などには必ず「なぜ、インターネットという社名なのかを」説明しなくてはならなくなってしまいましたが……。

つづく