ドラクエ式とFF式!? 2mixでは得られない感動を作り出す、360 Reality Audioの魅力とミックス術

これまでDTMステーションでは、360 Reality Audioやその制作ツール360 WalkMix Creatorについて連載をしてきました。360 Reality Audioとは、Dolby AtmosやAuro-3Dなど、いくつか存在するイマーシブオーディオの一種で、ヘッドホンでの再生において高い再現力を持つ規格。ヘッドホンからの音なのに、前後左右はもちろん、上からも下からも、まさに自分を取り囲むすべての方向から音が聴こえるようになっているのです。

その360 Reality Audioの作品を作るためのツールが、360 WalkMix Creator。これで作られた作品の中でも、立体的なサウンドを有効活用し、さまざまなアイディアや工夫をほどこし、完成度の高い作品に作り上げたのがイヤホンズの「あたしのなかのものがたり」と「記憶」という楽曲。これから360 Reality Audio作品を作ろうと思ったときに、とても参考になる楽曲となっており、ステレオのサウンドでは表現しきれない感動を得ることができます。この楽曲をミックスしたのは、エンジニアの岸本浩幸さん。実際にどのようにして、作品を制作したのか、インタビューしてみたので紹介していきましょう。

イヤホンズ「あたしのなかのものがたり」「記憶」×360 Reality Audioを制作したエンジニアの岸本浩幸さん


--具体的な話に入る前に、岸本さんの経歴と普段の仕事について、少し教えてください。
岸本:現在はフリーでミキシングエンジニアとして活動しています。それまでは、ビクタースタジオには7年間いて、その前はTOMTOM STUDIOというところに4年在籍していました。個人的には、外のスタジオに行ってレコーディング…というより、ひたすら籠ってミックスするのが好きなので、もう年末ですが、今年は3回しか外のスタジオに行っていないですね(笑)。これまで担当したアーティストだとTWICE、なきごと、DADARAY、吉澤嘉代子、月蝕會議……などがあります。

--ほとんど外に出ていないということは、レコーディングはほかの方に任せているのですか?
岸本:そうですね。僕はハイファイきれいめの音楽が好きなんです。そういう意味でも、使いたい機材が決まっているんです。そうした点を理解してくれている後輩のエンジニアたちにレコーディングをお願いしていますね。もともと、機材については尊敬しているエンジニアである佐藤宏明さんの影響も大きく受けています。佐藤さんはルームチューニングマスターでもあり、はじめてスタジオに伺ったときに今まで聴いたことのない出音で衝撃を受けました。実は僕のスタジオのルームチューニングにも佐藤さんに入っていただいているんですよ。

--さて、ここから360 Reality Audioについてお伺いしたいのですが、まずイヤホンズを担当することになった経緯を教えてください。
岸本:イヤホンズの作詞、作曲、編曲を担当している□□□の三浦康嗣さんから、「360 Reality Audioを体感できるスタジオがあるから行ってきて!」と言われたのが最初ですね。とりあえず試聴しに行ったのですが、これは三浦さんの楽曲に合っているなと思ったんです。というのも、三浦さんの楽曲は、普通の楽曲ではなく、映画や舞台を見ているような作品なんです。試聴してすぐに、これでイヤホンズの「記憶」を作ったら面白そうと思っていたら、イヤホンズのディレクターも同じことを思っていたらしく、そこから企画がスタートしました。

イヤホンズは高野麻里佳、高橋李依、長久友紀の3人の声優で構成されるユニット

--はじめて360 Reality Audioのサウンドを聴いたときの印象はいかがでしたか?
岸本:LRのミックスよりも断然大きなキャンバスで、その自由度の高さには可能性を感じました。本当のことをいうと、ちゃんと複数のスピーカーを配置した状態の音を全人類に聴いてもらいたいのですが、ヘッドホンでもすごさや面白さは伝わると思います。

岸本さんは、大きなキャンバスで制作できることについて可能性を感じるとのこと

--実際に企画がスタートして、その後はどう進めていったのでしょうか?
岸本:通常はステムのデータを使って、イマーシブオーディオに落とし込むというパターンが多いと思うのですが、せっかく担当するなら、ということで、「あたしのなかのものがたり」や「記憶」の音はすべて作り直しました。「記憶」は、1年ぐらい前に2chステレオの作品を発表したのですが、その時点で8日間ミックスに時間を掛けていたんです。なので、そもそもの楽曲の理解度は高く、360 Reality Audioに最適化するために1chずつ書き出して、3日間掛けて基礎となる音を作りました。その素材をもって、マルチスピーカーと360 WalkMix Creatorがあるソニーの乃木坂のスタジオでミックス作業をさせてもらいました

「記憶」の360 WalkMix Creatorを使ったミックスは13チャンネルのスピーカー環境が整った乃木坂のスタジオで行われた

--まず、音作りをしっかり固めてから360 WalkMix Creatorを使って、音を配置していったわけですね。
岸本:はじめて使う360 WalkMix Creatorは思ったより簡単でした。使い方はすぐに覚えられましたし、数時間で使いこなせるようになりました。「記憶」の場合は、環境音がメインの楽曲なので、本来鳴る位置のイメージに音を配置していきました。花火は上から鳴って、足音は下から、信号はちょっと上から鳴らして……、まずはざっくり音を配置して、そこから微調整していきました。

イヤホンズの「記憶」

--何か音を空間に配置していく上で、意識したことはありますか?
岸本:三浦さんと話し合ったものなのですが、「記憶」は自分の心の中を歌っている曲なので、歌がセンターでステージにいる人が歌っているという配置ではなく、自分の真下から鳴るようにしました。まだ360 WalkMix Creatorを使ったミックスにはセオリーがないので、クリエイティブな作業で楽しかったですね。2mixでも同じですが、スピーカーとヘッドホンでは聴こえ方に違いがあるので、そこを揃える微調整はありましたが、基本は感覚にしたがってミックスしていきました。

--一方の「あたしのなかのものがたり」でのポイントというと、どんな点がありますか?
岸本:三浦さんがいつも言う、ドラクエ(ドラゴンクエスト)式、FF(ファイナルファンタジー)式というものがあります。昔のドラクエやFFの戦闘シーンなのですが、ドラクエは敵だけが画面に映る、FFは自分たちも敵も画面に映りますよね。主観なのか俯瞰なのかという違いなのですが、「記憶」はドラクエ式、「あたしのなかのものがたり」はFF式なんですよね。なので、「記憶」のボーカルは真下に配置し、「あたしのなかのものがたり」は前にボーカルを配置しています。「あたしのなかのものがたり」は、歌詞に右、左という部分があるのですが、歌っている側の右は、リスナーからすると左になるんですよね。2mixだと、右はRで作っているのですが、360 Reality Audioだと音場が球体になるので、逆で作りました。2つとも音楽のみでミックスするというよりは、映画に音を付ける感覚で作品は作っていきました。三浦さんの楽曲みたいにキャンバスが大きいことによって、表現がより深くできるものの方が360 Reality Audioには合っていると思います。

イヤホンズの「あたしのなかのものがたり」

--たとえば、これから360 WalkMix Creatorを使ってロックやポップスを作るとなったら、岸本さんだったらどうしますか?
岸本:楽器を動かすというよりも、ディレイやリバーブを動かして、大きいキャンバスをフルに使いますね。後は、歌詞と連動させたり、たまに飛び道具的なのも入れたりしながらですかね。

--ちなみにイヤホンズのミックスはどういったソフトウェアプラグインを使っていますか?
岸本:Pro Toolsと360 WalkMix Creatorをメインに、Plugin Alliance Schoeps Mono UpmixとLEAPWING AUDIO STAGEONEは多用しました。「記憶」に花火の音が入っているのですが、元のサンプルは近くで鳴っているサウンドだったので、これの奥行き度をコントロールするのに使いました。花火のトラックだけでも21個に分けていて、奥行きや角度を変えて配置しています。モノのトラックはSchoeps Mono Upmixを使い、ステレオトラックはSTAGEONEを使いました。

--最後にDTMステーション読者に向けて、アドバイスはありますでしょうか?
岸本:まずは、360 WalkMix Creatorを試してみてみるのが一番だと思います。それで気付くこと、面白いことがたくさんありますよ。360 WalkMix Creatorで気付いたことは、2チャンネルのミックスにも活きてくることもあるかもしれないですし、まだ正解不正解がない世界なので、自分が面白いと思う音を作ってみるのが一番だと思います。最終的にリスナーが聴くのはヘッドホンなので、ヘッドホンで作っていくというのは全然アリですよ。

--ありがとうございました。

 

□□□(クチロロ)三浦康嗣、音楽の未来を切り拓く

立体音響新スタジオ設立 & うぶごえ10年先行発売ソロアルバム制作

岸本さんのインタビュー内にも登場した作曲家・三浦康嗣さんが、クラウドファンディングをスタートしています。360 Reality Audioに対応した新機軸のスタジオを設立し、「うぶごえ10年先行発売ソロアルバム」を制作するとのこと。360 Reality Audioに熱い想いを持つ、三浦康嗣さんをぜひ応援してみてはいかがでしょうか?

WEBサイト https://ubgoe.com/projects/257

【関連情報】
360 Reality Audioサイト(クリエイター向け)
360 WalkMix Creator製品情報
イヤホンズ 360 Reality Audio配信情報

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