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伝説のコンボオルガン集結!梯郁太郎氏の原点「エーストーン」と電子楽器史

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DTMステーションでも何度か紹介している、公益財団法人かけはし芸術文化振興財団が主催するイベントシリーズ。毎回、電子楽器の歴史的な名機や開発者をフィーチャーし、そのサウンドの秘密と開発秘話に迫るこのイベントですが、2025年12月20日、東京・西早稲田のArtware hub KAKEHASHI MEMORIALにて「~伝統と革新の融合~コンボ・オルガンのサウンド&ヒストリー」と題した公演が開催されました。今回は、1960年代の音楽シーンを彩り、現在のシンセサイザの源流ともなった「コンボオルガン」にフォーカス。エース電子工業(エーストーン)、ハモンド、コルグ、ローランドといったメーカーの歴史的背景とともに、貴重な実機を用いたデモンストレーションが行われました。

司会は元国立科学博物館で電子楽器を担当していた北口二朗さん、ナビゲーターには数々の電子楽器イベントでおなじみの作編曲家でキーボーディストの篠田元一さんを迎え、ゲストには元ローランド代表取締役社長の檀克義さん、コルグ創業者とともに歩んだ技術者の三枝文夫さん、そして日本を代表するキーボーディストである難波弘之さん河合代介さん大髙清美さんという豪華な顔ぶれが集結。単なる楽器の紹介にとどまらず、開発者たちの人間ドラマや、プロミュージシャンならではのディープな視点が次々と飛び出した、このイベントの模様を紹介していきましょう。

2025年12月20日に開催された梯郁太郎メモリアル「~伝統と革新の融合~コンボ・オルガンのサウンド&ヒストリー」をレポート

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オルガンの起源と日本独自の発展

まずは、司会を務める北口二朗さんが登壇し、オルガンの長い歴史についての解説からイベントがスタートしました。

国立科学博物館元主任調査員の北口二朗さん

北口さんによると、オルガンは鍵盤楽器の中で最も古い歴史を持ち、その起源は紀元前3世紀頃の水圧式オルガンであるヒュドラウリスにまで遡るといいます。水圧で空気を送り出し笛を鳴らすその構造は、まさに現代のパイプオルガンの始祖といえるものです。その後、中世ヨーロッパでは教会建築と一体化した巨大なパイプオルガンとして発展を遂げましたが、日本においてはそれとは少し異なる独自の進化が見られました。

「日本では宗教的な背景が薄かったため、教会ではなく学校教育の現場で唱歌の伴奏楽器として普及しました。明治時代以降、最初は足踏み式のリードオルガン、次に電気オルガン、そして電子オルガンへと進化していったのです」と北口さん。

日本では教育現場で親しまれてきたオルガンですが、時代の変化とともに新たな役割が求められるようになります。教会の荘厳な響きや教室の伴奏から、持ち運び可能なバンドアンサンブルのための楽器へ。この流れの中で生まれたのが、今回のテーマであるコンボオルガンなのです。1960年代に入ると、ビートルズやローリング・ストーンズの登場とともに世界的なバンドブームが巻き起こります。そこで求められたのは、ステージで大音量を鳴らせる可搬性の高いオルガンでした。ここから、世界市場を目指した日本の電子楽器メーカーの挑戦が始まります。

エーストーンTOP-1の価格革命と、アニマルズを救ったTOP-3

こうした時代の要請に応えるように登場したのが、後のローランド創業者である梯郁太郎氏が設立したエース電子工業です。ステージには、梯氏と共に歩んでこられた元ローランド株式会社代表取締役社長の檀克義さんが登壇しました。

元ローランド代表取締役社長の檀克義さん(左)

また会場では、梯郁太郎氏の若き日の映像とともに、その壮絶な半生が紹介されました。1930年大阪生まれの梯氏は、幼くして両親を亡くし、祖父母のもとで育ちました。終戦後の16歳、宮崎県高千穂でカケハシ時計店を開業します。当時16歳だった梯氏は、若く見られないように髪を一生懸命伸ばして、大人ぶっていたそうです。しかし、20歳で肺結核を患い、大学進学を断念。数年間の闘病生活を余儀なくされます。

ここで驚きの事実が明かされました。「当時、結核の特効薬として開発されたばかりのストレプトマイシンの被験者に選ばれ、劇的に回復して九死に一生を得たのです。もしこの時、新薬の治験に参加していなければ、後のエース電子もローランドも、そしてBOSSのエフェクターも存在しなかったかもしれません」と檀さんは語ります。

その後、大阪でカケハシ無線を開業し、1960年にエース電子工業を設立。エース電子工業という社名には、電話帳で調べた時に、最初の方に出てくるようにAから始まる名前にしたい、そして何よりエース、つまりNo.1になるんだという強い意志が込められていました。ちなみに、後のローランド(Roland)という社名も、Rの音が世界中で発音しやすく、力強い響きがあるという理由で選ばれたそうです。常に世界市場を見据えていた梯氏の視座の高さがうかがえます。

檀さんが入社した頃、エーストーンのオルガンであるTOPシリーズは、すでに海外でも注目を集めていました。特に有名なのが、イギリスのロックバンド、アニマルズとのエピソードです。「来日したアニマルズが使用していたVOX製のオルガンが故障し、梯さんが修理を依頼されました。そこで梯さんは自社のオルガンを持参して弾いてもらったところ、非常に気に入ってもらえましてね。その場で広告に写真を無料で使っていいという約束を取り付けたんです」と檀さんは当時を振り返ります。肖像権フリーという破格の条件だったそうで、会場の笑いを誘いました。このチャンスを逃さない商魂はさすがでした。

そして、エーストーンは日本の音楽シーンにも革命を起こします。当時、ビクトロンの最初のモデルは58万円、ハモンドのL型なども55万円前後と、一般人には手の届かない高嶺の花でした。檀さんの初任給が6万円程度の時代です。そんな中、エーストーンのTOP-1は7万2000円で発売されたのです。この価格破壊が、日本のグループ・サウンズ、いわゆるGSブームを支える原動力となりました。

KORG試作機「デカコルグ」が登場。シンセサイザの原点となった「偶然の発明」とは

エーストーンに続き、日本の電子楽器史を語る上で欠かせないのがコルグです。ここからは、コルグの監査役であり技術者として数々の名機を生み出してきた三枝文夫さん、プログレッシブ・ロックの巨匠、難波弘之さんが登場しました。

コルグの監査役 三枝文夫さん

ステージ上には、三枝さんが開発に携わったという伝説の試作機、通称デカコルグが鎮座していました。これは当時は京王技術研究所という名称だったコルグが、リズムマシンのドンカマチックの後に開発した電子オルガンです。

三枝さんはこの試作機について、興味深い裏話を披露してくれました。「実はこれ、最初からシンセサイザを作ろうとしていたわけではないんです。オルガンの音をもっと面白くしようとあれこれ回路をいじっているうちに、偶然、フィルターのような効果が出る回路ができちゃった。それが後にトラベラーと呼ばれる機能になり、結果としてシンセサイザ的な音作りができるようになったんです。まさに怪我の功名ですね」と三枝さんは振り返ります。

難波弘之さんは、なんと学生時代にこのデカコルグの製品版、すなわちKORG Prototype No.1と同等の仕様を持つ初期モデルを購入していたそうです。「右側についているトラベラーというフィルターのスライダーを動かすと、妖怪人間ベムのBGMみたいな、ヒョーッという不気味でかっこいい音が出るんですよ。これがたまらなく好きでした」と難波さんは語ります。

キーボードプレイヤーの難波弘之さん

さらに難波さんからは、こんな驚きのエピソードも。「実は私の父であるジャズ・アコーディオン奏者の渡辺弘と、コルグ創業者の長内端さんは、アコーディオン友達だったんです。戦前に日本青年館で一緒に演奏会を開いたポスターが残っていてびっくりしました。僕がコルグの楽器を買って帰ったら、父が『これ、長内が作ったやつだ』って(笑)。親子二代でコルグと縁があったんですね」

GSからジャズまで時代を彩った日本のコンボオルガンYAMAHA YCシリーズ

デカコルグの話題に続いて、トークのテーマは1960年代から70年代を象徴する名機たちのサウンドへと移ります。まずは、あの有名な刑事ドラマのテーマ曲について。

「ヘンリー・マンシーニ作曲 The Mystery Movie Theme、おなじみの刑事コロンボのテーマ曲の冒頭で鳴っている不思議な音、あれはシンセサイザだと思われがちですが、実はヤマハのYC-30というコンボオルガンなんです。リボン・コントローラーを使ってピッチを揺らしているんですね」と篠田さんと難波さんが解説してくれました。YC-30にはPortamentoと呼ばれるリボン・コントローラーが搭載されており、これを使用したという説が有力です。

トークセッションでは、日本のロック黎明期における誰が最初に本格的にハモンドL型などをロックに導入したかという話題でも盛り上がりました。「やっぱりミッキー吉野さんの方が先だと思いますよ」(難波さん)「いや、大野克夫さんが先じゃないですか?」(篠田さん)といった議論が交わされ、当時のGSシーンにおいて、機材がエーストーンからハモンドL型などへ移行し、音楽性も歌謡曲からロックへと変貌していった歴史的転換点が浮き彫りになりました。

ナビゲーターの篠田元一さん

また、意外にもジャズ界でのYC人気が高かったことも語られました。「ニュー・ジャズのミュージシャンが意外とヤマハのYCシリーズとかを使っていたことですね。海外ではチック・コリアとか、ジョー・ザヴィヌルとか。マイルス・デイヴィスも結構良い音出してるんですよ」と難波さん。60年代から70年代にかけて、ジャズ・ロックからクロスオーバー、そしてフュージョンへと進化していく中で、コンボオルガンの独特なサウンドがジャンルの垣根を超えて愛されていたことがわかります。

ハモンドB-3のトーンホイールと、レスリーが回る構造の秘密

イベント後半、満を持して登場したのはオルガンの代名詞ともいえるハモンドオルガンです。日本屈指のハモンドプレイヤー、河合代介さんが登場し、B-3の実機を前にその構造と魅力を解説しました。

ジャズオルガニストの河合代介

河合さんは高校3年生の時に、生産完了していたハモンドB-3を中古で購入したという筋金入りです。当時、太陽にほえろ!のテーマ曲に衝撃を受け、300万円もすると言われても諦めきれずに手に入れたそう。「僕が店に予約を入れた直後、師匠の倉田信雄さんが同じ店に来て『このB-3いいね』と言ったら、店員さんが『いや、高校生が買うと言ってきかなくて…』と断ったそうなんです。倉田さんは『そんなガキがいるのか!』と驚いたそうですが、まさかそれが後の弟子になるとは」と、師弟の運命的なエピソードを語り、会場を沸かせました。

ハモンドオルガンの心臓部は、91枚の金属円盤であるトーンホイールです。これがモーターで回転し、電磁誘導によって音を発生させます。河合さんによると、鍵盤を押した時に鳴るプチッというハモンド特有のキークリック音は、本来は除去すべきノイズでした。しかし、ジミー・スミスなどのジャズ・オルガニストたちが、このアタック感がパーカッションみたいでカッコいいと評価し始めたことで、逆にこのノイズを残すようになったといいます。欠点が最大の魅力になる、面白い楽器です。

また、梯郁太郎さんが生前、ご自宅に飾られていたという秘蔵品のハモンド時計も紹介されました。ハモンドオルガンの創始者ローレンス・ハモンドも時計の同期モーター技術を応用して楽器を開発しましたが、先ほど紹介した通り、梯さんも元は時計職人。二人の偉大な創業者が、共に時計というルーツを持っていたことに、檀さんも不思議な縁を感じていました。

実はこのハモンド時計、松本歯科大学教授で有名なオルガンコレクターでもある金銅英二さんが入手して、生前の梯郁太郎さんにプレゼントしたものなのだとか。その金銅さんも、今回のイベントの客席に参加しており、檀さんが紹介していました。

日本での普及については、作曲家の古関裕而さんがハモンドオルガンを使って伴奏をしたNHKラジオドラマ、君の名は大ヒット。「午後7時になると銭湯から女性がいなくなる」という伝説と共に、その音色が日本の茶の間に浸透していったエピソードも紹介されました。

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そして、ハモンドに欠かせないレスリースピーカー。「レスリーは、スピーカー自体が回っているのではなく、音を拡散させるホーンとドラムが回ることでドップラー効果を生み出しています。救急車が通り過ぎる時の音の変化と同じ原理ですね」と河合さんは実演しました。高音部を担当するホーンと、低音部を担当するドラムが回転するのですが、上のホーンの片方はバランスを取るために塞がっているなど、物理的な回転が生み出す空気の揺らぎこそが、デジタルでは完全には再現できない、実機ならではの有機的なサウンドを生み出しているのです。

ローランドVKシリーズが解決した銀行の窓口問題と、ロックの歪み

イベントの最後を飾るのは、カシオペアでの活動でも知られる大髙清美さんです。ローランドのコンボオルガンであるVKシリーズの実機と共に登場しました。

大髙さんは元々エレクトーン奏者でしたが、ハモンドB-3と出会って衝撃を受け、すべての機材を売却してB-3を購入したといいます。しかし、ライブでの可搬性を考え、ローランドのVKシリーズを愛用するようになったそうです。

大髙清美さん

その理由の一つとして、大髙さんならではのコミカルな悩みが披露されました。「ハモンドB-3は素晴らしいんですが、私のような小柄な人間が弾くと、巨大なコンソールに埋もれてしまって、客席から見ると顔しか出ないんです。まるで銀行の窓口の人みたいになっちゃう。その点、ローランドのVKシリーズはスタイリッシュで、ステージ映えもするし、何より私のプレイスタイルに合っているんです」と大髙さんは笑います。

ディスカッションの中で、難波弘之さんがオーバードライブによる歪みについての持論を展開しました。「ハモンドオルガンって、本来は教会やジャズで使われる綺麗な音なんです。でも、ロックバンドに入ると、ギターの音がデカくて歪んでいるから、それに負けないようにオルガンもマーシャルアンプに突っ込んで歪ませるようになった。ジョン・ロードやキース・エマーソンなんかがそうですね。音が割れるギリギリの、あの獰猛なサウンドがロックオルガンの魅力なんです」大髙さんもこれに同意し、VKシリーズでならそういったサウンドもボタン一つで出せる点が魅力だと語りました。

足踏みオルガンから始まり、真空管やトランジスタを用いたコンボオルガン、そして機械式のハモンドオルガン、それらをデジタル技術で再現・発展させた現代のモデルまで。電子楽器の進化の歴史は、そのままポピュラー音楽の進化の歴史でもあります。

「オルガンは、弾き手の魂がそのまま音になる楽器です。今のシンセサイザのようにプリセットを選ぶだけでなく、自分で音を作り、強弱ではない表情をつける。その自由さと奥深さを再認識しました」という篠田さんの言葉で、イベントは締めくくられました。

今回のイベントを通して、日本の電子楽器メーカーがいかに世界的な音楽シーンに貢献してきたか、そして技術者たちの情熱がいかに熱いものであったかを改めて知ることができました。これらの歴史的資産は、単なる懐古趣味ではなく、未来の音楽を作るためのヒントに満ちています。

以上、「~伝統と革新の融合~コンボ・オルガンのサウンド&ヒストリー」イベントから、その一部を抜き出して記事にしてみました。そこでの実機を使った演奏も含め、詳細な様子が近日中にYouTubeでも公開される予定なので、ぜひご覧になってみてください。

次回はモジュラー・シンセサイザーがテーマ「”シンセサイザー創世記” 進化するモジュラー・シンセシス」

公益財団法人かけはし芸術文化振興財団では、今回の「コンボ・オルガンのサウンド&ヒストリー」に続き、次回はモジュラー・シンセサイザーをテーマとしたイベント「“シンセサイザー創世記” 進化するモジュラー・シンセシス」の開催が決定しています。


デジタル化の波に伴い、絶滅の運命にあった数々のモジュラー・シンセサイザー。いまやユーロラックに形を変え、新しい音楽を生み出すその進化の歴史を探ります。ゲストにはHATAKENさんや江夏正晃さんらを迎え、トークとライブでその魅力に迫ります。

開催日時:2026年2月11日(水・祝)開場16:00 / 開演16:30
会場:Artware hub KAKEHASHI MEMORIAL(東京都新宿区西早稲田3-14-3)
出演予定:亀川徹さん(九州大学名誉教授)、HATAKENさん(モジュラーシンセ・アーティスト)、江夏正晃さん(音楽家・音楽プロデューサー)、梯郁夫さん(パーカッショニスト)
入場料:2,000円(税込)
入場チケット:https://teket.jp/11132/63159
関連情報:公益財団法人かけはし芸術文化振興財団サイト

モジュラー・シンセサイザーは、音を創造する楽しみの原点とも言える存在です。その進化の過程を知ることは、現代の音楽制作にも新たなインスピレーションを与えてくれるはずです。ぜひ、お時間のある方は、貴重な機会ですので、参加してみてはいかがでしょうか?

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