クリップの箱に納められた小さなハードウェアシンセ、Gembox Synth
このGembox Synthをπλ²と並べてみると、一回り大きいサイズで、クリップの取り出し口のところに、小さなスピーカー(圧電ブザー)が取り付けられた構造です。端子としてはMIDI入力端子が1つとステレオミニジャック(実際にはモノラル出力)のライン出力が1つというだけで、電源入力端子すらないという思い切った構造です。
クリップの取り出し口にはスピーカーが組み込まれている。蚊の鳴くような微かな音量だけど…
「MIDI端子から電源供給するなんていうのはMIDIの規格的には完全に違反だと思うのですが、πλ²という前例があるので大丈夫かな、と思って取り組んでみました(笑)。πλ²の場合、USB端子での電源供給手段があるので、『電源はそこだ』という逃げはありますが、こちらは割り切ってMIDIだけにしています。もともとMIDIは接続先のフォトカプラを駆動させる、つまりLEDを点灯させることで通信する仕組みなので、電力供給能力は持っているのですが、規定されているのはLEDを点灯させることだけ。このシンセを動かす能力が保証されているわけではないんです」とg200kgさん。
g200kgこと新谷垣内達也さんにお話しを伺った
以下のビデオはg200kgさんが試作機の段階で動作状況を撮影したもの。基板やLEDの色など製品版とはちょっぴりデザインが違うようですが、出音や操作の雰囲気は分かると思います。
ちなみに、割り当てられているMIDIのコントロールチェンジは以下のとおり。たとえばCC#1で「LFO to Pitch」というのが割り当てられているからモジュレーションホイールを動かすと、ウニウニしてくれるわけですね。
MIDI CC# | Function | MIDI CC# | Function |
1 | LFO to Pitch | 72 | ENV1-Release |
2 | LFO to Filter | 73 | ENV1-Attack |
3 | LFO to PWM | 74 | ENV1-Sustain |
5 | Portamento | 75 | ENV1-Decay |
7 | Volume | 76 | LFO Rate |
64 | Damper | 77 | ENV2-Decay |
70 | Detune | 78 | Env2-Attack |
71 | OSC Mix | 80 | Filter-Cutoff |
81 | Filter-Q |
このコントロールチェンジ番号にしたがって、コントロールサーフェイスのパラメータを割り当てれば、まさにハードシンセとして音作りもできるのですが、PCを使っているなら、もっと便利なツールが用意されています。それがg200kgさんのWebサイトにあるGembox Synth Controllerです。
Google ChromeでコントロールできるWeb MIDI APIを利用したGembox Synth Controller
「もともとトランジスタ技術の2月号に8ピンDIPのARMチップという付録がついていたのがキッカケでこの音源を作りました。正確にはNXP SemiconductorsのLPC810というCPUでして、いま秋葉原で1つ75円で売っているものです。昨年11月あたりに、とにかく小さくて高速でしかもすごく安いCPUが登場するということでマイコンマニアの間で話題になったCPUです。ただ、実際に使ってみるとROMが4KB、RAMが1KBとメモリが極端に小さくアンバランス。『こんなもん、何にも使えない』と最近不評なのですが、これで音は出すことくらいはできるのでは…とすぐに取り掛かり、ブレッドボード上で配線し、プログラムも数日で完成しました」とg200kgさん。
そう、紹介が遅れましたが、これまでもDTMステーションで何度か登場していただいたことのあるg200kgさんは、VSTプラグインのソフトシンセやエフェクトにおいて、世界的にも著名なエンジニア。そしてブラウザ上でMIDIやオーディオを扱うWebオーディオにおいて第一人者なんです。そのg200kgさんの手に掛かれば、この小さなマイコンをシンセサイザにしてしまうことくらい、すぐだったわけですね。
「ハードは久しぶりでしたが、回路的にはLPC810に抵抗とコンデンサを少しつけてLED、MIDI端子、オーディオ出力を付けただけの簡単なものです。中国の会社にネットでオーダーしてプリント基板を作ってもらいましたが、10枚$18.8で作れて、すぐに届くのですから、便利なものです。最大の問題は、筐体をどうするかです。いまは文具店で売ってるゼムボックスを購入し、ここに手で穴をあけて組み込んでいるのですが、この加工が非常に難しく、手間がかかるんです。金型を起こして作れるといいのですが、そのためには1,000個くらいの生産が前提となり、資金もかかるから難しいところ。しばらくは手作業であり、多少キズがついたりすることもあるのですが、その点はご容赦ください」とのこと。
こうした生産体制であるため「プロトタイプ機」という形になっていますが、いつか「量産版」が登場するようになってくれるとうれしいですね。もしかしたら、将来「幻のプロトタイプ機」としてプレミア価値が付くのでは……なんてワクワクしてしまいます。
オープンソースではないものの、購入した人はソースコードの使用、複製、改変およびそれに基づくオブジェクトコードの御自分の非商用プロダクトへの使用および頒布が許諾されているとのことなので、プログラムの勉強をしたいという人にもお勧めですよ。
【追記】
右側のランダムボタンを長押しするとデモモードになり、パラメータをランダムに設定しながらいろいろな音が鳴っていくのですが、なかなかカオスなサウンドですごいのでSoundCloudにUPしてみました。