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TR-808、TR-909からTR-1000へ──ローランド開発者が語る“リズムマシン45年の系譜”とアナログ復活の真実

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ローランド・リズムマシンの歴史を紐解く特別イベント「TR HISTORY MEETING」が、2025年10月18日、東京・原宿にあるRoland Store Tokyoで開催されました。登壇者は、TR-808や909の開発を手がけた菊本忠男さん、星合厚さん、そして最新機種TR-1000の開発を率いた田原大地さん。さらに司会進行は音楽プロデューサーでシンセマニアとして著名な佐藤純之介さんが務めるという、まさに”TRの系譜”が一堂に会したプレミアムなイベントとなりました。実演にはKen Plus Ichiroさんが参加し、往年のTRサウンドが現代に響き渡りました。

イベントでは、808誕生の裏にあった「サンプリングではなくシンセでドラムを作る」という挑戦、909で初めて導入されたPCM技術の舞台裏、そして新たに登場したTR-1000の開発秘話まで、時代を超えたリズムマシンの進化が語られました。またアナログマフィアのリーダーでもある菊本さんが開発したTR-808の進化系ソフトウェアRC-808の理念がTR-1000の中に息づいていることも明かされるなど、TR-1000を正面から見ているだけでは分からない、さまざまな話題も登場し、大きく盛り上がりました。まさにローランドの開発スピリットが脈々と続いていることを感じさせる内容となっていたので、そのイベント内容をまとめてみました。

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プレミアムなイベントに集まったTRの系譜

このイベントは、事前にSNSやメルマガなどで告知され、応募して当選した人だけが参加できるというプレミアムなものでした。会場となったRoland Store Tokyoのオープン2周年を記念したイベントとして開催されました。

司会を務めた佐藤純之介さんは、音楽プロデューサーでありシンセサイザープログラマー。元ランティスのプロデューサーでもあり、アニメソングを中心とした多数の音楽制作に携わり、ハイレゾから最先端の音響技術まで造詣が深い方です。そして何より、TR-909の熱狂的なファンとして知られています。また先日「6人のVtuber少女とシンセが織りなす物語、SYNTHMANIACSが9月21日始動、Yamaha・Roland・KORG商品のプレゼントキャンペーン開催中」という記事で取り上げたSYNTHMANIACSの音楽を統括している方でもあります。

登壇者の顔ぶれも豪華です。菊本忠男さんは1977年にローランドに入社し、TR-808やTR-909、D-50、Vシンセなどローランドの革新的な製品開発を主導してきた伝説のエンジニア。元代表取締役社長、元技術本部長という肩書きを持ち、MIDI規格の制定にも大きく貢献した人物です。現在はアナログマフィアのリーダーとして、次世代のリズムマシンやライブシステムの研究に取り組んでいます。

星合厚さんは1982年にローランドに入社し、TR-909のデジタル回路の設計とCPUのプログラムを担当。シンバル音のサンプリングにも携わり、その後RD、VG-8、VC、VPなど数多くの製品開発に関わりながら、社内標準となるサンプリング音源のデータフォーマットを発案した人物です。

そして田原大地さんは、2010年にローランドに入社後、AIRA、TR-8、TB-3、TR-8Sなど多くの製品の音源、エフェクト処理を担当。2025年10月1日に発表されたTR-1000では製品開発リーダーを担当しました。

Ken Plus Ichiroさんは、数々のレーベルでの活動後、国内外で活躍を続けるトップDJ/プロデューサー。『beatmania』への楽曲提供を行うなど、クラブシーンとメジャーシーンの両方で存在感を放つ、国内屈指のDJ/クリエイターで、DTMステーションではアイドルグループ、d-girlsのリミックスコンテストの受賞者として紹介したこともあった方です。

TR-808誕生秘話──リアルな音を求めて

イベントは、まずTR-808の誕生背景から語られました。

佐藤:まずTR-808の歴史から伺いたいと思います。TR-808は1980年に発売されましたが、どういう背景で生まれたのでしょうか。

菊本:1978年か79年くらいですね。当時、ローランドの当時の社長の梯郁太郎さんがアメリカ出張から帰って来られて、「アメリカのマーケットではリアルな音のするドラムマシンが望まれている。これがあればスタジオのコストを下げられる。ドラマーを呼ばなくて済む」と言われたんです。それを1000ドル以内でできれば大きなマーケットがあると。

おそらくLinnがリンドラムでサンプリングを使っていたと思うんですが、ちょっとその設計を元に計算してみたら1万ドルぐらいになるんですよ。当時は半導体メモリが高くてですね。ローランドはシンセサイザー会社だから、シンセサイザーでこの音を作ったらどうだと提案させてもらったら、それで行こうということになったんです。

ローランドにはSystem 700という大型のシンセサイザーがあったので、それで試みたんですが、なかなかリアルな音にならないわけです。その他に、CR-78という、いわゆるドラム専用のシンプルな回路があったんです。それを改良しながらできるだけリアルな音に近づけたんですけれども、全くリアルな音になっていなかったんですね。

ただ、プログラミングするのに、当時はCR-78のタッピングでリアルタイムに入力するというのがあったんですけれども、それよりも、社内にプログラムのパターンを目で見てプラグを差し込むというシステムがあり、ここにマトリクスがあるんですね。時間の進行に伴いそこにスイッチを差し込むとそこで音がするという。それをコンピュータを使って16ステップにしたものを作った。これだったら誰でも入力できるだろうと。これが実は非常に評価されました。

社内でもコンセプト評価は良かったですけど、音については散々だったんです。

佐藤:やはりドラムの音としては……。もちろんシンセサイザーでドラムの音を作るのは当然限界があると思うんですけれども、その時にどういう音楽ジャンルで使われたらいいか、といった想定はありましたか。

菊本:ジャンルどころの話ではなく、そもそもリアルな音に全然近づかなかったですからね。まずはステージにあるキックドラムのようなものが出ればなと。ところがリアルではなかったから社内での評価も悪かった。出荷してからの評価も悪かった。

それがニューヨークやシカゴの中古屋で売れなくて残っていたものを、ハングリー精神旺盛なアーサー・ベイカーさんやアフリカ・バンバータさんなどが買ったんです。彼らが求めていたのは、もっと太い音だった。ステージで使うんじゃなくてダンスで使う。それには低音が出る必要があると思ったんですよね。それと入力が簡単にできる、試行錯誤が簡単にできるというので、彼らが飛びついて、そしてこの音に合った音楽がヒップホップになってきた。そういう経緯があるんです。

それは私らは全く予測していなかったことですね。そういったいわゆる重低音が流行っているというのを知ったのはずっと後のこと。1992年まで全く知らなかった。

開発時には分からなかった「悪魔の低音」

佐藤:その後の……開発で実際に音作りをされている時の実際のモニター環境としてはどんな感じだったんですか。いわゆる低音が見直されたというのは、本当に90年代入ってからすごく注目されているわけですけれども、それまでのその、超低音が出ている楽器っていうのを作っている自覚ってあったんですか。

菊本:当時はローランドの開発部屋にそんなにいいスピーカーがなかったんです。本当に小さなスピーカーがあって、小さな音で柔らかい音を鳴らしていますが、スピーカーのコーン紙が揺れるんですよ。その揺れている範囲では音が聞こえないんです。それをもっと強くやるとスピーカーがねじれますよね。コーン紙がねじれるのが見えるぞと。そうしたら爆音がしてですね、やかましくて聞けないということで、商品にならないなということだったんだけど、それはおそらく大型のスピーカーを使ったら出たんでしょうね。

当時、私らはそういうことで聞くチャンスがなかったんで、初めて聞いたのは、とある場所で、6年ほど前のことです。

佐藤:つい最近ですね。

菊本:石野卓球さんのイベントで聞いて、これは耳で聞くものではないんだと、体で聞くものだということがね。石野卓球さんもそう言われていましたね。「これは体で聞くものなんだ」と。まさにそれを私は体験して、それをいろいろまた始めたんですけどね。

佐藤:その当時のローランドに、本当に低域が出るスピーカーがあったら、ここまで低音が出るか気になってなかったってことですよね。

菊本:そうそう。

佐藤:結果としてこのダンスミュージックのベーシックになっていくというのはすごい面白い話ですね。

菊本さんは、TR-808のキックの音を「悪魔の音」と表現しています。これは最近読んだ本から引用したもので、あるプロデューサーがTR-808のベースの音を伸ばして、その低音がグッと伸びるのを聞いて「こんな音を出すのは悪魔の音だ」と言ったというエピソードです。

菊本:この本ではプロデューサーは敬虔なクリスチャンと書いてあるんですね。クリスチャンは教会の巨大なパイプオルガンでC-1のような重低音を聞くんです。その聖なる音が、フロアとかハウスで鳴るのは冒涜だと思ったらしいですね。

私はそうじゃなくて、これは神の音じゃないかと思って、その音を後ほど皆さんに体験してもらおうと思っているんですけどね。これは耳で聞くんじゃなしに体で聞くもの。

周波数的にいえば一般にキックドラムの音は55Hzぐらいです。ところが、そのパイプオルガンはもっともっと低い周波数で鳴っている。例えば8Hzぐらい鳴っている。8Hzは16ビートですよ。それはもう身体で感じるものです。ビートを感じるものです。

808も55Hz位ですが、普通のウーファでは55Hzは大きく減衰します。無理に大きくすると音が割れたりスピーカ自体が壊れます。皆さんが聴いている808の音はその倍音を耳で聴いているのであって本来の基本音は体への振動、ビートで体験するしかないのです。

TR-909誕生──アナログとデジタルのハイブリッド

続いて、TR-909の開発について星合さんが語りました。

佐藤:次にTR-909の話に進めさせていただければと思います。1983年、TR-909が発売されました。こちらは808の次のモデルということですが、どのような背景があったのでしょうか。

星合:私が入社したのが82年の4月なんですね。そこから3ヶ月ぐらいは工場実習というか、ちょうど808とか606を作っているような部署に配属されまして、そこで製造ラインがあるところで修理とかしてました。その時点で既に808の後継機種を作るんだという企画が立ち上がっていたと思うんですよ。

で、7月になって開発のメンバーに組み込まれて、「次はこういう機種やるからあんた、それやって」というふうに言われて、「そうですか」って感じで。その時点でアナログ回路ではなく中にコンピューターが入っているので、そのプログラミングを担当ということになって、後の909という型番になるリズムマシンの開発を始めたと。

佐藤:なるほど。会場のみなさんもご存知だと思いますが、909はアナログとデジタルのハイブリッド音源ですね。808のシンバルだったりとか、ハイハットだったりとか、アナログで作っていたのに対し、909において金物はPCMを使ってよりリアルなものになっていました。これはどのような背景というか、どうしてハイブリッドになったんでしょうか。

星合:もともと全部アナログでやりたかったんですよね。だからシンバル、ハイハットの音もアナログで作ろうと私の先輩がすごく頑張ってやってたんですけども、どうしても満足いくことができなかったんですよ。それで年が明けた83年の多分前半か半ばですかね、急遽、もうしょうがないからここだけはデジタルで我慢しようかという経緯で、PCMで作ることになりました。

佐藤:なるほど。ちょっとお伺いしたいことがあるんですけど、81年から82年あたりでLinnDrumが出て、サンプリングオンリーのリズムマシンで世界を席巻したと思うんですけど、全部サンプリングにするみたいな発想はなかったんですか。

星合:全部サンプリングにすると音の変化が作れないんですよね。今ですと波形をいっぱい使えますから、デジタルで十分いろんな音が出るんですけども、当時はもう1個の音は1個のメモリーだけ。そのメモリーはさっき申しましたように値段が高いので、それを全部でやったら1万ドルになってしまう、ということですね。

佐藤:LinnDrumは1万ドル超えてましたからね。

星合:ということで、とりあえず音色変化を優先させてというところで、アナログにこだわっていたわけです。

佐藤:確かに909も808も可変範囲があるので、ピッチを変えられたり、ディケイが変えられたりするんですけど、LinnDrumってチップを交換しないと音が変わらないので、そのチップがまた高かったわけですよね。当然生のドラムだってピッチを変えられたりするわけで、そういうのをちゃんと音楽的に再現するためにアナログ部分、キック、スネアに関してはアナログになったわけですね。

ちなみに菊本さんによれば、TR-909のキックの音作りに関しても、TR-808と同様に小さなスピーカーで開発していたため、やはり超低音が出ていることには気づいていなかったとのことです。開発環境が変わっていなかったため、結果的に両方の機種に超低音が含まれることになったというのは興味深い話です。

世界中に響く「あのシンバル」の正体

そして、イベントで最も盛り上がったシーンの一つが、星合さんが実際にTR-909のサンプリングに使用したシンバルを持参していたことでした。

佐藤:そして、ここにあるシンバル。TR-909用にサンプリングされたシンバルだということですけれども、今日お持ちいただいているもの、これ本物なんですよね!?

星合:そうなんです。まだ社内でサンプリングするっていうことはやったことがなくて、急に決まった話ですから、じゃあ何使うんだってことになりますよね。なんですけども、私、何も考えてなくて。個人的に高校時代からドラムやっていまして、大学時代にこのシンバルを手に入れて、これが大好きで、使うんだったらこれしかない。何の迷いもなく、だから「僕が持ってるからそれ持ってきて録音しますわ」みたいな。

佐藤:こんな感じで、その音が今や世界中で響いてますね。この生音、ちょっと聞かせていただいてもよろしいでしょうか。

(会場でシンバルの生音が鳴らされる)

佐藤:素晴らしい!ハイハットのフレーズが一番嬉しかったですね。ありがとうございます。この音がですよ、本当にこれのサンプリングされた音が搭載されたリズムマシンが、その後、本当に90年代以降、ハウスミュージックを中心に世界を席巻したわけですけれども、星合さん、どのような受け止め方をされていましたか。

星合:いや、それ全然知らなくて。ここまでこうなっているとかね、実際世の中で流れてきてても、それが俺の音ってどうか、って実はよくわからなかったりするんですけどね。結果としては世界中のミュージシャンと共演してるわけなので、それは非常に嬉しいです。

佐藤:世界中のミュージシャンと共演しているってすごいカッコイイですね。

ちなみに、TR-909のPCMのスペックは、サンプリング周波数が30kHz程度、ビット数は6ビットですが、固定小数点ではなく浮動小数点、仮数部6ビット、指数部6ビット(メモリのアドレスを利用)という特殊なフォーマットで録音・再生されているとのことです。このフォーマットは後のTR-727などでも使われました。

さらに菊本さんからは、「シンセサイザー会社として、サンプリングというのは技術者から見たらイージーなんですよ。安直で、いい音を録音しているからそれを使うだけ。シンセサイザーのメーカーだったらやっぱりシンセでやるべきというのが技師さんの一つの矜持ですよね」という、アナログ音源へのこだわりについても語られました。

RC-808の理念を引き継ぐTR-1000

イベントの後半では、最新のTR-1000について田原さんから詳しい説明がありました。その前に、菊本さんから重要な話がありました。

菊本:田原さんの製品のプロモーションに客寄せパンダとして登場してほしいと私は言われましたが、中を見たらアナログが入っているんですよ。ローランドではアナログは絶対禁止なんですね。それはもう昔から禁止でした。実際に禁止だったんですよ。

音を聞いてみたり触ってみたりすると、デモを聞いてですけど、これは素晴らしい商品だと思いました。もう一つは、私が退職して、当時808でできなかったことを、ソフトウェアによるアナログ回路のエミュレーションでできるのではないかということで作ったのが、RC-808なんです。

ここで菊本さんが説明したのは、ドラムトラックの可能性についてです。通常のドラムトラックにはステップタイムしかなく、アクセントが全体にかかるだけ。しかしメロディーラインのように持ってくれば、キックドラムにピッチとゲートタイム、そしてコントロールチェンジも付けることができる。キックドラムを歌わせる可能性がある、という考え方です。

菊本:スネアドラム、ハイハットはオープンとクローズがあって、ゲートタイムがある。ハイハットはワウとかいろいろ多彩な表現ができます。キックドラムは足で踏むだけ。もし足が踏むだけでなく……昔はキックドラムは手で叩いたんです。それが十分な音なんです。低音楽器というのは、それを今は足で踏めるようになってしまったんですね。キックドラムは単に重点を持たせるだけ、ビートを刻むだけになってしまったので、これにもしオープンクローズのキックドラムがあったらどうか。オープン、クローズ、スネアドラムがあったらどうか。すべての楽器にオープンクローズをつけて、ピッチ、ゲート、コントロールチェンジを全部入れたんですね。

これ、それぞれの楽器を歌わせる、つまりラップさえできる可能性があるんですよね。
そういう製品をソフトで作ったんですよ。それは試作は公開しましたが、バグが多くてパブリックドメインにできませんでした。。

このRC-808については、DTMステーションでも過去にTR-808の開発者、元Roland社長の菊本忠男さんが40年の時を経て、新バージョンRC-808を発表。度肝を抜くサウンドと拡張性を持ち無料でリリース」「TR-808の開発者、元Roland社長の菊本忠男さんらアナログマフィアがVST/AUに対応した21世紀版の808、RC-808を無料リリースといった記事でも取り上げているので、参考にしてみてください。

そして菊本さんは、「こういった機能を引き継いでくれるなら、客寄せパンダとして手伝う」という条件を出したところ、受け入れてくれたのだとか…。さらに菊本さんは、アナログマフィアのメンバーと一緒に作ったRC-808の楽曲を披露。アナログにこだわる一方で、実はそのサウンドはコンピューターでエミュレーションした回路で作られているという矛盾を含んだコンセプトだと語られました。

40年ぶりのアナログ復活──TR-1000の開発秘話

田原:TR-1000というプロジェクトは、企画はアメリカの社員であるピーター・ブラウンという者が、私は開発側のリーダーとして担当をさせていただきました。アメリカと日本の2人で共同して物を作るということで、完成まで色々なことがありましたが、ようやくリリースにこぎつけることができ、こういったイベントも開催していただきました。

それでは、40年ぶりにアナログを搭載したTR-1000の話になります。ローランド史上初めてフラグシップのリズムマシンを作らせていただきました。

40年ぶりのアナログ復活

一番のポイントとしてはアナログが搭載されているということ。また、ACBもパワーアップしています。さらにPCMサウンドに加え、今回サンプラー用に約2000種類のサンプルを新たに収録しました。これらの音源をシーケンサーに入力しますが、TR-1000のシーケンサーにはステップでタイミングをずらすような新機能が入っていまして、それで作られたパターンをたくさんのつまみとスライダーでコントロールしていく、直感的なコントロールが可能なマシンとなっています。

テスト基板から生まれた音

田原さんは、開発段階のテスト基板の写真を紹介しました。

田原:アナログ音源を作るにあたり、808、909の実機を用意しましたが、個体差や年式によってそれぞれで音が異なりました。答えのない状態からレビューを繰り返し、それぞれの実機から本当に良い音だけを選出しました。

普通にコピーしてもただのリバイバルでしかないので、パラメータの範囲を大幅に拡張し、実際の音楽制作の現場に合うように新しいパラメータも追加しています。

テスト基板から生まれた音

また、素の音源だけだとちょっと音が硬いという意見もありまして、通すだけで倍音が増えるアナログフィルターを搭載して音に暖かみを加えています。ドライブもかなり歪ませることができますが、低音を損なわないような特徴をもったドライブを入れています。

写真の実験基板はアナログインストのものですが、開発の際に何度もモディファイを行っていまして、上の方はキノコのようにいくつもの部品が連なっており、エンジニアが何度も試行錯誤して作った音源であることがわかります。

808のバスドラムが進化──パラメータの大幅拡張

田原:では早速ですけども、808バスドラムの音を聞いていただきます。実はオリジナルモデルにはToneとDecayのパラメータしかないので、ピッチが変えられません。実用性を考慮してTR-1000ではTuneを追加しております。

DecayもTR-1000ではかなり拡張していまして、その長さがオリジナルの808では考えられないほど長く伸ばすことができます。

ここで実際にデモンストレーションが行われ、さらに長く伸びるキックサウンドが会場に響き渡りました。

田原:伸ばした状態でTuneを回すと、かなりの超低音が出るんです。これやると隣の店舗に怒られるかもしれない(笑)。こういうところであえて止めずに入れてしまってるというところが、TR-1000のすごいところかなと思います。

キックを長く、止めずに流すことによってベースラインが作れますので、その上にラップを載せていくことで、サンプル音源ではなくアナログ音源でヒップホップを作ることが出来ます。

909のキックにもピッチパラメータを追加

田原:909のキックも聞いていただきましょう。909もTuneというパラメータが付いていますが、これ実はピッチベンドのデプス量を変えているだけなのです。つまみを回すとピッチベンドがかかった音になりますが、元の音のピッチからは変わりません。なので、TR-1000ではPitchというパラメータを追加して、楽曲に合わせて音程を調整できるようになりました。

ここでPitchパラメータのデモが行われ、909のキックが808のような超低音域まで下がっていく様子が披露されました。

909のキックにもピッチパラメータを追加

田原:菊本さんから先ほどお話があった低音も出せるようになっていますので、808的なアプローチもできるようになっています。

このように、TR-1000のアナログは既存のパラメータの範囲が広がり、更に新たなパラメータも追加されています。
田原:キック以外の他のインストにも追加されているので、機会があれば見ていただければなと思います。

革新的なレイヤー機能──808と909を同時に鳴らす

そして、TR-1000の最も革新的な機能の一つが「レイヤー」機能です。

田原:808のキックと909のキックを最大限活かすためについた機能でして、なんとTR-1000の中で、アナログの808と909を同時に、常に同じタイミングで鳴らすことができます。

革新的なレイヤー機能──808と909を同時に鳴らす

左にミックスノブを回すと808が鳴りますが、ミックスノブを右に回すと、今度は909になります。これを少しずつ動かしていくことによって、2つの音が混ざった音が作れるのです。

808は胴鳴りが長くて太い、909はアタックが強いので、その2つの強みを活かしたような音作りができるというのが特徴になっています。

ここで実際にミックスノブを操作しながら、808から909へと連続的に変化していくサウンドが披露され、会場からも感嘆の声が上がりました。

田原:実機のTR-808とTR-909を同時に鳴らすためには、MIDIで繋ぐ必要があるのですが、タイミングが微妙にずれて毎回同じ音にはなりません。この毎回同じタイミングで鳴らせるというのは、TR-1000でしかできないことだと思っています。また、レイヤーなので同時鳴らしは当然できますが、実はバラバラに打ち込んで鳴らすこともできます。LTとHTのトラックの方では青が808、緑が909という打ち込み方をしています。

レイヤー2

ここで808と909を異なるタイミングで鳴らすデモが行われ、4つのトラックで2つの音色を自在に鳴らし分けられることが実証されました。

田原: TR-1000はスライダーが10個になっているので、スライダーが11個あったTR-8Sと比べると、1つトラックが減っているように見えます。ですが、4つのレイヤートラックを持っているので、実際は14の音を使うことができ、音源の数が増えている事になります。

レイヤーでいろいろな音作りができ、もちろんサイン波を重ねる様なよくあるダンスミュージックで使うようなやり方もできますので、いろいろな音楽ジャンルに対応できるようになっているのかなと思います。

ACBバスドラム──RC-808の理念を継承

田原:では次に、デジタルのACBバスドラムを紹介させていただきます。先ほど、菊本さんからNoteやGateを調整するというのはRC-808の特徴というお話がありましたが、今回そのコンセプトを踏襲しましてCoarse Tuneというパラメータを追加しています。

アナログではどうしてもピッチを正確に音階で変えることはできませんが、ACBバスドラムではデジタルならではの特徴を活かして、正確に1セミトーンずつ音階を変えることができます。

ACBバスドラム──RC-808の理念を継承

 

さらに808KickのMute Triggerというのも新しいパラメータでして、長く続いているディケイをスネアのタイミングでピタッと止めることができます。なので、これでゲートコントロールもできるような仕掛けになっており、808のハイハットのオープンをクローズドで止めるようなそういった仕掛けが、バスドラム、スネアにも入れられるようになっています。ただし、このMute Trigger機能は、現在出荷されている製品にはまだ入っていません。今回のイベントのために特別に準備したものでして、ユーザーのみなさんのお手元に届くまでには、もうちょっと時間かかってしまいます。でも、今日は特別なファームウェアを持ってきたので楽しんでいただければと思います。
※注:2025年11月にリリースされたSystem Program Ver.1.13のアップデートで、8X Bass DrumeにMuteパラメータが正式に追加されました

ここで更にBODY DEPTHを使ったデモが行われ、アタックが強化されて808でありながら909のような音になっていく様子が披露されました。

 

この後、田原さんはACB音源のさまざまなパラメータや、サンプラー機能、スライサー機能などについても詳しくデモンストレーションを行いました。特にサンプラー機能は、SP-404mk2を踏襲しながらさらに進化させたもので、ドラムループの編集がより直感的に行えるようになっています。

低音を体で感じる──菊本さんのデバイス体験

イベントのハイライトの一つが、菊本さんが開発した低音体感振動デバイスの体験でした。このデバイスは、以前DTMステーションの記事「TR-808やTB-303などの開発者で元Roland社長の菊本忠男さんが開発した新兵器X Modal Musicは世界に革命を起こすか!?」でも取り上げた低音体感デバイスの最新版です。

菊本:これは耳で聞くんじゃなしに体で聞くんだというのは、周波数がですね、もうベースやキックなどが30Hzとか55Hzであるのに対し、もっともっと低い周波数が鳴っている。例えば8Hzぐらい鳴っている。8Hzは16ビートですよ。それはもう身体で感じるものです。ビートを感じるものです。

それが音楽として、つまりダンスの音楽、ダンスのエクスタシーと宗教のエクスタシーがつながっているんじゃないか、と私は思いますね。

参加者は、このデバイスを実際に体験し、TR-808やTR-909の真の低音を体で感じることができました。音として聞こえるだけでなく、振動として体に伝わってくる超低音は、まさに「悪魔の音」「神の音」と呼ばれる所以を実感させるものでした。

Q&Aセッション──開発の裏側

イベント後半では、会場からの質問も受け付けられました。

質問者1:今回、アナログを久しぶりにローランドの製品として出すのを、社内でどう説得したのでしょうか?そして、このタイミングで販売価格30万円という、リズムマシンとしては高額なものをよく出そうと思ったなと。
田原:アナログ回路に関しては、当時のエンジニアはもういないですし、同じような回路で作ったとしても、経年劣化があるので一筋縄ではいないという意見がありました。実際に回路図自体が間違っていたりもしたので、それだけ時間もかかりコストに見合わないと思われても仕方がないと思います。

ただ、今回はフラグシップを作るという話でしたので、どうせやるなら本気でやろう、というところで時間とコストをかけることができたのが一つの大きな理由になります。

もう一つ、価格についてですが、これも高いという声と、安いという声の両方の意見がありまして、現時点では正解がどうかはわからないところですが、多くの機能を搭載していながら、他社に引けを取らない価格に抑えられたのではないかと思います。

質問者2:菊本さんにお伺いしたいんですけど、キック音やベース音の低音をどう作ろうと思ったとか、そういう話をもう少し伺えますか?

菊本:先ほどお話ししたようにリアルな音を求めてやっていたわけですね。それでSystem 700を使ってやったんですけども、打楽器の音というのはアタックの方に非常に複雑な波形があるんですね。これは普通の合成方式では出ないんですよ。やっぱり生音を使うのが本当にいいね。

そういうのを実現したのは、後のD-50というシンセサイザーにつながっているんですが、頭の方が非常に大事ですけども、これはなかなか合成できない。後ろの方はそんなに難しくないんですよ。アタックの数十ミリ秒が非常に複雑で合成で作れないんです。

そういうところで苦労して、考えたのがDown Chirp Oscillatorです。808で簡易な回路を、909で改良、RC-808で実用化しました。それが実現したときにちょっと近づいたんですよ、生の音に。でも、自由にコントロールできるところまでいかなかったんで、失敗作になった。失敗作になったんですけど、でもこの時の失敗が次のデジタルシンセサイザーに繋がっている。だから私は失敗したことも、挑戦の場で障害をかけていないと今思っています。

星合:少し補足すると、開発当時に社内にあったスピーカーでは低音が出ているか出ていないのか分からなかったんです。なので多分低音についてあまり意識としてはしてなかったと思うんですよね。なんだけど、あえてカットはしてなかった。それが出ちゃったってことなんだけど、そのことが後になっていいように働いたっていうことだと思います。

菊本:私にとってはトラウマですよ。今でもね、夢見ますよ。

ライブパフォーマンスでの活用と隠し機能

佐藤:事前に頂いたアンケートの中から2つほどTR-1000に関わる話を伺えればと思うんですけれども、TR-1000をライブパフォーマンスで使う時のおすすめの機能、使い方などがありましたら、教えてください。

田原:パフォーマンスといえばMORPHが一番の機能ですが、実はあまり紹介されてないところでペダル・コントロールがあります。フットペダルでスタート・ストップを制御したりできますし、あとはエクスプレッションペダルを接続するとそれにつまみをアサインできます。たとえば演奏中に手が塞がっていても、ペダルでカットオフを変えてエフェクトをかける様な用途でも使えます。

ライブパフォーマンスでの活用と隠し機能

なので、カットオフを足で変えるとか、演奏中に手は塞がっていても、足でエフェクトをかけたりできるので、そういうところでエクスプレッションが使えるんですよ。今はまだ動画で殆ど紹介されていないので、使っていただければ一番目の配信者になれますよ(笑)。

佐藤:エクスプレッションで動かしたデータっていうのは、そのいわゆるモーションシーケンスで記録っていうのはできるんですか。

田原:できます。

佐藤:もう一個、これは聞いていいのかな。技術者が遊びで入れた裏機能とかありますか。

田原:マニアックですが、TR-RECで打ち込む際のベロシティが自由に設定できるようになっています。普通にステップを打ち込むと、ベロシティは80で入り、シフトを押しながら入れると50で入ります。今まではこれが固定だったのですが、TR-1000では好きに変えられるようになりました。たとえば強打をベロシティ100にし、弱打をベロシティ30にして、強弱をもっと大きくつけることができるようになっています。

プロジェクトのセッティングでできるんですけが、例えば強打をベロシティ100にして、弱打をベロシティ30とかにして、強弱をもっと大きくつけたりとかできるようになっています。また、その左上についているアクセントのツマミですね、これはすごいいいところにあるんですけども、あんまり効果がないっていう意見もありまして…。TR-8Sの時はベロシティがプラス30されるような設定だったんですけども、ここをプラス50だったり、プラ100とかにもできるので、アクセントのツマミを回した時の変化をもっと大きくなるようにできます。

佐藤:スクリーンセーバーについても面白い仕掛けがありますよね。

田原:スクリーンセーバーでは歴代のTRやSPのシリーズが出てくるのですが、箱を開けていただいた時にも同じ内容が印刷されています。これは「今までは良かったな」ではなく、「これまでの過去を継承して新しいものを作っていく」という、メッセージになっています。

727、707やSP-404のようなリズムマシンとサンプラーの製品名が出てくるように作ってあって、CR-78とかも出てきます。

佐藤:これからのライブラリーとかそういう音色的な追加アプローチとかあったりするんですか。

田原:そうですね。音源に関して言えば、ACBでデジタル・サーキット・ベンドが施されたものが今は808と909だけですので、606、707、CR-78のACBもバージョンアップできればと思います。フルエディットの606とか面白そうですよね。あとはR-8、R-8 mkII。あの世代のリズムマシンって、すごく立ち上がりの良いクリアな音がします。90年代ブームも一周回って戻ってきていると思うので、そのあたりの搭載も今後に期待していただけると嬉しいです。

開発の苦労話──社内での反対をどう乗り越えたか

会場からは、新しいことを始める際の社内での抵抗についての質問もありました。

質問者3:新しいことをやっていくときに社内で反対があると思うんですけど、そういったものをどう乗り越えていらっしゃいましたか。

菊本:梯郁太郎さんは、「成功するまでやるんだ」と言っていました。今までもこういう話をしましたけども、こういう形でね、体験してもらうと変わるんですよ。でも体験してないと、なかなかこれをね、賛同してもらえません。だから最近のね、新しいものを作るというのは必ずエクスペリエンスということですよね。体験しようということなんで、私もこの場所を借りています。

今までもね、こういう実験をしてきて失敗したりですね。失敗ばっかりしてるんですよ。でも今回ねローランドのみんなとはね、こういう形で一緒にやってもらうということになったんで、初めてこんなことをする形でやれます。

田原:開発中に、たとえば差し色を入れたい、もっと色気が欲しい、ツマミのカラーを変える等、いろいろな意見をいただきましたが、基本的なコンセプトとして「音を作ることに集中する」というテーマがありまして、その中において色や色気というのは音を作るところから外れていくので、判断に迷ったときは必ずコンセプトからブレないというのを大切にして作っていきました。

最後のメッセージ──相反するものを組み合わせて新しいものを

イベントの最後、開発者3人から、リズムマシンのユーザーに向けてメッセージが贈られました。

菊本:私は最近、クロスオーバー……今まではフュージョンと言っていた。たくさんのものを組み合わせて相乗効果を作り出すというのはローランドの技術的なパラダイムですが、最近はもっとシンプルにして、相反するものを2つ組み合わせて、そして相乗効果を創出する。

これはヘーゲルという人が唱えていた、いわゆるアウフヘーベンとよく言いますよね。先ほど2つの音楽のスタイルを組み合わせるということを言いました。まさにそれはアウフヘーベンなんですよ。

そういうことで、従来あったものと従来またあったものだけれども、明らかに新しいものを作り出すということは、今、田原さんが言われていますね。同じものに戻っていかないと、何かと何かを組み合わせて、しかもそれはできるだけ相反するものがいいんです。反対するもの、古いものと新しいもの、右のものと左のもの、そうすることによって絶大な効果が発生する。そこで相乗効果を出す、というのがアウフヘーベンなんですよ。

星合:今の話に関連すると、技術にしろ流行にしろ、螺旋状に回転して、どんなフェーズにいるかで変わるんですけども、一周は同じところに戻ってこなくて、次の一段高いところにだんだん登っていくという感じで進んでいくので、その辺りが上がるとね、昔のものをもう一回やるというのは決して悪いことではないと思っています。

それからリズムマシンに関して言うと、これだけてんこ盛りにいろんな機能がありますから、作った人が思ってもみなかったような使い方っていっぱい見つかると思いますので、やっぱりそういうのをいかに見つけ出すか。もしバグが、もし何か違ったとすればそれを逆手に取ったようなプレイもできる。それがメーカーとしては嬉しくないかもしれないんですけども、そういう何か面白い変なところを見つけて、目的外使用でもしていただけると、もっと面白いことができるかな、と期待しております。

田原:お二人と同じような意見なのですが、TR-1000が出てこの中でいろいろな音楽が作れるようになりました。もちろん、私たちが想定しているリズムを使って音楽を作っていくというフローは大事なのですが、もっとイレギュラーな使い方だったり、本当に全然関係ないジャンルであったりとか、そういうところに使っていただいて、私たちが全く想像しないような新しい発見や文化を、皆さんが私たちと一緒に作っていただけるというのを願っています。ぜひこれからもご期待をいただきたいと思います。よろしくお願いします。が、本当に楽しみでございます。ここにいらっしゃる皆様がそのクリエイターなのかもしれません。

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約2時間にわたるこのイベントは、TR-808とTR-909という伝説のリズムマシンの誕生秘話から、最新のTR-1000に至るまで、ローランドのリズムマシン開発の歴史を振り返る貴重な機会となりました。

特に印象的だったのは、開発者たちが当時意図していなかった「超低音」が、後にダンスミュージックの根幹を支える要素となったという事実。そして、40年以上経った今でも、その精神は受け継がれ、新しいTR-1000という形で進化を続けているということです。

TR-1000については、「TR-808、TR-909以来42年ぶりにRolandがアナログ回路搭載のフラグシップ機、TR-1000を発表。PCとの接続性も完璧」という記事でも詳しく紹介していますが、今回のイベントを通じて、その開発背景やコンセプトの深さを改めて知ることができました。

アナログとデジタル、過去と未来、相反するものを組み合わせて新しいものを生み出す──。これこそがローランドのDNAであり、TR-1000に込められた思想なのです。

そして何より、開発者たちが口を揃えて語った「予想外の使い方を期待している」というメッセージ。TR-808が中古屋で売れ残っていたところから世界を変える楽器になったように、TR-1000もまた、私たちユーザーの手によって新しい音楽文化を生み出していくのかもしれません。

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