2月に「現代版QY10、Mobile Music Sequencerで音楽を作ろう!」という記事で紹介したYAMAHAのMIDIシーケンサアプリ、Mobile Music Sequencerが3ヶ月でメジャーバージョンアップし、iPhoneでも動作するようになったり、AudioBusに対応するなど、さらにパワーアップしています。
そのMobile Music Sequencerの開発を担当したのは、ヤマハ株式会社のデジタル楽器事業部 技術開発部 AC開発Gの岡野忠さんと山崎卓麻さんのお二人。YAMAHAでは、これまでも色々なiOSアプリをリリースしていますが、iVOCALOID以外の有料アプリは、すべてこのAC開発グループで開発しているのだとか…。普段は、浜松で開発をしているお二人ですが、先日、東京にいらっしゃる機会があったので、お話しを伺ってみました。
Mobile Music Sequencerを開発したヤマハの山崎さん(左)と岡野さん(右)
--Twitter上では、よくやり取りさせていただいているので、初対面な気がしないのですが、初めましてですね(笑)。Mobile Music Sequencer、ずいぶん評判がいいようですが、このアプリの開発背景を中心にいろいろお伺いできればと思っています。3ヶ月でメジャーバージョンアップというのは、ずいぶん早いピッチですが、元々いつごろから開発をしているのですか?
岡野:今から1年ちょっと前ですね。GarageBandやNanoStudioなど、ユニークで強力なiOSアプリがいろいろと出てくる中、ヤマハならではのアプリを作れないだろうか……と検討を開始しました。そうした中で、「コード進行を使って曲を作っていく」、「LOOP REMIXでフレーズが変えられる」といったアイディアが固まっていき、開発に取り組んでいきました。
V2.0になり、iPhoneでも動作するようになったMobile Music Sequecner
--それまでも、iOSアプリはいろいろ手がけられていたのですか?
山崎:そうですね、TENORI-ONをiPadで再現したTNR-iや、MOTIF/MOX関連のアプリなど、私たちのグループで開発を行ってきました。
岡野:ちょうどMIDIインターフェイスのi-MX1を出したタイミングでいろいろとアプリをリリースしていますが、これらもみんなそうですね。
ヤマハ株式会社 デジタル楽器事業部 技術開発部 AC開発Gの岡野忠さん
--お二人はもともとソフトウェア畑を歩まれてきたのですか?
岡野:PCのアプリケーションというわけではなく、MOTIFなどハードシンセの中のソフトウェアに携わってきました。私は主にユーザーインターフェイス部分、つまりパネルレイアウトとか画面構成、画面遷移といったものをやってきましたし、山崎はファームウェア周りをやってきています。
TENORI-ONをiPadで実現させたTNR-iはAC開発Gの開発によるもの
--いわゆる組み込み系のシステム開発ですね。iTRONとかLINUXベースなんですかね…。そのシンセ開発の部署の中でiOSアプリを開発しているわけなんですか?
岡野:いいえ、今から2年ほど前、私たち2名を含め、数名が異動するという形で、iOSアプリを開発する部署ができたんですよ。それ以来、さまざまなアプリの開発に取り組んできました。
--シンンセサイザのファームウェア開発とiOSのアプリ開発を比較するとどうですか?
山崎:iOS環境というのは、さまざまなツール、ライブラリがあって、非常に恵まれた環境です。本当にスクラッチから行っていくハードウェアのシンセサイザの開発と比較して、圧倒的にスピーディに取り組むことができます。
岡野:いい面、悪い面はあると思います。最大のポイントは開発スピードの速さでしょう。社外の資産をいろいろ利用できるので開発はしやすいですね。ただ、アップルの作法に則らなくてはならないので細かいことにこだわりたいとき、ある程度の制約は出てることもあります。
Mobile Music Sequencerのエフェクト設定画面。システム構成がなんとなくMU80などのXG音源を彷彿させる
--Mobile Music Sequencer、新バージョンになったら、オーディオトラックでも載せるのかなと思っていましたが、そうではなかったですね。
岡野:確かに2トラックほどオーディオトラックを搭載しようかとも考えました。が、オーディオを搭載するとなると、やはりこだわりたい点もたくさんあって、キリがなくなりそうでした。一方で、世の中的にはいろいろなオーディオ対応アプリもありますし、PCと連携させるというのも手です。そこでオーディオを扱いたい場合はPC上のDAWに引き渡して、そちらでやるというのが効率的だと考えました。そこで、ここはMIDIに絞ろうと、線引きをしたのです。
山崎:オーディオを搭載すると負荷が非常に高くなってしまいますしね。だから、今回のVer2では従来からのMIDIファイルのエクスポートに加え、MOTIF XF、MOX6/8などYAMAHAのシンセ向けに、代理音色が予め指定された形式での出力ができるようにもしています。また、エクスポートしたソングデータは、iTunesファイル共有機能を用いてコンピューターに取り込み、MX49/MX61で再生したりCubaseで作り込めるようにしてあります。
--個人的にはちょうど使いやすくていいなと思っているのですが、トラック数が8つしかないというのも無制限が基本の最近のDAWとはちがいますよね。その辺がQYっぽいというか……。
岡野:われわれからは特にQYという言い方はしていないんですよ。でもDTMステーションをはじめ、いろいろなところで「現代版QY」のような言われ方をして広まったのはちょっと予想外で、嬉しくもありました。ただ、みなさんから思われているほど、QYを意識して作ったつもりはないんですよ。とはいえ、QY700あたりはちょっと参考にしたかな(笑)。トラック数は増やすことはできるけれど、ある程度、制約があったほうが、使いやすいという面もあると思うんです。
--確かに、トラック数無制限で自由に何でもできる、というよりも、縛りがあったほうが作りやすいというのも事実ですよね。
岡野:実は私自身のファーストシンセがEOSのB500だったんですよ。本当に使い込みましたが、これが8トラックで使いやすかったんです。そうした過去の体験がMobile Music Sequencerの原点にはなっていますね。当時は、小室哲哉さんや浅倉大介さんに憧れて、それを真似してデータ入力をしたりしていました。
浅倉大介さんがデモ曲を制作している。画面はその「Digital Sympaty」再生中のもの
--だから、今回デモソングを浅倉さんに?
岡野:そうです(笑)。私が直接、浅倉さんにコンプトをお伝えして、作ってもらいました。EOS B500のころも感動しましたが、今回作ってもらって、改めてさすがプロの技だと感激しました。とくにこだわってくれたのは、外部スピーカーをつないだときに、音圧が出るようにと、いろいろエフェクトを駆使してくれた点。いろいろ勉強にもなりました。ぜひ、一度スピーカーを接続して聴いてみてください。浅倉さんの「Digital Sympathy」という曲とは別に、もう1曲入っている「Treasure Opus」by Yamahaというデモ曲が入っています。実は私が作った曲なんですよ(笑)。
開発者のお二人が自慢の機能、LOOP REMIXは確かに簡単操作でさまざまなバリエーションを作り出せる
--ツールを作り、それのデモ曲まで作ってしまうとは、なんか理想的なお仕事ですね。
岡野:Mobile Music Sequencerはいろいろな意味で、EOSの影響は深く受けていると思いますが、もちろん当時のEOSよりもずっと使いやすいアプリには仕上がっていると思います。やはりポイントはLOOP REMIX機能。これ自体はMOTIFにも搭載していた機能ですが、ある意味埋もれていた機能であり、まったく使っていない人も多いのが実態です。だから、iPadのアプリならこれを前面に打ち出したものが作れるだろうと考えていたんですよ。このループリミックスの操作において、音を出しながら一連の動作を止めずに操作できるというのも今風ではないでしょうか?
iPhone版のLOOP REMIXも小さい画面ながら、まったく違和感なく操作できる
--今回のVer2、もうひとつ大きなポイントは、iPhone対応になったことですよね。iPadからiPhoneへって簡単に移植できるものなんですか?
岡野:ただ縮小すればいいというわけではなく、やはりiPhoneのサイズに合わせた設計が必要であり、そのためにiPad版とはまったく別に1から作り上げていく必要があります。もちろん、最初からiPhone版を想定していたので、iPad版と並行して開発しており、同時にリリースするつもりでいたんです。ところが、途中で画面サイズが異なるiPhone5が登場してしまったので、iPad版を先に出した、というのがこれまでの経緯。今回ようやく準備が整ったので、iPhone、iPad両対応のユニバーサルアプリとして出したのです。
ヤマハ株式会社 デジタル楽器事業部 技術開発部 AC開発Gの山崎卓麻さん
--最後にお伺いしたのは、YAMAHAのような大会社がiOSアプリに取り組んで「儲かるの?」という点。PCのソフトなら何万円が当たり前の世界で、何百円という単位で2桁違いますよね。Mobile Music Sequencerの場合、1,700円とちょっと高めではあるけど、それだってPCアプリの1/10です……。
岡野:現時点において、私たちの仕事は研究リサーチ的な位置づけであることは事実です。これらのアプリを開発しつつ、お客様のニーズを拾い上げていくという形です。アプリの場合、当たるもの、当たらないものはありますが、可能性はあると思っています。また、音楽制作の世界はまだまだ敷居が高いのも事実です。手軽に安く使えるアプリを提供することで、間口を広げていくのも大きい使命だと考えています。
山崎:iCloudにも対応させたので、通勤・通学途中など電車の中で曲を作って、そのままiCloudにUPする……といった使い方が広まってくれれば、と思っています。
--ありがとうございました。