2026年6月14日(日)、東京・西早稲田のArtware hub KAKEHASHI MEMORIALにて、「電子ドラムが刻んだ技術と文化〜50年の軌跡と未来〜」と題したイベントが開催されました。これは公益財団法人かけはし芸術文化振興財団が主催する梯郁太郎メモリアルイベントシリーズの一環で、Roland α-Drum(1985年)、YAMAHA PMC1(1986年)、Pearl DRX-1(1985年)、SIMMONS SDS Vといった80年代の電子ドラムの実機が、ローランド・ヤマハ・パールの最新モデルとともに一堂に集結するという、滅多にない機会でした。
ナビゲーターを務めたのは、パーカッショニストで同財団専務理事の梯郁夫さん。ゲストミュージシャンには、ゴダイゴのドラマー・ボーカリストのトミー・スナイダーさん、ドラマーの大場俊さん、今井義頼さんが出演し、スピーカーとしてローランドの勝田雅人さん、ヤマハの竹久英昭さん、パール楽器製造の竹川彰人さんも登壇。1976年のシンセドラムから始まった電子ドラムの50年を、3社の開発担当者が自社の実機とともに語り尽くした、このイベントの模様を紹介していきましょう。
- 電子ドラムはどう進化してきたのか?Syndrumからの50年
- 膜鳴楽器と体鳴楽器、そしてスピーカーで鳴る電子楽器
- トミー・スナイダーさんと歩んだローランドの電子ドラム
- OctapadからV-Drumsへ、メッシュヘッドの原点はトランポリン
- 生ドラムをそのまま電子化するヤマハEAD50
- V-Drumsが参考にしたDTXと、ヤマハ独自のTCSパッド
- ピアノ椅子から生まれたe/MERGEのキックパッド
- Fightman、PMC1、ED10──製品ラッシュに沸いた80年代
- ドラマーと客席、どちらの聴こえ方で音を作るのか
- MIDI 2.0のドラム向けプロファイルが広げる電子ドラムの未来
- 次回はギターシンセ「弦振動が生み出すギターシンセサイザーの表現力」
電子ドラムはどう進化してきたのか?Syndrumからの50年
今回も司会進行を務めたのは、国立科学博物館元主任調査員の北口二朗さんです。イベント冒頭、「50年の軌跡」の出発点として紹介されたのが、1976年にJoe PollardとMark Bartonが開発したPollard Syndrum。華奢な作りで、叩くとポンともピューンとも聴こえる音を出す、シンセサイザーとドラムの中間のような楽器でした。
これに続いたのが米Star InstrumentsのSynareで、日本でも1978年に東洋楽器がULT-SOUNDというシンセ音源のドラムを発売。YMOのワールドツアーの映像を見ると、このULT-SOUNDのDS-4とPollardのモデルが高橋幸宏さんのドラムセットに組み込まれ、実際に音が出ている様子を確認できます。その後、生ドラムとブラインドで聴き比べても分からないところまで来たという電子ドラムの進化を、北口さんは3つの要素に整理してくれました。
1つ目はパッドの進化です。初期の電子ドラムのパッドは樹脂やゴムでできていて非常に硬く、跳ね返りも悪かったのに対し、今では見た目も機能もアコースティックドラムに近づいています。2つ目は音源の進化で、シンセサイザーの音しか出なかったものが、生ドラムをサンプリングした音源、さらに叩き方による振る舞いまで再現するモデリング音源へと移ってきました。
3つ目が多様化で、その背景にあるのがユーザーのニーズの広がりとMIDIの登場です。家で音を出せない人の自宅練習用として広まった電子ドラムは、今では電子楽器の1カテゴリーとしてマーケットの中で成熟していると北口さんは話します。この日は、それぞれ違う立場から電子ドラムを開発してきた3社の話を聞く、という流れで本編が始まりました。
膜鳴楽器と体鳴楽器、そしてスピーカーで鳴る電子楽器
本編の冒頭で梯郁夫さんは、「電子楽器とアコースティック楽器は以前はよく比較されたが、どちらにも肩入れしない中立の立場で見ていく」と宣言しました。電気も雷や静電気として自然界に存在するもので、照明が電気だからこのコンサートは人工的だと言う人は誰もいません。テクノロジーは使い方次第だ、と梯さん。
続いて紹介されたのが、打楽器の分類です。「膜鳴楽器は膜が鳴る。要は太鼓の皮が振動する。体鳴楽器は、そのもの自体が鳴る」と梯さんは説明しました。ドラムセットでいえば、太鼓が膜鳴楽器、シンバルが体鳴楽器にあたります。ところが電子ドラムの場合、最終的に音が出てくるのはスピーカー。空間ごと鳴っている本来の打楽器とは、そこが大きく違います。
トミー・スナイダーさんと歩んだローランドの電子ドラム
最初のゲストは、ゴダイゴのトミー・スナイダーさん。会場に並ぶローランドの最新モデル、V-Drums Acoustic DesignのTD-716でゴダイゴのナンバーを演奏して登場し、客席を沸かせました。そのトミーさんが来日したのは1977年で、今年で丸49年。梯さんの記憶では、ローランドがギターシンセサイザーのGR-500を発売したのも1977年で、そのデモでトミーさんが叩くのを初めて見たといいます。
来日してすぐローランドの開発に関わるようになったトミーさんは、鍵盤がまだ付いていないボコーダーのプロトタイプやリバーブのテスト、ドラムマシンの音色作りに参加しました。打楽器として最初に開発に関わったのがOctapadです。板に8つのパッドが並んだMIDIコントローラーで、音源は持たずMIDIで外部の音源を鳴らす製品でした。
そしてドラムとして関わったのが、1985年のα-Drumです。会場の一番奥に実機が展示され、なんとその音源DDR-30の設計者が客席にいて、立ち上がって拍手を受ける一幕もありました。「パッドの硬さに慣れるのが大変だった。シンバルパッドもなかったので、初めてのフランクフルト・ムジークメッセ(ドイツの楽器見本市)では本物のシンバルと組み合わせて演奏した」とトミーさんは振り返ります。
α-Drumをはじめ、80年代に各社から一斉に出た電子ドラムの元になったのが、英SIMMONSです。会場にはSDS Vの実機が持ち込まれ、実際に音が出る状態。トミーさんが叩いてみせると、「スティックの当たる音のほうが、出てくる音より大きいよね」と梯さんが笑わせました。また梯さんが懐かしんだのは、SIMMONSがテレビを席巻していたころの光景です。C-C-Bではドラマーが歌いながらSIMMONSを叩くなど、どの番組を見ても、SIMMONSが映っていた時代でした。
そしてトミーさんのために用意されていたのが、ちょっと珍しいビデオです。トミーさんはフランクフルト・ムジークメッセに通算29回参加していて、これは参加25周年の記念にドイツの友人が作ったもの。そこへ「自分も参加したい」と、ローランド創業者で財団の名の由来でもある梯郁太郎さんもメッセージを寄せていました。その内容は、R&Dへの協力をお願いしたら、製品づくりだけでなく、エンジニアを教え育てることまでしてくれた、というトミーさんへの感謝です。映像を見終えたトミーさんの口から出たのは、「涙が出る」のひと言でした。
うまくいくときもあれば、ぶつかるときもあったのでは、という梯さんの問いかけに、トミーさんは、たくさんのエンジニアと関われたことそのものが「すごいラッキーで、すごいチャンスだった」と答えます。出来上がった製品をテストして感想を言うのではなく、プランニングの段階から大きな紙に全部書き出して、エンジニアと一緒に考えていくのがトミーさんの関わり方でした。
もっとも、梯さんも指摘するように、ミュージシャンとエンジニアでは話す言葉がまるで違い、最初からかみ合ったわけではありません。トミーさん自身、打ち合わせでは「なんで?違うよ」とよく口にしていましたが、そうしたやりとりを重ねるうちに、少しずつ話が通じるようになっていったといいます。
OctapadからV-Drumsへ、メッシュヘッドの原点はトランポリン
そのトミーさんに「違うよ」と言われ続けてきたエンジニアとして登壇したのが、1984年にローランドに入社し、現在はDrums & Percussion製品企画グループに所属する勝田雅人さんです。入社した年は、α-Drumが発売される直前で、出荷を迎える瞬間を見ていたそう。またα-Drumと同じ1985年に出たOctapadについては「ドラムの音、パーカッションの音、メロディック楽器の音を出せるようにと作ったが、市場に出してみるとコントローラーとしていろんな楽器を鳴らす装置として使われた」と勝田さんは振り返ります。
まさにそういう使い方をしていたのが梯さんで、1986年のツアーではOctapad 2台にDDR-30のパッドを組み合わせて、DDR-30本体のほか、リズムマシンのTR-727やシンセサイザーのJX-8Pを鳴らしていたセッティングの写真を披露しました。翌年にはOctapadが4台に増え、サンプラーのS-50も加わっています。打ち込みの音楽が出てきた時代で、シーケンサを走らせるとレイテンシの問題があったため、なんとかして生で打ち込みの音楽を再現しようとした結果だそうです。
大型製品の企画から生まれたCompact Drum System
勝田さん自身が開発に携わるようになったのは80年代後半。パッド・インターフェースのPM-16やリズムマシンのR-8などを担当しました。その後90年代に入って勝田さんたちが目指したのが、シンバルもパッドも含めた高度な大型製品でした。
ところがアメリカの販売会社に企画を持ち込むと、「あまり値段の高いものはちょっとどうかな」と言われてしまいます。そこで要素をぐっと絞り込み、スネア、タム、キック、ハイハット、シンバルという基本の構成にまとめて1992年に登場したのが、TD-7を音源にしたCompact Drum Systemです。
このCompact Drum Systemのデモで世界中を回ったのが、トミーさんです。もともと自宅練習用に狙いを絞ったわけではなかったものの、家でドラムが練習できるという用途で受け入れられ、予想以上の売れ行きになりました。これをきっかけに、リズムマシンが中心だった開発の現場でも、電子ドラムにもう少し力を入れていこうという雰囲気が生まれたといいます。
静かさとフィールを両立したメッシュヘッド
5年後の1997年、ローランドの電子ドラムブランドであるV-DrumsのTD-10とともに登場したのが、メッシュヘッドのパッドです。当時世の中にあったのは、裏に鉄板とセンサーを持つゴムパッドと、アコースティックドラムのヘッドをミュートして下にセンサーを付けたものの2種類でした。ゴムパッドは静かでも膜ではなく、ミュートしたヘッドは膜でもパチパチとうるさいという難点がありました。やはり膜状のものをきちんと張らないといけない、と開発陣は考えていたそうです。
そんなとき、機構の設計担当者が休みの日にホームセンターで見つけたのが、子供用のトランポリンでした。網状の素材を手で叩いてみるとかなり静かで、これをドラムヘッドに応用すれば、テンションのあるフィールを保ったまま静かに作れるのではないか、と考えたのです。
試作は、アコースティックドラムのヘッドを剥がし、代わりに網状の素材を接着剤で貼るところから始まりました。音の静かさとフィールを突き詰めた末に採用したのが、二層構造のメッシュです。素材選びにはトミーさんも加わり、複数のサンプルヘッドを叩き比べてもらいながら、開発陣と一緒に絞り込んでいきました。このとき選んだメッシュの素材は、今のV-Drumsでも使われているそうです。
ところが、二層のメッシュを繊維で作るところまではうまくいったものの、量産してくれるヘッドメーカーが当時の日本には見つかりません。困って梯郁太郎さんに相談すると、返ってきたのは「僕ね、レモさん知ってるから相談してあげるよ」という言葉でした。
梯郁太郎さんと、ドラムヘッドの世界的メーカーREMOの創業者Remo Belliさんは、朝食を一緒にとる間柄でした。1996年のフランクフルト・ムジークメッセでRemoさんと同じホテルに泊まっていた梯郁太郎さんは、朝食の前に話を持ちかけてくれたのです。
「レモさん、メッシュの素材を使ってあんたんとこでドラムヘッド作れる?」「朝飯前や」。トミーさんと梯郁夫さんによるこの再現漫才に、会場は大いに沸きました。梯郁太郎さんはこの話をするときは、「勝田君、レモさん何て言ったと思う?」と、とても楽しそうに切り出したそうです。
キック、シンバル、ハイハットへ広がったパッド
メッシュがスネアとタムでうまくいくと、次はキックです。パッドを縦にして足を付け、中にクッション材を入れてバウンスを調整し、キック用のパッドに仕立てました。こうして1998年に登場したのが、キック用メッシュパッドのKD-120です。とはいえ、ドラムは太鼓だけでは成り立たず、シンバルも欠かせません。
2001年に登場したシンバルパッド、V-CymbalのCY-14CとCY-15Rのきっかけは、ゴムパッドのシンバルでは振り切ったときにスティックが痛く、フィールが良くないという声でした。振り切れるようにするには板状のものを揺らすしかないと、ゴムとプラスチックで作った円盤にセンサーを仕込んだのです。ボウとエッジの叩き分けもでき、本物のシンバルのように揺れます。続く2004年のハイハット、V-Hi-HatのVH-12では、トップとボトムの2枚が開閉する本物と同じように動かせるよう、開閉を検出するセンサーを付けました。
梯さんは「パッドの進化といっても、本当に長い年月がかかっている」と振り返り、打楽器は叩くものだけに、手首への負担や好みの違いもある、と付け加えました。
そうして受け継がれてきた技術が詰まった最新のV-Drumsを、トミーさんはこのイベントのために10年ぶりにローランド本社のある浜松を訪れて叩いてきたそうです。「スネアでクローズドロールもできるし、ハイハットのレスポンスがすごく良くなっている。ダイナミクスも素晴らしい」とトミーさんは語ります。
さらに勝田さんが、現行モデルとは別の取り組みとして紹介したのが、2024年発表のV-Drums Quiet Designです。メッシュパッドよりもさらに静かで、特にリムショットしたときの音はかなり抑えられているといいます。
生ドラムをそのまま電子化するヤマハEAD50
次に登壇した、ヤマハで電子ドラムの製品企画を担当する竹久英昭さんが持ち込んだのは、普通の電子ドラムとは毛色の違う製品でした。海外では2026年1月に発表され、国内では4月に発売されたEAD50(税込269,500円)です。ベースになるのはあくまでアコースティックドラムで、そこにEAD50を取り付けることで、生ドラムのまま電子ドラムの機能も使えるハイブリッドなドラムになります。バスドラムの上に付けるセンサーユニットにはステレオマイクが入っていて、これでバスドラムを含めたセット全体の音を収音する仕組みです。
その音を受けるのがメインユニットで、ミキサー的な機能、電子ドラムの音源、エフェクトといった、ドラマーに必要な周辺機材をオールインワンにまとめたものです。さらにスネアに付けたトリガーユニットのDT50Sや、横に置いた電子ドラムのパッドの信号もメインユニットに送れるので、生とエレクトロニックのハイブリッドなドラミングが実現できます。
EAD50で聴かせた3つのサウンド
デモを担当したのは、有形ランペイジやCASIOPEAで活躍するドラマーの今井義頼さんです。マイクで拾った生ドラムの音に手元でエフェクトをかけ、ドラマー自身で音を作れる上、そのまま録音までできる。そう説明しながら、その場で3パターンを演奏しては録音を再生してみせました。
1つ目は、センサーユニットのマイクで拾ったそのままの音。2つ目は、そこにリバーブとコンプレッサをかけた音です。この日のキットはコンパクトなStage Custom Hipで、浅くて小さいバスドラムでは出しづらい迫力のある低音も、トリガーで大きなバスドラムの音を重ねて補っていました。
3つ目は、パッドでクラップやゲートリバーブのかかった音をトリガーし、ヒップホップ的な「ブン」という太い音をバスドラムに重ねたエレクトロニック系のサウンドです。アコースティックドラムを収音するには通常マイクを何本も立てる必要があり、ミキシングにも知識と時間がかかります。それを1つのセンサーユニットで済ませてしまうのがEAD50です。
発想を逆転させて生まれたEAD10
EAD50の前身、EAD10が発表されたのは2017年。初めて見たとき、梯さんは発想の転換を強く感じたそうです。社内でハイブリッド楽器を作りたいというテーマは昔からあったものの、プロジェクトの最初は、各太鼓にマイクやセンサーを仕込む電子ドラム的な方法だったと竹久さんは明かします。ところが各太鼓を収音してミックスすると位相が干渉し合う上、近接で録ると音が悪くなってしまうという問題がありました。
そこで発想を逆転させ、レコーディングで3本や4本のマイクでドラムを録るメソッドのように、少ないマイクでドラム全体を収音できないかと一気に舵を切りました。試してみると、バスドラムの上のステレオマイクで全体がきれいに収音できると分かり、これが企画のきっかけになったそうです。
通常はアーティストの意見を聞いてからスタートする開発が、EAD10に限ってはアーティストに意見を聞かずに始まったのも異例でした。決め手は、ドラマーではない社内のメンバーの反応だったそうです。リバーブをかけてスティックでカチカチと鳴らしただけでも叩く楽しさが味わえた、というフィードバックがあり、これならいけると判断したといいます。
ただ、今井さんはEAD10の発売前に、その仕組みにひと足早く触れていました。ヤマハ本社を訪ねたときに「怪しげなスタジオ」へ案内され、ヘッドホンを着け、マイクの仕掛けられたドラムを叩くように言われたそうです。最初はマイクで拾ったそのままの音でしたが、フェーダーがグッと上げられると、叩いた音にドーン、パーンとリバーブがかかりました。そこで「こういう機材があったらどうですか」と聞かれたといいます。
守秘義務があったので外では一切話さなかったものの、数年後、1本のマイクでそれができる製品が登場したときは「強烈なインパクトだった」と今井さんは振り返ります。エフェクトも気軽にかけられ、電子ドラムならではの音作りが生ドラムでできることに感動した記憶があるそうです。
V-Drumsが参考にしたDTXと、ヤマハ独自のTCSパッド
ヤマハの電子ドラムDTXシリーズは、この日紹介された初代DTXから始まり、DTXPRESS、DTXTREME、DTXPLORERと続いていきます。初代を手がけたのは竹久さんの上司で、2002年に入社した竹久さんがソフトのエンジニアとして最初に担当したのが、DTXPLORERのUI周りや練習機能でした。
初代DTXの話を受けて勝田さんが明かしたのが、最初のV-DrumsとDTXの意外な関係でした。DTXが出たころ、評価が高くよく売れているという情報はローランドの開発陣にも届いていて、最初のV-Drumsの音源モジュールは、DTXを少し参考にしながら作った記憶があるそうです。具体的には、フロントが平らで机の上にも置ける形や、スライダーで音量を調整できるところだといいます。この打ち明け話には、梯さんも「なかなかこういう場所でないと聞けない話」と驚いていました。
練習機能に力を入れたDTXシリーズ
DTXシリーズはその後、もっと気楽にトレーニングできる小型のキットへと広がっていきました。ドラムセットまでは買えなくても手軽に始めたい人が、小さなキットから入れるようになったのは大きい、と梯さんは話します。女性ドラマーや小学生のドラマーが活躍しているのも、早い時期に電子ドラムで気軽にドラムに触れられたからではないか、と続けました。
これには竹久さんも同意します。2018年にDTX402シリーズを発売したころには、中国のメーカーも電子ドラムを安く出し始めていて、それも結果として市場を広げることになったそうです。こうして最初に触れるドラムが電子ドラムという人が増えていく中で作ったDTX402シリーズは、練習機能の開発に大変苦労したモデルでもあるといいます。
その練習機能について、今井さんもDTXで特に重宝した機能を挙げています。それが、タイミングぴったりに叩かないと音が出ないリズムゲート機能でした。メトロノームに合わせて叩き、少しでもずれると音が出ないので、続けるうちにリズムが鍛えられるのが特徴です。今井さんは熱中しすぎて途中で少し病んだこともあるそうですが、それがリズムをしっかり叩くドラマーとしての土台になったと振り返ります。
DTX10に移植された、PAの音作りを手元に戻すモディファイアー
そうした入門向けのキットとは逆に、シリーズのハイエンドに位置するのが、2021年に発売された現行のDTX10シリーズです。木の素材感があるシェルは、実際にヤマハのアコースティックドラムを作っている中国の工場製で、塗装もアコースティックドラムのRecording Customと同じものが施されています。
そのDTX10の音源に搭載されているのが、モディファイアーという機能です。ノブを回すだけで、コンプレッサやリバーブをかけるといった、PAエンジニアがミキサーで行うような音作りができます。もともとはEAD10のために作った機能で、それをDTXにも移植しました。ライブで最終的に音を決める権限を持っているのはPAなので、その音作りをもう一度ドラマーの手元に戻したい、という竹久さんたちの思いから生まれた機能です。
シリコンを発泡させたTCSパッド
パッドについては、前述のローランドのメッシュパッドがユーザーに支持される中、「我々も独自のパッドを作りたい」と2006〜2008年ごろに社内プロジェクトを立ち上げて生まれたのが、2010年のDTX900シリーズから採用されたTCS(Textured Cellular Silicone)パッドです。素材はシリコンを発泡させたもので、「我々からするとA剤、B剤というぐらいしか知らず、本当のレシピは重役が持っている金庫の中にあるという噂を聞いたことがある」と竹久さんは明かします。
このTCSパッドを気に入って自身のキットに組み込んでいるのが、Def LeppardのドラマーRick Allenさんです。80年代の事故で片腕を失った後もバンドを続けたいと考えたRick Allenさんが、電子ドラムを使い始めたきっかけは、SIMMONSが片腕でも演奏できるキットを提供したことでした。そして今、そのRick Allenさんの演奏を支えているのがヤマハです。
竹久さんが3年前にRick Allenさんを訪ねたときの写真には、ドラムテックのJeff Diffnerさんも写っていました。Rick Allenさんが「こうしたい」と言えば、Jeff Diffnerさんがハードウェアからソフトウェアまですべて手作りで形にして、Def Leppardのライブを支えているそうです。
アーティストの思い描く演奏を技術で支え、片腕でも演奏できるようにしていく姿に、竹久さんは電子ドラムがこれから向かう方向を見たといいます。同時に、Pollard Syndrumが登場した1976年より前、知識のある人がアーティストのためにワンオフで機材を作っていた時代の姿も重なって見えたそうです。
ピアノ椅子から生まれたe/MERGEのキックパッド
パールのパートは、数多くのアーティストと共演するドラマー、大場俊さんのe/MERGE PROによるデモ演奏から始まりました。叩いてみて大場さんが一番すごいと感じたのは、バスドラムの打感だといいます。キックパッドの中にはクッションのようなものが入っていて、生のバスドラムを踏み込んだときの少し沈み込む感覚が、よく再現されているそう。生ドラムと同じ感覚で叩けるところが多いほど、自然に演奏できるといいます。
これを聞いた梯さんが引き合いに出したのが、会場に並ぶ80年代の電子ドラムです。当時のカチカチのパッドからすれば、e/MERGE PROの打感は限りなく生ドラムに近づいているといいます。ところが見た目はむしろ逆で、「知らない人が入ってきたら、これが今のドラムで、あっちが未来のドラムだと思っちゃいそう」と梯さんが言うほど、80年代の電子ドラムは未来的な見た目をしていました。
ここで梯さんが聞きたがったのが、このキックパッドの開発の話でした。ローランドは電子楽器メーカー、ヤマハは総合楽器メーカー、パールはドラム専門メーカーと3社は立場が違うだけに、ハードウェアの話をぜひ聞きたいと声をかけたのが、パール楽器製造で長く電子ドラムの開発・設計を担当してきた竹川彰人さんです。
e/MERGEはコルグとの共同開発で、竹川さんはしょっちゅうコルグに通い、ああでもないこうでもないと開発を進めていたそうです。キックパッドをどうするかで悩んでいたとき、ふと目に入ったのが、コルグに置いてあったピアノの椅子でした。「これだ」とひらめいた竹川さんが、椅子が汚れるのも構わずペダルで踏んでみると、これが非常に感触が良かったといいます。
ドラマーの中には、丸いドラム椅子を横に倒して練習パッド代わりにする人もいますが、丸い座面だと弾みすぎてしまうそうです。その点、ピアノ椅子の四角い座面は弾み具合が適度だったのではないか、と竹川さんは振り返ります。この四角いパッドを原型に工夫を重ねて、バスドラム型のシェルに埋め込んだのが、今のキックパッドです。シェルは基本的にバーチで、パールの高級アコースティックドラムと同じように、カラーバリエーションも豊富に揃えているといいます。
Syncussionから始まったパールの電子ドラム史
梯さんが「今回初めて気がついた」と驚いていたのは、パールの電子ドラム歴の長さでした。本格的な電子ドラムのDRUM-Xはローランドと同じ1985年の登場ですが、パールはそれより前の1979年に、パーカッションシンセサイザーのSyncussionを発売していたのです。
日本ではあまり知られていないものの、アメリカではパールの電子ドラムがかなり展開されてきました。その1つが2010年のe-Pro Liveで、シリコンのパッドをアコースティックドラムにそのまま取り付け、外せば元のアコースティックドラムに戻る製品でした。見た目をアコースティックドラムに近づけた今の電子ドラムの流れを、先取りしていたのでは、と梯さんは話します。
このe-Pro Liveをきっかけに音源メーカーとのつながりができ、パールUSAが中心になって2017年に作ったのが、音源モジュールのMimic Proです。ソフト音源のSteven Slate Drumsを搭載し、タッチスクリーンまで備えた姿はまるでコンピュータのようで、梯さんも見たときは、ついにここまで来たかと驚いたといいます。
そしてe/MERGEに続いて最近登場したのが、ドラムを始めたばかりの人や、これから始める人に向けた普及価格のeRoadshowです。この価格帯はローランドやヤマハがすでに製品を出していて、パールは出遅れていたといいます。中間の価格帯はまだないものの、これでパールのラインナップはハイエンドから入門まで一気に広がった形です。
生ドラムに見せた真矢さんのキット
アーティストとの取り組みとして紹介されたのが、2026年2月に亡くなったLUNA SEAの真矢さんのキットです。写真では一瞬生ドラムに見えますが、シンバルと、左手側にある細長い小径のロケットタム以外は、すべてe/MERGEでできています。ヘッドもメッシュではなくアコースティックドラムのものをそのまま使っていて、このキットがe/MERGE PROの先駆けになりました。
それ以前の真矢さんは、いかにも電子ドラムらしい見た目のe/MERGEを使っていました。真矢さんの監修のもと、日本有数の音響エンジニアも関わって、音は素晴らしく仕上がっていたそうです。それでも電子ドラムというだけで先入観を持たれることが多く、会場に来ていない人からも、SNSで「電子ドラムだから全然ダメだ」という声が上がっていました。
その悔しさを真矢さんと話す中で、竹川さんが持ちかけたのが、見た目を思いきりアコースティックドラムに似せるというアイデアです。お客さんをだますためではなく、先入観なしで音を聴いてもらうための提案でした。真矢さんも「それは面白いね」と乗り気になり、音響スタッフも本物に近づけようと、各太鼓にマイクまで立てたといいます。実際、ほとんどの人が電子ドラムだと気づかず、純粋に音で評価してもらえたそうです。
Fightman、PMC1、ED10──製品ラッシュに沸いた80年代
ここで話は、生ドラムに近づく前の80年代へとさかのぼります。駆け足で振り返る中でまず登場したのが、パールのFightmanです。練習台をそのまま電子ドラムにしたような製品で、トミーさんが「この名前、誰が決めたの?」と突っ込むと、「昭和は根性で練習しろということでは」という声も上がりました。
Fightmanにはプラスチックシンバルもあり、ピエゾが付いていたらしく、ハイハットもオープンとクローズができたらしいといいます。ただ、その仕組みは「今となっては知っている人がいない」そうです。
その後もパールは、1985年にDRUM-XやDRX-1を出すと、翌1986年にはもうSyncussion Xを出していて、会場の奥には当時のパールの音源も置かれていました。
同じ1986年には、ヤマハもPMC1とPTX8を発売しています。ヤマハの電子ドラムの第1号は、その前年に出たD1でした。PMCはパーカッションMIDIコンバーターの略で、PMC1は叩いた信号をMIDIに変換する機器なので、音源は付いていません。パッドには、バスドラム用のPBD1やスモールドラム用のPTT1を組み合わせて使います。
当時のカタログや取扱説明書でも音源にはリズムマシンのRX5を使うよう紹介されていて、電子ドラムの黎明期は音源が別というイメージが強かったのではないか、と竹久さんは話します。一方、会場に置かれていたPTX8は、音源を内蔵したパーカッション・トーン・ジェネレーターです。
ヤマハからもう1台持ち込まれていたのが、80年代のED10です。アナログ音源のパッドで、1万数千円とパッド1枚から買える価格でした。ギターのエフェクタのようにパッドを数珠つなぎにしていく仕組みで、音声は2台分までをミキサーのLM1へ送り、電源は5台まで順送りで供給できたそうです。「年を経て音が出るなら聞いてみたい」という梯さんのリクエストで、会場では実際にその音が鳴らされました。
ドラマーと客席、どちらの聴こえ方で音を作るのか
90年代以降の電子ドラムは、生ドラムの音を1つの基準にしてきました。それでも音作りの部分は残っていて、そこで梯さんが投げかけたのが、ドラムには方向があるという問題です。ドラマーにとってタムは左から右へ並びますが、客席からは逆向きに見えます。レコーディングでも、自分の右にあるフロアタムはコントロールルームでは左になり、キックに至っては、叩いている人が聴く前面の音と、マイクが拾う反対側の音とで、位相が逆の関係です。客席とドラマーのどちらに向けて電子ドラムの音を作るかは、梯さんが40年来抱えてきた疑問なのだとか。
トミーさんが大事にしているのは、自分が叩いて聴いた感じのまま、お客さんに聴いてもらうことです。コロナ禍にゴダイゴのアルバムをニューヨークのエンジニアにリミックスしてもらった際も、ドラムを叩いている自分の位置から聴こえる感じでミックスしてほしいと頼んだと明かしました。
一方の今井さんは、一周回って、お客さんにどう聴こえるかがすべてという考えです。客席のスピーカーは左右に離れているので、ハイハットとライドシンバルを左右に振ると「随分大きなドラムだな」と聴こえてしまい、広げすぎれば、片側の客席にはハイハットが、反対側にはフロアタムが聴こえなくなってしまいます。また、ツインドラムで掛け合うときは、その瞬間だけパンを切り替えたほうが自然に聴こえることもあり、曲の中でパンは固定されるものではない、とも話していました。
作曲の仕事もする大場さんは、デモ制作では自分に聴こえる向きでパンを振ってしまうものの、音源作品か映像作品かライブかで変わってくるのでは、という考えです。
MIDI 2.0のドラム向けプロファイルが広げる電子ドラムの未来
最後のテーマは電子ドラムの未来で、その前提として梯さんが紹介したのが、MIDI 2.0のドラム向けプロファイルです。
MIDIが40年を経てMIDI 2.0となり、「【NAMMレポート7】MIDI 2.0規格にPiano Profileが登場。Roland A-88MKIIに搭載されIvory3とのデモも展示」で紹介したPiano Profileに続いて、ドラムに特化したプロファイルも登場しました。MIDI Associationのサイトでは、Drum Performance Profileとしてその内容が紹介されています。
MIDI 2.0の一番大きな特徴は、送る側と受け取る側の一方向だったMIDIが双方向になったことです。送る側が「あなたの楽器の能力はどうですか」と聞くと相手が答えてくれるので、つなぐだけで楽器同士の最適化が図られます。
ドラム向けのプロファイルでは、キックはキック、ハイハットはハイハットとして楽器ごとに扱い、これまで叩いたという情報と強さだけだったメッセージに、音符ごとのコントロール情報が加わります。パッドのどの位置を叩いたか、シンバルのチョーク、踏んだ後にさらに踏み込むとピッチがわずかに上がるハイハットのニュアンスなども扱えるようになり、これまでのスイッチ的な扱いより自然に振る舞えるようになるそうです。
さらに双方向のやりとりを生かして、どの番号にどの楽器が割り当てられているかや、チューニング、シェルの深さといったドラムの情報を取得し、音色を編集する仕組みも標準化していく計画だといいます。
この話を受けて、梯さんは登壇者それぞれに、電子ドラムにこれからどうなってほしいかを聞いていきました。最初の竹川さんが挙げたのは、真矢さんが話していたという「勝手に自動で叩いてくれる」ドラムです。
続く大場さんは、初めて電子打楽器に触れたときの話から始めました。大学生のころ、新宿の楽器店で四角い機械を叩いた途端にとてもかっこいい音が出て、近未来を感じてワクワクしたそうです。時代が進んでも、初めて叩く人がそんなふうにワクワクできる電子ドラムにこれからも巡り会えたら、演奏する立場として幸せだと語りました。
竹久さんが挙げたのは、ドラムの魅力と弱点は裏返しだということです。たとえば音が大きいことは、ドラマーにとってたまらない嬉しさであると同時に、最大の弱点にもなっているといいます。これを「Pain/Gain」と呼び、Gainにあたる嬉しさをどんどん増やし、Painにあたる嬉しくないところをなるべく減らす製品を、メーカーとして作っていきたいそうです。リズム楽器としてのドラムは、ゴリラのドラミングまで遡れるほど歴史が長く、それだけ可能性のある楽器だと続けました。
今井さんは、ずっと取り組んできた生ドラムと電子ドラムのハイブリッドを、これからも追求していきたいと話します。もう1つ期待するのは、大場さんの話にも通じる、ドラムを始める人のハードルを下げることです。生ドラムで思うような音を出すには鍛錬が要りますが、電子ドラムなら店先で叩いただけでかっこいい音が出て、それがドラムを始めるきっかけにもなるといいます。
勝田さんは、話を先ほどのMIDI 2.0につなげました。演奏したときのニュアンスをもっと音色に生かしていけば、電子ドラムはまだまだ発展できる分野だといいます。
そして最後は、7か所ほどの専門学校でドラムを教えているトミーさんです。ドラムはほかの楽器に比べて一番ごまかしが利く楽器で、ギターは持ったことがなければ音も出せませんが、ドラムは誰でもセットに座って叩けば音が出るといいます。それでもドラマーは、叩きながら音色を作っているのだそうです。シンバルのチョークも今はただのスイッチですが、本物のシンバルはチョークする場所によって音が変わります。MIDI 2.0やこれからの技術で、そうした位置の違いがもっと音に反映されるようになることを期待している、と語りました。
以上、6月14日のイベント「電子ドラムが刻んだ技術と文化〜50年の軌跡と未来〜」から、その一部を抜き出して記事にしてみました。3人のドラマーによる実機のデモも含め、当日の様子はYouTubeで公開されているので、ぜひご覧ください。
次回はギターシンセ「弦振動が生み出すギターシンセサイザーの表現力」
公益財団法人かけはし芸術文化振興財団では、次回の梯郁太郎メモリアルイベントとして、ギターシンセサイザーをテーマにした会の開催が決定しています。ギターのオーディオ信号をフィルターで加工する技術が、弦振動をデジタル変換してシンセサイズするまでに進化した歴史をたどる内容です。その上で、ギターシンセサイザーはキーボーディストの代理なのか、新たな表現を生むツールなのかを、先駆者の証言とともに検証していきます。プログラムは、初期のギターシンセサイザーあれこれ、進化の歴史と音楽文化への影響、先駆者が語る音楽表現力などを予定。
ゲストミュージシャンは、ローランドとの関係が深く、同社のV-Guitar(VG)にちなんで「VG伝道師」とも呼ばれたコンテンポラリー・ジャズ・ギタリストの矢堀孝一さん。そして、楽器メーカーのデモンストレータとしてプロ活動をスタートし、渡辺貞夫グループに参加する養父貴さんです。
スピーカーは、「Mr.Roland」と称されたプロダクトスペシャリストのアイク植野さん、富士ローランドでGR-300やGR-100などのギターシンセサイザーを開発した松井朗さん、BOSSの開発部門で最新のギターシンセサイザーGM-800やギター・モデリング・プロセッサVG-800を担当した福士直仁さんの3人が揃い踏み。ナビゲーターは、作編曲家でキーボーディストの篠田元一さんが務めます。開発側とプレイヤー側の双方から話が聞けるという、このシリーズならではの顔ぶれです。
開催日時:2026年11月23日(月・祝)開場16:00 / 開演16:30(終了予定18:00)
会場:Artware hub KAKEHASHI MEMORIAL(東京都新宿区西早稲田3-14-3)
入場料:2,000円(税込)
入場チケット:https://teket.jp/11132/81652
関連情報:公益財団法人かけはし芸術文化振興財団サイト
ギターシンセサイザーの歴史に関わってきた開発者とギタリストによる証言は、また貴重なものになりそうです。お時間のある方は、ぜひ参加してみてはいかがでしょうか?
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