1980年代のFMシンセサウンドに熱を上げていた人たちにとって、懐かしくも刺さるアプリが登場しました。iPhone/iPad向けFMシンセサイザー「KQ Tixie」です。開発したのは、これまでもDTMステーションで何度も取り上げてきた日本人エンジニア、キラキュー・テック代表の雲英亮太(きら りょうた)さん。雲英さんのアプリといえば、当サイトでも「海外で大ヒット中、日本人開発のiOSシンセ、KQ MiniSynthが凄い!」「世界初・iOS上のDX7互換音源が誕生。KQ Dixieは日本人の開発」などで紹介してきましたが、今回のKQ Tixieは、KQ Dixieの「弟分」ともいえる存在です。KQ DixieがDX7互換の6オペレータFM音源だったのに対し、KQ Tixieは4オペレータのFM音源。1980年代に広く普及した廉価版FMシンセの系譜を丸ごと再現しようという、マニアックな野望の結晶です。
対応機種は、ヤマハのDX21 / DX27 / DX100 / V2 / V50 / TX81Z / WT11 / FB-01 / YS200 / YS100 / B200 / DS55、そしてコルグのDS-8 / 707……などと多岐にわたります。このKQ Tixie、実機のSysExデータを読み込んで音色を再現できるだけでなく、編集した音色を実機に書き戻したり、AUv3対応でMac上のDAWからプラグイン音源として使ったりと、現代の音楽制作環境にもしっかり対応しています。しかも価格は1,500円(7月7日まではイントロプライスの1,000円)という驚きの安さ。これは買わない手がないでしょう。以下、雲英さんへのインタビューをもとに、KQ Tixieの開発の経緯から技術的な深部まで、マニアックに掘り下げていきます。
開発の動機は「WT11をスマホで再現したい」
藤本: KQ Tixieの開発を始めたのはいつ頃のことですか?
雲英: 2022年9月6日です。もう4年近く前ですね。その日から着手しました。
藤本: なぜ4オペのFM音源を?
雲英:きっかけはウィンドシンセなんですよ。当時ローランドのエアロフォンAE-10を吹いていて、ヤマハが昔出していたウィンドシンセ専用のハードシンセ、WT11をスマートフォンで再現できないか試したかったんです。
KQ Tixieのデモ演奏動画
藤本: WT11といえば、80年代のウィンドシンセ奏者には懐かしい機種ですね。
雲英:そうです。それで4オペのFMだとわかり、
藤本: 実はご存じの方も多いと思いますが、雲英さんはウィンドシンセにかなりハマっていますよね。
雲英:そうなんです。ローランドのエアロフォンAE-10、AE-05、AE-30、ヤマハのYDS-150、WX5、AKAI EWI USB、TAHORNGのエレフエ、ARTinoiseのLunatica、Zefiro……Teefonics MWiCまで持っています(笑)。今は主にヤマハのデジタルサックスYDS-150をコントローラーとして、iPhone AirにソフトシンセをロードしてAUv3で鳴らして演奏しています。
藤本: 開発はスムーズに進みましたか?
雲英:エンジン部分は数か月でほぼ完成しました。
藤本: それで、開発着手から3年半以上経ってのリリースになったんですね(笑)。
雲英:寝てたんです、このプロジェクト(笑)。エンジンはできたんですが、音色管理まわりがネックで。音色の管理をどうするかずっと考えていて、途中でモチベーションが完全に尽きてしまいました。2023年後半には開発が完全に停滞していたんです。
藤本: 2026年になって復活した理由は?
雲英:なんとなくやる気が戻ってきて(笑)、AIの力も借りながら、一気に完成まで持ち込みました。Handy Harp IIの開発に関わらせていただきましたが、その案件が一段落した年明けから、KQ Tixieに再び取り掛かって、という流れです。
OPP、OPZ、OPZ2……チップの違いを徹底解析
藤本: KQ Tixieが対応している4オペのFM音源には、いくつかの異なるチップが使われていますよね。
雲英:そうです。FB-01はOPP、TX81ZはOPZ、V50がOPZ2、WT11もOPZです。微妙に違うんですよ。
藤本: OPPとかOPZというのはヤマハのFMチップのバリエーションですね。当時の8ビットパソコンだと、OPMとかOPNとか4オペのFM音源が載っていましたよね。とくに8音ポリのOPMは高機能で、DX100やFB-01なんかとはそっくりだった記憶があります。
雲英:はい。OPPはOPMとほぼ同じと言われているんですが、私が検証したところ、OPPにはレベルのスムージング機能がついているんです。なぜかレベルが滑らかに推移する時があって、私の推測だと、
藤本: それはマニュアルにも載っていないような話ですよね。実機の波形を録音して比較して発見したんですか?
雲英:そうです。ひたすら録音して波形を見て調べました。OPZとOPPの動作の違いもあって、アタックを遅めにするとOPZは急激に立ち上がってから大きくなるんですが、OPPはほぼゼロから大きくなるんですよ。アプリ内では「Rapid Attack」という設定項目にしています。チップOPZの挙動に近くなるモードです。
藤本: OPP、OPZ、OPZ2の関係は?
雲英:OPZ2が一番機能が多くて、OPZはOPPの機能をほぼ全部持っている、という包含関係です。チップのクロック周波数も機種によって異なり、初期のEOSシリーズやWT11、V50などは3.2MHz、DXシリーズは3.58MHz、FB-01だけ4.0MHzです。KQ Tixieではこれも選択できるようにしています。
藤本: そこまで細かく再現しているんですね。ちなみにヤマハのFMチップについては、私も個人的に思い入れがあって。OPMの日本語マニュアルを持っているんですよ。日本楽器製造って書かれた手書きで作ったマニュアルで、当時のものがそのまま残っています。
雲英:ええ!それは貴重ですね。
藤本: 40年くらい前に電子楽器の開発に携わっていた時期があって、そのときのものが今でも手元に(笑)。話が脱線しましたが、KQ Tixieは実際のところ、どのくらいの精度で実機を再現できているんですか?
雲英:アナログ部分(アンプなど)の違いはさすがにどうにもなりませんが、デジタル部分のFMエンジンとしては完璧に同じ動作ができるようになっています。ただし、一部の機能は搭載していません。TX81Zには3種類のEFX機能があるんですが、それは入れていないです。FMエンジン部分は再現できているということです。
SysEx読み込みとFB-01実機との完全連携
藤本: SysExデータの取り扱いについて教えてください。
雲英:DX21やDX100、V50などのヤマハのシンセはSysExのフォーマットがほぼ共通なんですが、FB-01だけちょっと特殊でした。FB-01のSysExもDX21やDX100のSysExも、どちらも読み込めるようになっています。
藤本: 実機があれば、そこからSysExを吸い出してKQ Tixieに読み込めるわけですね。
雲英:そうです。MIDIインターフェースで接続して、実機側からSysExを送信すると、KQ Tixie側がそれを自動的に受信してバッファに溜めておきます。あとからSettings内の「Import Patches」を選べば取り込めます。
藤本: 実際に私もFB-01(以前修理して今ではちゃんと動いています)を使って試してみたんですが、iRig MIDI 2でiPadとFB-01を双方向MIDIで接続して、Settings内の「MIDI Destination」でiRig MIDI 2を選択、HardwareをFB-01に設定してから「Send Dump Request」をタップしたら、FB-01からファクトリープリセットのダンプデータが一気に送られてきましたね。
雲英:FB-01はダンプリクエスト方式なので、こちらからリクエストを送れば実機が応答してくれます。一方、DXシリーズは実機を手動操作してダンプを送り出す必要があります。機種によって方法が違うので、マニュアルをご確認ください。
藤本: FB-01のファクトリープリセットを取り込んだ後、実際に鳴らしてみたら、本当にFB-01と同じ音がしますね。感激しました。
雲英:それは嬉しいです。しかもKQ TixieのEditorからパラメータを操作すると、KQ Tixieの音が変わるのはもちろん、MIDIケーブルで繋いでいるFB-01の音もリアルタイムに変化するんですよ。
藤本: 比較して聴いてみても、まったく同じ音が出るのは本当にすごいですね。ちなみに手元にDX100もあるんですが、久しぶりに電源を入れたらちょっと調子が悪くて……。
雲英:バックアップ電池が切れているかもしれないですね。コイン電池が基板にハンダ付けされている場合があって、それが面倒で。でも電池を交換して音色データを入れ直せば直ると思いますよ。
藤本: なるほど。とりあえず今回の検証はFB-01で行いました。なお、最新ビルドではFB-01のLPF設定も見直されていて、クロックを4.0MHzにしてエンジンをOPPにすると、かなり実機に近い音になっているようですね。
4オペFM音源のアーキテクチャとエディタの深さ
藤本: KQ Tixieのエンジン選択について教えてください。
雲英:大きく「DXモード」「FB-01モード」「Rawモード」の3つがあります。DXモードはDX21などのパラメータ体系に準拠、FB-01モードはFB-01のパラメータ体系に準拠、Rawモードは私が解析した内部パラメータを直接指定できるモードです。
藤本: Rawモードは上級者向けですね。
雲英:そうです。Rawモードにするとコントローラーの割り当ても自由にできますし、パラメータテーブルもDX、FB、DS8から選べます。また「HD」モードという、KQ Tixie独自の24bit FMエンジンも用意しています。このHDモードはRawモードでなくても使用可能にしてあります。
藤本: Machine Presetという機能もありますね。
雲英:機種を選ぶと、その機種に適した設定を一発で読み込めます。DX21、DX100、TX81Z、DX11、TQ5、WT11、V50、FB-01、DS-8、そしてFullという選択肢があります。これを選ぶだけで、クロック周波数やFuncの制限なども自動的に最適な設定になります。
藤本: コルグのDS-8や707がKQ Tixieの対応機種に入っている理由を改めて教えてもらえますか?
雲英:かつてコルグにヤマハの資本が入った時期があって、その時期にヤマハのFMチップを搭載したシンセを出しているんです。DS-8も707もアルゴリズムはDXシリーズでいう4番、5番に制限されていて、音作りをより直感的にしたモデルです。中身はOPPなので、KQ Tixieで再現できます。707は今でも手元に置いていて、弾くのがかなり楽しいんですよ。
藤本: エフェクトはどんなものが搭載されていますか?
雲英:ヤマハV50やコルグDS-8を参考にした80年代ライクのデジタルエフェクトが入っています。V50のエフェクトはSPXシリーズと同じチップを使っていたのを参考に、リバーブ、ディレイ、ディストーションなど多数のタイプを搭載しました。DS-8のほうはコーラス/ディレイ系で、コーラス、フランジャー、ダブラー、ショートディレイなどです。
藤本: 再現度は?
雲英:V50を参考にしたものはなかなか近いものになっていると思いま
レイヤー、MPE、AUv3……現代の音楽制作にも完全対応
藤本: KQ TixieはAUv3対応ということで、Mac上のDAWからプラグインとして使えるんですよね。
雲英:はい、AUv3に対応しているので、iPhone/iPadで動くのはもちろん、Apple SiliconのMac上でLogic ProやGarageBandなどのDAWからプラグイン音源として呼び出すこともできます。Logic ProでのAU検証は通っています。
藤本: 私も試してみたところ、Ableton Live 12.4でもしっかり動作しました。まだAUv3対応のDAWが少ないのが難点ではあるものの、ひとつのアプリでiPhone/iPadでの演奏も、MacでのDAW制作も両方カバーできるというのはうれしいところですね。
雲英:MIDIインターフェースを使えば、Windowsのユーザーも外部MIDI音源として接続できますが……まあ、そういう使い方をしている人はほとんどいないでしょうね(笑)。
藤本: レイヤー機能は最大8音色を重ねられるとのことですが。
雲英:そうです。レイヤーごとにエンジンを選べますし、MIDIチャンネル、キーレンジ、トランスポーズ、デチューン、ユニゾンなどを個別に設定できます。マルチティンバーとして使いたい場合はMultiモード、MPEコントローラーを使うときはMPEモードを選べばOKです。
藤本: MPEというのは?
雲英:ピッチベンドやアフタータッチ、CC#74(ブライトネス)を使って、鍵盤ごとに独立した表情付けができる演奏仕様です。MPEコントローラーを持っている人は、かなり表情豊かな演奏ができます。
藤本: Play画面というのも特徴的ですよね。
雲英:Edit画面でパラメータを細かく設定した後、演奏中にリアルタイムで音色を変化させるためのスライダーを並べた画面です。Playボタンを押すとスライダーだらけの画面が出てきて、演奏しながら音色の明るさ(Timbre)やエンベロープのスピード(EG1、EG2)などをリアルタイムに操れます。
藤本: ソフトウェアキーボードはベロシティ対応ですね。
雲英:はい、強く押すと大きな音、弱く押すと小さな音が出ます。これはBS-16iのbismarkさんに教えていただいたやり方で、私の開発する有料アプリでは今回初めて採用させていただきました。
iCloudで複数デバイス間の音色共有も可能
藤本: iCloud対応というのはどういう機能ですか?
雲英:iCloudをオンにすると、保存した音色セット(パッチセット)とパフォーマンスセットが同期されます。iPhoneとiPadを両方持っている方なら、一方で編集した音色がもう一方にも反映されるので、コンサートやライブでiPadをメインにしつつ、iPhoneでも同じ音色を確認するといった使い方ができます。
藤本: プリセット音色はどのくらい入っていますか?
雲英:最初は24音色ほどでしたが、最新ビルドでは何千もの音色を追加しました。一度は「ユーザーが自分で入れればいいかな」と思って削除したんですが、やっぱりたくさんあったほうが嬉しいですよね。実機のプリセットを再現したい方は、SysExダンプを活用してください。インターネット上に昔のSysExファイルが残っていることもありますし、昔の本に載っていたDX100の音色パラメータを手打ちで入力して再現することも、理論上は可能です。
FB-01との実機比較で感じた感動
実際にFB-01の実機とKQ Tixieを接続して検証してみました。iRig MIDI 2をiPadに接続し、MIDI INとMIDI OUTの双方向でFB-01と接続。KQ TixieのSettings > MIDI Destinationで出力先にiRig MIDI 2を選択し、HardwareをFB-01に設定。「Send Dump Request」をタップすると、FB-01のファクトリープリセット(バンク3〜7の5バンク分)のダンプデータが一気に送られてきて、KQ Tixieのバッファに入ってきました。
その後Settings > Import Patchesを開くと、受信したデータが確認でき、インポート操作で全音色を取り込めました。実際に鳴らしてみると、本当にFB-01と同じ音がします。さらにKQ TixieのEditorからパラメータを操作すると、KQ Tixie側の音が変わると同時に、MIDIで接続されたFB-01の音もリアルタイムに変化。比較しながら聴いてみても、まったく同じ音が出るのには感激しました。
なおFB-01はファクトリープリセットをダンプリクエストで吸い出せる一方、DXシリーズは実機側を手動操作してダンプを送り出す必要があります。逆にFB-01は実機の前面パネルからはダンプ操作ができないので、KQ Tixieからのダンプリクエストが非常に便利です。
1,000円(イントロプライス)で手に入れられるうちに!
KQ TixieはiOS 12以降に対応し、iPhone/iPadで動作します。価格は通常1,500円ですが、2026年7月7日まではイントロプライスの1,000円で入手可能です。AUv3対応なので、Apple SiliconのMac上のDAWからプラグイン音源として使えることも大きな魅力です。
80年代のFM音源を実機で体験した世代はもちろん、あのサウンドを知らない若い世代にも、唯一無二のFMサウンドを体験してもらいたい一作です。iPhone/iPadユーザーであれば、イントロプライス期間中にぜひ入手してください。
開発: キラキュー・テック(雲英亮太)
対応OS: iOS 12以降
価格: 1,500円(2026年7月7日まで1,000円)
App Store: https://apps.apple.com/app/kq-tixie/id6754209839
公式サイト: https://www.kiraqtech.jp/blog/kq-tixie-ja/





















コメント