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Moog、Buchla、ARP 2500、SYSTEM-700が集結。「シンセサイザー創世記」から見えたモジュラー文化60年の系譜

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2026年2月11日(祝)、東京・西早稲田のArtware hub KAKEHASHI MEMORIALにて、「“シンセサイザー創世記” 進化するモジュラー・シンセシス」と題したイベントが開催されました。これは公益財団法人かけはし芸術文化振興財団が主催する梯郁太郎メモリアルイベントシリーズの一環で、Moog IIIC(1971年)、Buchla 100(1964年)、ARP 2500(1970年)、Roland SYSTEM-700(1976年)、EMS VCS3といった伝説的なモジュラー・シンセサイザーの実機が一堂に集結するという、滅多にない光景が実現しました。

ナビゲーターを務めたのは、YMOの第4の男として知られる松武秀樹さん。ゲストミュージシャンには、モジュラーシンセ・アーティストのHATAKENさん、音楽家/プロデューサーの江夏正晃さん、パーカッショニストの梯郁夫さんが出演し、ゲストとして東京藝術大学音楽環境創造科教授の亀川徹さんも登壇。デジタル化の波で絶滅の危機に瀕したモジュラー・シンセサイザーが、いかにしてユーロラックという形に進化し、世界的な文化として復活を遂げたか——その歴史と哲学を語り尽くした、濃密な2時間となりました。

2026年2月11日、「”シンセサイザー創世記” 進化するモジュラー・シンセシス」が開催された

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シンセサイザーとは何なのか?その基礎を解説

今回も司会進行を務めたのは、国立科学博物館元主任調査員の北口二朗さんです。イベント開演前、「全くご存じない方がこのままスタートすると困惑されるかもしれないので」と、シンセサイザーの基礎をわかりやすく解説してくれました。

国立科学博物館元主任調査員の北口二朗さん

シンセサイザーとは「電子回路を使って音を合成・生成する楽器」であり、その方式は大きく5つに分類されます。ハモンドオルガンなどに用いられる加算方式、ヤマハDX7のFM音源が代表的なFM方式、いわゆるサンプリングにあたるPCM方式、そして弦楽器や管楽器の物理構造をシュミレーションする比較的新しい物理モデリング方式。そして今回会場に集まったアナログのモジュラーシンセが採用している減算方式です。

減算方式の信号の流れはシンプルで、オシレーターで音を発振し、フィルターで周波数を削り、アンプで増幅する——という3段階。「上の方をカットすると低い音が強調される。その逆もしかり」というフィルターの説明は、これからの実機デモを見るうえで非常に役立つ導入となりました。

Moog IIIC、Buchla 100、ARP 2500──伝説的実機が集結

この日のステージには、重量級の実機があまりに多く集まったため、ステージを通常の高さに上げることができなかったといいます。その結果、客席スペースが狭くなってしまい、入場チケットを入手できなかった方が数多く出るほどの盛況ぶりでした。「熱くなると暴走して止まってしまうので、今日は会場の温度を低めにしています。上着をして膝にかけてご勘弁ください」という松武さんの一言が、笑いとともに独特の緊張感をもたらしました。

ナビゲーターを務めた松武秀樹さん

松武さんがまず行ったのは、並んだ実機の紹介です。向かって左端がRoland SYSTEM-700(1976年)。「日本でモジュラー形式の機材が最初に発売されたもの」と松武さんは語ります。

Roland SYSTEMー700

その隣がARP 2500(1970年)。スティーヴン・スピルバーグ監督の映画『未知との遭遇』で、大型宇宙船との交信シーンに使われた楽器として知られています。

ARP 2500

右側に3台並んでいたのがBuchla 100(1964年)。東京芸術大学が所有するもので、東京オリンピックと同じ年に製造されました。

Buchla 100

そして松武さん自身が所有し、「世界中を一緒に回ってきた」と語る愛機がMoog IIIC(1971年製)。なんとオシレーターを9基搭載しており、これよりも小さかったミニモーグが「ミニ」と名付けられたと聞けば、その巨大さが想像できます。

MOOG IIIc

これらに加え、ピンク・フロイドの『The Dark Side of the Moon』でも使われたEMS VCS3も展示。「ブライアン・イーノ、私たちYMOも使いました。最近まで受注生産していましたが、もう難しいようで、なかなか手に入らない楽器です」と松武さんは語りました。さらに比較的新しいMoog Mother-32やHATAKENさんのユーロラック機材も並び、新旧とり混ぜたラインアップとなりました。

MoogとBuchla──東海岸と西海岸の思想対立

歴史のトークでまず登場したのが、電子楽器開発の草分けとされるハーヴァルト・ボーデという技術者の名前です。テレハーモニウムなど初期電子楽器の開発に携わったボーデは、トランジスタ技術が登場した1960年代初頭に、コンパクトで自己完結したモジュラーシンセサイザーのコンセプトをAES(Audio Engineering Society)で発表しました。そのコンセプトを受け継いで実現したのが、東海岸(ニューヨーク州)のRobert Moogと、西海岸(カリフォルニア州)のDon Buchlaという2人の技術開発者です。

Moogは1963〜64年にかけてジャズ作曲家のHerb Deutschと出会い、「ミュージシャンに何が必要か」という視点から開発を進めました。鍵盤を採用し、ドレミの音階で演奏できる楽器としての完成度を追求したのです。一方のBuchlaは、西海岸のアートコミュニティやフラワームーブメントと深く結びつき、「ドレミという規制から脱却した自由な表現」を理念としていました。タッチ鍵盤を採用して演奏者が好きなスケールを自由に組めるその設計は、電子音響実験や前衛音楽の文化と強く親和していました。

「Moogがミュージシャンのためにドレミの世界を作ったとすると、Buchlaはアートとして音を自由に扱う世界を追求した。そこには明確な哲学の違いがあった」と松武さん。この対比は、その後のシンセサイザー文化の多様性の源泉となっていきます。

DX7とMIDIが変えたシンセサイザーの世界

同時代の日本では、コルグがPS-3100(坂本龍一さんや細野晴臣さんが愛用)やKS-3100などを、ローランドがJupiter-4やSH-09を、ヤマハがSY-1などを展開していました。そして1983年、大きな転換点が訪れます——MIDIの誕生です。それまでのCV/ゲートによる機材間連携から一歩進み、異なるメーカーの楽器どうしがデジタル規格で通信できるようになりました。

ゲストミュージシャンの江夏正晃さん

江夏正晃さんは自身のシンセとの出会いをこう振り返ります。「中学1年生の終わりにYMOの散会コンサートを観て、シンセサイザーに一気にはまりました。そのころはちょうどアナログが終わりに向かい、デジタル化が始まる過渡期。最初に手にしたのはDX7で、親を半ば強引に説得してヤマハのお店で一緒に買いに行きました。当時は高かったですよ」。さらに「そのDX7のおかげで暴れていた僕が真面目になった(笑)。子どもがなかなか言うことを聞かない親御さんがいたら、シンセを与えると効果的ですよ」と笑わせてくれました。

現在、江夏さんは自身のスタジオに1970年代後半から現代まで多数のシンセを所有し、レコーディングのたびに最適な機材を選び出して使っています。中でもユニークな仕事として語られたのが、トヨタのEV・ハイブリッド車の車外接近通報音やスポーツカーやEVの加速音の制作です。「電気自動車には加速音がないと危険なので、こういったモジュラーシンセで音をデザインしています。モジュラーシンセは音楽制作だけでなく、さまざまな場面で使えるんです」。

ユーロラック文化はいかに世界へ広がったのか

日本におけるユーロラック文化の牽引者として、HATAKENさんが登壇しました。そもそもユーロラックとは、ドイツのDoepfer(ドイプファー)が1990年代にアナログ・デジタルのモジュールを3Uラックサイズで統一したフォーマットのことで、「ドイツのインターネットフォーラムで『こんなの作れたら欲しい』という声が集まり、それがやがてひとつの標準規格になっていった」という経緯が紹介されました。

ゲストミュージシャンのHATAKENさん

HATAKENさんが「Tokyo Festival of Modular」(現「FOM:Festival of Modular」)を立ち上げたのは2013年のこと。当時の日本ではユーロラックを知っている人がほとんどいなかったといいます。「海外からアーティストを招いて展示会とライブを組み合わせたイベントをやったところ、第1回から多くの人が来てくれました。冨田勲先生が出演されたこともあり、コミュニティは着実に育っていきました」。

現在、ベルリンで開催されるSuperBoothには250社以上が出展するまでに拡大し、アジアでも中国・韓国・台湾を巻き込んだコミュニティが形成されています。「中国でFOMと同様のイベントが始まったのも、東京の活動が影響を与えたから」という言葉が印象的でした。

「Buchlaが追求した西海岸の哲学——既成の枠に縛られない自由な表現——は今のユーロラック文化にも受け継がれている。アンビエントや電子音響実験との親和性がそれを証明しています」とHATAKENさん。

「朝パッチ」とAIでは代替できないモジュラーの魅力

トークは次第に、モジュラーシンセの哲学的な側面へと深まっていきます。江夏さんの「モジュラーシンセはパッチングと向き合うことで、自分がどんなサウンドを好きなのかが鏡のように見えてくる」という言葉に、松武さんも「同じ機材を持っていても、パッチの組み方でまったく違う音になる。毎回同じことができない。将棋の棋譜のように、無限大の可能性がある」と応じました。

「モジュラーの沼にハマると出てこられない」という言葉も笑いとともに飛び出す中、「毎朝ごはんの前にパッチングをする——”朝パッチ”ですよ」というHATAKENさんの発言が会場を沸かせました。

また、「AIがシンセの音を生成することはできても、パッチングの偶発性や、接触不良すら音楽になる瞬間はAIには真似できない」という議論でも出演者の意見が一致しました。コンピューターで制御されているものがほとんどない——それがこのイベントのステージの特徴であり、モジュラーシンセの真骨頂です。

モジュラーシンセはパソコンなしでも完結できる一方、CVコンバーターを介してDAWと連携することも可能です。「古い技術と新しい技術が共存しながら、また違う音楽が生まれていく」——この一言が、イベント全体の精神を表していました。

東京藝術大学に残るモジュラー・シンセ60年の歴史

続いて登壇したのは、東京藝術大学音楽環境創造科教授の亀川徹さん。NHKで音楽番組の音声を担当した後、2002年に東京藝大に着任し、現在は27チャンネルにおよぶ立体音響の研究を続けています。

東京藝術大学音楽環境創造科教授の亀川徹さん

東京藝大のシンセサイザー導入の歴史は意外なほど古く、1966年ごろに音響研究室が設置され、1969年に最初のBuchla 100が購入されたのが始まりです。「当時の価格は500万〜1000万円(1ドル360円時代)。3年がかりで会計を説得して買ってもらったという記録が残っています」と亀川さん。その後Moog IIIC、ARP 2500、そしてRoland SYSTEM-700と、約18年かけてこれらの名機が揃えられていきました。今日ステージに並んでいる機材の一部はまさにその東京藝大の所蔵品で、坂本龍一さんが触れた機材に残る「指紋」の話には会場がどよめきました。

DX7が登場した1983年以降、シンセサイザーが個人で購入できるものになると、「学校にしかない機材」としての優位性が薄れ、電子音楽の授業は縮小の方向へ。しかし2002年に音楽環境創造科が設置されて以降、Roland 100Mを使った「サウンドシンセシス」という授業が復活し、学生たちがシンセの原理を体で学ぶ場が再び設けられています。授業映像が会場で流れると、学生たちが楽しそうに音を探る様子に自然と笑顔がこぼれました。

またSchockhausen(シュトックハウゼン)の「Studie II」を再現した芸大の取り組みも紹介されました。193種類の周波数の組み合わせを指定した楽譜に従い、学生がひとつひとつテープを切り張りして再現するというプロセスは、「仕組みそのものが作曲」というミニマル音楽の哲学を体感できる試みです。

「プラグインに頼る制作が主流になった今だからこそ、デバイスを実際に手で触り、体で音を作る感覚が重要」という言葉が印象に残りました。

打楽器とシンセはどこでつながるのか

後半のセッションでは、パーカッショニストの梯郁夫さんがaFrameという楽器を持ち込みました。ATV株式会社が開発した電子打楽器で、一見するとただの板ですが、裏面にトランスデューサーが配置されており、さまざまな奏法でユニークな音色を生み出します。

パーカッショニストの梯郁夫さんとaFrame

「シンバルやスネアドラムはほぼホワイトノイズに近い音で、すべての周波数成分を含んでいます。そこから特定の周波数を取り出すことで音を作るという発想は、ホワイトノイズをフィルタリングして音色を作るシンセサイザーの減算方式と本質的に同じです」——打楽器奏者とシンセサイザーが、異なる方向から同じ原理へ行き着くという発見は、このイベントのテーマを象徴するような瞬間でした。

以上、2月11日のイベント「”シンセサイザー創世記” 進化するモジュラー・シンセシス」から、その一部を抜き出して記事にしてみました。そこでの実機を使ったセッションも含め、詳細な様子は近日中にYouTubeでも公開される予定なので、ぜひご覧になってみてください。

次回は電子ドラム50年の軌跡「電子ドラムが刻んだ技術と文化〜50年の軌跡と未来〜」

公益財団法人かけはし芸術文化振興財団では、次回の梯郁太郎メモリアルイベントとして「電子ドラムが刻んだ技術と文化〜50年の軌跡と未来〜」の開催が決定しています。シンセ・パーカッションの登場から50年を経て大きく進化した電子ドラムの過去・現在・未来を検証するというテーマで、Pearl DRX-1(1985年)、YAMAHA PMC1(1986年)、Roland α-Drum(1985年)といった歴史的実機も展示される予定です。

ゲストミュージシャンには、伝説のロックバンド「ゴダイゴ」のドラマー・ボーカリストとして知られ、長年にわたって電子ドラムの開発にも携わってきたトミー・スナイダーさん、数多くのアーティストと共演するドラマーの大場 俊さん、有形ランペイジやCASIOPEA-P4のメンバーとして活躍する今井義頼さんが登壇します。

スピーカーとして、パール楽器製造でアコースティック・電子ドラムの開発設計を担当してきた竹川彰人さん、ヤマハで電子ドラム関連商品のプロダクトマネジメントを手がける竹久英昭さん、ローランドで30年以上V-Drumsの企画・開発に従事してきた勝田雅人さんが揃い踏みします。パール・ヤマハ・ローランドの開発担当者3名が一堂に会するという、またとない機会です。ナビゲーターは梯郁夫さんが担当します。

開催日時:2026年6月14日(日)開場16:00 / 開演16:30(終了予定18:00)
会場:Artware hub KAKEHASHI MEMORIAL(東京都新宿区西早稲田3-14-3)
入場料:2,000円(税込)
入場チケット:https://teket.jp/11132/68836
アーカイブ配信:あり
関連情報:公益財団法人かけはし芸術文化振興財団サイト

電子ドラムの歴史に関わってきた開発者とミュージシャンによる証言は、また貴重なものになりそうです。ぜひお時間のある方はご参加されてみてはいかがでしょうか?

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